ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
キリエの背中を見送って、わたしは塔の出口に歩き出す。
「ミーシャさん、ここで待たれないんですか?他に誰も来てないので、多分安全ですよ?」
「へ?あぁ、うん。ちょっとだけ、やることがあってさ」
「そう、ですか?わかりました。気を付けてくださいね」
怪訝そうな顔のチハルさんに見送られ、わたしは塔の扉を潜る。
ざあ、と涼やかな風が吹き、マイナスイオンに当てられたわたしは、髪の毛を撫でつけながら物思いにふける。
こっちに来てからというもの、逃げ回ってばかりいた。いや、違うか。キラザたちのところにいた頃ですら、結局のところ苦しい生活から逃げることしか考えていなかった。結果それなりのスキルは得られたけれど、信頼は得られず、追放に至った。
追放後もノアとキリエの期待から逃げ、ギルドに来てからはミーシャ・ゼレンディアという責任から逃げた。
その方が楽だから、いや、これも違うな。逃げないでいることで。自分という存在を長く晒すことで。
そうすることでまた嫌なところが露見して、ばれて、排斥されるんじゃないかと、そう恐れるようになったからだ。
逃げるのは楽だし、逃げたところで誰かが私の穴を埋める。
ちょっと強いわたしなど、結局その程度の存在だから。
(でももう、いいのかもな)
内省とともに、キリエがどうしようもなく眩しかった理由が、どこか心の中ですとんと落ち着いた。
大きく息を吸って、吐く。冷たい空気が火照った身体を内側から冷やして、どこか昂っていた心が平常に戻ってくる。
夕焼けの時計塔広場には、まだほかの参加者の姿は見えない。
だから、わたしも少し期待した。このまま済むのではないか。このまま何事もなくイベントが終わるのではないかと。
視界の向こう。
『時計塔広場』の入り口あたりから歩いてくる、赤いドレスの女を見る。
遠くにいる女はまだ豆粒くらいの大きさだけど、なぜだか目が合った、とはっきり感じた。
女は風を受けながら、散歩でもするような雰囲気で、ゆっくりゆっくり近づいてくる。
だがだめだ。もう目を離せない。
その禍々しい魔力が、イレイナ・マーキュリーの威容が、さっきまでのマイナスイオンを一粒残らずかき消していた。
「…………見つけた」
「悪いな。人違いだよ」
--------
「……見つけた」
一歩ずつを踏みしめるように近づいていた女の声がようやく聞こえる距離になって、ぽつり、と赤いドレスの女-------イレイナ・マーキュリーがこちらをぎろり、と睨んだ。
わたしは動揺しない。
掛け値なしの命の危機に直面したとき、動揺に割くリソースなんてない。
全神経が生き残りの道を模索し、神経が研ぎ澄まされる感覚。
「んん、人違いじゃないか?悪いがわたしはお前を知らない」
「…………見つけた。やっと見つけた。ミーシャ」
女は。
譫言のように、小さく口を動かしてぽつり、ぽつりと繰り返す。
すらりと背の高いイレイナのシルエットからはいっそ儚げな雰囲気すら感じるけれど、それはこの際どうでもいい。
問題はそのやばすぎる魔力。『キラザのパーティ』随一の単純魔力量だけじゃない。イレイナの全身から墨を流したような漆黒の魔力が、ぼこぼこと音を立てて禍々しく沸き立っている。どんな内面してたらこんな神話の闇系の敵みたいな魔力になるんだよ。
ごめん怖い。メチャクチャ怖い。
動揺しないとはなんだったのかって?うるさい。
女は何かぶつぶつと口の中で呟いて、それから、
「ねぇ、どうしてそんなこと言うの?」
ゆらり、と揺れて。哀しそうな眼がこっちを見る。
同時にずあぁ、と、真っ黒な魔力が一斉に無数の棘を生やし、威嚇するようにこちらを狙った。
「ミーシャ?うん、さすがに、そう。私が見間違えるわけない。馬鹿に、してる?」
独特な節のついた彼女特有の喋りを聞きながら、わたしは後ずさる。
対面すると一層はっきりわかる、圧倒的な圧。
比べるまでもなく、キレたときのコイツはキラザなんぞよりはるかにヤバい。
わたしは最早隠せなくなった冷や汗を頬に感じつつ、
「だ……だから、人違いなんだよっ!そりゃ、ミーシャはミーシャなんだけど……わたしはミーシャ・ラッシュライフって言って!ほら、ファミリーネームが違うだろ!?」
イレイナはわたしの目の前まで来て、じーーっと至近距離でわたしの顔をのぞき込んで、にこり、と笑う。そりゃダメだよね。うん、死んだわ。
つられてへらりと笑ったわたしに、イレイナは小さく首をかしげて、
「…………………人違い?」
「はぇ……?」
「…………………すみません。人違いか……そう……」
イレイナは。、地獄の泥みたいな魔力を引っ込めてちょこん、と礼儀正しく頭を下げた。
…………。
いけたの!?
こいつわたしの顔覚えてないの!?
8年一緒にいたのに!?
「確かに、よく見たら、服も変わってるし、髪型も違うし……顔は本当に、そっくりだけど……めがねかけてるし」
「は、はは……」
眼鏡は関係ないだろ。それはそうとナイスすぎる、キリエ。
作戦は未だ破綻せず。参加証と宝玉を奪われないまま手筈通りにキリエと合流し、奴の空間異動で時間切れまで逃げ切る。それだけの作戦。
イベントの終了時刻まであと6分と少し。キリエの連続での空間移動使用記録が1分12秒。
「えっと、それじゃ……あと五分くらいでイベントも終わるし、もうなかったことにしとかないか?お互い『小宇宙』の位置はわかってないみたいだし。
ほら、流石に勝負つかないだろ、この残り時間じゃ」
「うん。そうだね。戦う感じじゃ、ないかも……」
嘘である。キリエはやくして。
というかこいつも時計塔に向かってたから、嘘をついているのはお互い様だ。
わたしはじりじりと後ずさりをして、距離を取る。あとはいつ全力ダッシュに移行するかだけだ。
イレイナはしばらく肩を落としていたが、
「待って。No.85『楡の杖』」
「へっ?」
「……『楡の杖』の宝玉。持ってる人、知らない?」
「…………。さぁ……知らない。なんで?」
「うん。楡の杖の宝玉を偶然見つけたから、偽物を作ってイベントエリア全体にばら撒いた、の。100個くらい……?それで、私の探し人に似てるひとが触れたら、その一つを残して全部、消滅する、の」
…………。
冷汗がぶわっと噴き出す。
「そ、そっかぁ……ミツカルトイイネ」
「それで、そのしくみが発動したのが、ちょうどこの塔のあたり……忘れてた。一応、確かめさせて、ね。そっくりさん?」
「……!」
イレイナがぽやっとした顔のまま、手を目の前にかざす。
探索術式を発動する、1秒未満の間が、永遠のように長く感じた。
「……っ!!」
逡巡は一瞬。わたしは弾かれたように背を向けて駆け出す!
「……!」
「やっぱり。そうなんだ」
背後の雰囲気が一撃で変わった。視なくてもわかる、禍々しい気配。ぞわぁ!と背中に氷柱を差し込まれたような寒気が走る。
ばちぃ!と。
背中に自動展開していた防壁にイレイナの魔力が衝突し、じゅわぁ!と嫌な音を立てて跡形もなく蒸発した。
うわぁ。数少ない仕込みの盾だぞ。
だが関係ない。こうなったら出鱈目に逃げ回るだけだ!
何の変哲もない街並みの、さらに目立たない路地裏。自分でも入ったことのない道を、勘に任せて走る。
普段しない全力疾走に、息が上がる。それでも、こんだけ逃げれば、撒けたりしていないだろうか。
……なわけないか。
わたしが次に曲がろうと思っていた路地。適当に選びまくったはずのその道の先。
見えない路地の裏手に、隠しても隠しきれない気配が見えすぎるくらいに見えている。
曲がり道の向こう側から、イレイナ・マーキュリーが、禍々しい魔力とともに、ぬうっと姿を現した。
「ねぇ。やっぱり。あなた、そうだよね?見つけた。よ」
ダメだ。
逃げられる気がしない。
わたしはダメもとで両手を前に出してぶんぶんと振り、
「ま、待ってよ!だから、本当に違っ--------------!!」
ばちん!とわたしのすぐ脇の地面で漆黒の魔力が弾け、わたしの反論はかき消された。
「うるさい。ミーシャ。言い訳は、お仕置きしてから。ね」
「--------っ!」
なんだ、様子がおかしいぞ。
いつもの眠たげで余裕のあるイレイナとはまるで別人だ。
そもそもだ。と、わたしは思い返す。
イレイナがさっき言っていた探索術式は彼女の固有のひとつ【偽・黒子捜索網】のはずで、それはあくまで「イレイナの主観でそう見えた対象」を探すだけの術式だ。要するに、反応した相手がイレイナの探しているものとは限らない。
それはかつて近くで見ていたわたしでも知っていたことなんだから、本人も当然分かっているはず。
それなのに、この狂乱のしようはなんだ。これじゃまるで、追い詰められているのは。
イレイナは長い髪をかき上げて、なんか変な角度で腰を反らし、こちらを見下ろしている。禍々しい黒い魔力に夕焼けの光がさえぎられて、ぎょろりとした眼だけが暗闇の中からこちらを見た。
「ミーシャ。だよね。そうだよね?」
心に渦巻く感情は2つ。
諦めと、それから怒り。
なんなんだよ。
お前らが捨てたんじゃないかよ。
何を、いまさら。
「わたしがそのミーシャだったら、何なんだよ。なんでこんなに恨まれてるんだ?」
深呼吸し、レンタル杖を構える。
ぐちぐち考えるのは、もうやめだ。一発殴りたかったのは、こっちだって同じなのだから。
キリエとの約束の時間まで、あと3分22秒から21秒だった。
毎日投稿予定です。
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