ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに   作:oomaguro

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第二十九話 一方そのころ塔の上では

ずずん、と地響きのような音が鳴り、塔そのものが揺れる。

 

ミーシャと別れたキリエ・キルシュタインは、塔の上階まで一息に駆け上がっていた。

階段とがらんとした階層ばかりが続いていて、特に何もないままにここまで来てしまった。展望台にもなっている最上階のど真ん中に、なにやら意味ありげな祭壇が設置されており、その上には『宝玉』が一つ鎮座している。

 

(たぶんあれが【小宇宙】だよね?ミーシャちゃん、当たりじゃん!さっすがぁ!)

 

キリエは目を輝かせて、勢いよく階段を昇りきる、が、その足は、最上階に踏み入ったその一歩目でびたりと止まってしまった。

 

「えっ、な、何これ!?」

 

理由は単純。そのフロアに足を踏み入れた瞬間から感じる、高濃度の魔力だ。

 

(ちょ……っと待ってよ!?)

 

魔力に関わるものなら、ひと撫でされただけでわかる、明らかに選ばれた強者の魔力。

 

気配の主は、宝玉のある台座の上に座っている『そいつ』だ。わかって、本能的に逃げ出しそうになって、なんとか踏みとどまる。

 

キリエの緊張を知ってか知らずか。それは呑気に欠伸をしてからんんっと伸びをして、気の抜けた調子で話し出した。

 

「あ、やっと来た。イレイナの奴じゃないけど、いい加減寝るかと思ったわ。ここっていい昼寝スポットよね?静かだし、日差しもいい感じだし」

 

ずどん!と、どこか遠くから鳴る爆破音を聞き流しながら、キリエは双剣を構えなおす。

 

「一応。なんで、ここに、貴女が?」

 

「んー。理由はあるんだけど、あんたは多分関係ないわ。よかったわね」

 

「、」

 

「……んん?あんた、どっかで見たわね……なんだっけ?」

 

少女は明らかに手持ち無沙汰と言った感じで、脚をぶらぶらと揺らしながら首を傾げる。

 

「秘密です。そういうあなたは、キラザのパーティの……えっと、シュリさん、でしたっけ」

 

キリエの声に、その女はぱぁっと顔を明るくして。

 

「ん?なによ、知ってんじゃない。よしよし、わたしも有名になってきたわね、ひひ。そうよ。わたしこそがナザングルに六組しかないA級『キラザのパーティ』の一員にして超希少な魔導召喚獣使い、シュリ・シュナイデンちゃん!」

 

「は、はぁ」

 

「そしてこっちは飼い犬……じゃなくて召喚魔獣のシバちゃん!どう、可愛いでしょ!?」

 

「それはまあ……」

 

「あ、ちょっとこら!シバちゃん、ちょ、遊ぶのは後で、ってわぁ!舐めないの!こら!」

 

一向に気の抜けた態度のシュリに、しかしキリエの頬には一筋の汗がつたう。

 

(ぱっと見、気は抜けてるように見えるし、多分本当に本気じゃない……けど、魔力展開に全く乱れがない。……魔力操作が物凄く上手いんだ、この人)

 

そう。

シュリの周囲に流れる魔力は、確実に戦闘態勢のそれ。しかも、見るものが見れば美しいまでに無駄のない、一流のそれだ。

 

キリエが本気で集中したとしても、ここまで練れるかどうか。言うだけなら簡単だが、実現するのは至難の業。それほどまでに上質な魔力操作(コマンド)。

 

「なんですか、なんなんですか、なんですか。犬に舐められながら出すオーラじゃないんですけど」

 

これがA級、これが北部地方の最上位・【キラザのパーティ】。

 

シュリは相も変わらず軽い調子で、

 

「はっ!?犬じゃないわよ!この子は神遣犬っていう一応ガチモンの神様の眷属で……あっやめなさいシバちゃん!怒るよ!あっちょ待、痛い痛い痛い!!耳噛まないでいだあぁぁあぁ!!ごめんごめんごめんなさいぃ!!」

 

「いや、犬じゃないですか……おっきくて茶色の犬……」

 

キリエのお気に入りの白い少女が見れば、『どう見ても柴犬じゃないかよ!』などと、ここぞとばかりにディスり出しただろう。それほどまでに柴犬。デカい柴犬。しかも足の短さとあどけなくも凛々しい顔付きからおそらく幼犬だろう。ただキリエ世界の語彙に、その言葉は存在しない。

 

「んぐぐ……シバ!放して!お座り!お手!あーもう、一旦戻りなさいっ!」

 

柴犬風の召喚獣が、妙にキリっとした表情のまま空気に溶けるように消え、よだれまみれのシュリが息を荒げながら起き上がり、キリエに向き直る。

 

「ふぅ……うわ、服の裏までべっとべと……ぐす……あ、ゴメン。何の用?」

 

「……っ!そ、そうです!あなたの後ろにある【小宇宙】の宝玉!貰っていきますよ!」

 

なんとも情けない姿からは想像もつかない洗練された魔力操作に、キリエは再び気を引き締めなおす。見れば見るほど視覚情報と感じる魔力の質が違い過ぎる。

 

いや、もう惑わされるのはやめよう。こうしている間にも、下ではミーシャちゃんが本物の【化物】と対峙している。無駄に使う時間はもう一秒たりともなかった。

 

が、シュリはなぜか一瞬、ぽかん、とした表情を見せてから、

 

「……あぁ、そっち?別にいいわよ。あげる。ほれ」

 

あろうことか、ぽい、とその宝玉を投げよこした。

 

「へ!?どういう……!?って、わぁぁ!?」

 

飛んできたそれを手元でお手玉して、なんとか落とさずに両手に納めるキリエ。

 

「え、な、なんで?あなたたちも狙ってましたよね、これ!?」

 

「はん。キラザはそうでしょうけど、わたしたちは違うわよ。わたしとイレイナは、それとは別の探し物をしてんの」

 

「な……何を?」

 

時価金貨一万枚のそれより、優先して探すもの。

キリエには想像もつかない。

 

シュリはふふんと得意そうに笑って、

 

「ん?知りたい?宝玉なんかより100倍やばい奴よ。わたしたちがこんなに探してるのに、全く見つからないのよね。ねぇあんた、知ってることあったら教えてくんない?いい情報だったら、それあげるからさ」

 

「へ?お、教える?何を?……というか、教えるだけでいいんですか?ほんとにいいんですか!?」

 

「だぁから、あたしたちはそんな小石に興味ないの。むしろあんたはなんで欲しいのよ。金?」

 

「……秘密です!」

 

「そ。ま、いいけど。どうする?乗る?」

 

どこまで本気かもわからない少女の視線を真っ向から受けつつ、キリエは逡巡する。

 

シュリアナ・シュナイデン。

キラザのパーティの一員、キラザと一緒にカスハラをかました魔獣使い。

 

キリエ視点で、信用しろという方が無理だ。

だけど、質問に答えるだけで小宇宙をくれるかもしれないなら、さすがに断る理由もない。

 

(魔力の感じを見ても、質問に答えるのがトリガーになる搦手術式なんて使ってこない、気がする。……それに、)

 

それに話をする限り、なんか意外と悪い人じゃないような気がしてきた。むしろ、洗練された魔力の扱いに尊敬の念すら覚えるくらいだ。

 

「そういうことなら。私の知ってることなら教えますよ。なんです?」

 

シュリは濡れた髪の毛をつまらなさそうに指先で弄びながら、

 

「あれよ、キラザがギルドで暴れた日よ。あんたなら、これで通じるわよね?」

 

「うぇぇ……覚えてたんじゃないですか……性格悪ぅ……」

 

眉を顰めるキリエの言葉には取り合わず、シュリは続ける。

 

「今思い出したの。つか、別に怒っちゃいないわよ。あれはあたしたちが悪いし。で、あの時、青色術式を使ってアンタを守ったヤツ。アイツがウチらの仲間かもしれないの。守ったってことは、知り合いでしょ?今どこにいるか教えて?」

 

「へ?あっ、じゃあいいです」

 

「…………、は?え?」

 

即答だった。

間髪入れない答えに、シュリがぽかんと口を開けて固まる。

 

しばしの沈黙。

 

アホ面を晒すシュリに、キリエはただアメリカ人みたいに肩をすくめる。

 

「というか、やっぱり貴女なんて知りません。誰すか?どこかで会いました?」

 

「なっ、な……!」

 

キリエは思い出す。

キラザが、そして目のまえの女が、『ミーシャ』に対して何を言っていたかを。

 

(……ペットとか、痛めつけるとか、なんか、そういうことを言ってた)

 

キリエはぐ、と木刀を握り締める。

 

「だから、お断りです。というか、何も知りません」

 

「……、は?え、は?なんで?あぁ、宝玉が手元に来て勘違いした?逃げきればいいとか思っちゃった?まさか、アンタごときがあたしに敵うとでも思----」

 

「あ、これももう返します。はい」

 

「えっちょ……本気なの!?ってわぁ!投げんな!」

 

キリエが雑に投げ渡したそれはシュリの頭上をはるかに超えて、石造りの床を転々と転がる。

 

「あぁもう、どこ投げてんの!出涸らしだけど、一応これ一個でもでかい屋敷が三つは立つのよ!?」

 

「あ、時間。じゃ、私行くとこあるんで。さよなら」

 

きんきんと騒ぐシュリに、もはやとりあわず。

ひゅん、と。キリエの姿がかき消える。

瞬間移動術式。さすがのA級でも、初見で追うのは無理だ。

 

「え、本当に帰るの!?嘘でしょ!?」

 

----

 

「な……なんなのよ……ほんとにいなくなるし……」

 

一人になった時計台展望階で、しばし途方に暮れていたシュリだったが、やがて大きく息を吐いてから、展望台の端の手すり付近で止まった【小宇宙】の宝玉まで歩いていき、それを拾い上げる。

 

瞬間移動の子は追おうとすれば魔力の残滓で追えるけれど、阿呆らしくてそんな気にすらならない。

 

「……キラザは欲しいって言ってたし、一応持って帰りましょうか……。あの男にとっちゃ金貨一万枚なんて、はした金でしょうに。あーなんかムカついてきたわ」

 

ひとしきり、ひとり文句を垂れてからシュリはやれやれと肩をすくめる。

 

「ちぇ、収穫なしか。帰ろ。イレイナ、ミーシャの手がかりだけでも見つけられたらいいけど」

 

イレイナがいれば、あの青色術式使いが本当に【ミーシャ・ゼレンディア】だったかはわかる。

 

一度見つけてさえしまえば、どれだけ変装していても無駄だ。なぜなら、イレイナはスクロールなしで『魔術紋』の判定ができるから。

 

この世界の人間全員が持ち、死ぬこと以外で変質することのない『魔術紋』は、他の何より確実な個人の証明だ。

全身がねじ切れるくらいえげつない魔力灼けを起こすとごくまれに魔術紋が歪むことはあるらしいが、そんなので生きてる奴なんているはずない。

 

キラザは一応、なにやら深刻な裏切りがどうとかであの子を消そうとしているらしいけど、それはシュリの知ったことではなかった。

 

「……ミーシャ」

 

シュリの口から、か細い声が漏れ出る。

 

自分が居ない時に勝手にあの子が追放されたと聞いたときは、目の前が真っ暗になった。キラザを小型の魔獣に徐々に食わせようかと真剣に考えたけれど、シュリの興味はすぐにミーシャのほうに戻る。

 

すなわち。

ミーシャにそんな酷い仕打ちをするくらいなら。わたしがテイムして、飼ってあげたほうが絶対いいのに。

 

「……今度こそ、首根っこつかまえて。繋いで、躾けて、わたしのペットにしてあげないと駄目よね!あの子、青色使いなのにすぐ死にかけるんだから!」

 

ぐっ!と、シュリは両の拳を握って、決意を新たにする。

その決然たる姿は、最上位冒険者パーティの一員として実にふさわしい、見る人が見ればまんまと憧れてしまいそうな雰囲気だった。

 

「うん、そうね。テイムできたらとりあえず、足の指をふやけるまで舐めさせてあげよう。小指から順番に、全部の指をね。疲れて泣いてしまったら、頭を撫でて慰めて、朝まで一緒に寝てあげよう」

 

シュリ・シュナイデンは、歌うように独り呟き、それから笑う。幸せそうに、邪気のない眼で。

 

それこそがミーシャ・ゼレンディアの幸せと信じて疑わない、そんな笑顔で。

 

「さ、今日のところは帰らないと。遅くなったらまたキラザが怒るわ。面倒ったらないわよ、もー」

 

シュリが【小宇宙】を拾い上げ、踵を返し、一つ欠伸をして、

 

その瞬間だった。

何の前触れもなかった。

 

ずどん!!と。

時計塔の上部に、巨大な黒い影が激突し。すさまじい轟音が、塔の最上階をシュリごと突き崩した。




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