ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
さて。
丘をいくつか超えて、ようやくエルヴィンの気配が消えたところで、わたしは改造法衣の内ポケットから赤い宝珠を取り出す。
(……餞別、ね。いやいや)
防御術式メインのわたしがその方面で困ることはまずない。
そしてそんなこと、彼らは確実に把握している。つまり、これは、
「追跡用、なんだろうな」
手のひらサイズの宝珠に魔力を巡らせてみれば、確かに物理防壁術式が発動した。質もいい、だが露骨だ。まるでそれがこの石の機能なんですどうですか、と言わんばかりじゃないか。
そしてよくよく見れば、封入された術式とは別に、独特の魔力の流れが見える。単なるブローチじゃない。これは『魔具』だ。おそらくエルヴィンの手元には、これと相の子の宝珠があるのだろう。その二つがあれば、向こうからはこっちの位置がわかる。そういう術式だ。
(……連中、あくまでわたしは監視対象だぞと、そう言いたい訳だ)
全く失礼な奴だ。わたしほどの平和主義者を捕まえて、余計な事したら潰すと、言外に牽制をくれている。
そりゃあ、手に職つけないといけないとなれば、キラザ達みたいな長期のダンジョン遠征をするようなのは論外にしたって、第一は冒険者だろう。
その中で、私の知っている彼らについての情報が、外部に漏れることもあるかもしれない。
しかし、他になんの教養も伝手もないわたしが平和な暮らしをするためには、もう冒険者しかないのだ。正真正銘何もなくなった小娘の唯一のアピールポイントまで奪おうというのは、さすがに殺生ではないだろうか。
……うん、でも、そうだな。いいじゃないか冒険者。
上位層を刺激しないように、自分の限界の6割くらいの難易度の依頼を好きな時に受けて、たまったお金で好きな時に休む。旅行がてら、各地のギルドを転々とするのもいいかもしれない。悠々自適とはこのことだ。
素晴らしい思いつきに胸を弾ませながら、ブローチに糸を通し、首から下げる。これの真意を察してなお受け取ったのは、距離を取ってから適当なところに置いてきてしまえば、攪乱の一手になると思ったからだ。すぐに確認できないような場所がいい。具体的にはもう少し南に離れた、人の多い街。
そして、そこそこまともな冒険者ギルドも存在するとなれば、
「うん、やはりナザングルだな。丁度近いし、まずはそこのギルドを目指そう」
わたしはうんうんと頷いて、心もち歩を早めて、そして、
「うわぁぁ!?」
木の根に引っかかって、普通に転けた。
びたーん!!と、わたしの顔面が地面と景気のいいの音を立て、草むらから小鳥の一団が飛び立った。
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キラザのパーティから脱退して半日。
わたしことサーシャ・ゼレンディアはまだ、絶賛Bランク帯の森の中にいた。
「ぜぇ、ぜぇ……どういうことだよ。これだけ南下して人間領の【北壁】どころか、Cランク領域にすら届かないなんて……」
そりゃまあ、今回の遠征じゃ聖ソニア領の北壁からかなり北上してはいたよ?帝国軍の到達最深地点を超えるんだってキラザがそりゃもう張り切っていたからな。それにしたってこんなに遠かったっけ。道に迷ってはないと思うんだけど。
わたしは杖代わりのいい感じの棒に寄りかかり、はぁーっと大儀そうにため息をつく。
「……うぅ、しかも。よりによって水と食料を貰い忘れてるとは……」
エルヴィンのあほ。なんかいい感じの袋をくれた割に、入っていたのはわたしの着替えとか私物とかそんなものばかりだった。生活術式(ライフハック)で水は割と何とかなるにしても、食糧庫はエルヴィンと幻獣術師のシュリの管轄なのだから、キラザの眼を盗んでなんとかしてほしかった。
遠征中のAランク魔王領内でいたいけな少女を捨てるような連中に常識を求めるだけ無駄か。
帝国領に戻って誰かと組む時は、まずは倫理観から重視していこう。
今更キラザたちにぷりぷり腹を立てながら、もう何個目かわからない丘を越える。
「-----------------おぉ……」
そこから見える景色は控えめに言って絶景だった。
さっきまで周囲を覆っていた森林は丘を境に途切れ、猊下に見渡す限りの緑の平原と、雲一つない青い空。湿度の低い風が吹き抜けて、所々で背の低い草木が思い思いに揺れている。
もうしばらく南下すれば、冒険者の上位10%しか入れないBランク領域を抜けて、初級領域たるCランク領域に突入する。草原の向こうに見える灰色の稜線が、聖ソニア帝国領と魔王領を峻別するホワイトブレッド山脈。
切り立った山脈に唯一存在する十数キロメートルの間隙を埋めるように作られた背の高い人工の壁が、
帝国領と魔王領の現状唯一の通路である一大城壁、『女帝の白』、読みは『ホワイト・エンプレス』だ。
「…………凄いな……」
小さい悩みくらいはどうでもよくなりそうな絶景に、一瞬心を奪われる。小さなわたしの小さな怒りなんて、この世界に比べたらなんとちっぽけな-------
「いや違う。何感傷に浸ってるんだわたしは!遠い!遠いよ!!何なのこの距離!?街に帰るだけでどうして地平線の彼方まで歩き倒さなきゃだめなのっ!」
ぺしーん!と折り畳み杖を地面に叩きつけて、だんだんと地団駄を踏んでから、すごすごと杖を拾う。なんだか一層みじめな感じになった。くそう。
「…………いや真剣に、こんなに遠かったっけな……」
ノリツッコミはともかく、これはちょっとまずいかもしれない。
食糧をその辺から調達しようと思えばできるだろうが、そんなことをしていてあの遥か遠くの城壁にたどり着くまで体力がもつだろうか。というか、今何時だろう。太陽の感じから昼過ぎで、夕方前だということはわかるけど、それ以外何もわからん。
ともかく進まないと、とため息をついて、拾った杖で防御術式を再展開して、
「………………は?」
展開されなかった。……防御術式は、展開されなかった。
防壁(あおいろ)術式特有の透明度の高い青い防殻が一度は形成されたが、すぐに力尽きたかのように空気中に霧散する。それから杖がぷすん、と情けない音を立てて、それきり沈黙してしまった。
「あれ……?ちょっと、あの、【維持防壁】!!【探査術式】!!……【青色】ならなんでもいいから!!ねぇ!!!!」
必死に魔力を込めて杖を振ってみるけれど、わたしの涙声がざわざわと鳴る風の音に混ざって空しく消えていくだけで、力場は沈黙したままだ。
割と高級な楡を同系統の魔力で固めた折り畳み杖は、物理攻撃力のないわたしが地面に叩きつけたところで傷一つつかない。
だから、これは故障ではなく、高位維持防壁やらデコイやらの並列起動を1日以上も張り続けたことによる、
「お、オーバーヒート……?そんな……」
わたしの魔力が残っていても、杖が熱暴走してはまともに魔術は使えない。いや、できなくもないが、少なくとも今までみたいな精密な操作はできないし、効率も疲労も段違いだ。
Bランク地帯の魔物を騙せる防御を展開し続けることは、正直厳しい。
「くぅぅ……、一度ダウンした杖が再起動するの、どれくらいかかるんだったっけ……」
これを買った魔道具店のおやじはなんと言っていたか。
あぁくそ、もっとちゃんと説明をきいていればよかった。
風が木々を揺らす音と、それからどこか遠くから聞こえる猛禽類らしい鳴き声に、わたしの意識は現実に戻ってくる。
……。
……あれ?やばい?
つーっ、と額に冷や汗が流れる。
「と……ともかく歩かないと……。夜になったら夜行性の奴らが起きてきて大変なことに……!」
杖が落ちて、わたしは確かに焦っていたし、混乱もしていた。だけど、その分油断だけはしていなかった。
ただ、そう。パーティーメンバーに守られている前提の8年間は、乾いた泥の如く意識の底にへばりついていて。
そして間の悪いことに、ここはBランクエリア。
魔王領に入る上澄み冒険者の、さらに上位1割しか入ることを許されていない、それなりにやばい領域だ。
一人で小芝居をしていたわたしの背後に、『それ』は音もなく立っていた。
ぽん、と。前触れなくなまあたたかい何かが肩に置かれて、
「うわぁぁぁあ!?」
突然の接触に、びくり!!と肩が跳ねる。反射的に素っ頓狂な声が出て、同時にさあっと血の気が引いた。
(……この距離で魔物に死角を!?まず……っ!!)
これはもう、一瞬後にはぐちゃぐちゃに引き裂かれていても文句は言えない!
(死……ッ!!そうだ、身代わり羊、はもう遅、単体防御術式と目くらまし、を……!)
焦って懐に手を突っ込んで、内ポケットから引き抜いた折り畳み杖を、流れるように取り落とす。
地面の凹凸でおかしな跳ね方をした杖があらぬ方向にバウンドして、丘の斜面を跳ねつつ軽快に転がっていった。
「ぅぁ……」
呆然とそれを目で追って、それから意図しない声が出る。
びっくりするほど弱々しいその声が自分のものだと気が付くのに、一瞬遅れた。
……死んだ、これ。
悔しいなあ。
せめて内地に戻ってちょっといいワインの一杯だけでも飲みたかっ--
「……えーっと、あなた、にんげん、だよね?なんでこんなところに?迷子になっちゃったの?」
「ひっ……ごめん許して食べないで……へ?」
非常に情けなく頭部を両腕で守ってへたり込んだわたしのつむじのほうから、困惑した声が降ってきた。
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