ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
お宝さがしイベントから、なんやかんやで数週間後。わたしはいつものようにギルドに出向いていた。
さすがにイベントに出た時の変装服じゃないけど、丈の長めのワンピースに、明るい色のブラウス。キリエに服屋に連行されたときにこっそり追加で見繕ってもらったやつだけど、我ながら悪目立ちしなくていいんじゃないだろうか。白づくめの法衣もなんか人目を惹きそうなキリエチョイスも、日常生活には適さないことにちゃんと気づけるようになってきた。
適応してる。いまわたし社会に適応してる。ふふっ。
というのはさておき、イベントで優勝した後も、わたしは意外と勤勉にギルドに通い詰めていた。
生活費は必要だったし、加えて宿屋住まいなので、今の生活、意外とお金がかかるのである。ピクニック気分な採集クエストばかり選んでいるから、結果的に毎日働かないと生活できないとかでは断じてないよ。ないったら。
ともかく、いつもなら屈強な冒険者たちに混じってクエストボードを眺めつつサンドイッチを食べたり、その日その日の仲間を募って酒場にたむろしつつロースト謎肉を食べたり、あるいは飽きて朝から葡萄酒を飲んだりしているのだけど、その日は違った。
ギルドの扉をくぐるなり、奥のカウンターにいたチハルさんに声をかけられ、そのままカウンターの奥に連れ込まれてしまったのである。
今日こなす予定だったクエストは単独で行くものだということと、チハルさんの様子が切迫していそうだったという理由で、わたしはされるがままに檜製のカウンターを超える。
なにやら書類が山と積まれたデスクが立ち並んだ部屋に通されると、私が何か言う前に、チハルさんが勢いよく頭を下げた。
「ミーシャさん、ごめんなさいっ!!だ、大丈夫でしたか!?」
「えっ、な、何が?」
ぽかん、と首を傾げるわたしに、チハルさんが珍しく気まずそうに眼を逸らす。
「あ、あぁ。その分だと、まだ「発動」はしてなかったみたいですね……ほ、ほんとによかったです」
「だ、だからなにが……?」
心底ほっとした様子でデスクによりかかったみんなのお姉さんに、いよいよ困惑する。
「ち、チハルさん。とにかくよくわからないんで、説明してもらっても……?」
「はっ!そうでした、あのですね……この前の『ナザングル大宝探しイベント』、あったじゃないですか。あの時、わたしも門番役としてあなたとキリエさんにお会いしたと思うんですけど」
「あぁ、あのバニー服の……」
「……ハイ、ソッスネ」
わぁ、チハルさんの眼が一撃で死んだ。
そういえばあのイベント、遠見の魔術でナザングル中に生中継されていたのだとか。
可哀想。この人可哀想。
「げ、元気出して……ちゃんとに、似合ってた、よ?」
「フフ……棒読みありがとうございます……。これからの人生、うわきつバニー女として生きていきます……じゃなくてですね」
謎の悟りを開いてから、即座に持ち直すチハルさん。メンタル強いなぁ。
「じゃなくて?」
「はい。じゃなくて、ですね。あの塔で、わたしの術式をあなたたちに使いましたよね」
「あぁ……あれか。一定以上の魔力をひっかけて無力化するやつだよな?」
「はい。正確には『静かな部屋(カーム・ルーム)』という術式でして。指定した空間内・時間内に魔力を使った人に、その大きさに応じて『出禁』を言い渡せるんですが」
『出禁』はギルドでキラザがくらってたやつだ。
期間中完全に魔力が使用できなくなる、この世界の人間にとっては血液を半分抜かれるレベルの術式効果。
えげつないけど、内容としてはまぁ、だろうなと思ったので、素直に感想を述べる。
「まぁ、だろうな」
「その『出禁』の開始タイミングはわたしが選べるんです。それこそ10年後、20年後なんていうのも」
「まぁ、だろうな」
「あのとき極度に消耗していたキリエさんはそもそも『部屋』に引っ掛からなかったわけですが……
かわりに、その、ミーシャさんが」
「まぁ、だろうな……うん?」
「そのですね……ミーシャさんに『出禁』、一回分ついてたみたいで……私もついさっき気が付いたんですが……」
「へ?待った、わたし、チハルさんの領域には入らなかったと思ってたけど」
「あ、あはは。実はその、あの時ミーシャさんとキリエさん、何かの術式で繋がっていましたよね?アレの判定、キリエさんがミーシャさんの身体の一部と判定されたみたいで……その、キリエさんがひっかからなかったように見えたのは、そういうことらしいんです……」
「あー……」
あれだ。『一蓮托生(フレンド・コード)』だ。他人と魔力をノーロスで行き来させられる私の固有術式。
「あれそういう判定になるんだ……」
「あくまでわたしの術式がそう理解した、というだけですけど……とにかく、『出禁』が無意識に暴発しないでよかったです……」
「本当にそれはそう」
もしもクエスト中に偶然『出禁』が発動していたら、その辺のゴブリンにも普通に負けていただろう。
魔力は術式を使うために必須のエネルギーだけど、同時に生命力の根幹でもある。この世界のあらゆる人間には魔力が常に巡っていて、それが膂力であったり、五感であったり、とにかくいろんな機能を補助しているのだ。
その働きは、血液と似ている。勿論血液は血液でちゃんと流れているから、血液と魔力の二つが常に体内を巡っている、ということになるな。
では魔力がなくなるとどうなるか?死にはしないよ。さっきも言った通り、血流はあるしな。
別に死にはしない。死にはしないが、なんというか、すんごく弱くなるのだ。
無意識下での魔力によるバフが消滅したりしてるんだろう、多分。
「クエスト中に魔力が打ち止めになったら困るな。わたしはともかく組んでる奴らが全滅---------」
「そうですね。街中でチンピラに絡んでる最中にそんなことになったら、路地裏に連れ込まれてそれはもう酷い目に……!」
「チハルさんの中で、わたしは日常的にチンピラと喧嘩する前提なの?」
しかもわたしが絡んで言ってる想定だった。なんでやねん。
聖女ムーブはずいぶん前に辞めたけれど、それにしたって日々角が立たないように過ごしているのに。
気を取り直したらしいチハルさんがこほん、と咳払いをして、
「ミーシャさんが持ってしまっている『出禁』はだいたい36時間です。その間は隠れておいた方が……」
困り顔のチハルさんが弱った声で言う。
「へ?まぁ多分、家で寝てれば大丈夫だろ。クエストができないのは困るっちゃ困るけど-----------」
「ダメですっ!」
「わぁ!?」
チハルさんがぴしゃり、と言う。
驚いて肩が跳ねる。普段怒らない人が大声を出すとメチャクチャ怖い。……いやまあ、この人は割と怒るけど怖いものは怖かった。
「あのイベント、街全体で生中継されちゃってるんです。ミーシャさんに『出禁』がかかったの、気が付いている人はいると思いますっ!」
「た、確かに!」
そうだった、なんの中継だよあれ。何の意味があったんだ本当に。酒の肴か。カスどもめ。
「そうなったら、クエスト中……でなくても、日常生活中にならず者に襲撃される恐れはありますよ!」
「じゃあ、どうすれば……またチハルさんが泊めてくれる?」
昔お世話になってたこともあったしな。
しかし、チハルさんはふるふると首を振って、
「そうしたいのはやまやまですが、私のところにかくまうのは、隠れ家として第一候補すぎるといいますか。そもそも襲われにくい場所を選んだほうがいいと思います。つまり」
「つ、つまり?」
「今回、完全に私のせいなので……宿代と護衛代は、気にしないでください。ミーシャさんはこれから36時間と14分、どこかランダムな宿に身を隠すこと」
なるほどな。つまりは降って湧いた有給休暇だ。
最近仕事続きで忙しかったから、むしろありがたいまである。
「……でも、護衛?いるか、そんなの?」
「いります。魔力がない間、ミーシャさんの身体能力はその辺の羽虫未満です。冒険者どころか、大人に襲われるだけでひとたまりもありませんよ?」
「羽虫……」
どうも実感がわかない。
教会時代に身寄りのない老人の世話をしたものだけど、あんな感じだろうか。
「とにかく、ミーシャさんは信頼できる護衛を一人雇ってください。これは依頼人が私の正式な護衛ミッションです。報酬はもちろん、依頼人である私から出ます」
なるほどな。
それならチハルさん以外誰も損してないし、ギルド規定にも抵触しない。
一応あるんだよ、ギルドを通さずに冒険者に依頼してはいけないって言う規約。
わたしはしばし考えて、
「わかった、じゃ、お言葉に甘えるよ」
チハルさんもほっとしたように笑って、
「はい。護衛の人は誰にします?あ、間違っても裏切らないような、信頼できる人にしてくださいね。冗談抜きに、その辺の小型モンスターにも勝てなくなりますからね。襲われたらひとたまりもないんですからね」
「あはは、随分念を押すな。大丈夫だよ、一人心当たりがあるんだ」
わたしは微笑み、心当たりをあたる準備をする。