ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに   作:oomaguro

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第三十五話 キミたち三人、この一回で十分かな

物陰。

わぁわぁと騒ぎながら出店通りのほうに消えていくピンクと銀の背中を、追跡する人影があった。

 

人影は三人。その人相や風体には驚くほどに共通点がないが、三人ともがどこか険のある雰囲気を節々に醸し出しており、たいそう触る者みな傷つける感じであった。

三人のうち一番背と体格の大きい男が、イメージ通りの粘っこい口調で口を開く。

 

「おぅ、サンダ、攫うのはあの銀髪で間違いねえな?」

 

サンダと呼ばれた小男がにたりと笑って、やや片言の中央語で答える。

 

「あぁ、リーダー。間違いないゼ。アイツが『宝探し大会』で優勝してた『ミーシャ』だ」

 

「おぅ、サンダ、よくやった。約束のビスケットをやろう」

 

「ククク……リーダー。『宝探し大会』のアイテムと優勝賞金を根こそぎいただくんだネ!相変わらずリーダーは頭いいゼ!」

 

リーダーとサンダがクックックと嘘みたいな悪役笑いを交わす。

 

そこに声をかけたのは最後の一人だ。

最後の一人はやはり見た目通りのやや気だるげな口調で、

 

「でもよぉ。アイツら優勝者なんだろ?賞金持ってるのはわかるけど、絶対強いんじゃん?勝てるの?」

 

「……そ、そうかモ。あっちのピンクの女、ギルドの冒険者組合長の『煙のブルシュカ』に買ってタ」

 

「馬鹿野郎!!!」

 

突然リーダーが絶叫する。

びりびりと周囲の空気が震えた。

 

「リーダー声デカい。ばれるばれる。尾行ばれるから」

 

「これは依頼主からの正式な『クエスト』なんだぜ……?あいつの懐にある『楡の杖』を奪えば、高値で買ってくれるってよお」

 

「だから、どうやって奪うんだよ。俺達『ブルシュカ』に二秒で全滅させられたことあるだろ」

 

「お前は例の生中継、見てなかったのかぁ?あの銀髪のガキ、あのクソ受付の『出禁』食らってたんだぜ。……つまり!」

 

「つまリ!?」

 

「あぁー……。なるほど。わざわざ護衛つけて歩いてるあたり、今『出禁』発動中ってわけか。『出禁』はやらかしの重さで期間変わるから今発動してるとは限らんくね?と思ったけど、相変わらず頭いいな、兄貴」

 

「…………あぁ!そういうこったぁ!」

 

「リーダー……!」「兄貴……」

 

「ところで、わざわざ攫う必要あるのカ?弱ってんなら殴って奪い取ればいいじゃんネ」

 

「ククッ……中継で見たところ、あいつらかなりの上玉だぜぇ。ギルドカードを奪って帝国領で売り飛ばせばいい値段になる。真の悪はしゃぶれるところはしゃぶりつくすんだよ。わかるだろ?」

 

「り、リーダー……!ゲッスいゼ!よっ!悪の中の悪!!」

 

「ククッ、俺達『追い剥ぎ三兄弟』の前で弱みを見せちまうたぁ不憫だが、奪い尽くしてやろうぜぇ……!」

 

「あぁ、リーダー、ジロー!オレ達『永遠出禁ブラザーズ』の力を見せてやろうゼ!!」

 

「はぁ、しゃあねぇ。さっさと終わらせて昼寝すっか。俺達『ザ・ギルティズ』は無敵だ」

 

「「「何その名前……?」」」

 

言い合って、三人が笑う。

リーダーの情報源が基本ナザングル全土に放映されている生中継由来であることには、誰も突っ込まなかった。

 

----

 

「…………」

 

「?キリエ、どうかした?」

 

わたしの手を引いてわぁわぁと騒いでいたキリエがふと黙り込んでしまったので、見上げて声をかけてみる。

 

相変らず黙っているとはっとするほどの顔面だ。

愛嬌全振りというか、緩み切ったというか、ともかく人特攻のつらばかり見ていると忘れがちだが、今みたいにふとニュートラルな表情だと、いつもとのギャップがすごい。ベースが童顔だから余計落差があるのかな。何描写してんだわたし。

 

「キリエ……キリエ?」

 

わたしがなんどか声を掛けると、ようやくキリエがいつもの調子で反応する。

 

「や、なんでもないよ。ミーシャちゃんこそどうしたの?」

 

「ん、今日の晩御飯はちょっと奮発して鍋とかいいと思うんだけど、キリエはどう?」

 

「むっいいね!だったらいいお野菜の店知ってるから、そこから行こうか!……ぁ、また……」

 

「……キリエ?本当にどうした?」

 

「ううん、なんか……ものすごい頭の悪そうな笑い声が、さっきから後ろの方で聞こえるような……気のせい?うぅん」

 

「?よくわからないけど、見ず知らずの人に失礼なことを言うもんじゃないぞ」

 

わたしの返答に、キリエは人差し指を顎に当てて首を傾げる。

 

「あれ、ミーシャちゃんは聞こえなかった?」

 

「うん、なにも。今、魔力ないし」

 

「あぁー……。そっか、だよねぇ。『出禁』中だもんね」

 

わたしの言葉に、キリエが納得したように頷く。

わたし、というかこの世界の人間はだれでも、血液と同じように魔力を身体に循環させている。それが意識せずとも身体補助や強化としての働きをもつために、この世界の人間は、実は見かけより能力が高いのだ。逆に言えば、『出禁』を食らった今のわたしは、その恩恵を得られていない。

五感のバフは消えているし、なんならずっと身体も重い。具体的には2徹明けくらい重い。魔力の強い人間ほどバフに依存して生きてるから、わたしみたいなのは特にヘロヘロになってしまうようだ。

 

キリエが手をとってくれたのは、実は普通にありがたいまであるのである。

 

いやまぁ、普通の人間に戻ってるだけなんだけど。慣れって怖いよね。ちなみに『ロッドテイカー』戦の無茶が色濃く残る右腕だけは、魔力灼けとの重ね掛けでさすがにかなり弱っている。左利きでよかった。

 

「で、笑い声?が聞こえたのか?」

 

「うん。なんかクックック……ゲヘヘヘ……みたいな?」

 

「なんだ、実質キリエじゃん。珍しくもない」

 

「ミーシャちゃんの中の私そんな感じかぁ……」

 

--------------

 

「おう、まずはサンダ、行ってこい」

 

「了解だゼ、リーダー!」

 

リーダーの号令とともに、サンダが腕と肩をコキコキと鳴らす。

サンダの術式は『汚泥の溜まった落とし穴(インスタント・セメタリー)』。

対象の足元の地面を一時的に軟化させ、底なし沼を作り出すものだ。

本来能力で穴に落とし、能力を解除することで対象を瞬時に生き埋めにするきわめて足切り性能の高い術式である。帝国南部に隣接するストルク王国の、サンダーヴォルト家という本編に出ない歴史ある武家に代々遺伝する割と由緒正しい術式、なのだが。

サンダはこっそりと背後に近づき、

 

(……くらエ!)

 

サンダの渾身の気合いとともに、ミーシャの足元に落とし穴が……落とし穴が。

いや、違う。側溝くらいのしょぼい沼ができた。本人の才覚と鍛錬の問題で、今の彼にはこれが限界である。

 

「わ、わぁ!?」

 

それでも魔力抜きだと蚊トンボくらい体幹のか弱いミーシャが、ものの見事に片足をとられてバランスを崩す!!

 

「キキっ!今だ!!」

 

サンダがミーシャの懐に手を伸ばし、

 

「おっと。ミーシャちゃん大丈夫?」

 

「び、びっくりした……こんなところに水溜まりがあるなんて……」

 

「変だよねぇ。雨なんて降ってなかったのにね?」

 

「そうだよな。ま、でも手を繋いでてよかったよ……ありがとう、キリエ」

 

「えへへ、任せてよ!あ、お肉屋さんは町はずれのところにあるお店が安くておいしいよ!」

 

「………………」

 

すごすごと退散するサンダ。

自信満々で出て行ってはいるが、キリエと対峙してしまえば間違っても勝てやしないのだ。敵に立て直された時点で奇襲は失敗である。

男は仲間の待つ暗がりに戻り、

 

「どうっスカ!転倒させてやりましたよ!」

 

「サンダ、お前……」「お前は本当にバカだな……」

 

「あれ!?な、なんで!?」

 

「ハァ。もういい、セカン、行け!」

 

-------

 

三兄弟の次男、セカンの能力は『笛男(ホイッスラー)』。

 

音を聞いた相手の行動を誘導できる洗脳術式であり、初見殺し極まりない術式、なのだが。

 

「ヒヒ……くらいなぁ!」

 

セカンは露店の一店に押し入り、店番のババァを押しのけ、声を張り上げる!

 

「安いよ安いよぉ!ナザングルで摂れた糖竹から作った飴と南都産のポテトの薄揚げが今ならたったの銅貨3枚!二つ買えば銅貨1枚おまけだ!」

 

本人の才覚と魔力容量の問題で、セカンの『笛男』は全力で声を張り上げて対象の興味を誘導する程度のものである。

 

「ニイちゃん、飴一つ!」

「こっちにはポテトのセットだ!」

「おい押すな押すな!!並べって!」

 

具体的に言えば、魔力の少ないお客を呼び込んで、店を繁盛させるくらいの能力でしかない。……が、それでも魔法耐性の一切を失って、南極のペンギンくらいの警戒心しかないミーシャは、ふらふらと吸い寄せられる!

 

(来たっ!注意を逸らしてその隙に一発お見舞いしてやるぜ!)

 

「あ、お菓子、お菓子だぁ。キリエ、あれ買おう」

 

「うんうん、そうだねぇ。いっしょに行こうねぇ」

 

「ヘイ毎度ぉ!お嬢ちゃんかわいいから飴を一袋サービスだぁ!」

 

「わ、店員さん、ありがとう………」

 

小一時間後。

 

「兄ちゃん、店番ありがとうねぇ。最近腰と目がもうイカンでなぁ……」

 

「ククっ、良いって事よバァさん。売り上げはここに置いていくからよ」

 

「あぁ、兄ちゃん、これ、取っときな。少ないがバイト代と、ウチの自慢の糖蜜飴だよ……」

 

「ババァ……」

 

心温まる地域交流を済ませて、セカンは良い汗を拭いながら仲間のいる暗がりへと戻っていく。

 

「ふー。疲れた。兄貴。今日のアガリ、納めてくれよ」

 

「セカンお前……」「セカン兄ィ……」

 

兄貴分と弟分から憐みの眼で見られる『笛吹き男』。

 

「んだよ。サンダだって似たようなもんだろうが。なんだその眼は?」

 

「いや、俺っちはセカン兄ィみたいに目的まで忘れてねェガ……」

 

「んだぁ?俺は稼いでアガリ入れてんだよ。それに比べてお前はどうだっつってんの」

 

「セカン兄ィ、空しくないカ……?」

 

「だいたい、お前いつも役立ってないんだが。無能子分らしくもっと体張ったらどうなん?」

 

「は?兄ィだっていっつも目的忘れて遊んでるだロ。アンタのほうが無能だネ」

 

暗がりで言い争いを始める弟分たち。

もはや当初の誘拐計画などどこ吹く風である。

二人を暫く黙って眺めていた長兄だったが、やがてきわめて大儀そうにため息をつき、

 

「ハァ……、お前ら、静まれやぁ」

 

「兄貴……」「リーダー……」

 

「俺はお前たちを無能だなんて思っちゃあいねえよ。いいか、俺の言う通りに動け。そうすりゃあのピンク髪なんて敵じゃねえ。いや、ピンク髪どころか、『キラザ』だって倒せる。お前らは最凶のコンビになれる。いいな?」

 

長兄の不思議と含蓄のある渋い声に、弟たちの背筋が自然と伸びる。

 

三人の気持ちが、自然と一つになった!

 

「聞けお前ら。まずは------------------」

 

作戦はこうだ。

 

まずは『笛男』がピンク髪-----キリエに向かって術式を発動する。

キリエとはぐれさせたうえで、今度はミーシャを誘導し、次に『落とし穴』を食らわせるのだ。

 

「……いいか、俺達は今度捕まったら街から『追放』処分だ。絶対に失敗できねえ、いいな?」

 

「あぁ、兄貴。信じるぜ」

 

-------

 

「うへぇ。買ったねぇ」

 

「そうだな。まぁ、2日分の食べものだしな」

 

「あと買ってないのはそう、お肉だね!露店街からちょっと離れたところにあるお店なんだけど、安くて量も多いからそこに行こっか!」

 

がさ、とキリエが野菜の入った包みを抱えなおして言う。

わたしも両手に買い物袋を提げていたけれど、キリエは律儀にわたしから手を離さないでいた。

 

「ん。わかった」

 

いつもより数段重い身体を引きずって歩くのもそろそろ疲れてきていたけど、キリエが張り切っているので、わたしもなんでもないふりをする。買い物に出た時から終始周囲を警戒しているキリエの気力が持つのなら、さっさと帰ろうと言う理由も無いように思った。

街並みも最初から比べれば随分人混みも減ってきていて、キリエの言う店もそこまで遠くないんだろうし。

そんなこんなでキリエに手を引かれてしずしずと歩を進めていると、キリエが唐突にぴたり、と立ち止まる。

 

「?」

 

見あげると、キリエはがきっと明後日の方向を向いて、

 

「……っ!そこっ!!」

 

ぎぃぃいん!!!と、わたし視点で唐突に、甲高い金属音が鳴る。

驚いて見渡すと、キリエが双剣の片方を抜いて、飛来するなにかを叩き落としていた。一拍置いて、武骨な投げナイフがからりと地面に落ちる。

 

「え、ちょ、なにっ!?」

 

魔力探知の一切を失っているわたしがようやく焦り出したところで、

 

キリエのよく通る声が、近く一帯を切り裂く。

 

「……良い加減にしなさいっ!ばれてないとでも思ってたんですかっ!?」

 

反応はとくにない。様に見える。

が、キリエはさらにきっと目線を鋭くして、

 

「……!ミーシャちゃんに手を出していいのはわたしだけなんですよ!覚悟!」

 

明後日の方向を振り返って、露店街のほうに駆け出し、あっという間に見えなくなる。

……。わたしを置いて。

 

「え、ちょ……」

 

あれ?護衛モチベが高いのはわかったけど、あれぇ?

 

どうしよう。とりあえず人の多い繁華街のほうに戻るか。襲撃者が見えない時は、とにかく障害物の多い方に逃げるのが常識にして鉄板だ。

 

…………。

 

あ、あれ?なんか違う、ような。

 

「……そうだ、お肉だぁ。精肉店で肉を買わないと。いや、絶対行かないとだめじゃんか。何で忘れてたんだろ?」

 

 

------

 

「すげえよ兄貴!うまくいってる!」

 

「な?簡単だろうが。注意を引く術式は一瞬でいい……。『敵意』に対する興味を『笛』で増幅すりゃあ、護衛はそれを二度と無視できねぇ。一瞬気になっちまっただけで、もう露店街の人混みで『敵』を探すのを辞められねぇのさ。ピンク頭のアンテナが高い程な」

 

「首尾よく引きはがせたネ。で、どうする?襲ウ?」

 

「イヤ、護衛が戻ってきたら絶対に勝てねェんだ。もう一手要るんだよ。『ミーシャ』のほうに『笛』をかけなおしたか?」

 

「完了だ、兄貴。予定通り『アジト』に誘導するぜ」

 

「そこで俺の出番だネ!」

 

「いけるぞ、手前ェら。『宝探し大会』の優勝者相手に『金星』上げて、俺達は組に舞い戻るんだ。いいな?」

 

「「応っ!!」」

 

-------

 

次男の『笛男』には本来、そこまでの行動制御能力はない。が、標的であるミーシャに魔力耐性が一ミリたりとも無いとなれば、さすがに話は別だ。

……そんな状況は、この世界の性質上本当に滅多にないのだが、ともかく、ミーシャは意識をほぼ失ったまま、笛の音のままに歩き出す。その眼に生気は無く、足取りも幽霊みたいな頼りなさだ。

 

「ががががっ……!」

 

次男にも相応の負担がかかる。ただのチンピラである次男にとって、一日にこんなに連続して魔術を使う機会など皆無であった。物陰で力んで震えながら、汗をぽたぽたと落とす次男。

 

魔力的な疲労だけではない。それは、護衛のキリエ・キルシュタインへの恐怖。

あの『霧のブーシュカ』を殴り倒した女が、今この瞬間戻ってこない保証などどこにもないのだ。あのピンク色が到着するだけで、三人衆はミンチかそれ未満の肉塊に精製されてしまうだろう。あの生中継を見て、三人の中でのキリエの虚像は限りなく膨らみ続けていた。

 

「気が付くな、気が付くな……頼むゥ!!」

 

歯を食いしばって、唇から流血する。虚ろな目をしたまま、標的はふらふらと歩を進め……、それから町はずれにある廃墟の一つに、足を踏み入れる!

 

「ぐっ!あぁぁ!!」

 

次男が目から血を吹き出しながら倒れた。

 

「うわぁぁ!!ジロー兄ィ!!」

 

「馬鹿野郎!!!!!」

 

長兄の大声が、二人に突き刺さる。

 

「ジローの犠牲を無駄にすんな!!サンダ!お前の番だァ!!」

 

「……っ!!うン!!!」

 

サンダは、天井に向かって手をかざす。

 

「『汚泥の溜まった落とし穴』!!」

 

涙ながらの詠唱とともに、ミーシャの足元の、腐りかけた木の床が、瞬時に液状化する!!

 

ぐらり、と標的の身体が揺らいで、そのまま泥の中にダイブした!

泥になった床に吸い込まれるように落下して、ミーシャの姿があばら屋の一階から消える。本来、サンダの『落とし穴』は、地面数十センチを泥のような形状に変化させ、敵を転ばせる程度のものだ。が、このあばら家の床は長年の風雨で朽ちていることもあり、ひどく薄く、脆くなっている。

 

結果として、『落とし穴』は、この建物の床を貫通した!

 

そして、そう。一階の床の、その下にある空間は、

 

「痛っ!?い、いたた……っ、ここどこ!?」

 

「や……やったッ!勝てる、勝てるぞ!『金星』は目の前ダ!!」

 

-------

 

朽ち果てた床材の山をかき分けて、標的が姿をあらわす。落下の衝撃でようやく正気を取り戻したらしく、頭を振って意識を復活させるその姿からは、イベントでみせた強者の鱗片は感じられない。

 

「…………、っ、いったぁ……」

 

緩慢な動作でふらりと立ち上がった少女の視界に、ようやく敵が映りこんで、その瞳に警戒の色が宿る。

 

「……よぉ。もういいか?嬢ちゃん」

 

「うわぁ。生憎、今閉店中なんだよ。来るなら来週にしてもらっていい?」

 

魔力も使えず、護衛もいない。素の腕力は確実に平均未満であろう華奢な少女は、それでものんびりとした口調を崩さない。真っ白な改造法衣の埃をぱんぱんと払いながら、胡乱な目付きで三倍は体積のありそうな大男を見下ろす。

対照的に三兄弟のリーダーたる大男は大きく目を向いて、

 

「アイニクはこっちの台詞だぜェ。お前があの受付女の『出禁』食らってんのは知ってんだァ」

 

「えぇ、知ってんのかよぅ。なんで?」

 

「クックック、俺の『裏』情報網ナメんな。さァ。キレイな顔に傷入れたく無けりゃ、せいぜい暴れんな。手を頭の上で組んでここまで歩け」

 

路地裏の怖いお兄さん特有の圧を全身から発散し、会話をしながら。

長兄は引っかかっていた。

長兄の固有術式は【自信計】。視界に捉えた相手の動揺具合をゼロから100までの数値で表す術式だ。

おかしい、少女の動揺度は【18】。

意識を失っていたこと、落下したことへの衝撃はあれど、ほとんど平常時と変わらないと言っていい。

 

(……こいつ、マジで余裕じゃね?)

 

生まれもったトゲトゲしい魔力は、攻撃術式を持たない長兄にとっての生命線である。この魔力の質によるハッタリで幾十ものチンピラバトルの経験を積んだ長兄の経験が言っている。

 

(【18】……【18】だと?ほとんど平静じゃねえか!俺の前に立った奴はどんな番長でも【40】を切ったことはねえんだぞ!?)

 

そう、少女はほとんど動揺していない。

 

(そうだ。なんで受け身も取らずに落ちて、なんの怪我も、痛がりすらしてねぇんだ!?おかしくねえか!?)

 

それどころか、逆に。いっそ(客観的に見れば)儚げですらある少女の態度に、長兄のほうが揺れていた。

 

(くっ……間違いねえ!何か……何か隠してやがる!!この状況で余裕かませる……何かっ!)

 

一方少女も動かない。大男の出方を伺っているように見える。

結果として、両者とも動かない。

少女の動揺度だけが、【16】に低下した。

 

(こいつ……何モンだ、マジで?この状況わかってんのか!?)

 

長兄の額に、つ、と一筋の汗が伝う。

 

(静か……そう、静かでさえある。お前なんて……お前なんていつでも倒せる、って言いてえのか!)

 

こうなればもう袋小路だ。長兄は無理をして、魔力による威嚇をとにかく強める。結果、先に息が上がったのは長兄のほうだった。

 

にたり、と。

それを見た少女が。聖女の笑みを、しかし底の知れない笑みを浮かべる。

 

(動揺度……【9】!!くそッ!!いや!ハッタリだ!こいつは今魔力を『使えねぇ』!そうだろおらぁぁ!!!)

 

心の中で叫ぶ大男----------その絶叫を狙いすましたかのように、少女が素早く懐に手を伸ばす!!

 

「あああああああああ!!!!喰らえやァァァ!!!!」

 

魔導弾の炸裂音が、豪快に周囲に鳴り響き。

衝撃波とともに、白色の煙があたり一面に立ち込める。

 

「……っち!!」

 

視界が晴れ、大男が舌打ちをかます。少女の周囲には、無数の青い透明な板が、空間に固定されたかのように浮いている。

 

青色術式。

 

生中継の通りなら、少女がこれ一本で【怪物】イレイナ・マーキュリーと渡り合った、青色の極みに近い完成度のそれ。

 

「………くそっ!くそっくそっ!!!!」

 

男が地団駄を踏む。

ミーシャ・ラッシュライフに少しでも魔力が残っているのなら、男たち三兄弟に最早、ダメージを与える手段は皆無だった。

大男の眼に涙が浮かぶ。

 

物心ついた時から日常的な暴力に瀕してきた。

15の夜に両親をボコボコにして帝都のスラム街を出、北に移り、転がり込んだギルドで貸付金を踏み倒したうえ宝物を奪って捨てたら30年の【出禁】になった。それからは、ハッタリ一つで生きてきた。一度キレると自分を見失うタイプだったが、子分が出来てそれも鳴りを潜め、強者にひざを折ることも覚えた。

それでも、今日ここでこの少女と楡の杖を売り飛ばせなければ、街の裏の首領に納める金も尽きる。

 

「いや……いや待て」

 

極限の緊張の中で、男はふ、と冷静に帰る。

 

「おい、なんでだ……なんで攻撃してこねえんだ?」

 

女は答えない。ただ黙って、静かにこちらを見下ろしている。

 

「逃げないのだってそうだ……何ンだ?なんで突っ立ってやがんだ?」

 

「……、」

 

追い込まれるほどに。

追い詰められるほどに。脳の奥に隠された鋭い錐が、これ以上なく研ぎ澄まされていくのがわかる。

 

「そういや……青色術式、ってのはダンジョンに潜る『前の夜とかに』整備するもんだ……確かそうだ。2番目のカーチャンは、俺を殴るときいつもそう言ってた」

 

ずずず、と。

大男の周囲に、トゲトゲしい魔力が戻る。

いっそ神聖にすらみえる密度の、通常なら絶対に近づきたくない濃さの青色術式の防壁に、一歩、二歩と近づきながら、

 

「おい、ガキ。『出禁』前に『仕込んだ』モンは……『魔力がない奴でも』使えるよなぁ?お前は今……魔力が使えねぇ。違うかァ?」

 

黙っていた少女が、平静のままに口を開く。

 

「……ん。正解だ。やるじゃん」

 

静寂。それから、どちらともなく笑う。

数秒か、数分か、とにかく大笑して、だぁん!!!と。男の脚が手近な角材を踏み砕いた。

 

「ガキがよ……俺を騙そうとした罪は重いぜぇ?俺は馬鹿にされるのが一番嫌いだからさぁ~……!」

 

男が凄む。

 

「どうしようかなァ?とりあえず腹いっとくか?安心しな、【動揺値】が【100】になるまで絶望させながらゆっくり痛め……あぁ?なんだ?」

 

男が勝ち台詞を中断する。

 

少女が唐突に、地べたにぺたりと座り込んだからだ。

しかしそれは絶望、ではない。動揺値は少しも変動していない。

少女が、ふーっと大きく安堵のため息をついた。

 

「……なんだ?なんだってんだ?」

 

「ふー、間に合ったぁ。死ぬかと思った……。ゴメン、なんだっけ。名前……なんか悩んでくれてありがとうな」

 

「あ?」

 

男の疑問は、続かない。

少女と男の、その間の空間に。

双剣を抜いた鬼が、地獄の底から降臨する。

 

------

 

正直、ほとんど全部ハッタリだった。

わたしの手持ちは、チハルさんが【出禁】を発動する前に仕込んだ『青色術式』のストックだけだ。

 

『出禁』後は一切魔力を扱えないから、敵の攻撃に機械的に反応する『自動防壁』だけを積めるだけ積んで、そのうえで『出禁』を発動してもらったのだ。『出禁』は人間にだけかかる。『出禁』を受けた人間の周囲を固める『青色術式』は『出禁』の対象ではない。

 

ついでに言えば、防壁の発動と同時にキリエに居場所を共有する術式を仕込んでおいたので、落下の衝撃で術式が発動してからは、やるべきことは時間稼ぎだけだった。

 

「この……!このっ、よくもこの子をっ……!!」

 

おお、キリエがブチギレている。

 

握りつぶしそうなくらいに双剣を握り締めて、目の前の大男にガンガンに魔力を飛ばしている姿は、普段とのギャップで正直めっちゃ怖い。

 

「キリエ、一応、まだなにもされてな……」

 

「そこの性犯罪者!!!!!」「うわぁ!?びっくりした!?」

 

大男……名前を知らない人もぽかんとしている。ほんとうにそういう目的ではなかったのだろう。

ということはやっぱり強盗の類だろうか。わたしの『出禁』を知ってたのは気になるけど。

大男はいきなりの(?)暴言に正気に戻ったのか、びっくりするほど肩をいからせて、

 

「誰が性犯罪者だ!!俺は『出禁のファスト』!!ギルドの出禁女に『30年』出禁にされた伝説の不良だァ!!!チンケな犯罪はしねぇんだが!!!!」

 

……。

答え合わせをありがとう。

 

そうか、こいつもチハルさんに『出禁』食らってんのか。だから気づけたと。

 

「というか30年って何したの。キリエ殺害未遂のキラザが14日だったよな?」

 

「そんなの関係ないよミーシャちゃん。絶対、絶対許さない……!さぁ、表のあなたのお仲間も処理済み……観念して!」

 

「……そうか。役立たず共の弟どもがよぉ」

 

男……(なんだっけ、ごめんまた忘れた)がふ、と笑う。

そこになにやら物寂しそうな雰囲気を感じて、わたしはすこし言葉に詰まった。

 

「ちっ。逃げてもいいが、あの世で笑われちまうなァ。……来いよ。俺ァこう見えても裏ではそこそこの武闘派よ。ただでやられぶへぁ!?」

 

ハードボイルドな負け台詞がキャンセルされて、男がキリエの蹴りで吹き飛ぶ。双剣使えよ。

 

「さすがに命まで取ってはないよ。失礼なっ」

 

倒れ伏して動かなくなった男に、ふん!とキリエが吐き捨てた。

 

------

 

男を柱に縛り付けてから、キリエの瞬間移動で地上に移動する。

ギルドカードの通話機能でチハルさんに連絡したら、指名手配情報から三人の氏名から能力まですぐにわかった。けっこう名うての迷惑系犯罪者ーだったらしく、はからずもナザングルの治安に貢献した形になる。

 

連行されていく三人組を見送ってから、わたしたちはようやく並んで露店街に戻ることができた。

 

「く~~っ!!やっぱり外の風と光は最高だなぁ。キリエ、本当にありがとう。死んだかなって思ったよ」

 

「ううん、むしろ、ごめんね。絶対に離れないつもりだったのに」

 

護衛失格だね、とキリエが落ち込む。

わたしはあめりかじんみたいに肩をすくめて、

 

「あの三人のうちの一人が精神操作系の術式だったから、そういうことだろ。わたしもなんだか、どうしてもあのあばら家に入らないといけないような気分になって、気が付いたらあそこにいたからな。結構強制力の強い操作能力なんだと思う」

 

ま、今のわたしは魔力耐性ゼロだから本当のところはどうかわからんけどな。

キリエのほうは状況をうまく利用されたっぽいし。

 

「うぅ……私の意志って……」

 

キリエがなおも落ち込んでしまっているので、わたしは明るい声で、

 

「まぁ、済んだことはもういいだろ。お腹空いた。次は肉を買いに行く予定だっただんだろ?案内してくれよ」

 

話が大きくそれてしまったけれど、さっさと買い物を再開して、家に帰ってしまいたいところだ。

 

「あはは……ミーシャちゃんはあんまり動揺してないね?」

 

「ん?そう?」

 

「そうだよ。魔力が使えない状態で自分より大きい男の人に襲われたら、私だったらすごく怖いかも」

 

うぅん、とわたしは首を傾げる。

確かに怖がるのが普通なのか。

でも、対抗する手札もあったし、最悪負けてもこの街中ならなんとかなるかなって。

 

キリエに言われて考えを巡らせて、ぽんと膝を打つ。

 

「あぁ、わかった。昔ダンジョンで麻痺毒のある大蛇に肩まで呑まれたり、人喰い大鷲に攫われたり、謎の毒触手で息が止まったりしてるしな。その辺の冒険者ひとりで今更怖がるってのも変じゃない?」

 

「ミーシャちゃんはたまにとんでもない法螺を吹くよね……」

 

「法螺!!!?!!?!?」




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