ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
住み慣れた我が家に帰って簡単に料理を作り、キリエと食卓を囲む。
すっかり話し込みながら時間をかけてお腹を満たした後に、これまたゆっくりとお風呂に入って出てきたころには、すっかり日も暮れていた。
「ふぅぅ。今日は色々と疲れたし、寝ちゃうか」
「そうだねぇ。まさか街中であんな感じになるなんて」
キリエはいつの間に買ったのかなんだかとってもかわいい感じのパジャマを着込んで、風魔法(微風)で髪の毛を乾かしながらのんびりと返答してくる。わたしはといえば部屋着のシンプルなシャツと緩い三分丈のハーフパンツで、キリエと違って色気の欠片もない。
気温に関係なく、わたしは寝るときは一年を通してこれだ。楽だし。
ただこれに関しては、寝る時までおしゃれに余念のないキリエのほうが異端と言わせてほしい。
女同士で色気を出す必要がどこにあるんですか。いや、ない。
わたしが自問自答をしていると、そのキリエが声をかけてくる。
「ミーシャちゃーん、どうしたの、ぼーっとして?」
「や、なんでもな……」
声に振り返る。と、キリエは既にベッドの上にぺたりと座り込んで、それはもう期待に満ちた表情でこっちを見ていた。
「ほら、ミーシャちゃんこっちこっち!」
ばふばふと布団を掌で叩く。キリエの横のそのスペースには、丁度人ひとりが寝そべることができそうだった。
「あ、うん……」
思わず素の反応が出る。
キリエ、ノリノリだなぁ。もうこれ女子のお泊り会だろ。それはそう。
まあ、十代後半ともなれば、こういうのが楽しい盛りなのかもしれない。北のダンジョン暮らしのせいで同衾に慣れっこのわたしからは、すっかり消え去った感性だ。同年代なのにね。おかしいね。
でも、まあいいか。ここはひとつ、鷹揚な態度で大人ポイントを荒稼ぎするのもいいかもしれない。
「ふふ、もう逃がさないよミーシャちゃん。朝までじっくりあったまろうねぇ」
……。
「えぇ……」
「げんなりされた!?」
だって全然キモいもん……。
キラキラ十代から突然おっさんにシフトチェンジするんじゃあない。とっさの罵倒を飲み込めただけでも仏ポイントをプレゼントボックスに送れよ。
半目でじとりと睨むが、キリエは余計に表情を華やがせるばかりだ。
だめだ、残った気力でこの女のねじれたコミュニケーションに上手に反応できる気がしない。
もういいや。疲れた。あといい加減寒い。立春を超えているとはいえ、ナザングルは北国だ。夜はまだまだ冷え込むのである。
「キリエ、見た目はムカつくくらい良いのにたまに本当に気持ち悪いよな……」
「綺麗な花には棘があるんだねぇ……」
「何しみじみしてんだ。ほら、もう寝るぞ」
「あ、うん。ごめんごめん。冗談はさておき、私の布団は女将さんに貸してもら……ミーシャちゃん?」
「なんだよ。寒い。布団独り占め。ずるい」
眠気に任せて適当に返事をしながら、キリエが開けてくれたスペースにもそもそと潜り込む。
二人分の体重を受けて、シングルベッドがぎしりと音を立てた。
「………………」
「?どうしたキリエ?寝るんだろ?」
「……ウン」
突然超真顔でフリーズしたキリエにを置き去りにして、わたしはすでに少し温まっている掛布団を肩まで被る。
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灯りを消すと、部屋の中に夜の闇がするりと入り込んでくる。
古い木製の格子がついたガラス窓から差し込む月の光だけが、ぼんやりと室内を照らした。
消灯と同時に不思議と気温まで数度下がった気がして、反射でふるりと震える。
「ふぅ、さすがに夜はまだまだ冷え込むなぁ」
「……」
「うわ、キリエ見て見て、外、雪降ってきてる。どうりで寒いはずだよ」
「……」
「パーディ脱退してからだいぶぬくぬくしてたからあんまり気にしてなかったけど……キリエ?」
黙り込んでしまったキリエを怪訝に思って隣を見ると、掛け布団を口元まで被ったキリエがなんだか半目でこっちを見つめていた。
「……ミーシャちゃん、意外と距離感近いよね……なんか、野良猫と思って撫でてたら意外と家猫だった……みたいな」
何その表現。わかるようでわからない。
けど、言われている内容については心当たりがないでもない。
「その例えはわからんけど……距離感といわれたまあ、そうかもな」
「認めちゃうんだ……」
いっそうじと目のキリエの目線を受けて、わたしは昔に思いを馳せる。
「まぁ、割と最近まで魔王領に遠征するようなパーティにいたからな。ダンジョン……でなくても、魔王領で夜寝るときってどうしてるか知ってるか?」
「うぅん……?」
頭上にはてなマークが浮かんだキリエの顔がおもしろくて、苦笑しながら言葉を続ける。
「防御術式を張って、それでパーティを蚊帳みたいに覆って寝るんだよ。ドームみたいな形のやつな。で、そのドームが小さければ小さいほど、術者の魔力消費が少ない」
「あー……」
キリエは意外と頭の回転が速い。わたしの言いたいことをすぐに理解したようだ。
「ま、そういうことだよ。思い思いの場所で離れて寝られると、わたしが疲れるんだ。寝るときはなるべく寄ってもらわないと困る」
要は慣れだ。誰と一緒に寝ることになっても、命を守るためなら別に。って感じである。
納得してもらえたと思ったのに、キリエはなんだか難しい顔をする。
「ということは、ミーシャちゃんは日常的にほかの人と添い寝を……?」
「添い寝って言うな。まぁ、そうだけど」
ちなみに男女は別だぞ。
身内でそういう関係になって崩壊するパーティなんて、8年間でいくつも見てきた。ゴリラのエルヴィンの強い主張のもと、キラザのパーティのドームは必ず男用、女用の2つだ。
わたしの回想をよそに、キリエがぎりりと歯を食いしばって唸る。
「くっ……誰よその女……!わたしのミーシャちゃんにべたべたと……!」
「そこは誰よその男……!じゃない?」
「……」
「はは。男女ならいざ知らず、女同士で一緒に寝たとして、だからなんだっていうんだよ」
「………………」
「あれ?え?黙るのやめて?普通に怖いよ?あれ?」
「えへへ、冗談だよ。怯えるミーシャちゃんもかぁいいねぇ」
ハイライトのない目から一転、愉快そうに相好を崩すキリエ。
何その無駄な演技力。ちゃんとひやっとした。今この状況の意味が175度くらい変わるところだった。
恐怖で頭が冴えてしまったついでに、そういえば、と一つ疑問を思い出す。
「そういえば、イベント景品の【小宇宙】ってどうなったんだ?」
「うーん、わかんない。キラザのパーティの……えっと、シュリって人が拾ったんだと思う、けど」
「でもあいつもクリアできてないよな。ということは、結局誰が持ってるんだ?」
「うぅん、どうだろうねぇ」
例のイベント……もう数週間前になるけれど、キリエが放棄した『小宇宙』手に入れたシュリは、運悪く出現したドラゴンに踏みつぶされてしまった。今思えばどう考えてもギルマスの差し金だけど、あれもイベントの一環と考えればずるいとも思わない。
ただ、それなら【小宇宙】はどこに消えたのか。龍が奪い去ったのかもしれないし、ギルドの金庫に戻されているのかもしれない。
考察しようとして、やめる。もうわたしには分かりようのないことだ。
それより、とわたしは居住まいを正して、
「……キリエ、ごめん。あれは作戦ミスだった」
「え、何が!?」
キリエが何度目かのいいリアクションを返す。
話しかけておいてなんだが、元気だなこいつ。眠くないのだろうか。
「ま、まさかイレイナさんに勝てなかったからー、なんて言わないよね?あの人と互角にやりあって、足止めするなんて、ナザングルじゃ絶対ミーシャちゃんしかできないよ」
ギルドのみんなも褒めてたよ!とキリエは力説する。
わたしは暗闇に視線を泳がせて、
「イレイナに勝てなかったのもそうだけど、それ以前の問題だよ。そもそも私たちが二手に分かれるべきじゃなかった。全力で【小宇宙】を確保して、さっさと逃げるべきだったんだ」
「うぅん、そうかな?それでいくと、あのドラゴンが私たちを襲ってきたと思うけど」
「……、かもな。でも、なんとかなったと思う」
ただ、後から聞いた竜の特徴から、大体の等級や属性は見当がついた。多分、イレイナ戦前のわたしなら止められていた。そうでなくとも、イレイナも含めて乱戦に持ち込んだ方が、多分よかった。
あの作戦はわたしがイレイナとのタイマンにこだわった結果のものだ。
言い換えれば、ただただキラザのパーティにぎゃふんと言わせたいがためだけの、作戦。
『小宇宙』を手に入れることだけに集中していれば、あるいは。
「ミーシャちゃん……」
キリエは意外と頭の回転が速い。もしかしたら言葉足らずのわたしの発言から一足飛びに真相にたどり着いて、失望しているのかもしれなかった。
一拍置いて、キリエの手がすぅっとわたしのほうに伸びる。
思わず身を竦めて眼を閉じ、
「ふふ、しゅんってなるミーシャちゃんも可愛いねぇ」
頬を撫でてくる。
全然きもかった。
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「……怒ってないの?」
キリエに投げかけた言葉は、我ながら微塵も揺らいでいない。
「怒るわけないよ!ミーシャちゃんがいなかったらそもそもあんなところまで生き残ってないし!」
曇りない言葉とまっすぐな眼にどきりとして、咄嗟に視線をはずす。ぎゃあ、まぶしい。
そんなわたしの様子に気付かないまま、キリエが力強く続ける。
「それに、あれはもう要らないんだ」
あぁ、それもだ。なんで?
「要らない、ってなんだよ?イベント途中で急に要らなくなったなんてことある?」
「う~ん……そうだねぇ」
珍しく、キリエが言い淀む。
こいつにだって言いたくないことはあるだろう。
わたしにだってあるし、それを責める気はまったくない。
だけど、ああ、これは。確かにちょっとだけ寂しいかもしれない。
が、わたしの内心を知ってかどうか、キリエはすぐに言葉を続けた。
「あのね、あの【掌の上の小宇宙】……わたしのお母さんが冒険者として、持ち返ってきたものだって言ったよね」
「……、そうだな」
SSランク『月の屑』が持ち返ってきた魔王領の最深部の素材。
その魔力で、宝石に映った小宇宙のすべてが記憶されている。
キリエの母親の数少ない手がかり、だったはずだ。
キリエの眼が見れなくなって、わたしは布団に顔を埋める。
「……そんな、そんな大事なものを、大事なものだったのに」
だめだ、なんだかうまく言葉がまとまらない。
「うぅん、でも、いいんだ。そりゃ、会ってみたいけど。それはのんびりでいいかなって思う」
「……、」
「それより、あのシュリって子に交換条件を出されてなんだか腹が立っちゃったから、もういいや!って捨ててきたんだ」
「もういいやってお前……、いや待った、交換条件?」
あいつ、何企んでやがる。
とっさに、表情が険しくなったと思う。けれど、キリエは苦笑して、
「あ、それは秘密!大丈夫だよ、心配しないで!」
なんてきっぱりと言い放った。
「あはは、秘密かぁ……」
キリエはマイペースに、しかし確信に満ちた声で、
「でもいいんだ。断った方がお得な条件だったし、何よりあんなお情けでお母さんに近づいても、笑われちゃうよ!」
「それで、いいの?」
「うん、いい!」
だいたい、私が5歳の頃にはもう冒険漬けで、実は顔もよく知らないんだ、と言い放って、キリエは笑った。
そっか。
ちょっとだけ、救われた。
「……キリエは、これからどうするんだ?冒険者ランクを上げていく感じか?」
高ランクの冒険者になれば、当然高いランクのクエストも解禁されるし、高ランクでしか触れられない情報も得られるようになる。同じく高ランクであろう彼女の母親を探すなら、それしかないように思えた。
が、キリエはんー、と人差し指を唇の下に当てて、
「うぅん、そうだねぇ。それはそうなんだけど」
キリエが一拍置いて、わたしは言葉を待つ。
「キラザのパーティの人たちを見て、なんというか、もっと強くならなきゃ、って思うようになったんだ」
「……、それは」
それは、強いな。
言いかけて、飲み込んだ。
「そのために、とりあえず、もっともっと厳しいクエストも受けるようにしよっかなって……でも」
「でも?」
「ひとりでクエスト受けたり、訓練したりしてみたけど、やっぱりピンとこなくなっちゃったんだよね……」
「……、」
「……だから、ミーシャちゃんも一緒に来て!お願いします!」
ぱぁん!とキリエが顔の前で両手を合わせる。
「くくっ、なんだよ。威勢がよかったのは最初だけか」
「えへへ。まだまだ私じゃ、あの人たちには届かないし……」
少女は笑う。どこまでも前向きに。
「それに、ミーシャちゃんが付いてきてくれないと、高ランクにたどり着くまでに私が死んじゃう!」
「……、ふふ、それはそうだな。キリエの防御は嘘みたいに脆い」
「ひどい!?そうだけど!?」
うぅ、そうじゃなくて……みたいなことをぶつぶつと口の中で呟くキリエ。
キリエと話したところで、わたしの心の奥にへばりついた氷は解けていない。
だがそれでいい。これは溶けてなくなるものでもないし、一生付き合っていくべきものだから。
「なぁキリエ。わたしも、強くなろうと思うんだ。で、今度はイレイナを自分で殴り倒すよ」
「んっ、いいねぇ。ミーシャちゃんなら出来るよ」
わたしが言って、キリエが無邪気に笑う。
「あ、格闘スキル教えようか?右ストレートはこう、腰を入れてね、思いっきり腕を……」
「ふむふむ。魔力の流し方はどうすればいいんだ?」
「あ、それはね。ちょっとしたコツがあって……」
話し込む。現実問題、わたしがイレイナを殴ったところで、堅い岩を殴ったみたいな結果にしかならないだろう。
だけどそれは、魔術紋が変わる前の話。
今のわたしの適性は、イレイナの言った通り、ロッドテイカー戦以前のわたしとは一変している。
失った七色の術式を、今の自分の回路に合わせて一から再構築する。
そのためにはまず、自分の適性を見極めることからだ。
失ったものは大きく。その道をたどるには途方もない時間がかかる。
だが、それがどうした。今度こそイレイナの背中を捕まえて、一発入れてやる。
私の決意を知ってか知らずか、キリエの講義にどんどん熱が入り始める。
なんかよくわからない精神論になってきていて、もう術式の話なんてしていない。
無意味、無意味な講義だ。それでも、コイツと話していると、自然と。
「なぁ、キリエ。私の名前はミーシャ、って言うんだ」
「はぇ?知ってるよ?」
「うん。で、名字はゼレンディア。今のは偽名で、本名はミーシャ・ゼレンディア。A級パーティ『キラザのパーティ』の元メンバーだよ」
「……うん、そうなんだ」
今のキリエにこれを言っても、だからなんだと思われるだけだろう。
それでも、なにか一つ、肩の荷が下りた気がする。
なにかとてもすっきりした気分とともに、急速に瞼が重くなっていく。
ここまでなんの打算も無しに、他人と1日を過ごしたのは久しぶりかもしれないな、と、心の隅でそう思った。
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とりとめのない話をしているうちに、段々と静寂の間が長くなっていき、いつの間にか、すぐ隣から小さな寝息が聞こえてきていた。
先に眠ってしまったミーシャ・ゼレンディアの顔を、キリエ・キルシュタインはじっと眺める。
森で最初に会った時、酷くしょぼくれた顔をしている人がいる、と思った。かわいい見た目に釣られて近寄ってみると、傷付いた態度を隠して強がる姿が、まるで手負いの小動物みたいで。戦ってみると私なんかより何十倍も強いのに、どうしてか、それすら痛々しい姿に見えた。
どうにかしてあげたいと思った。
だから、イベントに誘った。
何も解決しなくても、この子の心の傷に触れられなくても、別のことに気を取られて、少しは楽になればいいと思った。
嘘みたいに可愛い少女の横顔を見ながら、キリエは呟く。
「ミーシャちゃんが元気になったから……私の『宝探し大会』は成功なんだ。気づいてないでしょ?」
まどろんで、瞼が重くなり、徐々に意識が遠のく。
明日はこの子をどこに連れて行こうか考えて、自然と心が温まるのを感じた。
毎日投稿予定です。だいたい。
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