ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
最初はがたがたという音だった。深層に沈んでいた意識がほんの少しだけ頭をもたげ、それが木の窓枠が嵐に吹かれて揺れる音だと認識する。
次に寒さだ。布団しっかりとかぶって、なんなら同衾者で暖を取って眠ったはずなのに、今は薄着の身体を冷気が撫でている。
「んぇ……?」
眠気全開の言葉とともに、わたしはかろうじて目を開ける。冷気の原因はすぐに分かった。
ピンク髪の少女がわたしに覆いかぶさり、馬乗りの位置からこちらを無表情に見下ろしている。目と目がばっちりと合ってる。なんだろう、血の気が引いてる、みたいな表情に見えるけど、よくわからん。眠い。
そして、そんなキリエの背中で、ばっちり掛け布団が押し上げられていた。
どおりで寒いはずだよ。
「んん……」
両手で布団を奪い返そうとして、手が使えないことに気が付く。
なんのことはない、キリエがわたしの両手首を頭の横で掴んで、ベッドに押し付けていた。
ならばと寝返りを打とうとして、それもできない。
ちょうど腰のあたり、わたしの重心にぴったり座り込んで体重をかけてきている。あれだ。世にいう女の子座りだ。……女の子の上に座ったら、どんな座り方でも女の子座りになるんだろうか。ならんか。
「……きり……何ぃ……?」
なんとか声をかけつつも、既にもう駄目だ。思考も身体も9割がた寝てる。
ぼやけた視界に大写しになるキリエをしばらく眺めて、やっぱり何も思いつかない。ごめんキリエ、眠すぎる。もっかい寝るね。
そんな緩み切った姿とは反対に、キリエは両手を抑えつけたまま微動だにせず、ぞっとするほどの真顔でこっちを見下ろしていた。
……いや違う。垂れてる、よだれの糸がたれてるよキリエ。折角のキメ顔なのに。ふふ。わかったこいつも夢の中だな。わたしと同じか、なんならそれ以上に。
「ふふ……寝ぼけてんなぁ、キリエ……」
「……うん、何やってるんだろうね、私。そうだねきっと、寝ぼけちゃったんだ。そうだね、そう」
わたしの言葉に、キリエは口だけを動かして、なにやらもごもごと独り言を言っている。
……そして、そんなことを呟きつつも手首も腰も開放する気はないらしい。何度も言うが、全体的に近い。謎の近距離でまっすぐ見つめあっているのだ、流石にちょっと寝落ちしづらい。なにこれ。腰とか背中とか大丈夫なのそれ。
まぁいいや。そんなことよりいい加減肌寒さが限界。
最近は小春日和が多いとはいえ、まだまだ夜は冷え込むのだ。
「……寒い」
わたしは両手首の拘束をぺいっと払って、薄桃色のパジャマの襟を掴み、力任せに引き寄せた。
「---------------------------ッ!?!?!?!」
キリエの体温と布団の保温性が戻ってきて、わたしの快適指数と睡眠指数が瞬く間に上昇した。
「むにゃ……うん、ちょうどいい……。いいか、きりえ。魔王領遠征では寝るときはだな、こうして暖を……」
「……ッ!……ッ!!」
声にならない悲鳴が聞こえる気がするが、ごめん、ねむい。湯たんぽは静かにしていて欲しい。
9割がた寝ている意識の隅で、もしかしてまた距離感間違ったかな、という不安がよぎったけれど、おずおずと、しかし確かに、遠慮がちな手がわたしの頭を抱き寄せたのを感じて、今度こそ眠りに落ちる。
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「うぅ……わ、私は一体何を……」
「だからもう気にしてないって。いい加減機嫌直せよな」
「うん、でもね……?」
「わかったわかった。だから、寝ぼけてる時なんてあんなもんだよ。わたしも同じようなもんだったし」
「……うぅ、もとはといえば、全部ミーシャちゃんのせいなんだからね……?」
「へいへい、ごめんごめん」
一夜明け、翌朝。目を覚ますと、隣……上?にキリエの姿はすでになく、乱れた布団だけが残されていた。
一瞬の寂しさをかき消すようにキッチンのほうからいい匂いがして、ふらふらと吸い寄せられると、エプロンと三角巾姿のキリエが、日曜日の朝みたいな朝食を準備して待ち構えていたというわけだ。ありがとう。
焼きたてのパンに半熟の目玉焼きを乗っけてざくざくと食べ進めつつ、なにやら悶絶しているキリエをなだめているのが冒頭のやり取りである。
「うあぁぁぁ……違うの……あれは違くて……」
「まだ言ってる」
切り替えられていないキリエに、わたしはため息をつく。
おおかた寝ぼけて、幼少の頃に使っていた抱き枕かなにかと間違えたのだろうけれど、弱みを晒すのを強く嫌うキリエが昨日の今日でこうして落ち込んでしまうのもまぁ、理解はできた。
サラダとウインナーをだいたいやっつけて、いい加減キリエの黒歴史処理に付き合うのも飽き飽きしてきたので、強引に話題を変えることにする。
「はいはい、この話終わりな。それで、キリエはこれからどうするんだ?昨日言ってたけど、やっぱりお母さんを探すのか?」
キリエはぴたり、と悶絶の舞を止めて、
「えっと、うぅん、それは手がかりもないし、急ぎじゃないからね。しばらくは普通にクエストをうけて力をつける……って言いたいところなんだけど」
「だけど?」
キリエは一つ頷いて、
「うん。その前に、ノアセンパイと約束があるかもしれないんだ」
「ノアセンパイ、か」
わたしは魔王領での『杖使い』との戦いを思い出す。
あの時キリエとわたしと一緒に戦った、背の高い美人さんだ。あの人の『天使憑き』……羽根を生やして飛ぶ術式がなければ、わたしもキリエも死霊に囲まれて奴らの仲間入りをしていただろう。
「なつかしいな。結局あれから会ってない」
「あはは。あの人はいろんな地方のクエストを手当たり次第に受けてるから、とにかくつかまらないんだよね」
「わかったよ、ついていくよ。それで、あの人は今どこで何をやってるんだ?」
キリエは少し悩んでから、
「うーん……そうだね、今日これから、ギルドに行こっか?そのほうが手っ取り早いと思うから。あ、もちろんミーシャちゃんの魔力が戻ってからにしようね」
「それはそう」
「うん、よろしくね。多分また、変なところにいると思うんだ、あの人」
「?まぁ、チハルさんにも『出禁』解除の報告に行かないとだし。どっちにしろギルドだな」
そんなこんなで、次の行先がとりあえずギルドに決まった。