ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
「あ!ミーシャさん!キリエさん!」
結局わたしの魔力が復活したのは次の日の朝いちばんのことだった。予定より早いのは、チハルさんが大事を取って長めに持続時間を伝えたからだろう。
わたしとキリエがギルドに顔を出すと、カウンターに座っていたチハルさんが勢いよく立ち上がってこっちに駆けよってくる。
「おはよう、チハルさん。いい朝だね」
「はい、グッモーニンです……ミーシャさん、キリエさん、大丈夫でしたか?【出禁三兄弟】に襲われたと報告を受けた時は、心臓が止まるかと思いましたよ!」
三兄弟を拘束して通報した時のチハルさんの取り乱しようといったらなかった。そのあとわたしたちが無傷であることを納得してもらうのに、随分苦労した。
「んん、大丈夫だよ。魔王領で巨大蛇とか人喰い鷲に攫われた時に比べたら、結局人相手だし」
「ミーシャさん、たまに8歳児みたいな虚言を吐きますよね……」
「だから本当なんだけどなぁ……」
キリエと同じ反応をするチハルさんに肩を落とす。もはや騒ぐ気にもなれない。
なんか優しい目で肩を叩いて励ましてくるキリエをじとりと睨み返してから、
「でもまぁ、とにかくそれ以上のことは無かったよ。なんか、結局一日キリエと遊んだだけに……あぁ、いや」
わたしはふと思い出して、キリエのほうを向いてにやりと笑う。
「な、なに?幼女に転生した大魔王みたいな悪い顔してるよ?ミーシャちゃん?」
失礼な。ともかく不穏な雰囲気を感じたらしいキリエを尻目に、
「そういえば、寝ぼけたキリエにベッドで乗っかられたな。こう、両方の手首をぎゅっとして、顔を…………チハルさん?」
寝ぼけたキリエがおもしろいことをした程度の小話(アイスブレーキング)のつもりだったのに、チハルさんが笑顔のままぴたりと固まる。
完璧な営業スマイルのまま顔色を悪くすると言う器用なことをやってのけるチハルさんが、ぎぎぎ、と油の切れた機械みたいな動きでキリエのほうを向いた。汗すご。
「き、キリエさん……?まさか本当の本当に……?」
「な、なにがです?なんですかその眼は?まるで犯人でも見るような目で見ないでくださいよ。ひどいなぁ。あは、あはは」
何その反応。
ギャグ漫画で誤魔化し下手な犯人がやるやつじゃん。
案の定チハルさんの顔色がみたび変わる。
「え……あの、冗談のつもりだったんですけど……その、まさか本当に、……ってしまったとか……?」
消え入りそうな声のチハルさん。わ、こんどは見る間に顔が真っ赤に。耳まで赤い。
普段の底知れない笑顔とのギャップがレアだな。トレカにしたらチハルさんファンの冒険者どもにさぞかしよく売れるだろう。
「なっ、やっ、なっ……!?」
一拍遅れて、こちらもなにやらぼんっと顔を赤くするキリエ。
なんだなんだ。わたしのわからない話が進んでいる。
キリエはばぁん!と木製のカウンターに両手をついて身を乗り出し、
「ちがっ、待っ……!なにも……なにもしてません!!冤罪です!」
「でっ、でも!この子の話からすると、普通に押し倒して拘束してますよね!?よりによって魔力のないミーシャさんを……!カス……!カスのキリエさん……!」
「な、ち、違っ……!?いや、違わないのかなぁ!?」
「?」
あ、そういうことか、と周回遅れで理解する。
この世界では、魔力を持たない人間への暴力は魔術師として最低のタブーとされているのだ。異世界カルチャー。しまった、私の言い分だけではまるでキリエが弱者を虐める最低野郎みたいじゃないか。これは余計なこと言ったっぽい。
「くっ、前からミーシャさんを見る目が怪しいと思っていましたが、まさかこんなに早く……!」
「チハルさん!?チハルさんなにか根っこから勘違いしてません!?わたしは別にそういう感じじゃないですからね!?」
「うるさいです!!やったんでしょう!?寝込みに乗じて入れたんでしょう、舌をっ!?」
「入れてませんけど!!入れてませんけど!!??」
「なんてこと……やっぱり最初に止めておけばよかった。受付嬢のわたしがしっかりしていれば、こんなっ、こんな酷い事件には……ッ!!」
血が出そうなくらいに拳を握り締めて、がっくりと項垂れるチハルさん。
その職責意識は見上げたものだけど、キリエの言う通り、なんか物凄い勘違いがある気がする。
「違うんだもん……あの時は、試しにというか……確認というか……。私だって、もう自分で自分がわからなくて……!」
顔を覆って大仰な動作で崩れ落ちるキリエ。なにやってんだこいつら。
このまま眺めているのもいいけれど、勘違いを解かなければわたしの用事も進まない。
なにより段々と集まってきた冒険者たちにキリエが物凄い目で見られ始めている。
「チハルさん、チハルさん。落ち着いて」
「み、ミーシャさん……!うぐぅ、ごめんなさい……!私の術式が、私が、不用意だったばっかりにこんな目に……!」
「どんな目だよ。というか、こいつはちょっと寝ぼけただけだよ。チハルさんが思ってるようなことは何もないから」
「ミーシャちゃん……!」
「むぅぅ……」
キリエがぱぁっと顔を輝かせ、チハルさんは納得いかなそうに口を尖らせる。チハルさんはなんなの?実はわたしが襲われててほしいの?
「むぅじゃない。なんせ、その後普通に一緒に眠ったからな。襲う気だったら、わたしが今こうして生きているわけがないよ」
「んっ……?」
チハルさんは怪訝な顔をするけれど、こんなの当然のことだ。
魔力を失って、その上無防備な姿を何時間も晒しているのだ。暗殺しようと思えばいつでもやれただろう。だいたいそういう意味でなくても、男女ならともかく、女同士で襲うもなにもないってもんだ。
……真面目な話をするなら、魔力に反応する仕込みの青色術式が無反応だった。こいつにわたしへの害意は、ない。むしろ、無魔力のわたしが他者の魔力にあてられないように、細心の注意を払っていたとさえ言えるだろう。
なにもそこまでしなくても。ちょっと魔力酔いするだけで、ダメージなんて実質ほぼないのに。
そういうわけで、根本的に優しい奴なのだ、こいつは。
「寝込みを襲うんだったらナイフなり杖なり武器を持ってるだろうし、魔力も出してるよ。じゃないとしても、なんで上に乗ったままぼーっとしてるんだよ。チハルさんはちょっと考えすぎだよ」
「「…………」」
わたしの完璧な反論に、しかしチハルさんとキリエはなにやら顔を見合わせている。
「ミーシャさんは、なんでたまに変なところで純粋な5歳児みたいになるんです……?」
「失礼な、わたしは今年で17だよ」
なんで三歳下げた。ついに未就学児扱い。さすがにそこまで幼くないよ。眉を顰めると、チハルさんがひとつ息をついて、
「まぁ、当人がそう言うならいいです。というか、そんな考え方なのによくノーガードで他人と一緒に寝ましたね?」
「ん?まぁ、キリエなら別にいいよ。なにを今更」
「「…………」」
二人がまた黙る。
なにこれ。かみ合ってないのは確かだけど、それ以外のことが何もわからない。
「え。何?さっきから何なの?」