ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
「はいっ、というわけで、到着ーーーっ!!」
「つ、つかれた……」
木製の乗り合い馬車から降りて、キリエが大きく伸びをするのを尻目に、わたしは腰を抑えてうめく。
ナザングルから馬車を一台、なんと貸し切って西に向かって進むこと3日。
中間地点に整備されている馬宿を何度か経由したものの、基本的には座りっぱなしの日々で、ようやくエルゼアに到着したころにはわたしの腰は限界を迎えつつあった。
「ミーシャちゃんミーシャちゃん!!暑いけど気持ちいいね!ほら風!」
トロピカルな雰囲気にしゃぐキリエにばんばんと肩を叩かれながら、わたしも肺に空気をいっぱいに吸い込む。
なるほど高い気温のわりに空気もカラッとしていて、燦燦と照り付ける太陽が皮膚に心地いい。うーん、南国。
「んっ……ふぅ。たしかに、ナザングルよりかなりあったかいな」
「まずはどこに行こうか!やっぱりビーチ!?ビーチかな!?」
「まぁまぁ、慌てるなよ。まずはノアセンパイに挨拶。それから昼ご飯だろ。蟹が特産品なんだ。食べるしかないなこれは、うん」
「ふふっ、海より食べ物なんだねぇ、ミーシャちゃんは。育ち盛りだもんね……よしよし。いっぱい食べようねぇ」
「誰が成長期だ誰が。えぇい撫でるな。慈愛のこもった笑みを向けるな」
最近ことに敬意を感じない年下を、わたしは半目で睨む。
キリエは頭に?マークを浮かべつつ、ムカつくくらいに整った笑顔を返してきた。ちくしょう。もういい。あきらめた。こいつの距離が近いのはいつものことだ。
絶妙に腹立つ左に戸惑うのをやめて、エルゼアの街並みを改めて観察する。
遠くを見れば美しい海岸線と青い海、振り返ると、それはそれで雄大な山岳が立ち並んでいる。
そして来た道は振り返るまでも無く壮絶な馬車道。海と山脈に挟まれたこの街は、こうしてみるとなかなかの要害なのかもしれない。
……。うん。わかってるよ。
エルゼアの街まで来たのはノアセンパイが蟹に挟み殺されていないか確認するためだ。こんな緩み切った空気なのはちょっと、その、どうかと思う。が、それを指摘する気分もまた起こらないのが、正直な気持ちだ。
わたしとキリエはぎゃんぎゃんと騒いだ後、互いに顔を見合わせて。
「うぅん、でも、長閑だねぇ……」
「言葉もないよ……」
立ち並んだ住居や通りも、さっぱりとして小綺麗なものだ。冒険者の街のナザングルとはえらい違いと言える。テレビのナントカ紀行でよく見る地中海あたりのお洒落な港町といえば、少しだけ近いかもしれない。
街のいたるところから降りていける浜辺にはビーチパラソルやら海の家やらがいくつも見えるが、今は閑散としているようなのだけが気がかりだった。
「おかしいな……魔物……魔物どこ……?」
眉をひそめて周囲を観察するわたしとは対照的に、キリエはのんきな様子で前をすたすた歩きつつ、
「まぁまぁミーシャちゃん。危険な魔物がいないなら、いいことじゃない。行こ?」
「そうだな……?」
木人形と蟹の討伐報奨をあてにして旅をしてきたところはあるから、全くいないというのも実は少し困る。
まぁでもいいや、疲れを取る余裕があるならありがたい。長い馬車移動でもうすでにちょっと腰にきてるし。
「キリエの言う通りだな。それじゃあ、とりあえず」
「うん、泳ごうね!!」
「ノアセンパイに挨拶するんだよ。馬車代をもってもらってるし、そのうえ泊めてもらうんだろ」
人と人との繋がりはあって損ということはない。人は社会性の生き物なのである。
実のところ、ノアセンパイとの再会そのものもかなり楽しみだ。絶対変な人だし。
「……ミーシャちゃんってたまに、大人の人みたいなこと言うよね……」
「おとななんだよ、ばかやろう」
「えー……?」
もと社会人として当然の礼儀に、しかしキリエは頬を膨らませる。
ムカついたので頬を人差し指で潰しておいた。ぷすーと間抜けな音が出る。
なんやかんやと騒いでいると、突然遠くの方で叫び声が聞こえた。
「え、何!?」
切羽詰まった叫び声に、キリエも驚いたように顔を上げる。
声の正体はすぐにわかった。
なにやら数人のパーティ……だけど、武器は持ってないな。
かっちりとした制服に、フィールドワークでもしていそうな鞄。図鑑らしき本を抱えている人もいる。
だとしたら魔術師だろうか。見た感じ、突然襲われたみたいだ。でもあの制服、王国の公務員の制式のやつだよな。
ともかくどう考えても運動不足の集団が、決死のダッシュでわたしたちの前を駆け抜ける。
なんか敗走してない?いやいや、こんな街中で、おそらく王国公認レベルの魔術師の集団が。
「た、助けてぇ!魔物が、魔物が突然!!」
敗走してたわ。
そしてそれを追いかける敵は、
「あ、キリエ。あれって」
「うん!早速だねっ」
キリエがどこからか双剣を取り出す。
軍隊を追いかけていたのは、遠目にも、木製の人形、だった。
遠目にも木でできた人型の魔物だから、あれが噂の木人形だろう。うん、多分そう。さすがに。
わたしもキリエに倣って杖を構えながら、向かってくるそれを注意深く観察する。
切り出した木材というより、それをさらに磨いて上から漆でも塗ってあるのか、光沢もあって滑らかな見た目だ。淡いけど抗魔力を帯びてるな。塗ってある漆の効果か?
見た目は関節ごとに各パーツの部品があり、関節で魔力で繋がれているようだ。
頭身は人間と同じ、というか無駄に八頭身でややキモい。
頭パーツには目やら鼻は一切なく、ただのっぺりとしていて、夜中に街灯の下にぽつんと立ってたら凄い嫌だと思う。
そして何より目を引くのは、その動き方だ。
なんだか上から手足を糸で釣られているみたいな、非常に不可解な動作。
手足を動かして入るけれど、ほんとに地面を蹴れているのかたいそう怪しい動きで駆けて来ている。
頭上から糸で操作するタイプの操り人形を片手で雑に操作してます、みたいな動きだ。
それにしたって、雑な接合だ。木のパーツ同士の間をつなぐ魔力が、動くたびにごりごり削れている。
わたしは杖を野球のバッターみたいに構えて、
「とう」
「とう!?とうって言った!?なにそれかわ------」
だばだばと不自然な動きで目の前を通り過ぎていく人形の腹部に向かって、横薙ぎに杖をスイングしてみる。キリエがうるさい。
ともかく、杖で打たれただけの人形はあえなく転倒し、どんがらがっしゃん!!という耳障りな音とともに、パーツごとにばらばらに分解されて止まる。
や、やっぱり。脆いぞこいつ。
さらに耳障りな大きい音がして振り返ると、キリエが残りの人形をばらばらにしている。
数体分のパーツが無残に散らばって、その中心に立っているキリエも、なんだかぽかんとしているように見えた。
「よ、弱い……?よね?ミーシャちゃん?」
「そうだな。なんだ、これ?」
余りの呆気なさに顔を見合わせていると、
前から声をかけられる。
「た、助かりました!ありがとうございますっっ!!」
非常にびしっとした動きで頭を下げる一団。
「我々は【対木人形対策委員会】のものでして!自分は委員長のアドナ・トランスと申すもの!はいやはや助かりました!」
「だ、大丈夫ですか?追われてたんです?魔物というか、おもちゃというか、えっと、あはは……」
キリエが慎重に言葉を選んでいるのがわかる。
「あはは、護衛の皆さんがいないのに、【うごめき山】の奥まで入り過ぎました。興味深い新型が見えたものだから、つい……」
アドナと名乗った女性は、王国の制服の上に大きめの白衣を羽織り、大きな丸眼鏡にぼさぼさの三つ編みといういでたちで、いかにも研究員、って感じだ。あきらかに肉体労働をする感じじゃないな。
その後ろから、これまた眼鏡の、なんだか怜悧な雰囲気の男が呆れたようにため息をつく。
これまた研究者然とした雰囲気で、丈の長い白衣だ。背後にさらに2,3人同じような格好の人物がいるけど、軽く怪我をしているようで、寄り添って応急処置をしている。
とりあえずこっちと話ができるのがこの二人だけなのだろう。
「はぁ、だから言ったじゃないですか。兵士なしでフィールドワークはまずいって」
「はは……良いじゃないですか、ゼオン。こうやって逃げられたんだし。わたしの脚だってそう捨てたものじゃないだろ?」
「よくありません。この方々に助けていただけなかったら追いつかれてます」
「でも、街までは?来れたわけだし……」
「言い訳はいりません。今後はちゃんと護衛を雇うんですよ」
「……うぅだって、【蟹対策戦線】の能筋たちに先を越されたくないじゃないか。この前の定例会議だって成果を持ち返ったのはノアのやつくらいで……」
「委員長」
「わかったよぅ。……ごめん」
ぽかんと成り行きを見守っているわたしたちに向かって二人が改めて向き直り、
「本当にありがとう、お二人さん。お陰で全員帰ってこれた。君たちは観光だよね?」
「えっ、あぁ、はい。観光というか、人に会いに来たというか」
「ふふ、そうかそうか。ようこそエルゼアの街へ!美しい浜辺ばかりが言われるが、最も美しいのはこの【うごめき山】に【透り月】だろう!余人の立ち入れぬ神域を有し、その中には人の手の入らない豊かな生態系が……じゅるり」
生態系でよだれたらす人初めて見た。
「そうですね!山も綺麗でいいな、と思ってたんです!」
観光メインキリエが、もう気を取り直した様子で嬉しそうに返す。
本当に楽しむ気満々だな。
「む、今の季節は本来紅葉狩りがいい感じだが……今はだめなんだ」
「?」
「ほら、これだよ。この木片ども」
アドナが忌々し気に地面に散らばる木片を指差す。
「今年の春ごろから、山にこれが湧き出してね。最初は小さな獣を狩るだけだったのが、最近じゃ人里にも降りて幼い子供を攫う始末だ。同時に、ありとあらゆる魔物が凶暴化してきていてね。もともと山の生態系を研究していた我々は、領主様から魔物の凶暴化に関する研究を仰せつかったんだが……」
「全く成果がありません。困ったものです」
「はっきり言わないでくださいよ助手君よぉー。だいたい、わかってることもあるだろ?」
「わかってること?」
なぞの掛け合いに、キリエが割り込む。
例の木人形についての情報だ、多少踏み込んでもいいだろう。
アドナはキリエのほうをむいてにたり、と笑って、
「ふふ。そう、あれは【うごめき山】山頂の【禁踏区域】から降りてきているのだよ!」
「き、禁踏区域、ですか?」
「ふふん。もともとうごめき山の山頂は長らく聖域扱いでね。この地の守り神【ヤクモ様】のおわす場所なのさ」
「はぁ……」
「最近の自然破壊!海産物の乱獲!土地開発!特産品とは名ばかりのえっちな水着!嘆かわしいこの地の現状に怒った【ヤクモ様】が、天罰のために木人形を派遣してきているのだ痛ったぁ!!何すんだ助手君!!」
「それやめろって言っているでしょう。子供相手ならまだしも、外からの観光客にまで……」
「うぅ……だってぇ」
はりせんでどつかれた頭を抑えて反抗的な目で助手を睨み上げるアドナ。
それを真スルーして、怜悧な目つきの男は礼儀正しく頭を下げ、
「すみません。この人、この話がお気に入りなのです。もともと聖域に子供を入れないための寓話なのですが……」
「へ?【ヤクモ様】?っていないんです?」
「いない、というか、昔は居た、というか。1000年単位で生きる長命種などいない、ということですよ。
伝説の半神半人も、残ったのは【聖域】とそれを守ろうと言う慣習だけです」
助手が苦々し気に吐き捨てる。
「山に木人形が多いのは事実だよ。何かのメカニズムで湧いてきてるんだ。それを解明しないといけないんだけど……」
「だけど?」
「まぁ、わからんよね。困ったもんだ。せめて【聖域】の中を調査できればなぁー!」
それには助手も同意なのか、黙って長い指で眼鏡をクイっと上げる。
アドナは大仰のな動作で小さな身体を揺らしながら、
「このままじゃノアのやろうにまーた先を越されてしまう。なんとしてもあれより先に真相を突き止めなければ---------」
台詞にぴくりとキリエが反応する。
「ノア、ってノアセンパイのことです?えっと、冒険者の、こんーな銃持ってる、こう、危険地帯に行くのが好きな」
「あぁ、多分そうだよ。領主の娘の、黒髪ロングの。羽生える一発芸持ちの。エルゼアの跡継ぎの癖に各地の劇場版みたいな事件に顔突っ込んでるヤツ」
散々な言われようだけど、今なんかとんでもない情報が混ざってなかった?領主の娘って言ったか?
いいところの娘さんと聞いてはいたけど、マジならいいのレベルが予想より3段は上だ。キリエは知ってたんだろうか。
「帰省してきたかと思えばしれっと蟹討伐のトップになっていてね。つまるところ、ノアも凶暴化の原因を探っているってわけさ。山と海、フィールドは違うが、根っ子はおそらく同じ事件だ。あの天然に先を越されてみろ、こんどこそ我が教室の研究費が私の身長より低くなってしまう!」
「くそっ……そうなればついに我が研究所も閉鎖に……!」
「助手君!?さすがに運営位なら何とかなるよ助手君!貴様、そんなに私の身長が気に入らないかね!」
「あんたが言い出したんでしょうが。ところで、御二方。人に会いに来た、というのはまさか」
「あぁ、そうだよ。ノアに会いに来たんだ。用があるのはこっちのピンクのほうだけどな」
「やはり。それなら……お礼がてら、屋敷までの道をお教えします。けが人も居るので案内まではできず申し訳ないですが」
「あ、いえいえ!すごく助かります!やったね……ミニっ……ミーシャちゃん!」
「お前今わたしの背丈バカにしたよな?なぁしたよな?こっち向けキリエ。やっべ口が滑ったって顔すんなこら」