ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
「……え、いない?」
想像の10倍くらい立派な屋敷の門前で、わたしとキリエはぽかんと口を開けた。
想像の10倍くらいピシッとしたスーツの上品な老執事が、申し訳なさそうに説明する。
「えぇ、お嬢様は緊急の所用で外出しておられまして……夕方ごろにはお帰りになると思うのですが」
「所用ですか。あ、まさか『木人形』とかいう魔物関係ですか?私たちも討伐しようと思ってるんですけど、手伝えますかね!」
くい気味のキリエの言葉に、老執事はほんの少しだけ肩をぴくり、と揺らし、
「……はて、わかりかねますな。そのような魔物がおりますのかな?」
「へ?」
「あれ?だってノアセンパイが……あれ?御存じない感じです?」
キリエが困惑する。
もしかしたら、あんまり広めたくない情報なのかもしれない。
まぁそうか、観光街だしな。変な魔物が居ますとは声高には言いにくいだろう。
「えぇ、私めから言えることは、何も。ノアお嬢様の御客様でありますれば、尚更でございます」
「……?」
……い、意味深!
どういうことだろう。ノアセンパイの知り合いだと駄目なことでもあるのだろうか。
言いたくないなら黙ってればいいのに、含みを持たせようとしてくるのには何か意味があるのだろうか。
醸し出す雰囲気もあって、何らかの黒幕みたいな雰囲気になってしまっているぞ、老執事。
……まぁいいか。触れられたくないことくらい、誰にでもあるだろう。なんか高貴そうな家柄ならなおさらだ。
頭にはてなマークを浮かべていたキリエも、どうやら切り替えることにしたらしく、
「そうなんですか……うぅん、どうしよう。ノアセンパイが帰ってくるまで、待たせてもらうことってできますか?」
老執事はまたもにこり、と頷いて、
「えぇ、勿論。ですが、よろしければ、お待ちの間海水浴などはいかがでしょう。屋敷から歩いて数分のところに、我々の運営するリゾートビーチがありまして」
「え!?い、いいんですか?」
「勿論。お嬢様の大切な御友人と聞いております。先にお部屋にお通ししますので、どうぞご準備を」
「あ、ハイ!よろしくお願いしますっ!綺麗なところですね!」
「ふふ、ありがとうございます。ぜひ楽しんでいただきたい。【輝きの浜】だけではございません。日によって形の変わる名山【うごめき山】、この地だけで見られる二つ目の月【透り月】など。ここでしか見れぬ絶景が山ほどありますれば」
「わぁ……!」
目をぱぁっと輝かせるキリエ。
コイツの中でもう色々行くことは確定みたいだ。
キリエがぐるりと勢いよくこっちを振り向いて、
「……ミーシャちゃん!!まずは海!いいでしょ!?」
「へいへい、わかったよ。とりあえず、着替えるか」
いつのまにか現れていたメイドさんに先導されて、わたしたちは屋敷へと歩き出す。
その背中に、老執事が何気ない調子で声をかけた。
「……そうそう、ミーシャ様。御高名はかねがね」
「へ?わたしのこと、知ってる……んですか?」
「えぇ、それはもう。屋敷では有名人でございますから」
「……」
ふたたび意味深。警戒度を上げる。
わたしの経歴を知ってる、と言いたいのだろうか。
だとしたら何のために。
「ノアお嬢様が言っておりました。ランクもわからないミーシャという青色魔法使いに、『静香の森』で大いに助けられたと。お嬢様を救っていただき、感謝の言葉もありません」
が、わたしのファイティングポーズを前に、老執事は深々と頭を下げる。
「あ、あぁ。なるほど」
なんだ、そっちか。びっくりした。
「や、それはお互い様なので。わたしもノアセンパイとこいつがいなきゃ、多分勝ってないです」
「左様にございますか」
「はい。わたし、そんなに強くないですし。その噂話を信じていると、がっかりされると思います」
わたしはあいまいに笑う。
青色術式以外の術式は殆ど灼けついてしまっているから、これは本心だ。
が、老人は優しげに笑って、
「またまた。……おっと、引き留めてしまいましたな。そうそう。ぜひビーチまでは徒歩でどうぞ。異国の地故、北国の人には面白いものが目に入るかもしれません」
きらり、と老執事の眼が一瞬だけ鋭く光る。
い、い、意味深ッ……!!!!
なんだよ!言いたいことがあるならはっきり言えよ!と内心で渾身のツッコミを入れるも、なんとか黙っておく。がんばれわたしの社会性。
「……そっか。アドバイスどうも」
「ミーシャちゃん!敬語敬語!失礼だよっ!」
結局、あくまでも笑顔の仮面を外さない老執事に、わたしも外行きのスマイルを返すにとどめた。
言葉遣いに思うところのあるらしいキリエがしきりにつっついてくるので、その頬をつねって、わたしはさっさと屋敷に入ることにする。