ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに   作:oomaguro

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第四十二話 カニって普段から赤色じゃないんだ

「わーい!!海だぁー!!!ミーシャちゃんもほらっ!」

 

 大喜びで海に突撃していくキリエを眺めながら、わたしは内心悪態をつく。

 

(……何もないんかい!!!)

 

 あの老執事。意味深な言葉をかけておきながら、街を歩いただけだった。

 めっちゃ綺麗だった。感動した。道中で見えた【うごめき山】なんて、凄い良い感じに紅葉に染まっていて、図らずも見惚れたよ。

 アドナさんの言いたいこともわかる。

 

 にしたって、絶対何かあると思うじゃん。本当に字面通り面白いものが見れるだけとは思わないじゃん。

 

 どざーん!と派手な音がして、見ると、キリエが海にダイブしたところだった。

 しばらく沈んでいたかと思うと、透明度の高い海からざばぁ!と顔を出して、

 

「ミーシャちゃんミーシャちゃん!すごい!すごい魚いる!あと草も!」

 

 魚類と海藻に関する解像度の低いキリエ。でも言いたいことはわかる。

 

 遠目にも海底がはっきりみえるくらい透明度の高いコバルトブルーに、多分熱帯のカラフルなおさかな天国。海を楽しみにしていたらしいキリエからすれば、さぞかしご満悦だろう。手提げカバンからシュノーケルを投げ渡すと、嬉々としてまた潜っていった。

 

「……うーん」

 

 それにしても確かに、これは絶景だ。

 

 視界だけじゃない、耳をすませばマイナスイオン満点の波の音に、遠くに海鳥の鳴き声がときおり重なる。鼻をくすぐる潮の香りも、なんだかこう、いい感じだ。

 

 海、そういや初めてなんだよな。

 魔王領は基本内陸だし、ダンジョン内で『海フィールド』を攻略したことはあるけれど、混じりっけなしの普通の海というのはじつは初めてだ。

 

 ……おそるおそる、ちょん、と白い砂浜と海との境目に足先を出してみる。

 

「うひゃぁ!?」

 

 ぴちゃり、と足先に波が攻めてきて、思わず飛び跳ねてしまう。

 

「うわ、案外冷たいんだなぁ……本物の海って初めてかもうわぁあ!?」

 

 完全に足もとに気を取られたわたしの顔面に、冷たい水が激突する。

 

「ぐへっ!?ぷえっ、な……何!?」

 

 顔全体に感じる冷やっこさと潮の風味に、思わずむせる。

 

 よろめきながらぐしぐしと目を擦って視界を回復させると、少し離れたところでキリエが両手を組み、なんかドヤ顔成分の高い笑みを浮かべていた。

 

「あっはっは!油断したねぇ小娘!」

 

「キリエお前……!人がせっかく感傷に浸っぶぇぇ!?」

 

 奇襲をかけてきたキリエに抗議していると、顔面に2発目がクリーンヒットする。

 水面で組まれている両手が出所らしい。水鉄砲うますぎる、こいつ。

 わたわたしていたら、砂に脚を取られて浅瀬にセルフダイブしてしまった。

 

「ぷぇっ、く、口に、口に入っ……!」

 

「ふふ、案外抜けてるよねぇミーシャちゃん。そういうところもかわいいねっ」

 

「…………す」

 

「えっ?あれ?ミーシャちゃん?どったの?わ、わぁ。笑顔が眩しいねっ……はは、ははは」

 

「とりあえず水飲んどくか、キリエも。一人だけなんて寂しいからさぁ」

 

「えっ、ちょっ、待っ、わぁぁぁ!?沈っ、沈むっ!?」

 

「ふふふ、遠慮するなよキリエ。ほら、意外といけるぞ、塩辛さのなかに生臭さがあって」

 

「いけないよ!それぜったいいけないよ!」

 

 ざばざばと水をかき分けてキリエを掴み、海の亡霊みたいに海水に引き込もうと体重をかける。

 キリエはそれはもう楽しそうに抵抗しては笑っていた。わたしは割と本気なのにな。

 

 -----

 

「ふぃー。泳いだ泳いだぁ……」

 

 ご満悦のキリエが砂浜に豪快に倒れ込む。

 

「へい。おつかれ」

 

 すっかりふやけてしまった少女に水筒を渡す。

 一足先に休んでいたわたしですらへとへとなんだから、こいつも流石に限界だろう。

 それはそうとずぶ濡れでビーチに倒れ込んだものだから、髪やら肩やらに砂が付き放題だ。

 

「あぁもう、砂が……」

 

 ぺしぺしと払ってやると、キリエがぶるぶると身を揺する。なんか大型犬みたいだ。

 そういうわたしもだいぶべたつくし、正しく海で遊んだ後って感じだ。

 

 時刻も昼下がりになってきたし、ノアに会いに行くにもいい頃合いだろう。気持ち良さそうに目を細めたキリエが、ふにゃついた口調で話す。

 

「えへへ、ありがとミーシャちゃん。帰ったらお風呂だねぇ」

 

「そりゃそうだ。もうべとべとだよ。あ、そうだ。身体洗ったら蟹食べに行こう、蟹」

 

「そうだったね。ミーシャちゃんはそれだよね」

 

 なんか含みがある気もするけど、実際その通りだから仕方ない。

 

 蟹、蟹かぁ、久しぶりだな。

 シンプルに鍋にして酢醤油で食べたい。あるのかな、しょうゆ。あとはやっぱりコロッケもいいな。これならわたしが作れるし。

 

「うん、いいな。想像したらお腹空いてきたよ。蟹、かにが食べたい」

 

「ふふ、いっぱい食べようねぇ。ミーシャちゃんが食べるの見るの楽しみだなぁ」

 

「ここ数日は毎回見てないか……?」

 

 いっしょに旅してるんだし。

 キリエが若者に飯を食わせるのが趣味の御年配みたいになったところで。

 

 のどかな雰囲気を引き裂くように、甲高い悲鳴が飛び込んできた。

 

 -----

 

 わたしたちのいるビーチは混んでいる、というほどでもないけれど、それなりに人は居て、互いに干渉しない程度の距離を保てる程度の人口密度はあった。

 

 叫び声はそんな観光客の一団から聞こえてきて、わたしたちの後に来たらしい家族連れの子供のひとりが、何かの魔物に襲われて座り込んでいる。なんだろ、あれ。見たことないモンスターだ。岩?

 両親と思しき大人の男女がなんとか子を助けようとしているが、どうにも糸口がなさそうな感じだ。

 

 周囲の人たちも驚いた様子で逃げ惑い始めていて、徐々にパニックが広がりつつあった。

 

 そりゃそうだ。

 どうみても体高3,4メートルはありそうな岩みたいなモンスターが突然二体も現れたら、びびるに決まってる。

 

 ……。

 というか、

 

「ん、んん?あれって」

 

 防水バッグから折り畳み杖を取り出しつつ、目を擦る。

 

 キリエもぽかんとしている。

 うん。わかる、わかるよ。

 だって、どうみてもあれって。

 

「か、かに……?」

 

 どう考えても体高3メートルはありそうな、それはそれは立派なアシダカガニ的なものが二匹、鋏を振り上げて人間を威嚇していた。

 

「っ、危ないっ!」

 

 キリエのつぶやきとほぼ同時に、幼女に向かって大質量の鋏が振り下ろされる!

 

 切断用の部分を使っていないとはいえ、3メートル級から繰り出される打撃だ。人ひとりならぺしゃんこだろう。

 

「【即応】防壁っ!!」

 

 かしゃんと軽い音を立てて展開した杖が、手の中でにぶく輝いて、瞬時に幼女とクラブハンマーの間に青透明の盾が構築される。

 

 がきぃん!と思い音を立てて、ハサミの一撃が停止した。

 

「こっち!つかまってっ!!」

 

 一秒遅れで少女の傍にキリエが現れている。

 

 瞬間移動術式。

 良い反応で移動したキリエが少女を抱き、再度の空間転移。よどみない術式起動で、その子の両親らしき人達のもとに飛んだ。

 

 2秒フラット、ざぁ、と即応防壁が光の粒子になって消える。

 蟹はといえば、戸惑った様子もなく、ロボットみたいな動きで幼女を追い始めている。

 

 わたしはそれに杖の先端を向けて、

 

(……ちょうどいい、今回の遠征で試そうと思ってたんだ!)

 

 一呼吸入れて、

 

「【空断ち】術式!!」

 

 ぎん!!と。

 金属を擦るような音が、虚空に響く。

 現れたのは、いつも通りの青色術式の壁。

 ただし、現れた場所は、カニモンスターの鋏の付け根だ。

 

 硬度を無視して物体を分断する青色術式の【深奥の一】。……のジェネリックバージョン。

 

 切断されたハサミがずるりと滑り落ち、砂浜に落下する。

 一瞬遅れて、切断面から体液が噴出した。

 

(……うん、やっぱりいける。魔力消費も常識の範囲内だ!)

 

 今使ったのは、かつて静香の森で亡霊相手に使った攻性術式と、種類としては同じもの。無類の切断性能を誇る一方、大き過ぎる魔力消費量のせいで一般的には使えない、出来損ないの術式。

 

 ただし、今使ったこれにはわたし流の工夫がしてある。具体的には、今使ったものは普段の防壁用のものに比べると、少し薄いのだ。そう、ほんの1024分の1ほど。

 するとどうなるか。

 防壁としての硬度を失う代わりに、魔力消費が1024分の1になるのだ。

 

 1024は、壁の重ねを半々にして、わたしの技術で形を保てるギリギリのライン。

 盾としての強度は無いけれど、『指定座標に必ず出現する』性質だけは保てている、即ち切断にだけ使える、一番薄いサイズの青色術式だ。

 

 とはいえそれでも魔力消費はばかにならないうえに、出すものが儚すぎて座標がまだまだ安定しない。

 

 必殺の刃とはいかないのが現状である。

 

 とはいえ、攻撃手段がをほどんど喪っているわたしは、こういうものにも頼っていくしかない。昔は攻撃向きの赤色とか黄色術式にも適性あったんだよ。おのれロッドテイカー、いやもう、いい加減よそう。言っても仕方ない。

 

「もっかい……ここっ!!」

 

 集中して、二度、三度と術式を発動する。

 

 3面の【空断ち】が反対側の鋏と脚の一本を落とし、残りの一つが蟹の頭部を----逸れて、甲殻を浅く切断する。

 

「む、やっぱむずいな。連続発動となると、余計に雑になるか?」

 

 ぶつぶつ言っていると、がちゃがちゃと音を立てて二匹の蟹がこちらに向き直っている。

 

 お、今ので魔法の主が誰か分かったのか。ただのデカブツじゃないっぽいな。

 弱っているほうに今度こそ空断ちを撃ち込んで、巨体が浜に沈む。

 それに頓若する様子もなく、残りの一匹が非常にキモいカサカサ走りでこちらに肉薄する!!

 

「【城塞】防壁。こっちくんな」

 

【城塞】は【即応】と違って、前もって仕込んでおくタイプの防壁だ。座標が限られる代わりに、広く堅く、長持ちする。ちょっとやそっとじゃ抜けないぞ。

 

 がきん!!とカニの巨体が防壁にぶつかって、そのまま動きを止めた。

 その頭上にキリエが出現して、

 

「えいやー!!」

 

 嘘みたいな掛け声とともに、双剣の片方を蟹の脳天に突き刺す!

 

 二体目の蟹が痙攣し、それからずしゃり、と崩れた。

 キリエが崩れ落ちた蟹の屍骸からふわっと軽い身のこなしで飛び降りて、こっちに駆けよってきた。

 

「いぇーい!ミーシャちゃんいぇーい!」

 

 訂正、めっちゃハイタッチを求めてきた。

 

「へいへい。なかなかいい動き----------」

 

 わたしの呆れ半分の言葉は最後まで続かない。

 キリエの背後。砂浜から突如、クソデカい蟹がどばぁ!と、柔らかい砂をかき分けて飛び出てきた!

 

 埋まってたのか!魔力が薄いから気が付かなかった。

 

 ハイタッチ姿勢から戻る暇もなく青ざめるキリエに、反射で杖を向ける。

 防御術式を張ろうとして、しかし、それより早く、

 

 ずどん!!!と。

 

 キリエに肉薄してきた蟹の頭部が、突如爆発し、吹き飛んだ。魔導弾だな。それもかなり質が高い。

 咄嗟のことに混乱する私たちに、凛としたよく通る声が届く。

 

「【ペール・クラブ】は水棲だけど、産卵期の雌個体は砂浜に埋まってることがある。観光客は先週から遊泳禁止になっているはずだけど」

 

「遊泳禁止は来週頭からです、お嬢様」

 

「……そうだっけ。わすれた」

 

「決めたのは貴女様です、お嬢様」

 

 なんとなく締まらない会話を繰り広げながら歩いてきたのは、黒髪ロングの美人さんと、ぴしっとした黒い執事服の壮年男性だ。

 

 会釈をしながら近づいてきた黒髪ロングさんは、明らかに仕事用のスマイルを浮かべて、

 

「ご協力ありがとうございました。わたしは沿岸臨時警備隊隊長の----あれ、キリエ、と、ミーシャ?」

 

「ノアセンパイっ!お久しぶりですっ!!」

 

 ノアセンパイだった。

 

「えへへ、助かりましたよ!さっすがですね!」

 

「うん。キリエ、来てくれたんだ。一瞬わからなかった。髪型も、衣装も前と違うから」

 

 謎のハイタッチを連打しながら再会を喜ぶ二人。

 

「はい!お招きありがとうございます!」

 

 びしっと敬礼を決めて、白い歯を見せるキリエ。相変わらず元気いっぱいだなぁ。

 その様子をぼんやり眺めつつ、いつ挨拶に割り込むか考えていると、ノアセンパイの真っ黒な瞳が先にこちらを捉えた。

 ノアセンパイは、わたしとしばし見つめったかと思うと、キリエとのハイタッチをやめてこっちにつかつかと歩み寄ってくる。

 

「あ、ノア久しぶ---------」

 

 あわてて挨拶を繰り出そうとして、言葉が最後まで続かない。

 

 なぜって、物理的に口がふさがったからだ。

 抱きしめられていた。ノータイムで、何の躊躇もなく、思い切り。

 

 うわ柔らかい。そしていいにおいする。いまのわたし、海水でずぶぬれなんだけど、密着するのはいいのだろうか。

 

「やっぱりもふもふじゃん、ミーシャ。計算通りだね。ふふ、待っていた甲斐、あった」

 

「どういう計算でわたしのモフモフ度を算出したの……?」

 

「ひみつ。知りたい?」

 

「いいです……」

 

 どうして今の文脈でミステリアス風女犯人の表情が出来るのかのほうが知りたい。どっちかというと。

 

 いや、じゃなくて、

 

「え、えっと、えぇ?わたし、知らないうちにノアセンパイと結婚することになってる?」

 

 ぎゅっとされてる。

 なんなら頭頂部のあたりを頬ずりされてる。なんなの、キリエの周りの人間は皆こうなの。

 べつにいいんだけどさ。いいのか?いかん、強制的に叩き込まれる多幸感で脳がふわふわする。

 人間はハグすると神経伝達物質の関係でストレスが消滅するらしいから、わたしが変なわけじゃないぞ。たぶん。

 

「えっと、のあ、あの、ふぇぁ……」

 

 脳内でめっちゃ早口で思考しつつも、結局わたしは両目にうずまきを浮かべることしかできない。

 

 キリエがめっちゃ頬を膨らませているのが視界の端で見える。なんか嫌な予感がするけどごめん、いまそれどころじゃないんだ。

 

 わたしのフリーズ姿にノアセンパイは一瞬きょとんとしてから、どきっとするほど柔らかく表情をほころばせる。うわぁ、やっぱり美人だ。美人ってすごい。これくらいのことなら全然許せてしま----

 

「ふふ。この辺りの風習では、小さい子に対する挨拶はこうするのがフォーマルだよ」

 

「誰が小さい子じゃい。ええい放せ」

 

「あっ……」

 

 なおもぬいぐるみ扱いしてくるノアセンパイを一転強引に振りほどいて、キリエの背中に隠れる。

 

 ノアセンパイは悪びれた様子もなく仕切り直して(!)、

 

「久しぶり、ミーシャ。げんきにしてた?」

 

「あぁ、お陰様で。ノアこそ、なんか変なことになってるな」

 

 早くも振り回されがちだけど、とりあえず、久々の戦友との再会を喜んでおくことにする。

 

 

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