ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
話したいことが沢山あるというノアセンパイに案内されて、わたしたちは屋敷に戻ってきていた。
既に湧いていたお風呂に通され、磯のべとつきを落とし、部屋着に着替えたところでメイドさんが計ったように客室の戸を叩いた。食堂に案内されると、それはもう立派なお皿と食器が並んでいる。
「わ、わぁ……凄いお部屋だね……」
「う、うん……」
思わずといった感じで驚嘆の声を上げるキリエ。
わたしに至ってはちょっと言葉を失っている。食堂に不要なくらいの広さと綺麗さはもちろん、調度品だってランチョンマットのひとつに至るまで、なんか見ただけでいいものとわかる。
清貧シスター時代が長かったわたしの想像可能な範囲を、はっきり言って超えていた。
「い、いいんですかノアセンパイ?さっきの蟹の討伐報酬貰っちゃった上に、御馳走にまでなっちゃって」
「うん、勿論。今日のメインは、二人の狩った【パールクラブ】だから。討伐した蟹は、狩った人が持って帰って食べるのがこのあたりの伝統」
「へぇー。なんか歴史感じちゃいますね!」
「勿論、売る分は別だけどね。この地域の人は必要以上に蟹をとらないの」
「自然への敬意、ってやつですね!!」
「うん。それから、あと飽きる。取った蟹を捨てたら村八分」
「へぇぇ。厳しーですねぇ……」
さっきまでの緊張はどこへやら、キリエがはえーと口を開けてしきりに感心している。こいつ本当に大物なのでは。
「き、キリエキリエ。いいのかなこれ。いいのかなこれ!?」
「うわびっくりした!大丈夫……だよ、多分!センパイもこう言ってるし!」
キリエの言葉に、ノアセンパイはひとつ頷いて、
「うん、緊張しないで。二人とも大事な友人だし、お客様だから。あと、お父様から晩御飯をふるまうように言われているの。受けてくれないと、実は私が怒られる」
ノアセンパイはふ、と冗談めかして笑う。
「えっと、そういうことなら……?」
招かれておいて、用意された食事を食べませんとかいうのもなんだか物凄く失礼な気がするし。
いいかげん名物のカニが食べた過ぎてめんどくなってるとかじゃないよ。ほんとだよ。
ともかく、王都の大食堂でしか見ないような長机の、それぞれ用意された席に座る。と、どこからともなくウェイターと恰幅のいいコックが現れて、
「初めまして。セン家専属料理人のエダと申します。こちらは給仕のイリース。本日はよろしくお願いします。それでは、まずは一品目、【エルゼア産パールクラブのカクテル】から。この部屋の窓からも望めます、【透り月】の夜空をイメージした一品です。御一緒にワインをどうぞ」
「わ、観光スポットって言ってたやつですね!ほんとだ、窓の外、よく見たら丸い……蜃気楼?みたいなのが見える!」
「あぁ、最近はあの月、よく見えるよ。昔は日によって見えたり見えなかったりらしいんだけど。観光部が張り切って水まんじゅうを売り出したりしてるの。おいしいよ」
「へぇー、運いいなぁ!」
「ふふ。一応、あれが出ると魔物が活発になるから、良し悪しなんだけどね。それでもアレを見にたくさん観光客が来てくれるから、百年以上前からこの街のシンボルみたいなものなの」
ノアが独特のゆっくりとした口調で解説する。
滅茶苦茶エンジョイしているキリエを横目に、わたしも窓枠のほうをのぞき込み、空を見上げてみる。確かに、本物の月にかかるように、夜空がゆらゆらと歪んでいる部分がある。
だけど、ありゃ蜃気楼ではないな。魔力の塊だ。巨大な球形の魔力エネルギーが大気圏内のどこかに浮いていて、遠近法の要領で丁度月と同じくらいに見えてるんだ。
わざわざ水を差すこともないので、言ったりはしないけど。
事実その夜空は壮観で、観光地のシンボルと言われれば素直に納得できてしまうほどのものだ。
コックの合図で、ウェイターがしずしずとなんか小さなグラスに入った謎料理を前に置いた。
調味料のゼラチンと謎の野菜と蟹の身が謎の配合で入り混じっているけれど、じゃあ何か?と言われたらまるでわからない。
わからないけど、わからないなりに、なんかおいしいやつだ、たぶん。
ノアは、このもてなしを父親からの指示だと言った。
そして、浜で会った時のこいつは、たしか「湾岸警備隊隊長」と名乗ったはず。一介の冒険者二人ぐみががモンスター狩り遠征に来ただけ、という流れから既にもうなんか離れてきている気がする。
ノアが、あるいはその背後にいる父親---------この地の領主様が、わたしたちに何を求めているのか。
向かいの席に座る黒髪美人に話しかける前に、とりあえず目の前の謎料理をひと口つまんで、
「うわこれ凄くおいしいよノア!何かはわからないけどうまいっ!!」
「へへ、ありがとうございます、それはですね----------」
コックさんが横から優し気な口調で説明をしてくる。うんうんと頷きながら箸を動かしていたら、あっという間に一皿目が空いた。コックさんがにこりと笑って次の料理を作りに奥に引っ込む。
……あ、そうだ。
「なぁノア、話したいことって……」
「お待たせしました。この時期の天然蟹は小細工なしが一番。『ペールクラブの湯通し・ビネガーを添えて』です」
「おお!!そうそう、こういうのでいいんだよっ!」
「わ、ぷりっぷり……蟹ってこんなに濃厚なものなの!?」
「ふふ。産卵期の雌は特に旨味と香り高いとされていて、王都でも評価が高いんだよ」
「なるほど、なるほどなぁ……んぐんぐ……あ、そうだ。例の手紙で言ってた木人形のクエスト……」
「失礼します。『カニクリームのシュニッツェルと王都風グラタン』です」
「ほわぁぁ……これまた葡萄酒によく合ってこれは……じゃなくて、例の……はふっ……」
……。
だめだ。本題に入れる気がしない。
助けを求めてキリエのほうを見ると、キリエもグラタンをパンに乗せてご満悦状態だ。
…………。
まぁいいか。
街もそんなにダメージを受けている様子でもないし、ほかならぬノアセンパイがとくに急ぐ様子もないんだから。
これだけのものをお出しされて、十分に楽しめないのも食材に不義理な気がしてきた。既にちょっとお酒の入っているわたしは真面目モードを諦めて、とりあえず近況報告に華を咲かせることにする。