ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
「……ふぅ。た、食べた……」
「うん……も、入らないかも……」
わたしとキリエがようやく落ち着いたのは、フルコースがすっかり終わってからだった。
最後のカニ雑炊が特によかった。やばい。なんとかナザングルでも再現できないものだろうか。出汁を再現出来ればなんとかならないかな。
「ん。二人とも、満足してくれたようでよかった」
「本当にありがとう、ノアセンパイ。正直ここまで凄いものを食べられるなんて思ってなかった。……そうだ、そろそろ話ってのを聞かせて欲しいんだけど」
わたしはデザートのアイスを小さなスプーンですくいながら、ようやく本題に入ることに成功する。記録、2時間38分。野球ならひと試合済んでる。
ノアはぴくりと肩を揺らしてから、黒い髪を揺らして深く頷き、
「……うん、そうだね。あなたたちを呼んだのは、そう。【木人形】の件を解決してもらうため」
「手紙で言ってた、山から下りてくる木の人形のこと、だよな?」
戸惑い気味にノアに尋ねる。あれ、かなり貧弱だったぞ。わたしたちでなくても、なんなら冒険者でなくても普通に撃退できると思う。テーブルに突っ伏していたキリエも顔を上げて、
「そうですそうです。今のところ蟹さんズのほうがかなりやばそうですよ?普通に大きいし硬いし、強かったです」
二人の質問に、ノアは少しだけ目線を下げて、
「……うん。まず、この蟹-----『ペールクラブ』っていうんだけど……本来、遠洋の海の底に住んでて、あんな風に浜辺に上陸してくることなんて、産卵期以外はほとんどないの」
横のキリエが首を傾げて、
「へ?普通に出てきましたよ??」
「そう。ここ数か月くらいかな。突然、あんな風に現れては人を襲うようになったんだ」
アドナの言葉と一致するな。
時期的には先に山の人形が出て、それから魔物の凶暴化、って順序か?
「ちなみに、原因とかはわかってたり……?」
ノアセンパイが首を振る。
「わからない。倒した死体を調べても、何もなし。暴れた蟹は身が硬くて質が落ちるし、損壊も大きいから売り物にならない」
「……あー」
「二人みたいに身を傷つけずに、なおかつ瞬時にシメられる人は、この辺には少ない」
「な、なるほど……」
ただ単に倒せばいいというのではない。凶暴化の原因をはっきりさせないと、この問題は根本的には解決しない。凶暴化した魔物を殲滅するだけでは、この地の生命線である蟹漁が死んでしまうのだ。
「原因はわからない、けど。蟹が凶暴化した時期は、あれが現れた時期に一致する、の」
「木人形ですね。あれが山に出始めたころから、カニもおかしくなったと」
「……?知ってるの?」
「ここに到着してすぐ、うごめき山の研究者の人に会ったんだ。アドなんとか」
「はぁ。アドナ教授、また勝手に山に入ったんだ。護衛つけるって言っているのに……もぅ」
「あはは。ノアセンパイに先を越されたくないんだって言ってましたよ?研究費がどうとかって」
「あの人。聖域に関する研究をしているから、最近は保守派の議員さんからのプレッシャーが強いんだよ。無視でいいのに」
ノアが肩をすくめる。
わからんけど、アドナが一方的にライバル視しているだけ説があるな。
「アドナさん、そんなに凄い人なんです?」
「凄いよ。山の聖域研究の第一人者なの。木人形の出所もあの人が突き止めたんだ。条件付きとはいえ【禁踏区域】に進入を許されている数少ない魔術師なの」
「へぇ……というか、そもそもあれってなんなんです?そんなに脅威になります?」
キリエの疑問に、ノアは首を振って、
「ん。私たちも最初はそんなに気にしてなかったんだけどね。でも、人形は人を攫うことがわかったんだ。それも、戦えない老人とか、小さい子供ばかり」
「あー……そういう」
キリエの納得に、ノアもうなずいて、
「地元の冒険者で対処はしてるけど、とにかく数が多くて。調べようにも、倒した木人形は本当にただの木片でしかなくて、正体はわからない」
「……なんで攫うんです?殺すでもなく?」
「それもわからない。でも、攫われた人は一人も帰ってきていない」
「そ、それは……いえ、すみません」
言わんとすることはわかる。それは流石に、生きてはいないだろう。
「あれの正体がわかれば。魔物の凶暴化の原因もわかるかもしれない。……ううん、わからないといけない。漁業ができなくなったら、この街は、滅ぶから」
ノアセンパイが淡々と続けた。
なるほどな。
まずこの街の蟹は特産品で、それがほとんど獲れなくなると困る。次に、そんな状態で海辺の観光産業を維持することができるわけもない、と。
特に後者は実体がどうであれ、評判が広まれば終わりだ。意外とノアセンパイも焦っているのかもしれない。
それにしたって、木人形。木製の、人形か。
そんなものが自然発生するわけがないよな。誰かが必ず糸を引いている。そして、人形が本当にただの人形の物体でしかないなら、その背後にいるのは『操作系術式』の持ち主だ。
うん、ちょっとわかってきた。
「だから、二人を呼んだの。『ロッド・テイカー』を倒した二人なら、なんとかしてくれるんじゃないかと思って」
領主からの歓迎の理由はそれか。
「つまり、その『木の人形』と『蟹』を調べてみればばいいんだな」
ノアが頷いて。
「それだけじゃない。凶暴化した蟹も、木人形も、段々数が増えてる。撃退するだけでも、そろそろ人手が足りないの。冒険者相手の懸賞金も限界」
「雑魚モンスターも見つけ次第始末してほしい、ってことですね!」
キリエがぐっと拳を作って続ける。
ま、いいか。もともとモンスターハントで旅費稼ぎをする気満々だったし。
キリエのアイコンタクトを受けて、わたしは小さく頷く。
「わかったよ。とりあえず明日、もう一回蟹を見に行こう。で、できれば人形も回収してきたい」
「……ん、ありがとう」
ノアがほっとしたように微笑む。
「こっちにいる間は、この屋敷でお世話する。今日はもう休んで。……あ、忘れてた。あした、お父様の所に連れて行かないといけないんだった」
「領主様のことを忘れちゃ駄目ですよノアセンパイ!」
「えへへ」
「えへへ!?滅茶苦茶無表情でえへへ!?」