ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
「おぉ、よくぞいらっしゃいました冒険者様よ、と大殿は言っておられます」
抑揚の薄い口調で歓迎してくれたのは、ノアセンパイのお父上--------ではない。
玉座に鎮座する老人のボソボソ喋りを耳を限界まで近づけて聞き取り、それからこっちに翻訳してくれる女性執事さんの声だ。ロボっぽくて印象的な喋り方だけど、聞き取りやすくて良いのかもしれない。きつそうな吊り目にショーとボブの黒髪、飾り気のない銀縁眼鏡。
絵に描いたような委員長風女子だが、逆にそれがいかにもな辣腕の雰囲気を醸し出している。
「娘と仲良くしてくれてありがとう。そして、このたびは我がエルゼアの魔物退治に協力していただき感謝する、と大殿は言っておられます」
一方で老人--------ノアのお父様、は、それはもうよぼよぼのお爺さんだ。
深い皺で目元は見えず、灰色の髭も眉も伸び放題、この人本当に政治できるのだろうか。認知機能的に。それでも、派手ではないが品のいい正装に、高級感あふれる赤のマント。胸にはマントと同色の王国赤色徽章。赤色徽章ということはつまりその、第三等級以上、副領主以上の高官ということ。
やっぱり紛れもなくこの地の領主だ。ついでに貴族だ。やばい。
「あ、はは。わたしたち、しがないEランク冒険者なので、どこまでできるかわかりませんケド……」
キリエが珍しくひきつった声で返す。
領主がまたぼそぼそと言い、執事が口元に耳を寄せる。
「わはは。我が娘より、『ロッド・テイカー』討伐時のメンバーであったと聞いている。すなわちランキングでは低位であれど、実際の力はSランク以上。王立ギルドのランク付けがいかに無意味かわかるというものだ。わはは」
「「…………」」
「……と、大殿は言っておられます。こほん」
忘れた!今定形つけるの忘れてたぞ!
「忘れてません。馬鹿め」
「馬鹿め!?」
おっと、無表情のままで剛速球を投げてくるじゃん。
抑揚が一ミリも乱れてないのが逆に怖い。
というか今心読んだ?
「読んでません。おっと、お待ちください」
抑揚のない口調で待ったをかけ、老人の口元に耳を近づけ、
「職務中であるぞ……と言っておられます。御無礼、すみませんでした。自分はスツーカ・ヴォルグと申します。大殿の秘書兼介護……失礼、主治医でもありますのでお見知りおきを。とくにそちらの小さい子、あとで話があります」
面白この人。
それはそれとして、
「あ、あの、オオトノさま。あれです、あの、凄いのはこっちのちっちゃいミーシャちゃんだけで……」
「わはは、ご謙遜なさるでない。ノアより詳細も聞いておる……と、言っておられます」
横に控えていたノアがうん、と頷く。何言ったのこの人。
「あの、それで、私たちは具体的には何をすれば……?」
「うむ、娘より我が領の命綱である『蟹』の惨状は聞いておられると思う。おそらくその原因である『木製人形』の首魁、これを捕らえてもらいたい……と言っておられます」
「ちなみに、その首魁?の正体について、調べは?というか【木人形】って一体何なんです?」
領主がそれに対して口を開こうとした、のとほぼ同時に、ばぁん!と部屋の重たい扉が勢いよく叩き開けられる!
現れたのは、丸眼鏡三つ編み白衣の女性。アドナだ。教授だっけ、主席研究員だっけ。わすれた。
「よくぞ聞いてくれましたぁ!【木人形】の起源についてゆっくりじっくり説明していくんだぜっ!」
「あ、アドナさん!昨日ぶりですっ!」
「ククっ、また会ったなお二方!話は聞いた、そんなにヤバ凄い人たちだったとは!土下座したほうがいいねぇ!ごめん許して蹴らないで!」
「五体投地をやめよ、アドナよ。研究の成果はいかがか?……と、大殿は言っておられます」
アドナのスライディング土下座を華麗にスルーして、領主が先を促す。
アドナはちらりとノアのほうに視線をやってから、
「はいっ、捕えてみれば、本当にただの八頭身のデッサン人形でしかありませんね。表面よくやすりで削られていて、漆がぬってあり表面はごく滑らか。元より命ある生命体ではないと思います。しかして魔術的な痕跡もない。部品さえあれば、子供が組み立てても同じものが出来るかと」
おっと、なんかダメっぽいぞこの人。
じゃあなんでそんな自信ありげなんだ。何そのニヒルな笑み。
「うむ、先月の報告と同じであるな」
「……ハイッ!」
人間笑顔のままであんなに真っ青になれるんだという知見を振りまきつつ、アドナが平身低頭する。
「よい。二人の救世主に現状を知らしめるために呼んだのだ。事態が解決せねば、この街は甚大な打撃を受けるだろう。『ロッド・テイカー』を打倒したその腕、存分に振るってもらいたい……と、大殿は言っておられます」
うぅん。
昨日ノアから聞いた通りの話ではあるけど、引っかかるところもあるな。
具体的には、なんか、わたしたち、あまりにも全投げされてないか?という点。これだけクリティカルな自領事案に、直接的にかかわりたくないのはどういうわけだ。
「もちろん、蟹と人形の討伐報酬も通常通り出す……と、言っておられます」
ノータイムで返事をしようとするキリエを関節技で制して、とりあえず思索の時間を稼ぐ。
直感。危ない橋の匂いがする。
「成功の暁には、最高級ペールクラブとその加工品を一年ごとに届けると約束しよう……と言っておられます」
「んなぃっ……!?」
「うむ。無論、これを毎年だ。貴殿が行方不明にならなければだがな……と言っておられます」
「ま、毎年っ!?」
「それは揺れるんだねミーシャちゃん!」
「うぅ、ど、どうするキリエ!蟹毎年だって!」
「そんなの関係ないよ。ノアセンパイにはお世話になってるから助けたい!というかそんなに蟹もらってどうするの、食べきれないよ?」
「そんなのチハルさんに預ければいい!冷凍しておけば長持ちするし、多少古くなってもチハルさんなら何とかしてくれる!」
「う、うん……うん……?そういう問題?」
ノアの父上はうむ、と満足そうにうなずいて、
「では、頼んだぞ。今日は天気もいい。今日は浜にも人形が来ているようだから、まとめて調査されてはいかがかな……と言っておられます」
なんて、話を纏め出す。ま、いいか。報酬も出るみたいだし。というかキリエが今から引き下がるとも思えない。
「あ、そうだ。お待ちください大殿様」
諦めて退出しようとしたところで、執事さん------スツーカさん?が大殿を止める。
「謁見恒例の『杖見せ』がまだです。大殿、どうか」
?
なにそれ。
ノアのほうを向く。
ノアのほうは理解しているようで、直立不動のまま一つ頷いた。
やれってことか。
「うむ、と言っておられます」
「うん、その翻訳要る?」
「いります、小娘が」
「小娘が!?」
いやまあ、多分執事さんから見ればまごうことなき小娘なんだけどさ。
進まない会話に、横からノアが助け船を出してくれた。
「ふたりとも、なんでもいいからお父様に術式を見せて。この辺の風習で、正式に領主に謁見した人はその力を示すことになってるの」
「大殿の場合は、少し事情が違いますがね。ええ、領地の命運を担う役目に見合う術者かどうか、是非見せていただきたいものです」
スツーカさんの眼鏡がきらりと光る。
わたしたちを品定めしてるのは、実際は大殿っちではなくこいつだろうか。
「じゃ、私がお手本やるね」
「へ?ノアもやるの?」
「決まりだからね。……ん」
言うが早いか、ノアが両手を胸の前で組んで、魔力を巡らせる。全身が淡く輝いて、白い両翼がノアの背中に出現した。
「……っ!!……っ!!」
と同時に、老人がびくりと反応する。それから続けて痙攣して、びしっと背筋が伸びた。
「え、ええ!?オオトノさん大丈夫なんですか!?」
「大丈夫です。大殿はよく精錬された魔術を見ると少しだけ意識がハッキリするのです」
「今の、はっきりしてるんです……?」
「してるんです、ピンク頭が。次はあなたですよ」
「はいぃ……すみません……それじゃ、えいっ!」
キリエがぱっとその場から消え、わたしの背後に現れる。
「……おい、何してる」
「えへへ、ミーちゃん怖い顔してたから……」
「してない。放せ」
「はぁーい」
と思えば、後ろから頬をぐにぐにされた。唐突なスキンシップがいつもながら怖い。
老人の反応はと言えば、
「……おお、立った!?」
「ふむ、すばらしい。術式の珍しさ以上に、よく訓練された美しい魔力の流れです」
「大殿が立位に!!」
「おぉ、何年ぶりでしょう!!」
「おぉ……!そのまま食事と入浴と排泄もご自分で済ませていただければよいのに……!」
周囲のメイドが色めき立つ。
やっぱ要介護老人なんだ、この人。まぁ、それを悪く言うべきじゃないよな。でも何歳なんだろう。
大殿は震える指でキリエを指差し、
「……よき術である」
とだけ言い、元の通り玉座にへたり込んだ。
「な……なんか褒められた!?」
「よかったな。しらんけど」
「それでは、最後はあなたですよ、ミーシャ・ゼレンディア?」
………………。
「ミーシャ?」
ノアが不思議そうな目を向ける。
どうしよう、わたしの固有術式は人に見せる感じのものじゃないしな。
「あぁ、ゴメン。じゃ」
考え事は、ノアに急かされて中断される。
ま、いいや。とりあえず、
「汎用だけど。『青色』『即席防へ-------』」
「ぬぅん!!!!」
「うわぁぁあ!?」
結論から言うと、わたしは術式を展開できなかった。
なぜって、老人がわたしの前にひとっとびに跳躍していたからだ。
マントをたなびかせながらだん!と軽やかに着地して、ぬぎろ、と大きな目を見開いてこちらを睨めつけている。歌舞伎役者みたいな迫力に、私は思わず一歩後ずさった。
その眼に宿るのは爛々とした好奇とか、嬉しさとか、そういう感じ。少なくとも痴呆老人の面影は全くない。
「え、えぇ!?」
びっくりした、というか今、防壁の内側にしれっと抜けられた?
「うむぅ!!わが『青翡翠』!!!貴様今までどこに隠れておった!!」
「は、はぁ……?あの、多分人違いだよ。お爺さん、ちょっと落ち着いて……」
「がはは!相変わらずの口だな!我はジジイにあらず!!!!忘れたならば教えてくれよう、我はS級13位・ヒナタ・ゲンキサイ・シゲクニ・ロースウッド!!さぁ、再び魔王領へ参ろうぞ!!我ら世界第二位『エラン・ヒナタの』------------ぐっ!」
「はいはい、大殿、元気いっぱいですね。勇者ランキングは53年前、パーティランクは44年前のものです」
「…………うむぅ…………婆さん……飯にしようか……」
あ、萎れた。
萎れて分かったけど、今やっぱり姿変わってたな。
髪も白髪じゃなくなってたし、歯も生えそろってるように見えた。筋肉も膨れ上がってたし、なにより魔力の量が爆発的に増えた。
……萎れた瞬間、元に戻ってたけど。
「……驚きました。大殿が一時的とはいえ、あそこまでの若返りを見せるとは」
「い、今のなんですか、スツーカさん?なんか普通に若返ってませんでした?」
委員長執事は頷き、
「えぇ。大殿の固有術式は『並び立つもの(バイスタンダー)』。周囲に流れる魔力の質に応じて、その全盛期へと若返るのです」
しれっと言ったけど、それトップシークレットじゃないだろうか。
「お、おぉ……じゃ、ミーちゃんってやっぱりすごいんだねぇ……」
「えぇ。あれはおそらく62歳の大殿。SS級昇格の際の、最も調子に……いえ、波に乗っていた時のものです」
「お姉さん、やっぱりなんか毒ありません……?」
確かに難儀な術式だな。
本当なら、の話だが。
喧嘩はしたくなかったので、わたしはそう思うだけにしておく。
女執事の眼鏡がきらり、と輝いた。