ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
それからというもの、わたしは同じような生活を何日か続けた。キリエとノアと狩りを続けつつ、それを操る糸の術式を、ひたすら観察する。
海岸線に張った青色術式の盾に沿って、さらに街の住民がバリケードを形成したらしく、蟹が町内に入ったという話は出てきていなかった。その点街の議員やらおえら方ににうるさいくらいに感謝されたけど、それはまあさておき。
「蟹たち、夜になっても普通にいるな。でも微動だにしない。『動かない』命令をされてる、ってことなんだろうけど……だとしたら、範囲も持続時間もとんでもない術式だよな」
すっかり暗くなった客室の窓の桟に腰かけて、そこからビーチのほうを見つめる。夜も更けているけれど、幸い満月の光のお陰で、真っ白な浜と、琥珀色の光沢を持った集団がはっきり見えた。
浜辺で不自然なまでに微動だにしない蟹。その関節や鋏、眼など、いたるところにくっついたほぼ透明の糸を、慎重に、慎重にたどる。
たどって、たどって……消えた。
別のものを見つけて、たどり……。あ。消えた。
「くそう、だめだ……」
糸を追うだけなら本来そこまで難しくないはずなんだけど、どうやら逆探知系の干渉を受けると簡単に消滅するようになっているらしい。術式付きの眼で見るだけでもだめなのに、普通に戦闘しても糸は切れないのはどういう仕組みなんだろう。
わたしは目頭を擦って、再度集中しなおす。
浜辺に上がってきているのが誰かの意図なら、おそらく近いうちに街のほうに侵攻してくるはずだ。それまでに元をたたないと、戦闘職の極端に少ないこの街のギルドと実戦経験のない兵では、おそらく街を守り切れない。
(……ふふ、ふふふ)
もっと焦るべきだ。それなのに、
「はは、不思議だ……」
誰が、どんな理由でここまでの術式を編み上げたのか。顔も知らない術者に思いを馳せるのは、不謹慎だけど、なんだか無性に楽しかった。
領主からの依頼がどうでもいいと言うわけではないけれど、同じ魔術師として、どうしても惹かれるものを感じる。
「くっく……おもしろい、おもしろいなぁ。草の根分けてでも見つけ出してやる」
不思議な高揚感に突き動かされて、わたしは再度眼に魔力を集めて、
「ミーぃちゃーーん……」
「うひいぃ!?」
びっくぅ!と身体を跳ねさせて慌てて後ろを振り返ると、寝ぼけ眼のキリエが立っていた。
「き、キリエかぁ。びっくりしたぁ……」
わたしが胸をなでおろしている間に、少し丈の長いパジャマの裾で目を擦りつつ、わたしの部屋に入ってくる。のんびりとした歩調で隣まで寄ってきて、背後の窓から外を見て顔をしかめた。
「うわ、こんな時間にもいるんだ……なんだろ、寝てるのかな?」
「違うと思う。いざとなったら【大空断ち】で一掃できるんだし、まぁいいだろ」
「……ミーちゃん、あれかなり負担大きいよね?ここ最近毎日使ってるけど、毎回ふらふらになるんだもん」
それはそう。
原理上巻き込む敵が多ければ多いほど魔力消費が上がっていくので、実はどれだけ敵が増えても大丈夫、という話でもない。コツを掴んできてはいるけれど、まだまだ上限出力の見極めはできていなかった。
「駄目だからね。あれはもうやめとこ?いつか事故が起こるよ、あんなの」
「だからこそ練習中なんだろ。経験なしに人は成長できないぞ」
「……ミーシャちゃーん?」
キリエの声が少し厳しくなる。
びっくりして微かに肩が揺れたのをごまかすように、わたしはおおげさに降参のポーズをする。
「あーもう、わかったわかった。そういうときのために、色々術式も考案してるんだ。アレに頼りきりにならなくても言いように」
「……どんなの?」
「うん、最近のだと。……えいっ。どうだ?」
「……?何か変わった?」
「変わったよ。これは『薄衣』って言って、見えないベールみたいなので体を覆って、魔力の発散を防ぐんだ」
「へー。それ、どうなるの?」
「うん、自己回復が早まる。魔力のロスがなくなるわけだからな。ま、薄衣の精製コストで大体赤字なんだけど」
「…………」
「おっと、何その眼。これは一応、身体から漏れる魔力でこっちを認識してくるタイプの魔物にはいい隠密になると思うぞ。昨日思いついたんだ」
「……それって、例の蟹とかには」
「うん、効かないね。あいつら目あるし」
「………………」
いかん、可哀想なものを見る目だ。キリエからそんな視線を送られる日が来るとは。
なんだよう。これだって意外と画期的な技術なのに。誰もやろうとしなかっただけって?それはそう。
キリエがふーっと場を仕切り直すようにに深呼吸をして、
「ねぇ。最近、夜も殆ど寝てないよね?」
「糸の逆探のためだ。仕方ないだろ」
キリエは珍しく納得がいかない様子で頬を膨らませている。というかなんで寝てないの知ってんだ。絶対うるさいから、わざわざ部屋も分けてもらったのに。
キリエはわたしの座る椅子の背後についたかと思うと、唐突に肩口に両腕を回して、顎を頭に乗せ、ふぅ、とため息をつく。人を顎休めに使うな。
「それで、見つけたの?【糸】?だっけ、その犯人の人?」
おっ、よく聞いてくれた。
わたしは息を吸って、
「それな。もうちょっとなんだ。どうやら、今回の術者が相当やり手くさい。あんな繊細な命令を無数の糸にオートマで与えるのなんて、王都の聖女でも難しいはずだ。難しい、のもそうだけど、それ以上に膨大な魔力がいるんだ。それこそ魔王四天王級の。それなのにやることが変な蟹を操ることどまりなのは、納得いかないんだよ。例えば、なんで人間を操らないんだ?混乱を起こすのならそっちのが何倍もいい。たぶん、何か見落としてると思うんだ。わかってしまえば簡単な----」
「わぁ、待って待って!なんて!?」
「ふふっ、ごめん」
「なーんで楽しそうなのかなぁ……」
それはまぁ、さっきわたしも同じことを思ったよ。
「まぁな。こんな謎の術式を作る奴が、どんな奴なのかは興味あるよ。少なくともわたしなら、かなーりどでかい中継地点でもないとこんなの成立させられる気がしない。……なんか、忘れてるような気がするんだけどなぁ」
「ほら、寝てないから頭が重いんだよ。隈ひどいよ?……はあ、ミーちゃんの将来が心配だよ。変なところで思い切りよくのめり込んじゃうんだから」
「うん、お前年下だかんな?そして頭が重いのは間違いなく貴様のせいだよ」
「歳なんて関係ないよ。だって、ミーシャちゃんはこんなにちっちゃくてかわいいんだから」
「わぁ、えへへ、ありがとぉ。黙れ」
キリエの無駄話になるべく脳の容量を割かないようににあしらいながら、違和感の正体を探す。
そう。
そうだ。
なにか、忘れているような。
頭上で液状化しつつあるピンク頭がさらにひとつ欠伸をして、
「もういいじゃん、糸なら狩りのついでに近くで見たほうがいいよー。寝よ?」
「夜のほうが『糸』が見やすいんだよ。微妙に痕跡が追いやすくなってると言うか……」
「えぇー。でももう集中出来てないよ。絶対深夜テンションでわけわかんなくなってるよ。朝になってこれ何がおもしろかったの……?ってなるやつだよ。ミーちゃーん。ミーシャ・なんとかちゃーん」
「黙れ。それ以上踏み込んだら目と耳を撃つ」
「あっ、それ懐かしいね!」
「あぁもう……」
楽しそうなキリエに、しかしわたしは嘆きの溜息をつく。口調こそ柔らかいけれど、こいつのこれは、頑として引く気がないときのやつだ。
「わかったよ、あと一時間観たら寝るよ。キリエも自分の部屋に……」
「やだよ、もう眠いもん。ここで寝る」
私の逃げの一手を、キリエがばっさりと斬り伏せる。強めに睨みつけると、にっこりといい笑みを返された。
「あのな……」
「やだよ。こんなにいい月夜なんだから、月光浴しながら寝たら絶対気持ちいいよ?しかもここ、月二つあるよ?確率二倍だよ?」
「さっきからなに言ってんのお前……?」
人と寝ることに対してストレスフリーが過ぎるだろ。絶対魔王領冒険者向いてると思う。
「キリエ。だいたい、二つ目の月、【透り月】は天体じゃないって言っただろ。天体だったら、そんなに距離も無いナザングルで話題にもならないのはおかしいじゃんか」
「へぇ……ちがうの……?そなんだ……」
眠気に支配されつつあるのか、どこか上の空の返事が返ってくる。少なくとも頭の上で寝るな。しかも顎を乗せたまま。何そのバランス感覚。
わたしは咳払いをして、
「あぁ。あれは純粋な魔力の塊だ。そんで、間違いなく大気圏内にある。透明な何かに見えるのは、高すぎる魔力濃度で空間が球形に歪んで見える……からで……」
言ってて、途中で、気が付く。……あったわ。糸のくそでか中継地点、普通にあった。
1000年前からある、御土産のモチーフになるくらい有名な、月に見える透明な物体。
それが術式の中継地点の正体なら、犯人は必然的に限られる。そして、それを1000年ばれずに続けるための場所なんて、
「あ……ああっ!?そうか!!だから『聖域』なんだ!!」
「ふぎゃっ!?」
わたしはその思い付きに、勢いよく立ち上がる。
「キリエ……!今すぐ行くぞ!山だ!魔術師は『聖域』!【禁踏区域】にいる!……キリエ?」
振り返ると、キリエが顎を抑えてうずくまっている。
何者かにアッパーカットを食らったらしい。畜生、一体だれが。
「キリエ、うずくまってる暇はないぞ。善は急げだ!」
逸る気持ちのままに、キリエを急かす。が、キリエはひとしきりぷるぷると震えた後、俯いたままがっしぃ!とわたしの両肩を掴んだ。
その異様な雰囲気に気圧されて、思わず上体を引く。何。なんなの。
「な、なんだよ。ごめん。顎のことは悪かったよ」
「……だめだよ、何が分かったのか全然わかんないけど、でも、だめ」
俯いて垂れた前髪で、その表情は見えない。
しかしながら、シリアスタイムはさっきのアッパーカットで終了してるんだ、あきらめてほしい。
「な、何が……?」
「言ってるじゃん。ミーシャちゃん、殆ど寝てない……そんなので戦いに行くなんて、危ないよ、ダメだよ。やめてよ」
「…………ごめん」
顔を上げたキリエの見たこともない表情に、わたしは思わず引き下がる。
沸騰したお湯に水を差したみたいに、先を急ぐ気持ちがすうっとしぼんだ。こいつは母親を冒険で喪っているのだっけ、と、脳の冷静な部分が思い出す。
最近初めて分かったんだけど、わたしは一度熱くなってしまったら周りの話を聞かなくなる傾向にあるらしい。
反省だ。
「わかったよ、今日は休もう。明日ノアのところに行って、協力も頼もう。だから、キリエは本当に戻りなよ」
「だめ。見張ってる。ミーちゃん、一人でも行くでしょ」
「流石に一人で突撃したりはしないよ……?」
こいつはわたしをバーサーカーか何かかと思っている節がある。流石にそこまで正気を見失っちゃいないよ。勝てんて。
なんだろう、キリエの中のわたし評がどんどん心外なものになってる気がする。確かにわたしは周りが見えない人間だけれど、まず、当たり前に命は惜しい。だからこいつの心配は的外れで、見張りなんて無意味で、寝苦しいだけで。
私は大袈裟にため息をついて、しかし、それでもキリエが離してくれなさそうだったので、とりあえず客間のシングルベッドに二人が眠れるかを目算する。