ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
翌日、午前。
快晴の天気と涼しめの気温に恵まれた絶好の登山日和に、わたしとキリエ、そしてノアは【うごめき山】のふもとに来ていた。
「うわ、いるなぁ」
「いるねぇ。山から出てるっていうのは聞いていたけど、こうしてみると実感わくと言うか」
私とキリエは山の上に伸びる山道を見あげながら、ため息をつく。そこそこ整備されている道に、小高い起伏の裏に、茂みの中に、木人形が非常に不自然な動作でうろついていた。
「この先に犯人が隠れてる、んだよね?」
「あぁ、多分な。魔術的な痕跡に気づかれずにあの月を維持するなら、もうこの山の【禁踏区域】しかない」
多分な。
「そう、なんだね。わかんないけど、ぶっとばしちゃおう!」
ふん!と気合を入れるキリエ。
「お、その意気だ。ガチもんの怪異が支配してる場所……ダンジョン化しててもおかしくないぞ。いくら街から近いと言っても、油断したら帰ってこれなくなるかも」
「そっか……うん!ミーシャちゃんは私が守るからねっ!」
威勢のいいピンクに、わたしは思わず振り返って、
「は?いや、逆だろ。青色術式使いを守ってどうする」
「むー!そこは気分の問題だよ!そっちのほうがなんか、いいじゃん!」
「お前はもうちょっと緊張感をだな……。ノアを見習えよ。少なくともお前よりは真剣だぞ」
朝一番で居室に突撃したわたしたちに嫌な顔一つせず、しかも即【禁踏区域】への入山許可をお父様からぶんどってってくれた。しかもなんと、彼女の動かせる範囲で兵まで動員してくれるそうだ。頼もしい限りである。
今日遅れて来るのも山用の武器に換装するだからだって言ってたし、やはり領主の娘だけあって事件への本気度が段違いに見える。
「うぅん、それは……ノアセンパイはどうだろうね……?」
何か言いたげなキリエと言い合いをしていると、背後から独特の凛とした声がかけられる。
「二人とも、ごめん。遅くなった」
「お、来たか。じゃ、さっそく突撃……登山……?」
「あ、ノアセンパイお疲れ様でっす!色々手配してもらったみたいでありがとうござ……登山……?」
振り返ると、それはもう凛とした黒髪ロングの美女が、大真面目な顔して立っている。……ガッチガチの、フル登山装備で。なんなの。富士山でも登る気なの。
かたまってしまったわたしたちに、ノアはそれはもう無駄に整った美貌をこてりと傾けて、心底不思議そうに尋ねてくる。
「どうしたの?二人とも、まるで宇宙人でも見たみたい」
「いや、その……。ノアセンパイはこれから【女王の白】でも踏破する気なんです?」
キリエの言葉に、ノアはほんの少しだけぽかんと口を開けたが、すぐに一つため息をついて、(ドヤ顔)、
「……、キリエ。山を舐めちゃいけない。山は怖い」
「は、はい……」
「ま、まぁ確かに……?」
言われてしまえば頷くしかない。
【うごめき山】は外から見ても大した標高も無い山だ。アドナ達が日々フィールドワークに出ているという前知識もあったためか、侮りはあったかもしれない。
「そ、そうですね……?わたしとミーちゃん、普通に普段の服で来ちゃいましたけど、もしかしてまずかったです?」
ノアは重々しく頷いて、
「上級者ルートなら間違いなく遭難だね。でも、この山には初心者用のハイキングコースがある。今回はこっちから行こう。あ、登山届をかかないと入れないから、受け付けに案内する」
「……」
「あ、登山靴はロッジで売ってるから、さすがにそれは履いておいた方がいいよ。御土産コーナーの裏」
……なんだかなぁ、なんだかなぁ。今から未知のダンジョンと立ち入り禁止区域に行くはずなんだけどなぁ。そしてノアの張り切りっぷりがすごい。表情薄めのノアだけど、今日はたしかに目が輝いている。
「というか、初心者ルート?を通るのなら、そのフル装備は必要だったのか?」
わたしの何げない発言に、しかしノアは大きく目を見開いて固まる。
それからたっぷり一秒は黙って、
「…………必要なかった、かも……」
と呟き、しゅんと肩を落とした。
かわいいなこの人。
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初心者用のハイキングコースというだけあって、【うごめき山】の禁踏区域への道はわりとなだらかなものだった。いい感じの柔らかい日差しに、山特有の涼しい風。どこかから鳥の鳴き声まで聞こえて、なんというか、とてものどかだ。
ただし、
「ッ!!」
「うわ、いるねぇ」
「いるなぁ……」
さっきと同じやり取りをして、三人に緊張が走る。
ノアが連絡用の魔法石で、どこかに連絡を取った。
かたかたと木の部品同士がぶつかる音をたてて、木の人形がのっぺりとした顔でこちらを伺っている。
数は二体。隠れている様子も無ければ、襲ってくるでもない。ただただこっちを観察している、とでもいうような。瞳パーツはないのに、なぜだか常に目が合っている気がして不気味だ。
わたしはそれを振り払うようにひとつため息をついて、
「じゃ、行くか。いい加減観察されてるみたいで気分が悪い」
「うんっ!」
いうや否や、キリエが勢いよく地面を蹴って先行する。
木の人形はぎこちない動きでそれに反応しかけるが、防御の姿勢を取るでもなく、キリエの双剣に容易に頭パーツを二等分された。
「うんっ、やっぱり弱いよ!二人とも、どんどん行こう!」
やる気十分のキリエに、わたしは一も二も無く追随する。
敵の本拠地(仮)は目の前、敵も貧弱。
このときのわたしたちは、間違いなく前のめりになっていた。というよりはむしろ、そうなるように、相手に仕向けられていたと言ってもいいのかもしれない。
わたしたちは忘れている。
今回の敵はおそらく、1000年前から【透り月】を維持し、育て続けている異常者だということを。そして、その油断をものの見事に突かれることになるのだが、そんなことを知る由もまたないのだった。