ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
キリエの鬼気迫る働きもあって、山頂は意外にもすぐだった。
後方支援も主にノアが行ったから、わたしはたまの防御術式以外にほとんどやることがなかったくらいだ。
「うんうん、えらいねミーちゃん。【空断ち】我慢できてえらい」
「えぇい撫でるな。使ったら怒るじゃん、キリエ」
「その分防御術式はいつも以上に丁寧だから、助かってる」
「…………」
ノアも近づいてきて、頭を撫でてくる。なんだ。わたしは親戚の家のキャバリアか何かか。
まったくいい迷惑だ。この上ない実践演習の機会だと言うのに。
「あれ……ここから先、木が生えて無いね?」
「森林限界ってやつだな。高度どうなってんだ?」
キリエの言葉に、わたしはぼっさぼさに乱れた髪を撫でつけながら、咳払いとともに返答する。
ある一定の高度を超えると、樹木植物が生育できなくなるライン、森林限界。元居た世界でもあった概念だけど、どう考えてもそんな高くまで登ってない。空間が歪んでいるのだろうか。さすが聖域。知らんけど。
それはもう澄み渡った爽やかな山頂の風景が、逆に白々しく映った。一気に明るくなった視界に顔をしかめながら、わたしたちはじりじりと前に進む。低身長の草木を踏み分けて進むと、うず高い山頂が無防備にその姿をさらしていた。
もう少し登れば、山の頂上だ。
「もう少しで山頂だけど、結局何もないね?うぅん、黒幕はどこにいるんだろ……?」
キリエの困惑した声が、高原に響いた。
確かに、なんもないな。当てが外れたか?
微かな脱力感とともに、禁止区に一番詳しいであろうノアのほうを向く。
向いて、その顔面が真っ青なことに気が付いた。
「ノア?」
「……あれは、山頂じゃ、ない」
「ノアセンパイ?どういう」
「ううん、……違う。ほんとは、山頂はこのあたりのはず。それで、うん、そこに……【ヤクモ様】の祠があった、はずで」
ノアが震える指で、すぐそこに指をさす。
そこ何の変哲もない山肌の脇道にしか見えない。……いや、なんか違和感が。
「あーもう!とりあえず登っちゃいますからね!それでいったん帰りましょう!」
焦りを隠そうともしないキリエが、制す間もなくずかずかと山をいや、【それ】の上を登り始める。
私は動けない。ノアも、その【山頂】に釘付けになっている。見間違いかと思った。というか見間違いであってほしかった。
「や、待った、待てキリエ!やめとけ!マジで!」
「きっ……!キリエ!本当によくないと思う!一生もののトラウマに……!」
「はぇ……?」
きょとんとした顔で振り替えったキリエの姿が、急速にぶれる!
「う、うわぁ!地震っ!?」
バランスを崩したキリエが転んで『地面』に手をつく。絶句するわたしとノア、状況が呑み込めていないキリエ。
そんなキリエの足もとの地面が、音を立てて持ち上がった!!!
「ひゃ、きゃぁあ!?」
キリエの叫び声。
だけど、もうそれどころじゃない。地響きとともに、山頂全体が鳴動する!!!いっそ地震だ、これ。
がらがらと岩や木々を振るい落としながら立ち上がったのは、それはもうイかれたサイズの、
「く……蜘蛛……!?」
「ひっ……」
ノアがふらりとよろけて、銃身を杖になんとか踏みとどまった。
いやでも、これはびびるわ。魔王領でこの手の魔物に耐性がなかったら、わたしも危なかったかもしれない。
そう。
おそらく『うごめき山』のもともとの山頂に陣取っていたのは。
それが『山の続き』と見まごうほどの、巨大な、巨大な、巨大な。
背に苔のごとく草木を生やした、八本足の蜘蛛だった。
蜘蛛はみんな脚八本だろって?うるさい。
-----
きりきりと不快な音を立てて、蜘蛛の複眼がこちらを捉える。胴体には苔や木々がむしていて、遠めだと普通にさらに山頂に続く山の一部にしか見えなかった。気持ち悪く膨れた頭と腹だけでそれなのだ、そこから伸びる八本の脚は、長すぎてどこに接地しているのか見えすらしない。
「くっ、蜘蛛……!?こんなおおきな……」
ノアが銃を構えたまま、呆然と立ち尽くす。
撃っても効かないだろうから、それでいいと思う。
「なるほどぉ……この気持っち悪い巨大蜘蛛が『月』を通して町全体に糸を垂らしていたってわけかぁ……!うぅん、蜘蛛に『糸』……言われてみれば、イメージ通りだね!」
意外にも冷静さを失っていないキリエがいっそのんびりつぶやきつつ、わたしの目の前に瞬間移動してくる。
「……キリエ、それだけじゃ、ないみたい……」
わたしが開きかけた口を、震える声がさえぎる。ノアだ。その場にぺたりと座り込んだノアの視線を追って、あぁ、と納得する。
「なるほどなぁ。確かに、一匹じゃ『うごめき山』にはなれないよな」
流石に言葉を失ったらしいキリエに変わって、妙に納得して頷くわたし。
我々の視線の先は、現れた巨大蜘蛛の向こう側。
同じような、絶望的なサイズ感の蜘蛛が、山頂にうごめいていた。いや、山頂だと思ってみていたモノが、まとめてクッソでかい蜘蛛の集合体だった、というほうが正しいか。
蜘蛛は複数いた。見た感じ、あと七体。都合、8体の蜘蛛。
8匹の巨大な蜘蛛。
八匹の蜘蛛。
即ち、ヤクモ様。
日によって山頂の形が変わる、これが【うごめき山】の正体。
成程確かに、一匹当たり数百メートルはある蜘蛛が8体も生息してりゃ、毎日山の形が変わっているように見えるだろうなぁ。
妙に感心していると、八匹の気配が、気味が悪いくらいの無言のままにこちらを捉え、地響きとともに接近する!!
「わ、わぁぁ!?」
一気に突っ込んでくるかと思いきや、何かを警戒するかのように、一定の距離を保ち、しかし確かにわたしたちの姿を捉えて止まった。呼吸なのかなんなのか、蜘蛛の口吻がきしきしとうごめいて、さすがにきもい。
ぞわぞわと背中に震えが走る。蜘蛛に狙われる羽虫の気分があじわえてお得かもしれんな。んなわけあるかい。
「……っ!ま、ずい……、狙われて……!」
「ノアセンパイ、しっかりしてください!一旦逃げっ、逃げないと……!」
まぁまぁの威圧感に、金縛りにかかる二人。
何十メートルはあろうかという蜘蛛が一斉にこちらを狙っている姿は、確かに大迫力だった。
わたしはすーっと息を整えながら、
「キリエ。ここならそろそろ、いいよな?」
キリエが無言でぶんぶんと頷く。やれやれ、ようやく許可が取れた。
わたしは楡の杖を両手で掲げて、温存した魔力をそれに注ぎ込む。
流石に魔力の流れの異常に気が付いたか、蜘蛛がこちらに反応して、しかし、もう遅い。
「『大空断ち』!」
きん、と。
空気を分断する硬質の音が空間を走り、一瞬遅れて一番距離の近かった蜘蛛が縦に二分され崩れ落ちる。
「うん、魔王領なら2時間に一回は出会うくらいのアレだな」
見間違いでなければ、これはBランク魔物の【ヒルズスパイダー】だ。いいとこその亜種。人間領に居るのは確かに珍しいが、魔王領の高ランクダンジョンならごくありふれた生き物と言っていい。
「突然変異で蟹を操る糸をゲットしたのか? ま、そういう奴らだからこそ、こんなところに封印されたってとこか」
足もとで腰を抜かしている二人に返事を求めるでもなく呟く。被せるようにきしゃぁぁ!!と、残りの蜘蛛が奇怪な叫び声を狂乱し、体毛を逆立たせて立ち上がった。さすがに臨戦態勢だ。
ひっ、と息をのむ声が背後から聞こえる。
基本怖いもの知らずのこいつらも蜘蛛は苦手らしい。
「さて、さすがに大空断ちは全部には撃てないな」
「なんっ……なんで声弾んでるの……!」
からからに乾いたキリエのかすれ声が背後から聞こえる。サイズ的に蛇に睨まれた蛙よりも分が悪いのに、そのツッコミ根性は見上げたものだ。
さて、ここはひとつ研究の成果を見せるか。
わたしはひとつ、大きく深呼吸して、両手を広げ、くるりと一周回って、
「『空断ち』分枝……『風輪』」
わたしの詠唱が終わると同時に、七匹の巨大蜘蛛の脳天を割り裂く位置に、七枚の結界が別々に出現し。
この日一番の地響きを立てて、一斉に七匹の山頂蜘蛛が、本来の山頂に倒れ伏した。