ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
「ふー。大丈夫か?二人とも。人間領内でこのレベルが出るのは確かにちょっと珍し……あれ?」
蜘蛛の屍骸が動き出さないことを確認してから振り返ると、二人の姿が見えない。いや、違った、普通に地べたにへたり込んでいた。
キリエが呆然とした表情のまま話しかけてくる。
「み……ミーちゃんそんなのできるの……?何今の……」
「ん?あれは簡略詠唱を等間隔に重ねてから同時に発動させることで見かけの連射性能を上げるという工夫で、上から見るとかざくるまみたいに」
「や、聞いてない聞いてない。何早口になってるの」
「魔力消費も一枚一枚はただの『空断ち』だ。『大空断ち』と同じ消費量を使っても最大36連できてお得……む、なんだよ。お前の言う通り【大空断ち】を使わないための工夫だぞ」
「むぅ……なんか騙されてるような……?」
「騙してない騙してない。ほら、倒れてもないだろ」
キリエが頭に人差し指を当てて考え込んでしまう。じつは32以上重ねると大空断ちよりも魔力消費が大きいことは言わないでおこう。怒られるし。
わたしがキリエの追及をいなしていると、ノアが私の前に進み出て、がっしと肩を掴んでくる。
「うわぁ!?なんだノア!?」
びくぅと肩を跳ねさせる。身長差は対キリエ以上だ。物凄い迫力がある。
ノアは困惑するわたしをしばらく見降ろしていたが、やがて感極まった声で、
「ミーシャ……ほんとうに、ありがとう……!」
なんて呟いた。
泣き出しそうな勢いだ。
「大袈裟だよ。Bランク魔物処理したくらいで……というか、魔物でもあれ『ヤクモ様』だろ?なんというか、よかったのか?」
ノアは長い指で目尻の涙を拭いて、
「……うん。確かにちょっとショックだったけど。でも、いつまでも古いものに寄りかかってた結果がこれだよ。それに」
「それに?」
「わたしたちしか見てない。言わなきゃばれない」
「おい神官の娘」
「うん。なんとでもなる。神官の娘だから」
見つめあって、同時に噴き出す。
そうだった、こういうこと言うわ、こいつは。
「これで、街は元に戻るよ。さぁ、まずは漁業、次に観光。復興させて、人をどんどん呼ぶんだ……!」
わたしを抱きしめそうな勢いのまま、なんか盛り上がり始めたノア。助けを求めて頭だけでキリエのほうを向くと、いい笑顔でぐっとサムズアップされた。違うそうじゃない。
「はぁ。もういいだろ、帰ろう。流石にちょっと疲れたよ」
肩を掴まれたまま、気の抜けた口調で言う。
「そうだ、ミーちゃん、魔力は大丈夫なの?」
「そうだな。今日はちょっと使い過ぎたから、残り70%ってところか」
「うん、それ使い過ぎたの……?」
「キリエ、自分の実力の半分くらいでクリアできるクエストくらいにしとくのが長生きの秘訣なんだぞ」
「うわぁ、ギルマスさんの受け売りをそんなドヤ顔で……うわぁ」
失礼な。低魔力状態におけるわたしの貧弱さを舐めるな。
半目のキリエから目を切って、いい加減帰ろうと蜘蛛の屍骸に背を向けて、
気が付く。
『透り月』が、消滅していない。
あれが、『黒幕』の出す糸を経由する中継基地だったはずで。あそこまで繊細な術式、超高度な魔術の腕がないと、維持すらできない筈で。
何か急速に、不穏な予感が胸中に広がるのを感じる。さっきの蜘蛛の魔物は、魔王領Bランク相当で、逆に言えばそれだけだ。突然変異があったところで、そもそも『透り月』を編む力が『蜘蛛』にあるだろうか。
まずもって、これじゃ『木人形』がどこから来たかということに説明がつかない。
そして、そもそもあの『月』の逸話は。
「……なぁノア。この辺の蜘蛛って、1000年生きたりする?」
立ち尽くしたまま、振り返らないまま、ノアに尋ねてみる。
ノアのほうを向けないんじゃない。もう動けない。
どんな小さな魔力の揺れも見逃さない索敵に、全神経を集中させる。
「?ミーちゃん?」
「……、二人とも、構えろ。『月』が消えてない」
「……!!」
ノアとキリエの顔に緊張が宿る。ノアがぶら下げていたマスケット銃をリロードし、キリエも双剣を抜き放つ。
主を失なった聖域の中には、何の気配もない。
いや、違う。
隠れているんだ。
そして、その理由はただ一つ。
来るなら来い。
そよ風未満の魔力でも必ず感知して────────────────-
「や、こんばんは。人間のお客は久しぶりだ」
「……は!?」
何の前触れもなく、忽然と。
蜘蛛の屍骸の山の上に、ニンゲンが一人。いつの間にか足を組んで座っていた。
攻撃されてたら、やられてた。
わたしの魔力探知はちょっとした自慢で、数百メートル先の砂粒でも、魔力をはらんでさえいれば感知できる。なのに、『それ』には一切の緊張感がないままに、そこに現れた。
むしろリラックスさえしている様子で、いつのまにかそこに座っていた。
組んだ膝に片腕だけ頬杖をついて、柔和な笑みを浮かべる『そいつ』は一見、中年男性の姿をしている。
ノアよりさらに何周りかある上背に、長い手足。彫りの深い髭面に、無造作に伸び散らかした紺の長髪。襟ボタンの空いたよれよれのワイシャツにスーツの下らしきシンプルな黒いズボン。シルエットと顔つきからイタリア人のメタファーみたいな伊達男にも見えなくない。
いや、だけど、それがなんだ?
意味深に出てきたにしては、あまりにも圧のない存在に見える。
だからこそ得体が知れなくて、わたしは杖を握り締める。
「おや」
男が口を開く。
無意識に杖の穂先がぴくりと動いた。
「……おやおやおや。悲しいなー。そんなに警戒しなくてもいいじゃないか」
「今の動きを見てたら、これでも足りないくらいだよ。何?瞬間移動?」
ノアもキリエも機動力に優れているけれど、こいつから逃げられる気はしない。
何も思いつかなかったので、とりあえず会話を引き延ばしてみる。
「ん?あぁ、あぁあぁ。どうも会話がかみ合わないと思ったよ」
「?」
「ほら、これならちょっとはわかるかな?」
男が世間話のように微笑むと、何の前触れもなく男の周囲だけが淡く発光した。まただ。魔力の移動と消費が微塵も感じられなかった。
まるで。
魔術でも術式でもなく、ただの自然現象のような。
もしかして。
もしかして、わたしたちは。とんでもなくやばいものに、遭遇して。
「……、まさ、か。【ヤクモ様】、ですか?」
ノアが絞り出すように呟く。
男はふっと真顔になって、ノアのほうに向きなおった。
「……?ん?ああ、この辺の人たちにはそう呼ばれていたっけな。いや、そう呼ばれたのは308年ぶりだから、最早そうでもないのか?私は誰なんだ?そうだな、きみにはどう見える?」
男、改め、【ヤクモ様】は。
1000年続くこの地の守り神は。
興味なさそうに唇を歪めて、首を傾げる。
わぁ。神様かぁ。実物は始めて見るなぁ。
「む、『蜘蛛』をやったのは君だね?」
ノアが震えながらへたり込んでしまったからか、『ヤクモ様』の視線がこっちに向いた。
「ありがとう。あれには手を焼いていてね。助かったよ」
「……お礼とか言うんだ。神様なのに」
「恩を受けたら、礼を言う。それに神も人もないよ」
「……ぅげ」
なぜかそれだけで、心がじわりと温かくなる。心の凍り付いた部分が春の陽気で融解するような。何コレこわい、けど、そんな違和感すらどうでもよくなる。
でも違うな。カリスマとか、神威とかによるものじゃない。
明らかに精神感応術式だ、これは。好意を操る、特に高難度でたちの悪いやつ。
ただ、今までの人生で見てきたその手のモノとはまるで別次元の出来だ。
わかってなお本能が書き換えられてしまいそうな本能的な気色悪さに、わたしは掌から血が出そうなくらいに杖を握り込む。
ノアは感激のあまり、キリエは事態があまり飲みこめていないからか、まだぽかんとしている。抗状態異常術式一式を仕込んでおいたけど、あの様子じゃどこまで効果があるやら。特にノア。
「……お」
「『お前が蟹に人を襲わせたのか』って?それは違うな。大きな誤解だよ」
「誤解、だと?そんなわけ」
間違いない、『透り月』を維持していたのはこいつだ。一連の騒動に無関係なわけがない。
ふ、と。
男の後光が消える。
だめだ、どういう意図の行動なのか見当もつかない。
汗をつたわせるわたしに、男が一瞬黙って、
「……あ!後光くん3号の充電切れた!あぁもう何年も使ってないから油断したっ!」
充電切れらしかった。