ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
山頂は平地になっているらしく、蜘蛛の屍骸が魔素に戻って空気に溶けると、そこは意外にも見晴らしのいい高台になっていることが分かった。
だだっ広くすらあるこの空間の真ん中に、ぽつん、と小さな祠が立っている。いや、広すぎるな。高台の反対側の切れ目が見えない。
「広い、ね……」
「空間操作だな。実際の山頂はここまで広くないはずだ」
キリエのつぶやきに、視線をきらずに返す。多分山頂に踏み入れた瞬間に位相がずれて転移するタイプのやつだ。
「やぁ、すまないね。もう300と8年ぶりに使ったから、機材が古くなってたみたいだ。失敬失敬」
「機材……」
「機材かぁ……」
「あ、勿論自前でも光れるよ。安心してほしい」
なんかぺかーと光り出した男に、逆に脱力してしまう。なんやこいつ。
「そ……」
「『その発光でお前は何を取り繕ったんだよ』って?いいじゃないか。いろいろあるんだ。君だってそうだろ?」
すべて知っていることが当然であるかのような妙な自信にあふれたその口調に、わたしは二の句が継げなくなる。
「そして、確かに蟹の動きを決めているのは僕だよ。それがどうかしたかい?」
わたしが口を開きかけて、その前に、ノアがわたしの前に進み出る。出て、それからひざをついて平伏した。
「お尋ねします、【ヤクモ様】。我らが【蟹】の近頃の動向、貴方様の御取決めとの仰せ、事実でしょうか」
「……?だから、そう言ったよ」
「……ッ、何故!あなたはわたしたちを見守ってくださっていたはずでは……!」
叫びにも似た、ノアの痛切な言葉。生まれも育ちもこの街のうえに領主の娘だ、コイツに対する信仰(フェイス)値がわたしとは違うんだろう。
男は困ったように息をついてから、
「何故って。君たちとの取り決めだろう?僕は君らに海の幸を与える。人間は操作しない。代わりに君たちは神域を崇め、供物を差し出す。それなのに、あぁ、それなのに、きみたちは!」
舞台の演技みたいに大ぶりなジェスチャーで話す【ヤクモ様】には、しかし、わたしたちに対する敵意も害意も、やっぱりどうしても感じられない。
楽しそうですらある。
「えっ、あ、えぇ?約束?ですか?」
両腕を上げて朗々と語り始めた『ヤクモ様』に、ノアが困惑している。
ノアにわからないのも当然だ。たって、【ヤクモ様】が入ってる取り決めとやらが出来たの、1000年前とかの話だぜ。
そして、この神域はアドナやらの一部の例外を除いて放置されてきた。それどころか、麓にピクニックコースが出来る始末。
その間の蟹産業の発展が、こいつの加護だとしたら。
「……あぁ、つまり……」
わたしが思わず口に出す。と、カミサマがぐるん、とこっちを向いて、
「そう、そうだよ!やっぱり君は良いね!!キミの思(い)った通りだ!!『足りないのかと思ったんだ!』特にここ五百年は、滋養のある蟹を巨大化させたりした!蟹の量も増やした!それなのに、供物はだんだん来なくなるし信心も失われるものだから!だから、一念発起して『蟹をたくさん浜に導いたんだよ』!きみたちのために!実に300年ぶりの気まぐれだよ、どうだい!?」
「うるさい、声がでかい。先を読むな、気持ち悪い」
「ふむぅ、つれないなぁ。君さては、この地の人間じゃないね?」
「生憎な。というか、ここでアンタを尊敬しているのはノアだけだよ。見りゃわかるだろ?」
「む……そうなのかい、ノア?」
呼ばれたノアが、平伏したままびっくう!と肩を震わせて、それから緊張満点の様子で返答する。
「っ、は、はいっ。わたしはこの地を代々納める家の人間で。蟹の大量発生の原因を探っておりました!」
「うん、知ってるよ。アイアスの直系だろう。ご苦労だったね」
なんだっけ、それ。どっかで聞いたな。忘れたけど。
「どうやら、蟹をたくさん導いたのは見当違いだったようだ。そして、君が来てくれた。つまり」
「はい、【ヤクモ様】。我々の不信心の致すところ、深く謝罪を申し上げます。以後は貴方様を盛大にお祭り申し上げたく。ですから、なにとぞ我が漁業を元の通りに……!」
おぉ、なんか会話できてるぞ。ノアのキャラ変わってるけど。頑張れノア。これ以上甲殻類とのおわりなきバトルに巻き込まないでくれ。
はたして、ヤクモ様はひとつ頷いて、
「うん、わかった。いいよ」
なんて、今日いっしょにメシ行こうぜ、くらいの感覚でオッケーをお出ししてきたのだった。
「な……なんか解決したねミーちゃん!」
「う、うん……?」
意外と話のわかる善神、だったのだろうか?
哀しい話の行き違いで、街がほろびそうになっただけで。本当にそれでいいのか?
わたしの混乱を差し置いて、神様が口を開く。
「それじゃ、君たち二人は帰りなさい」
神様は、そのイメージに微塵も違わない穏やかな口調で言うと、ノーモーションで虚空から剣を取り出し。高密度の魔力を纏わせ、ノアの首を薙ぎ払った。
----
ぎぃぃん!!!と。
神域一帯に、魔力と魔力の衝突する、高い金属音にも似た音がこだまする。
「……何、やってんだ、お前っ!!」
結論から言うと、男の剣はノアを切り飛ばすことは無かった。
剣とノアの頭のわずかの空間にわたしが割り込み、強引に青色術式を展開している。工夫も何もないとにかく強度だけの盾に剣がめり込み、青い壁を強引にひしゃげさせた。
「おや、止めるのか。人の身で。それに速いね」
無論、移動はアイツのだ。いきなり手を差し出しただけでわたしの意図を理解したキリエのファインプレーである。
「うん、知ってるよ。今のはピンク色の娘の技だよね。良い連携だ」
「聞いてんだよ。何やってんだって!」
「何って。君とピンク頭の子が信者でないのなら、彼女が供物だろう?供物でどう遊ぼうと、僕の勝手さ。手始めに、10080個ほどのパーツに分解してみようと思ってね」
カミサマは。
心底濁りのない顔で、迷うことなく言い放った。
「な…………うっ!?」
ぎし、と剣が青色の壁に一層めり込む。
魔力と魔力の衝突に空間がひしゃげて、異様な音がした。
どうしよう、重い。でも、キリエがノアを対比させるまでは持たせろ。
「すごいね、その防御術式。我流かな?それに、わたしの【精神汚染(カリスマ)】が効いていないようだけど」
「は……っ。正体現したな、洗脳野郎。ノアがあんな感じなのも大方お前の仕業だろうが」
「うん、うんうん。これも耐える。見事な対状態異常術式だ。1000年のうちに、進歩するものだね」
「生憎、我流だよっ!」
キリエがノアを抱えて消えたのを確認して、わたしは盾を押し返す。
呼応して男の刀に力が籠り、ばきん!と防御壁が砕け散った。だけど、それでいい。
勢いで振り下ろされた剣を半身でいなして、残心に全開の魔導弾を叩き込む!!!
ぎぃぃん!!と空間の震える音がして、白色の光弾が男の額に直撃する!!
……どうだ!?
ただの魔導弾といえど、魔力量だけが自慢のわたしの本気の一撃だ。ちょっとくらい怯め。
渾身の一撃に、男はなんというか、普通にのけぞって、それからゆっくりと元の体勢に戻った。
「ふむぅ。溜め無しでそれか。良い威力だなぁ。でも、魔弾の原理は昔から同じなんだね」
「知らん。てか、マジで無傷かよ」
「君は悪くないよ。僕の原理上の問題だ」
頑張った生徒を称える教師のように、ヤクモ様が優しく微笑む。
「ぅ……」
「…………?おや、やはり、君は【精神汚染(カリスマ)】術式に染まってくれないね?傷つくなぁ、今のはかなり本気だったんだけど」
余裕をかましてくる男に、しかし煽り返す余裕もない。
やっばいな、これ。ちょっと効いた。4重5重の対精神汚染術式がなかったら、今頃この男にどんな感情を抱いていたことやら。
だけど、いいな。
格上の魔術師にぶつかるのは、やっぱりいい。
自然と口角が上がるのが止められない。
至近距離で鍔迫り合って、さあどうしよう。
「や、あぁぁぁ!!!」
ざん!!!と。
虚空から瞬時に現れたキリエが、男の腕を切り飛ばした。
「き……キリエ!?」
ノアを連れて退避したのかと思ってた。というか、何故斬れる。全属性対応にもほどがあるだろ。
「その子から離れてっ!」
キリエに切り飛ばされた両手首の断面を、男はしばらく意外そうに見た。しかし、すぐに視線を戻す。
キリエの瞬間移動で少しだけ距離を開けられたけど、移動距離はいいとこ数メートルだ。こいつもそろそろ限界だろう。ヤクモ様を潰すしか、生き残る道はなさそうだ。
「おや、おやおや。君ですら神(わたし)を斬るか。供物はつまらなかったけど、連れの子たちはなかなかどうして面白い」
男が無くなった腕を無造作に振る。と、ぼこぼこと無くした部分が再生し、ものの数秒で元に戻った。
「うげ。やっぱりカミサマじゃないよこれ!!なんか魔物の類だよ!話通じない系だし!!」
どっちかというとマッド寄りの再生シーンに、キリエが嫌そーーーうに顔を歪める。
「ううん、そして君も『カリスマ』が効いていないね?僕の神通力も衰えたかな……いや、本当になんでだ?対魔術術式も何もないのに?」
言いながら、男がはしっとくちもとに手を当てて驚き始める。なんならちょっと汗もかいてる。なんだろう。仕事でミスしていたのを家に帰ってから唐突に気が付いた時みたいな顔だ。
……。
そういや、なんでだろう。キリエお前、なんでノアみたいになってないんだ。
パーティの二人に前もってかけていた防御式のランクでは、さすがにこの想定外の化物には対応できない筈だった。
同じ疑問を抱いたらしいヤクモ様も、一時休戦してキリエをまじまじと観察する。ちなみにわたしには見当もつかないぞ。
「えっ?えっ?何?何ですこの時間?」
二人からじっと見つめられたキリエは、おろおろとわたしたちの間で視線を彷徨わせる。
が、男はしばらくして納得したように、
「…………あぁ、まぁ……多様性の時代、だよね」
とだけ言った。
なにそれ、こわい。一体なにを見通したのこいつ。
「まぁいいや。どっちにしても、君たちは意外と危険人物のようだ。特に、白いほうの君。僕と言えど、ちょっとやそっとじゃ抜けないらしい」
「そりゃどうも。じゃ、もう帰っていいか?そろそろ陽も暮れるし。お前のことを領主に報告したら、またカニ料理フルコースだと思うんだ」
「うん、だめ。ここで摘んでおくよ」
男が言って。瞬間、雰囲気が明確に変わる。
はじめて男から魔力が噴き出し、ごう!と突風を吹き起こす!!あぁもう、極端だな!!出力はイレイナ以上だ!当たり前だけど!
「ちっ、まあこうなるよな。キリエ、ノア任せた!」
「うんっ!」
……。
あれ?
なんか、敵が動かないぞ。立ち尽くしてる。
「……お、おやぁ?あ、あれ?僕の剣……」
男が、視線を自分の足もとに落として、
「お、折れてるーーーーーーーー!?」
「うわぁ!びっくりした!?」
「お、折れっ、折れ……一応神器だよ!?人間界の力でブチ折れるはずが……ああっ、『三代目・スーパーエクスカリバー』!!なんでこんなことに!!!」
いや、ネーミングセンス。
しかも名前からして2回おじゃんになってんじゃねえか。
「うん、うん……いいんだ。620年前にエルゼアの名工に打たせたものだったけど、そろそろ買い替え時だったし。ぐすっ……」
「な、泣いて……」
なんなんだよもう。大の大人の号泣を見せられて一体どうしろというんだ。
さっきの殺気もすっかりしぼんでいるし。さっきだけに。やかましいわ。
アイコンタクトでキリエに合図する。もういい、逃げよう。
無茶苦茶だけど、二人だけで相手できる規模の魔物じゃない。どっちかというとレイドボス、ダンジョンマスターの類だ。
せーので走り出そうとしたところで、その一瞬前に、男の声がすっと差し込まれる。
「うん、しかたないね……だったら物量作戦だ。はい、ゴー」
ぱちん、指を鳴らす音。
「え……?」
あまりにも雑な号令の後、空から無数の木人形が落ちてきた。