ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
無数の木人形がどこから現れたか、というのは、犯人が目の前に現れても見当もつかないポイントの一つではあったけど、答えを知ってしまえば簡単なことだった。即ち、『神様が神通力で呼び出す』。
なんとも分かり易くて、一番そりゃないだろと思う正解だ。推理小説なら明日から鍋敷き待ったなしである。
あられのように降り注ぐ八頭身の木人形は、地面に激突してから非常に不可解な動きで立ち上がり、落下の衝撃などなかったかのようにマイペースにこっちに向かってくる。
……くりかえしになるが、一体一体は普通に弱い。ドリル型も洗車型も、正直敵じゃない。
だけど問題は、その数だ。
「こ……こんなのムリだよ!?」
珍しくキリエの切羽詰まった叫び声が響き渡る。
そう、天から降ってくる木人形は、文字通雨あられの如く、神域に降り注ぎ。
中国歴史ものの戦争直前シーンの如くおびただしい数の木の人形が、狭い領域にひしめき合っていた。
木人形の落下が、やがて止まる。けど、間違いなく数千はいるだろ、これ。
「さぁ、消耗戦だよ。どうする?」
いつのまにか空中に浮かび上がり、虚空に優雅に腰かけた男が、にこり、と微笑む。
わたしは。
「……お前、何見てたんだ?」
呆れて、そう言った。
悠然と見下ろしてくる男が笑みを深めて。
その表情が変わらないうちに、わたしの『大空断ち』が、数万の木人形を横一線に貫く。
木人形たちの動きが一斉にぴたり、と停止し、鋭利な断面を呈して綺麗に二分された。
大量の木製人形が一斉に崩れ去る様子は、まあまあの壮観だ。ごめん嘘。視界がブラックアウトしてたから正確には見てない。
「み……ミーちゃん!撃つ前に言って!?」
視界が回復すると、キリエが真っ青な顔でわたしを抱え上げている。大空断ち使用時の例にもれず、今回もぶっ倒れかけていたらしい。
「ふぅ。もうちょっとで気を失うところだったぜ」
「いやいやいや!失ってる失ってる!糸の切れた操り人形みたいになってたよ!」
抱え上げている、というかダイビングキャッチの様相だ。アホ毛の先端が宙を舞っているあたり、ギリギリで避けたか。
「キリエなら……言葉で伝えなくてもわかるかなって」
「んんっ!以心伝心なアレは魅力的ではあるけども!でも今じゃないよ!」
「キリエ、ありがとね?」
「かわいい声出しても駄目!!冗談じゃないよ!次はキャッチできないかもしれないんだからね!?」
それはごめん。
「まあでも、あれだな。流石にこの数の木人形を生んだんだ、自称ゴッド様と言っても多少は弱るだろ」
「うぅっ、そうかもだけど……!」
「どうだ、カミサマ。まだそのニタニタ笑い続けられそうか?」
わたしは見上げる。
「……ふむ、そうだね。やはり、君は危険だな」
神は、表情を変えずに言って。
「じゃ、次だ」
コーヒーのおかわりでも頼むみたいに、こともなげに指を振った。
「え……」
「う、嘘……」
男は涼しい顔をして。
さっきと全く同じように、虚空から大量の木人形を出現させて見せた。
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「っち、しかたない、『大だん……』うわあぁ!?」
「ミーちゃん!相手しちゃ駄目!さがるよ!」
木人形の大軍団に杖を向けるのとほぼ同時に、背後から伸びてきた手に首根っこを捕まれた。
「さがるって、どこにだよ!」
「『ヤクモ様』……いや、あの魔物は……聖域に『捕えられていた』はず。だったら、聖域の外に出れば、追ってこれない……多分」
振り返ると、まだ顔色の悪いノアが頭を抑えつつ、起き上がっている。
「お、起きたか。大丈夫?」
「聖域の外ですね!よっし、走りますよノアセンパイっ!」
…………。
「聖域の外ってどっちですかノアセンパイ!!」
だよね。わたしもそう思う。
言い合っている間に、木人形がわらわらと殺到してくる。正直絶対そんな要らないと思う、と素直な感想を抱きつつも、いったんドーム型の防壁『営倉』で時間稼ぎをする。
「よし。で、どうやって、あー、逃げる?」
どうやって倒す?と言いかけてキリエにじとりと睨まれたので、するっと軌道修正をする。
「うぅん、とにかく、聖域の外に逃げないとだよね……でも」
キリエが半透明の下敷きみたいな材質の『営倉』のそとを見渡す。
360度木人形で、全く外の様子がわからん。なんか、前にもこんなことあったな。
「大丈夫。道はわかる。……あっち」
と、なにやら地面を調べていたノアが、すっと指を差した。
「おおっ!さすが神主の子!聖域はノアセンパイの庭ってわけですね!」
キリエが嬉々として指の先に向き直って、
「……」
無数の木人形がひしめき合っている。どれくらいかというと、ひしめき合い過ぎてまったく地形がまったくわからん。
「ノアセンパイ!?正直まっっったく地形も何も見えませんけどいいんですね!?」
「地形じゃない。見てたのは傾斜。『聖域』は山頂一帯。下山すれば自然とはずれる」
あ、そっか。
「でも、この数じゃ、とても下山なんて……」
キリエがぐっと奥歯を噛む。
わたしは営倉の維持に注意を払いつつ、そんなキリエに尋ねてみる。
「瞬間移動はどうなんだ?」
「使えてあと2回、かなぁ。そもそも距離が全然足りないかも」
「ノアのあれは?羽根生やすやつ」
「ごめん。あれは使えなくなった」
「へ?どういうことです?」
「そっか、まぁ仕方ないな。じゃ、やっぱり手は一つしかないか」
「「…………」」
わたしが軽い調子で言って、二人が黙る。
めりめりと『営倉』が悲鳴を上げた。もう時間ないな。
暗い顔で俯いたキリエに近づき、その頬をぐにーっと引っ張る。
「何へこんでんだよ。まだできることはある。昨日言ってたあれ、やれるな?」
「……うん」
キリエが顔を拭って、眼に光が戻る。よし、それでいい。
ひとり首を傾げているノアのほうを向き直って、
「ノア、聖域の外までの道案内は任せた。なんとかわたしとこいつで露払いはしてみる」
「……?」
「合体技だ。やるぞ、キリエ!」
「うんっ!」
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『それ』の準備を終えて、わたしは定位置で深呼吸をする。この形態は本当に最終手段で、長くはもたない。
「よし」
「…………キリエはわかるけど、ミーシャってたまに、すごい変わってるよね」
「?」
「私はわかるとはなんですかセンパイ!!まるで普通オブザナザングルの私が変わってる人みたいじゃないですかぁ!」
ザいらんくね。
翻訳ちゃんとしろ転生神。
「うん……」
「うん!?うんって言いました!?ねぇ!」
わたしはキリエの頭頂部をぽんぽんと叩いて、
「二人とも、遊んでる場合じゃない。そろそろ『営倉』が砕けるぞ」
「あっ、うん!了解だよ!ミーちゃんはわたしが守るからね!」
「任せた。言っとくけど、お前に気を遣ってペースを落としたりはしないからな」
「わかってるよ。ミーちゃんこそ、振り落とされないでよね」
青春スポ根漫画の如く信頼を確かめ合うわたしたちに、何故かノアが頭痛を堪えるように頭を抑えながら、
「……その、なんで、肩車なの?」
ノアがわたしを見あげる。人から見上げられるの、なかなか新鮮だな。
「うむ。これは『スーパー移動砲台キリミーちゃん』と言って」
「ん、聞いてない聞いてない。その遊園地の親子連れみたいなフォーメーションの名前は聞いてないよ。その微笑ましさ全開の肩車で何をするのって聞いてるの」
頭を抱えて問い詰めてくるノアを悠然と見下ろしつつ、
「ノア、いいか?まず、わたしは視点が高くなって敵を見渡しやすくなる。弾数にかぎりのある『大空断ち』を効率的に使えるわけだな」
「いいですかノアセンパイ。私は足場です。『大空断ち(あれ)』を撃ったらぐったりしちゃうミーちゃんを支えつつ移動します」
「二人とも……」
自信満々にノアを見下ろす。どうだ、考えただろう。
ノアが戸惑い散らかして首を傾げ、それから、
「か、かっこいいかも……?」
流されやがったコイツ。ノアも相当人のこと言えないぞ、と言ったらまたこじれるだろうか。
「そうでしょうノアセンパイ。その気になればこうやって移動もかなりスムーズに動けるんですよ!身体強化術式を鍛えておいてよかっ……おっとぉ!?」
「あ、ちょ待っ、そっちは駄目いったぁ!?」
調子に乗ってよろけるキリエ。制止むなしく、『営倉』の壁にわたしの額が勢いよく激突する。ごちん!と鈍い音が鳴って、視界に星が舞った。
「キリエ……キリエお前……」
「あぁっ、ごめんミーちゃん!!」
額を抑えて悶絶するわたし。
なんなら今日一のダメージだ。
涙を拭うと、ノアがお腹を押さえて座り込んでいた。華奢な肩がふるふる震えている。わろてる。めっちゃわろてる。くそう。
「っと、『営倉』が限界だ。茶番は終わりだ、準備いいな?」
「……うんっ!」
「あっ、ちょ、その体勢で真面目な顔しないで……っ、ふふ……」
微妙に緊張感のないやり取りをしていると、ばきん!!と音を立てて、わたしたちを守っていた青透明のドームが砕け散る。
「っし、行くぞ!!」
それとほぼ同時に、わたしは一発目の『大空断ち』を360度全方位に放った。
きん!と高い魔力の放出音が響き、一瞬遅れてドーム周囲にひしめき合っていた木人形が両断されて崩れ落ちる。
それを合図にして、ふたりが木の残骸を蹴散らしながら走り始めた。
人ひとり背負ったキリエだけど、意外にもその足が鈍った様子はない。
『身体強化術式』。
忘れがちだがキリエはフィジカル系の汎用術式はかなり使うのだ。
「ふ……っ、なんてそれで、速いのっ……っふふ」
未だにツボっているノアも、真面目に戦えばかなりのやり手だ。長柄のマスケット銃で木人形の残骸をかき分けてしっかり前を進んでくれている。
「ノア、道は?」
「うん、順調。このまま降っていけば、5分後には聖域の外だよ」
「おっけー、いいな。屋敷まで全速……っ!」
わたしの言葉はしかし、突然の轟音にかき消される。
もう何度か聞いた、『木人形』の雨あられの音だ。
真上からおちてくるものをなんとか防ぎつつ、杖を構えて、
「『大空断ち』!」
ぞん!!と、周囲の木々ごと空間を薙ぎ払う。まともに視認はできないけれど、周囲の騒音が止んだあたり、多分大多数は狩れたはずだ。
「おぉっ、すっごい!!」
キリエが歓声を上げる。が、
「……っ!!」
一瞬、視界が暗転する。キリエの頭側に倒れ込んで、それからかろうじて意識を取り戻した。
「ミーちゃん、大丈夫!?」
「大丈夫だ!いいから走れ!!」
「ノアセンパイ!あとどれくらいですか!?」
「もうちょっとだから頑張って……!うわ、また来るっ……!木人形っ!」
「そんな……!弾切れとかないの!?」
必死に走る私たちの前に、焼き増しのような光景が広がった。
なにこれ。どんな術式だよ。
というかこの数の木人形はいったいどこから用意してるんだ。
あまりにも。余りにも道理に反した術式。あるいはこれが、カミサマの力だとでもいうのか。
至近に落ちた八頭身の木人形が、非常に不可解な挙動で立ち上がり、大挙してこっちに向かってくる。
あぁもう、なんて数だ。ご飯粒くらいの密集具合だ。
「くそっ!抜けろ!突破だぁーー!!」
分隊長の悲鳴のような声が響き渡る。
考えている暇は無かった。
杖を片手で掲げて、
「『大空断ち』だっ!!」
周囲の敵が三度一掃され、道が開ける。意識が消えて、なんとか落下する前にキリエの頭に捕まって耐える。これもさっきと同じだ。
これでいい、これを繰り返せば抜けられるはず、けれど。
あと何回これがあるのか。
あと数分の間が。
霧の向こうにいまだ見えない『安全地帯』が。
魔王領から人間領の砦の間よりも、ひたすらに長く見えた。
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「はっ、はっ、はぁ……!」
それからしばらくして。
わたしは、キリエの肩の上で汗みずくで息を乱していた。
足場の悪い坂を全力疾走している二人と比べても、明かに疲労度が強い。
だけど許してほしい。あれから木人形のウェーブが、なんと6回あったんだ。
そのたびに結局大空断ちを撃たされていて、そのたびに気絶してるのだ。頭はがんがん痛むし、さっきから謎の鼻血が止まらない。未だ意識を保ってることを褒めて欲しいくらいだ。
……冗談はさておき、さすがにそろそろ魔力切れが近い。
「ミーちゃん……!」
頭上からキリエの泣きそうな声が聞こえる。
いつのまにか肩車からずり落ちていたわたしは、今やキリエに抱えられながら術式を編むだけの機会になっていた。
前を行くノアがずざざ!と枝葉を蹴散らして止まる。
肩で息をしながら振り返って、進行方向を指差した。
「二人とも、着いたよっ!この先は確実に『聖域』外だから!!」
反射的に顔を上げて、自分が意識を失っていたことに気が付いた。
いまのはちょっとやばかったな。
「が、崖じゃないですかノアセンパイ!?」
キリエの悲鳴に近い声が頭に響く。なるほど、確かに崖だな。それも、断崖絶壁と言っていい。50メートルはあるぞ、これ。『うごめき山』の反対側って、こんな険しい感じになってたんだ。
「うん、跳んで!わたしが下で受け止める!」
「……ッ!はいっ!つかまっててねミーちゃん!!」
短いやり取りの後に、ノアが翼を生やして躊躇なく崖に飛び出していった。あれ?さっきできないって。キリエがわたしを一度おろして、跳びやすいよう抱えなおす。これはあれだ。お姫様抱っこ。
「いくよミーちゃん!!せーの……ってわあぁ!?」
しかし。
わたしの身体が宙に浮くことは無かった。
がくん、とよくわからない反動で、ともかくわたしは地面に放り出される。
慌てて身を捩って見上げると、わたしに覆いかぶさるようにころんだキリエの首に、木の腕が絡みついていた。
さっきまで気配なんてまるでなかったぞ。
まるで、無からその場に突然出現したみたいだ。
「っ、しまっ……!」
起き上がろうとして、さらに別の木人形に頭を地面に抑えつけられた。
というか力が強い、いや、わたしが弱っているだけか。
暴れて抵抗しようにも、キリエが覆いかぶさっていて下手に動けない。その間にも無数の人形が、無機質な動作で覆いかぶさってくる。
「っち-----------」
わたしは狭いスぺースで、なんとか杖を掴みなおす。
そう、盾、とりあえず盾だ。
人形を同時に振り払える、
「『電撃防壁』っ!!」
叫んで。
杖が瞬き、それからぱすん、と間抜けな音を立てて停止した。
「----------ぇ」
魔力切れ、もしくは杖のオーバーヒート。
いや、どっちもだ、これ。
思考が一瞬だけ空転し。それから冷や汗が噴き出す。覆いかぶさっていたキリエが、わたしを強く抱きしめた。そのまま慈母が子どもにするように、思わずはっとするくらいに優しく笑って。
「ミーちゃん、逃げて」
「おい、待っ--------」
言葉は最後まで続かない。
台詞の途中で、わたしの身体は崖の向こう側に転移している。
「ちょ----------」
自由落下を始めるわたしが、かろうじて見た崖上の景色は。
キリエが無数ののっぺりした人形に押さえつけられる、そんな光景だった。