ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに   作:oomaguro

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第五十五話 生き残れ!

 

 自由落下して、途中でノアに抱き留められ、木の枝を全身で何本もへし折りながら減速し、地面すれすれで停止した。周囲はさっきまでの戦闘が嘘みたいに静かだった。森ということまでしかわからないけれど、そこかしこから虫の声まで聞こえて、『聖域』の木人形が追って来れていないことを察する。

 

 聖域からは無事に出られたらしい。

 

 だけど、最早そんなことはどっちでもよかった。キリエがいつまでたっても降ってこないのを察したか、ノアの顔色も明確に悪い。

 

「ミーシャ、それ……」

 

 ノアの声が不安に震えている。

 

 そうだ、わたしがしっかりしないと。

 

 わたしは声音だけでも平静を保って、

 

「あぁ。キリエが上に取り残されてる。もう一回突っ込もう」

 

「…………、」

 

「あいつ、わたしだけを転移させたんだ。それだけの魔力しか残ってなかったはずだ。さっさと行かないと、本当にまずい」

 

 ノアが何か言いたそうな顔をしている。なんだよ、うるさいな。

 

「……ミーシャ」

 

「なんだよ。時間ないぞ」

 

 ついでに、わたしも余裕ない。さっきから滅茶苦茶眼が霞む。

 

「違う、違うよ、血が……」

 

 ノアの泣きそうな声が、わたしの耳を通り抜ける。

 

 意味が分からずに、わたしは自分の身体を見下ろす。

 

 白い改造法衣に、べったりと血が付いていた。あぁ、眼が霞むわけだ。そういえばお腹のあたりが痛い気がする。

 

「関係ない、行こう」

 

「……いい加減にして。あなたまで死んじゃう」

 

「関係ない!!」

 

「ミーシャ!!!!」

 

 自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。ノアもだ。聞いたことのないくらいの声量だ。

 肩で息をしつつ、無言でにらみ合う。しばらくして、崖のほうに向きなおった。

 

「じゃ、いいよ。先に帰っててくれ。わたしがなんとかしてくる」

 

「……冷静になって。お願いだから」

 

 高台に上る方法くらいなら、実際幾らでもある。たとえば地面に水平な壁を階段状に連続展開すれば、理論上天の果てまで行ける。

 

 魔力を展開し、私を中心に円形の魔法陣が浮き上がり、それから停電でもするみたいにそれがぶつり、と途切れた。視界がぐるりと回転して、意識が遠のき、そのまま真っ暗になる。

 

 あぁ、魔力切れじゃん。

 忘れてた。

 

 ----

 

 目を開ける。

 

 見ていた夢のせいで一瞬どこだか分らなかったけれど、やがて天蓋付きのベッドに寝かせられているのがわかった。

 微かな薬品の匂いに、無地のカーテン。医務室のような場所だ、と想像がつく。

 

「……っぐ」

 

 起き上って、その拍子にお腹に激痛が走る。情けなく背中を丸めて悶えていると、声を聴いたのか、部屋のドアが開いた。

 

「あ、眼が覚めたんだね、ミーシャ。まだ起き上がっちゃ駄目だって、お医者さんが」

 

「……、ノア」

 

 入ってきたのは二人。

 

 着替えたらしいノア。それから、それから、白衣の女医さん。灰色の三つ編みに、委員長めがね、この人、確か老領主の通訳してた人だよな。領主の秘書兼主治医、名乗っていたっけ。

 

 わたしは一瞬言葉に詰まってから、

 

「……、ありがとう。ノアが運んできてくれたんだよな。それに、治療まで」

 

 ノアはゆるゆると首を振って、

 

「ううん。ミーシャが助かってよかった」

 

「傷自体は慣れてるよ。それより血と魔力を流し過ぎたでももう大丈夫」

 

 わたしは笑って見せる。空元気で、全身重くて、だから、多分あまり上手く出来なかったと思う。

 医者が鉄面皮を保ったままに、

 

「慣れているよ、ではありません。と苦言を呈しておきます。あなた、ノア様が飛んで運んでこなければ一時間以内に失血死していましたよ。真っ青にもほどがありました。青りんごかと思いました」

 

 真顔で言われるとボケてるのかボケてないのかわからない。

 反応に困ったわたしを見て、ノアが礼儀正しく頭を下げる。

 

「ヴォルグ医師、さすがです。友人を助けていただき、感謝します」

 

 女医さんは両手を白衣のポケットに突っ込んだまま、

 

「ふん、この程度、楽勝の部類です。傷が大きいうえにオートマの守護術式が無数に張られていて、流石に時間だけはかかりましたが」

 

 それはごめん。多分魔王領時代から張りっぱなしのやつっだ。ほら、そのころの味方は基本助けてくれないから。

 

 女医さんの言葉に、ふと窓の外を見る。既にすっかり日は落ちていた。

 

「ほんとだ、もう夜……」

 

「えぇ。正確には、もう3日目の夜、ですがね」

 

 ……。

 そんなに寝てたのか。

 よく見れば、整った鉄面皮にも、わずかに疲れが見えるような。

 

「……ありがとう、ございます。先生」

 

 処置の内容はわからないけれど、出血は止まっているようだ。わたし自身に魔力残っていれば固有術式でなんとかなっただろうけど、二日たったらしいのに、魔力は未だすっからかんだった。

 

 逆に、そんな状態のわたしをここまで持ち直させたこの女医さんは素直に凄腕と言える。

 女医は無表情のまま、

 

「むしろ、楽しませていただきました。手術も処置も無い大殿の介護にはいい加減飽き飽き……こほん。いえ、まだ無理はしないように」

 

「出てる出てる。というか隠す気ないだろ、今の」

 

 台詞の8割がた言い終わってただろ。出しちゃいけない部分に至っては全部出てたし。

 

 さすがにまずくない?と大殿っちの娘たるノアのほうをおそるおそる見ると、意外にもくすくすと笑っていた。余程の信頼関係があるらしい、と何となく察する。

 

 ……いや、そんなことより、

 

「っ、そうだ、ノア、先生、それで、……キリエはどうなりました?」

 

 わたしは。

 なるべく軽い調子で言う。深刻にならないように、悲壮感を出さないように。そのほうが、アイツが助かっている可能性が上がるような、そんな気がした。

 

「……ッ」

 

 が、帰ってきたのは無言だけだった。ノアが一転、気まずそうに俯く。

 

 わたしは鉄面皮の女医に向き直って、

 

「先生、あいつは……キリエはどうですか?その、助かりそうです?あいつ、すぐケガするから、たった二日じゃまだボロボロなんじゃないかって……」

 

 わたしの言葉が、空々しく通り抜ける。

 言いながら、勝手に背筋と手が震える。なに、これ。

 

 女医は、わたしから一切眼を逸らさないままに、

 

「わたしがこの2日診た患者は、あなた一人です。ミーシャ・ゼレンディア」

 

「……、ミーシャ、ごめん。あの時、貴女を運ぶのに精いっぱいで、あの子までは、」

 

 ノアが、俯いたままうわずった声で言う。

 その眼もとは長い前髪に隠れて見えないけれど、身体が震えているのは、悔しさか、後悔か。

 

「木人形に殺到されたと聞きます。あれは人間の獲物はすぐに殺さず聖域の奥地に連れ去るそうです。恐らく即死はしていないでしょう……が、救出は極めて困難と思われます。それこそ、聖域を主ごと消し去らない限りは」

 

 何故知ってる、と思ったが、この女医、大殿の秘書でもあったな。

 重要情報は握っているわけか。

 

 そして、あいつはまだ生きている、可能性がある。その情報だけで十分だ。

 

 お腹が痛まないように、ゆっくり起き上がる。ヴォルグさんの処置がよかったのか、痛みはあれど、歩くくらいならできそうだ。

 

「そっか、ありがとう。治療、助かった。それじゃ」

 

 わたしはゆっくりと扉のほうに向かう。

 

「!ミーシャ、駄目、今の貴女じゃ何もできない」

 

 ノアが両手を広げて立ちふさがる。

 

「……ノア」

 

「落ち着いて、ミーシャ。凄い汗だよ。座ろう」

 

「もう、時間ないだろ。やるしかないなら、しかたない」

 

「だめ。通せない。一人でなんて、無理だよ」

 

「どいて、よ」

 

「絶対、いやだ」

 

 ノアの言うことが正しいことくらい、私にだってわかっていた。

 それでも言うべき言葉を考えながら、口を開いて、

 

「ノア-------いっだぁぁああ!?」

 

 脇腹に激痛が走って、思わず崩れ落ちる。

 

 ひとしきりのたうち回ってから涙目で見上げると、ヴォルグ女医が人差し指を真横に向けたまま無表情で立っていた。

 

「い、今傷口つついて------!?」

 

「だまりなさい。えい」

 

「え、ちょ、あはははは!?まっ、やめ、ぎゃぁぁぁああははは!?」

 

 お医者様はあろうことか、倒れた私にのしかかる。

 そのまま小さい子を抱き上げる時にするみたいに両脇腹に手を回し、容赦なくくすぐってきた。

 

「ほわ、ほわぁぁ!?」

 

 ナニコレ痛くすぐった柔らかい!

 

「ノア様が落ち着けと言っているでしょう。あなた、バカですか。雰囲気天才少女の、一見真面目風なのにしれっと留年しちゃう系のバカですか」

 

「うなぁぁ!?ごめ、ぁはっ、やめて、ごめ、わかった、一旦おちつきまああぁぁぁああ!?あはははは!!し、死ぬっっ!?」

 

「…………」

 

「えっ、あの、ちょ、聞いてる!?謝ったのにっ、あやまったのにぃ!あの聞いてっ、ちくしょうお前耳ついてっ、にゃがぁぁああああ!?」

 

「……………………」

 

「あはははは!ねぇこれいる!?この間いる!?もうやめるって言ってんじゃん!!わぁぁん!!わかったわかりましたから!落ち着きます!落ち着きあぐっ、いだっ、痛はぁぁぁあ!!!!」

 

「ヴォルグさん、さすがにその辺で……」

 

「……ち。ノア様の寛大な御心に感謝することですね。幼女が」

 

「ふーっ、ふーっ、ご、ごめんなさ……っ……」

 

 危なかった。痛いやらくすぐったいやらでおかしな扉を開きかけた。鬼畜生は涼しい顔のまま、虫けらを見る目でこちらを見降ろしている。さすがにあんまりな仕打ちだけど、今のわたしには床で痙攣することしかできない。

 

「落ち着きましたか?」

 

「……」

 

 若干冷たい声かけに、頷きだけでなんとか返す。

 

「それでは、ノア様。例の作戦に」

 

 促されたノアが、なにやら気持ちを落ち着かせるかのように大きく息を吸って、

 

「うん。私……いや、我らエルゼア軍は、貴女の復帰を待っていました。私、ノア・エルゼア沿岸軍団長が、正式に協力を要請します」

 

 ……?

 ノアの似合わない厳かな口調に、首を傾げる。

 

 女医、いや。ヴォルグ領主秘書が、ノアに続く。

 

「そういうことです。 今回のことでようやく証拠が掴めました。聖域に棲まうものは、最早神にあらず。人間を攫い、我らが海を破壊する、ゴミクズ未満の敵性生物です。大殿以下エルゼア全軍、及びノア様麾下の警備隊は、まもなく【ヤクモ様】改め【うごめき山の魔物】への討伐作戦を開始します」

 

「……ぁ」

 

 思わず、見上げる。

 確かに闘志のこもった目で、二人がわたしを見降ろしていた。

 

「あなたにとっては捜索作戦となりますが。いかがです?」

 

「ミーシャ。貴女が目覚め次第、お父様が作戦会議をするって。行こう?」

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