ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
とりあえず、ノアの肩から離れてみる。
ぐらついたから、杖を取り出して地面に突き立てた。
「……、あ、あの。ミーシャ」
おそるおそる、と言った感じで、ノアが話しかけてくる。
あぁ、だめだ。
頭がくらくらする。
間違っても絶望とか、悲しみとかじゃない。
何か心の奥の、冷静を保つための大事な配線が切れてしまったような、そんな感じ。
まずいな。
わたしの悪いところが出てる。
落ち着いて、冷静になったほうが、いい。深呼吸、深呼吸だ。
とりあえず、とわたしはノアのほうを向いて、
「あぁ、わかってるよ。どう考えても、あんなのブラフだ。わざわざわたしを煽り直すあたり、まだ何か言ってない狙いがありそうだな?」
頬の筋肉を叱咤して、口角を上げる。
魔王領で聖女エミュスキルを習得出来ていてよかった。
「……」
ノアが一歩下ずさる。
……なんだよう。
「あ、あの。私たち、は」
「あぁ、いいっていいって。あいつの軍勢から街を護る必要が出てきたから、さっきの戦法は無理だってことだろ?わかってる。わたしは作戦通り、ヤクモ様を直接蹴ってみる」
そう、そうだ。
なにをごちゃごちゃとなやんでたんだろう。
せんたくしなんて、けっこうまえからすでになかったというのに。
---------一つ息を吸って、吐く。
身体に最低限の魔力が巡る。
よし、歩ける。歩けないけど歩ける。
「もう、やることはひとつだけなんだ。任せてよ。こういうの、得意だから」
わたしは、一周回ってすっきりした思考で、皆を見渡す。
慣れ親しんだ聖女の笑みを貼り付けて。
わたしはひとり、歩き出す。
こんどこそ誰も止め-----
「待ちぇあぁぁぁぁああああ!!!!!!」
「えぇぇぇ!?」
とんでもない猿叫とともに。
お爺さんが、がしゃん!!とけたたましい音を立てて、わたしの目の前に着地した。
---------
「お、おぉ、大殿……!」
玉座からわたしのところまで、まあまあの距離のやまなりハイジャンプを決め、轟音を立てて私の前に着地したのは、間違いなく大殿、もとい老領主だ。
それは円形範囲内にいる味方の魔力流の質に応じて若返るパッシブの固有術式。
わたしの魔力に反応したのはなんとなくわかる。でも今20メートルくらい跳ばなかった?なんなら体操選手みたいに高速回転しながら。
とても要介護老人の動きとは思えない。
「え、えぇ……大殿……?」
そいつは膝立ちの姿勢からゆっくりと立ち上がり、鎧をがしゃん、とひとつ鳴らして胸を張った。
目の前に現れたのは、……大殿だった。うん、多分。状況証拠的に。
親類や臣下のノア達も動揺しているのだから、わたしが口を開けたまま硬直するくらい許してほしい。
そこに現れたのは、金髪碧眼、彫りの深い髭フェイス、武将らしく引き締まった身体の、身長190cmはあろうかという大男だった。
「いや、本当に誰ぇー!?」
鎧のサイズがあってなかったのはこれかぁ、と的外れな感想を抱く。
シリアス気分を粉砕されて、思わずツッコむわたし。
いやだって、えぇー!?
「お、おぉ……あれこそ大殿42歳の姿……!東洋鎧を身に纏い、魔王領を駆け回った世界第二位パーティの長……!伝説の勇者になるはずだったもの……!」
「おやおやぁ。あの姿、懐かしいねぇ……武者のスタイルは、……60年ぶりかしらねぇ?」
「いやはや。お嬢さんのブチギレ魔力、中々に禍々しかったが……まさか、これほどとは」
「お、お父様……の、昔の姿……!?」
なにやら感嘆する家臣団とノア。なんなら老魔女は感涙すらしている。
皆から見上げられる男は自信と活力に満ちた表情で腰に手を当て、
「皆、よう頑張った!!」
と、よく通る声で言い放った。
家臣団が先ほどまでとは段違いの勢いで、その場で膝をつく。
わたしは……ひざを折る余力もないので、そのままだ。
ただ若返った領主の、勢力に満ちた容貌を見つめている。うわぁ、ナイスミドル(鎧)。
「細かいことはよかろう、貴様!!」
大殿がわたしを視界に捉える。声がでかい。
「その眼、復讐だな!?」
「……、わかりません」
「わはは、まあよい!!ここまで蟹から住民を護った働き。そして、土壇場で俺をここまで若返らせたこと、賞賛に値する!!ほれ、褒美を取らせる!受け取れい!!」
「……ッッ、いっだぁ!?」
ぽかんとしていると、老人、もとい領主様が、わたしの背中をばちぃん!と平手でたたく。
軽い一撃のはずなのに、めちゃくちゃ傷口に響くっ……!!
その場で飛び跳ねてからふーふーと荒い息。
涙目で睨みつけて、それから、驚いた。
身体が軽い。
「ふん、みたとこ固有術式は『魔力の授受』。淫魔の末裔か、貴様。ならば俺の治癒術式はさぞかし相性がよかろうな!」
「……、あえっ!?」
今微妙に聞き捨てならない誤解があった気がするけれど、すぐにどうでもよくなる。
「う、うわあ!これ白!?『白色術式』なの!?なにこれ温……うわぁぁ!?」
白い光が身体を包む様に噴き出る。
なにこれ知らん。わたしの知ってる白色術式じゃない。
ともかく人体の発光という怪奇現象が収まったころには、わたしの傷はすっかり消え去っていた。
「ふふ、相変らずねぇ、ヤマちゃんの固有。魔力を流しただけで自然治癒力がとんでもないんだから」
老魔女が愉快そうに手を叩く。
え、何。この人そんな特異体質なの。わけて。
「ほれ、動くだろう。ならば、お前の役割を十全に果たすがよいぞ!」
大殿は腕を組み、心底得意そうに高笑いする。
「……ありがとう!!礼は必ずっ!」
羽根みたいに軽くなった身体で、わたしは駆け出す。
待ってろ、神様。
泣かせてやる。
---
そんな感じで勢いよく飛び出していったわたしだったけど、
屋敷から外に出て、その足は止まる。
「あれ、か、蟹……?」
屋敷の門から見える、エルゼアの漁港とビーチ。
遠目に見ると、一瞬地面が隆起したように見える、けどすぐに違うとわかる。
そこにいるのは、地形がかわったと誤認してしまうほどの、大量の蟹。
それが、わらわらと蠢いて、しかし、確かに街のほうに押し寄せている!!
「そんな……!」
『ヤクモ様』が言っていた軍勢ってこれか!
咄嗟に山のほうを睨みつけると、そちらからも、無数の木人形が行軍してきている!
た、タイミングが悪すぎる!
どうしよう、あっちを止めたほうがいいだろうか。
大空断ちはともかく、でかい防壁なら近くまで行けば立てられると思う。
だけど、それをすれば今度こそ失神コースだ。
「~~~~っ!」
唸りながら、しかし迷っている暇もない。杖を掲げて、
「待って、ミーシャ!!」
「ノア!大殿も!!」
ノアがこちらまで走ってきて、少し遅れて、若大殿がずんずんと歩いてくる。
「ふん。ようやく来たか。まぁいい、あれには既に俺の軍が当たっている」
「【海岸警備隊】も……あの戦線に加わると思う。安心して、ミーシャ」
あ。
そういば、さっきの幹部連中の姿が見えない。
大殿は自信と余裕に満ちた態度で、わたしを見降ろし命令をくだす。
「ミーシャ・ゼレンディアよ。雑魚は請け負った、あとはわかるな?」
「え、は、はいっ!」
「お願い。【ヤクモ様】を止めればあの軍勢も止まるはず。あなたにかかってる」
「行け、小さき魔術師よ!道までは作らんぞ!」
二人の期待が痛い。
余所者のわたしの勝敗に、二人の人生どころか、この地の将来が乗ってしまった。
今のコンディションで架けられる負荷としては、正直きつい。
でもそんな常識のメーターはもうとっくに機能していなかった。
私は杖を握り締めて、つよがって見せる。
「……はいっ!!」
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戦場に向かって移動を始めたノア達を見送って、わたしは長く息を吐き、集中する。
残魔力は12%くらいだ。電池ギリギリのスマホくらいの残量だけど、電池切れだったさっきまでよりよほどましである。
身体の調子が戻ったことで、魔力の回復率が段違いだ、大殿、本当にお役立ちだ。
眼を閉じ、杖を掲げて、魔力を込める。
作るのは、地面と水平の盾。
一つ作って、上に載って強度を確認する。
青透明の盾は、少しだけ波打ってその場に残る。
……よし。
同じ要領で一段高い盾を作り、そっちに上る。
さらに一段作って、登る、作って、登る。
これを繰り返せば、眼下で起きている戦争をスルーして、山頂まで行ける。
青い下敷きみたいな盾でできている細い階段を、わたしは慎重に、しかし最速で登り始める。
遥か遠くで、数多の人間の鬨の声と轟音がして、しかし、わたしにはもう聞こえていない。
月明かりが照らす天空への階段だけが、わたしの思考回路を埋め尽くしていた。
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自分の心には、1000年前から小さな祠がある。
古ぼけて、苔を蒸して、何を祀っているのかももうわからない、今にも崩れそうな祠だ。
それに導かれるように、今まで活動してきた。
1000年前、気まぐれで話した女がいた。
長い銀髪、白い肌。白い衣装。
魔術が色分けされる前の時代だったが、その装いは回復術式を強化する手法を本能的に知っているように思えた。
異界から墜落してしばらくは、何やら神と崇められた。
たしかにこの世界の人間とは比べ物にならぬ力は与えれていたが、実際のところそこまで超越的な存在ではない。
それなのに気分がよくなって、持てる能力で豊穣を与えた。
神様のふりを上手く出来るように、それなりに手も尽くした。
人類は増え、眼下に見える建物が5倍になったころ、彼等が押し寄せてきた。
いわく、足りぬと。
もっともっと増えるべく、もっともっと飢えぬべく、倍の恵みをもたらせと。
---------------祠が立っている。
自分が首を横に振ったのは、人間の欲に辟易したから、ではない。
単純に、そこが自分の神通力の限界であったからだ。
それ以上が望めぬと知るや、手のひらを返した現地人とひたすらに戦い、『勇者』によって最後は討たれた。
そんな自分に、女は治療を施した。
奇妙な交流であった。
村の命令で生かしに来たのではなく、むしろ人の目を盗んでわざわざ助けに来ていたことを、残った力が勝手に教えた。
何故、と聞くと、女は決まってさぁ、と美しく笑った。
---------------祠が立っている。祠がこっちを見ている。
二年の治療の後、女は惨死する。やったのは、同じ村の人間らしかった。
世界の災厄たる自分を治療したから、ということだ。
最後の力を振り絞って助け出した女は、やはり最後に振り絞った力で、至らぬ神に願い(ノロイ)をかけた。
「神様、お願いです、どうか------------」
その先が思い出せない。
思考にロックがかけられたかのように、その先には暗い闇しかない。
闇の先に進もうとすると、決まって小さな祠が現れた。
-----------------------------祠が立っている。祠がこっちを見ている。祠が自分を---------。
なんだったか。
あの女の、最期の願いは、なんだったか。
全て破壊する、その目的のため。
やりたくもない豊穣を再び授け、信仰の確保に腐心し、はや1000年。
そうやって途方もない時間、『透り月』に魔力を貯蓄してきた。
だが、そもそも、破壊するのはなんのためだったか。
思考にノイズがかかる。
擦り切れた神経回路が、思索の邪魔をする。
祠が見える。
『……いや、もう、そんなことより』
何か。
『ムカつくよなぁ?腹立つよなぁ?』
そうだ、自分は、この世界に蹴りを入れねば。
1000年貯めた、『透り月』の魔力によって。
地道に【糸】をつけた、豊穣の象徴によって----------
『……ぶっ壊してぇ~~よなぁ?』
何か、忘れている気がする。
1000年を経て変質した神の意識に、優しき少女の願いが思い出されることは、ついになく----------
----------ぎゃあぎゃあと、からすの声で目が覚める。
まどろみ半分、音のほうを見上げると。
「……ほう」
真円の満月を背景に、白い魔術師が、ゆっくりと山頂に降りてきた。