ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
「やぁ、早かったね。というか、あれ?私の遣わした大軍はどうしたのかな?」
盾の階段を昇りきって、山頂にすとん、と降りたわたしを、【ヤクモ様】は余裕を持って迎えた。
大きめの岩を背もたれにして足を組む神様もどきに、わたしはびしりと杖の先を向ける。
「さぁな、知らん。蟹が豊作だって、ギルド長が喜んでたよ」
下で起きていることを伝える気も無かったし、こいつのぶっとんだ権能ならとっくに知っているだろう。
「ふむ、そうか。そいつはよかった。神冥利に尽きるね。その後人が生き延びていれば、だけ-----」
その身体に、青色術式の盾が無数に食い込んだ。
『空断ち』。
物体の分子結合に割り込み、その硬度に関係なく必ず切断する、青色術式の禁則の一。それだけじゃない。手を休めず、男を囲む様に盾を展開し、できた直方体の内側に神様を閉じ込める。盾を8枚使った、即興の檻だ。
それを受けた【神】が。
結界から逃げるでもなく、身体に食い込んだ空断ちを壊すでもなく。虚空からティーカップを取り出し、そこに満たされた液体をすすった。
「紅茶はストレート派かい?砂糖は良いが、ミルクが嫌いでね。折角の澄んだ色が台無しになるのが悲しいんだ」
ち、相変わらずめちゃくちゃだ。とりあえず、空断ちは効かないっぽいな。わたしは肩をすくめて、隙を伺うことにする。
【ヤクモ様】は優雅に紅茶をすすると、ふーっと満足げに息を吐いて、
「それで君は、単身下界の災害を止めに来た勇者というわけだ?」
「違うけど……」
勇者という言葉は、やっぱり苦手だ。具体的には例のナルシストの顔が思い浮かんで嫌だ。
しかし、カミサマは鷹揚に笑って、
「謙遜するなよ。ここで僕をやっつければ、君はヒーローだ。失った冒険者ライセンスもA級どころかS級待ったなし。君を捨てた勇者たちも見返せるよ?」
「あぁ、そんなのあったな。もう忘れてたよ」
「嘘だね。君は気にしていないつもりでも、実はきちんと人並みに傷ついている。それが許せないから、いっそうわざと見ないようにしている。違うかい?」
「……、」
「でもいいんだ。人間という種はそういうものだから。その葛藤こそが人間の美しさとすら言えるね」
男が気分よさげに両手を広げる。
まだだ、まだ我慢しろ。
狙いを察されたら終わりだ。
「そうだ、僕と組んでみないか?この地は見捨てて、君を反則級の人間にしてやろう。君は世界一の聖女になる。得た信仰のそうだな、8割を、こちらに納めてもらおう。なに、君の見た目は少し幼いが、人心を惑わすには及第点と言える」
「……ほんとに」
朗々と妄想を語っていた神の言葉が、ぴたり、と止まる。
「ほんとに、違うんだよ。そういう気持ちがない、とは言わない。でも、もういいんだ。お前のことだって、本当はどうでもいい。……下の人達のことだって、内心どっちだっていいのかもしれない」
「うん。だよね」
男がすん、といっぺんに落ち着く。
「君はそういう奴だと知ってたよ」
爽やかに親指を立てるのを、わたしは華麗にスルーして、
「わたしは。わたしの知り合いを探してるだけなんだ。場所。知ってんだろ?それだけ教えてくれたら、もういい。わたしの魔力でよければ全部あげるから、だから、お願い----」
会話は時間稼ぎくらいにしか思っていなかったはずなのに、一旦口を開いたら、もう止まらない。
あぁ、もう。喋りすぎだ。
これも、隣にあの騒がしい奴がいないせいだ。あいつのかわりに、わたしがぎゃんぎゃん騒いでしまって、ちっともコントロールがきかない。
「あー、泣くなよ。そうだな……言えなくもないんだけど」
「……泣いてない」
ちなみに涙が出てないのは本当だ。何こいつ。
男は顎に指を当てて、
「うん、教えられないな。理由は嫌だから」
と、お茶目にウインクして見せた。
「うん。知ってたよ」
わたしは杖を握り直す。
それを、聖域の地面に思い切り突き立て、魔力を集める。
「あー、やめときなよ。もう死に体の君が決死の一撃を撃って死ぬのは綺麗だけどさ。誰も喜ばないぜ?」
男は見下す。
その角度以外、知らないんだろう。
「……って、え、ちょーっと、待て。嘘だろ?」
……その顔色が、明確に変わった。
よっしゃ、時間稼ぎ完了。
「いや待て待て待て、おかしいおかしい。なにその魔力量。どっから生えてきたの?は?」
『この術式』の詠唱時間だけが、今回のネックだった。
わたしは息をついて、
「ふーっ。お付き合いどうも。ペラッペラの会話のお陰で、こっちも集中しやすかった」
杖から片手を離して、ぱたぱたと服をはたく。冷たい空気が肌に心地いい。知らないうちに結構、汗をかいていたらしかった。
「おい勝手に終わった感じを出すなよな!!!やめろ!そんなの使って何する気だよ!?」
「さぁな。御自慢の神通力で見通してみたらどうだ?」
「見てた、見てたよ!でも何もなかったじゃないか!あんたは魔力切れ状態で特攻しに来たバカのはずだろう!?」
そうだよ。お前は見てた。ただし、薄布越しにな。
大袈裟すぎるくらいに動揺するヤクモ様を見あげながら、わたしはドヤる。ふふん。
「ぐっ……!!」
ことはほんの数十分前。
大殿から回復を受けた直後、ひとつの術式を自分に張っていた。
それは無色透明、薄皮一枚。
物理的・魔術的防御力は皆無。自分の魔力の発散だけを防ぐオリジナル術式、『薄衣』。
聖域に降りてきた私は、このカミサマにとって、魔力切れ寸前の搾り粕に見えたことだろう。それこそ、相手の微弱な生体魔力を感知して発動する『神通力』がアクセスできないくらいに。
生き物よりも石ころに近いレベルで魔力の出てないように見えたわたしが決死で繰り出した最後の攻撃に、内心ほくそ笑んでいたはずだ。
「はは、まさか本当に役に立つとは。人生何が起こるかわからないな?」
「くそっ、何かしたな!?だとしても、その魔力はどこから……あ、あれ?……ああーーーー!?」
おもしろいくらいに愕然とするカミサマの視点は、わたし、ではなく、遥か背後の【透り月】に移動する。
いや、それは正確じゃないな。
ただしくは『月のあった場所に』だ。
「ぼ、僕の月ーーーーーーーー!?や、やめろ!それ以上吸うな!僕がどれだけ苦労してそれを------!!」
「もう無理だよ。今やめたら色々大爆発だよ」
「畜生!変な技ばっかり使いやがって!なんだよそれ!!」
ちなみにネタばらしをすると、青色術式の階段を上ってる途中に『透り月』に『一蓮托生』を接続しておいた。お陰で疑似的に1000年分の月の魔力が使い放題、というわけである。使いでのない固有術式だけど、まさかここで使えるとはな。わたしの手札、そんなのばっかりかもしれん。
「わ、わかった、わかったから。うん、わかる、わかったぞ。君の気持ちはもう物凄くよくわかった!!謝罪もする、出来る限りの協力もする、だから一旦止まろう?な?きみならわかるだろ、『山のてっぺんを聖域ごと切除しようだなんて、正気の沙汰じゃない』!第一!その量の魔力を受け入れたら、きみだって確実に死ぬぞ!馬鹿なことはやめるんだ!そうだ、命は尊いものなんだぞ!!」
「『ヤクモ様』」
「うっ、うん!?」
「うるさい」
わたしは。
ようやくひきつる神の御尊顔を前に。
にこり、と、会心の笑みを浮かべた。
「ひ--------------------」
ずずん、と地響きが鳴り。
地盤が崩壊する。