ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
蟹と王国軍の激突を眼下に眺めつつ、となりで指揮を執っているお父様を、私はちらりと見ました。
いつもの姿とは違う堂々たる立ち振る舞いで、わたしの記憶には全くないけれど、昔は国を代表する冒険者だったというのもうなずける、堂々たる立ち姿です。
私の『警備隊』もお父様の一中隊として吸収されたので、わたしも一緒に突撃しようかと思ったのですが、お父様の横にいて勉強するように、と御下命でした。
戦況は最初こそ混乱に乗じて蟹と木人形が中央通りまで侵入していましたが、今はやや盛り返し、海側も山側も、膠着しつつあります。
情けない話ですが、結局私の仕事はほとんどありませんでした。
これなら、ミーシャについて行った方がよかったかもしれません。
「なんだ、心配か?例のちびっ子が」
あまりにも私が山のほうをちらちら見ていたからか、お父様が前を向いたまま、私に問います。私は素直にうなずきました。
「……はい。あの子が……ミーシャが凄い魔術師なのは知っていますが、ヤクモ様相手に一人で、というのは、どうしても」
あの場では黙っていましたが、お父様がミーシャを黙って送り出した理由が、私には未だにわからないままでした。
そんな不安を吐露する私に、お父様は腕を組んだまま呵々大笑して、
「うむ、かもな!」
なんて、あろうことか、それはもう堂々と言い放ったのでした。
私は狼狽えます。そこは心配するなとか、あいつなら大丈夫とか、そういう言葉が飛んでくるものではないのでしょうか。
「か、かもなって、お父様……?」
しかし、お父様は当然だろ?と言わんばかりにぽかんとして、
「あん?あの性質(たち)だ、止めたとて止まらんだろうよ。そも、あれの目的は仇討ちであろう?むしろ止める道理のほうが見えぬ」
えー。
「そんな……」
私は啞然とします。
それはまるで、あの子の敗北を容認しているような物言いだと、思いました。やっぱりあの時点でタックルでも顎ショットでもして止めておくべきだったかもしれません。わたしの胸にじわりと後悔が広がります。
「あの子だって、冷静ではなかったはずです。あんなぼろぼろの状態で、あんなに怒って、少しでも落ち着かせてあげていれば……!」
言いながら、情けなさが心に刺さりました。あの場でぼけっと黙っていたのは、ほかならぬわたし自身です。お父様が行けると言うなら大丈夫なのだろうなと思っていた、なんて、言い訳にもなりません。
友達が死地に行くというのに、止めてあげられなかった。私は酷く、愚かです。
お父様はぽりぽりと頬を掻いて、
「ふむ、娘よ。それは違うぞ。……あれはA級……当時はC級か?冒険者のキラザという男が戦地で拾ってきた孤児でな。クソ真面目キラザが色ボケおったというので当時はハチャメチャにイジったものだ」
「お父様……?」
これは何の話なのでしょう。というか、知り合いだったのですかお父様。
「そんでな、最初はすぐ死ぬじゃろと思ったのじゃが、なんと意外と生き残りおるのよ。魔力量だけのド素人が、魔王領ダンジョンガチ勢のAランクパーティでだぞ?毎日が死と隣り合わせであったであろうよ」
「、」
「そんな地獄の中で、死ぬどころか奴は、独学で身を護る術を習得しおった。やつのオリジナルの術式体系は、未だ誰にも理解できぬブラックボックスよ」
キラザとは、あのキラザのことでしょうか。国内最高峰のパーティのリーダーの。
お父様は昔、魔王領探索で功績を上げた、大冒険者だったと聞きます。
かのキラザの若いころ、面識があっても不思議ではありません。
いや、というか。今この人なんて言いましたか。
ミーシャが、キラザのパーティの、何?
「……、そ、そうだとして、だから神様にも勝てる、と?」
「それはわからん。それでも、あやつはこういうところでこそ、なにかやらかす奴よ。むしろなぜこんなところにいるのだ、あれは。魔王領遠征はやめたのか?」
……なるほど。
思わぬミーシャ情報を得てしまいました。同姓同名だなぁと思っていましたが、まさかそんな。
「もっとも、何かあって今は魔術紋が見る影もないようだがな。あれでは、公的には別人とされておろうな。ま、儂ほどになると見ただけでわかってしまうがな!フハハ!」
なるほど。流石はお父様です。
……でもその。今の長めの話って、結局、
「……お父様の感想じゃないですか!この狸め!」
「わはは!信頼と言え娘よ!おっと、助けに行くのは無しだぞ、小雀。お前では瞬時に巻き込まれて終わりだ」
「ぐぅぅ……!このぉ!」
私が歯を食いしばるのとほぼ同時に、ミーシャが戦っている『うごめき山』から、ずずん、と、地鳴りのような音が鳴り響きます。
あー、ミーシャがなにかしたんだろーなー、と投げやりに想像します。
ふてくされる無力で矮小なわたし。確かにお父様の話が本当なら、ミーシャとの実力の隔たりは遥か天と地です。めり込んでます。たしかに自分が心配するだけ、意味がないのかもしれませんでした。
一瞬の気のゆるみ。
しかし。その直後、わたし達親子のもとに、兵士の人が一人、駆け込んできます。
「伝令!第一軍、崩壊であります!!!背面から人形の奇襲がっ!あわせて海側の防衛網が崩壊っ!市街地に来ます!!」
「ふむ、ようやく来おったか。第二軍は予備拠点まで撤退、防衛線を再構築し第一軍を受け入れよ。3.4軍は合流し両翼にて反撃…………」
「お、お父様?」
唐突にお父様の命令が途絶えました。……なんでしょう、なんだかとても嫌な予感がします。具体的には、タイミングがとても面倒くさい系の。
「お、大殿?あの、ご指示の続きを……ぅげ」
伝令の人が戸惑い、しかるのちに絶句します。
その瞬間の、私のめまいを、皆さんにどうにか共有できないでしょうか。
緊迫した瞬間。突然の急報。
しかし、筋骨隆々の全盛期お父様の姿は見る間に萎み。
「……うむぅ。婆さんや。飯と風呂とトイレはまだかのう?」
最悪のタイミングで。
お父様の魔法が切れました。
----
うん、危なかった。
自分が起こした土砂崩れに巻き込まれておそらく300メートルくらい滑落した割に、身体には殆ど怪我はない。残ったわずかな魔力で自分を球形の結界で覆ってみたけれど、意外とうまく行ったみたいだ。
土砂に揉まれて流れ着いた先はノア達が絶賛戦闘中であろう浜辺と市街地から、山を挟んで反対側らしい。見渡すと小さな入り江になっていて、あちら側とは打って変わって、この砂浜には魔物の姿は見えなかった。
むしろ逆に、痛いほどの静寂が耳を打つ。
「……っは、そうだ!『ヤクモ様』は!?」
はっと気づいてが飛び起き、当たりを警戒する……と、思いのほかあっさりと、その男は見つかった。こいつはこいつで、擦り傷こそあれ致命傷はないらしい。
……ヤクモ様は、じっと体育すわりをし、どこか茫洋とした表情で海を見ていた。
なんだろう。会社をほっぽり出して後先考えずに海に来た社畜みたいな哀愁がある。少なくとも、さっきまでの絶対者としての趣は消え失せていた。
……どうすんのこれ。
「……」
とはいえ油断なく、そいつに向けて杖を構える。いざとなったら、何かされる前に首を刎ね飛ばすつもりだった。
有無を言わさずそうしなかったのは、何故か、本当になぜか、そいつがただの疲れた中年にしか見えなくなってしまっていたからだ。
無根拠な直観。
しかし、男はわたしのそれを肯定するように力なくため息をつき、
「そう警戒するなよ。もう僕に力はないよ」
「……」
「おいおい、信じられないって顔だなぁ。そりゃないぜ、君が聖域を根こそぎ切り取ったんじゃないか」
男は降参をするようにひらひらと両手を上げる。その行動に、さっきまでの超然とした雰囲気は欠片も感じられなかった。
「見事だよ。『聖域』の中では無敵の僕でも、聖域ごとぶち壊されたらその限りじゃあない」
「……。壊したのは聖域そのものじゃないよ。聖域の下の地盤を切断して地滑りを起こせば、『うごめき山の頂』っていう聖域の定義は崩壊する」
なんだろう、なんでわたしはこいつと普通に話をしてるんだ。葛藤するわたしに、男は反論するでもなくはは、そうだね、と疲れた調子で答えた。
「それで、どうする?殺すかい?いいよ、君にはその権利がある」
「まあ、かもな」
それが、今回の結末としてはいちばん妥当、なのかもしれない。それでも、背を丸めて、すっかり覇気のない雰囲気で砂を弄り出した男を見て、どうにも気勢を削がれてしまった。
「……別に、もういいよ。言ったろ、あんたそのものに興味はないって。知りたいのはわたしの知り合いの、騒がしいピンク頭の場所だけだ」
「……あー、それね。うん、死んでる、って言ったのは君の言う通り、ブラフだ。でも生きてるかもわからない。木人形が攫った人間はね、基本すぐに魔力に変換するか、飼ってる魔蜘蛛の餌にするようになってる。あの子は餌になってると思うから、運がよければまだ餌箱------檻の中で生きてるんじゃないかな?」
「そっか。場所は?」
「山の南側の中腹だよ。たぶん、君の術式にギリギリ切り取られていないあたりの位置だと思う」
蜘蛛、蜘蛛かぁ。
嫌なイメージが、脳裏をぞわりと駆け巡る。
うへぇ、さすがにぐろい。
「あ、待って!」
「なんだよ!」
歩き出そうとして、呼び止められる。振り向くと、なにか小さな金属片を投げ渡される。
「これ、檻の鍵だよ!!裏手から入れる!……それから」
「?」
「祠を壊してくれて、ありがとう」
「は?な、なんで?」
御神体だろ、あれ。
多分あれさえあれば、ワンチャン復活可能なやつだ。
神もどきも言った後に首を傾げて。
「あれ。確かに、なんでだ?」
なんて言っている。
気にならないでもなかったけれど、とりあえずキリエでも探してやるか。