ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
「くそっ!ダメだ、撤退、撤退する!」
「ふざけんな、大量すぎる!ったく、来るなら漁の時に来いってんだ!」
「隊長!隊長っ!ぐあぁぁぁあ!!!」
阿鼻叫喚を聞きながら、わたしは愕然と立ち尽くしていました。
お父様の指揮で回っていた軍隊の統率が最悪のタイミングで失われ、ヴォルグさんの助けのもと、私がなんとか繋いでいます。
が、刻一刻と状況は悪くなるばかりでした。
どうしよう。
どうしようどうしようどうしよう。
もっといい手を、もっと素速い判断を、と焦るほどに、頭の中は「どうしよう」で埋め尽くされていきます。
手が震えて、ぽたり、と額から汗が落ちました。
「ノア様、無理はなさらず----------もう少しで、第3軍が本陣まで退いてきます。それまでどうかご辛抱を!」
秘書官のヴォルグさんが汗を拭いてくれます。再度元の状態に老化したお父様から、具体的な作戦を聞き出すことは彼女にも不可能でした。
「っ!」
結論から言えば、迷っている暇自体がありませんでした。
「、そんな、どこから……!!」
本陣の背後から突然轟音が上り、無数の木人形が起き上がってきています。本能的な不安感を掻き立てるような非常に不自然な動きで、ゆっくり、しかし確かにこちらに向かってきていました。
「そんな、本陣の直属部隊は……!」
ヴォルグさんの声が、珍しく揺れました。
それほどの事態。
さらに、ほぼ同時に。木人形の逆方向、すなわち前線のほうから、無数の蟹がなだれ込んできます。
数がまた増えてませんか。なんで。どうして!
「……っ!」
咄嗟に脇に置いていた愛用の銃を手に取って。取って、それからどうすればいいのでしょう。ここからどうなるのでしょう。秘書官が、突っ立っていた私を、背中でかばうように地面に押し倒します。
その意図を察して、頭が真っ白になり。
そして。
そして、蟹が、木人形が、一斉に『糸が切れたかのように』崩れ落ちました。
「あ、あれ……?」
何が起こったのかわからず、ヴォルグ秘書官の肩をとんとんとタップして、二人で起き上がります。
目を擦ってみても状況は変わらず、やっぱり木人形は地面に崩れ落ちてぴくりともしていませんし、蟹は何事も無かったかのように、そこかしこをうろうろするだけで、敵意も攻撃性も感じません。
そこかしこから快哉が上がっていて、あぁ、とようやく得心がいきました。
ミーシャ、やったのですね。
ヴォルグさんが涙目で渾身のガッツポーズを繰り返すのをぼーっと見ながら、それでも私は、心のもやもやを消すことができません。
「ノア様、伝令です!敵軍全てが突如無力化!わが軍の勝利です!……それから、ここ数か月の『木人形』による行方不明者なのですが!」
「?」
飛び込んできた伝令の人が、なにやら感極まったように、言い淀みます。なんでしょうか。
結局、それを聞く前に、なだれ込んできた兵士の皆さんの歓喜の輪にもみくちゃにされながら、わたしはミーシャが今どこにいるか、思いを馳せることしかできないのでした。
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「……あ、あれか」
結局、砂浜から山の中腹までそのまま歩き通しだった。
こうなった以上、走っても歩いても、なんなら少し回復してから向かっても、大勢に影響はないはずだったけど、自然と駆け足になっていた。
何度も転んで掠り傷だらけになった両足に顔をしかめながら『ヤクモ様』が言っていたあたりにつくと、目的の場所は案外すぐにみつかった。
檻は建造物、というよりは細長い洞窟で、その入り口に金属の鉄格子が作られているだけの簡素なものだった。もっとも、その鉄格子は既に壊されていて開け放たれていたし、さっきの地滑りでその天井部分が削りとられたらしく、洞窟ほぼ全域に、満月の明かりがばっちり差し込んでいる。
中はからっぽで、人はいない。
柵が壊れていたから、もしかしたらここにいた人は皆逃げ出したのかもしれない。ごつごつとした岩を踏み越えながら、足を踏み入れる。
……探すまでも無く、月明かりの下に、それはあった。
『それ』を認識して、思考がするりと空転する。喉が詰まったように息ができない。汗が吹き出す。動悸が気持ち悪い。
ある意味予測していたはずなのに、何も考えられない。考えたくない。
脚の擦り傷が、今頃妙に痛み出して、それでもそれに吸い寄せられるように、ふらふらと歩を進め。
それを手に取る。
乾いた血液が大量に付着した、ぼろきれのようなその布は、探していた少女が愛用していた、オーバーサイズの。
膝に痛みが走って、自分がその場にひざをついていることに気が付く。
「……なんだよ。やっぱり遅かったんじゃないか。ばかやろうめ」
妙に冷静な、斜に構えた、生意気な、誰かが言う。
その場にはわたししかいないんだから、多分自分の言葉だったんだと思う。
脳の働きが妙に悪くなっている。現実感がない。
わたしはその布を両手でつかみ、なにをするでもなく、その場に座り込んだ。上を見あげれば、それはもう見事な満月が、他人事のようにこちらを見降ろしている。
だからたぶん、わたしはこの後ナザングルに戻って、なんだかんだで冒険者をつづけるんだろう。そしてそこには、かつて望んだとおりの静かで平穏な、危険のない生活が待っているはずだ。
それでも、その生活に、騒がしいあいつはもういない。静かで、果てしない日常が、静かに口を開けて、わたしを、待っている。
ひとりで。
それは。
それは、やだな。
認めてしまえば、それまでだった。
決壊を押しとどめていた最後のピースがぴたり、と容赦なくはまって、それでもう、止められなくなる。
「やだよう……」
大粒の涙が、気付けば溢れていた。
ぽたぽたと、もういない少女の服に、水滴が落ちる。
顔が汚れるのも気にせず、少女の服を両手で抱いて----
「え、えぇ……?」
ごとり、と。
背後から、声と音がした。
正確には背後、ではなく洞窟の一つしかないはずの入り口からで、つまり、この洞窟に誰かが入ってきたということになる。たぶん。
警戒、するには頭が鈍りすぎている。もっともその何者かに致命的な隙を晒していたとして、もう、色々とどうでもよかった。
結果として、わたしは冒険者にあるまじき非常にゆっくりとした動作でそちらを向いて、
…………。
いや、だめだ。絶対こいつにこんなの見られるな。見られたらなんか、やばい。よくわからないけどやばい。具体的には、むこう10年煽られる気がしてならない。
「あ、あは、あはは……えっと、なんか、ごめん……?」
両眼を裾で乱暴に拭って、視界が復帰する。
クソバカやろうが、そこにいる。
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「あ、えっと、み、ミーちゃん……?」
「…………ぇぁ」
その時のわたしは、きっと世界一間抜けな顔をしていたと思う。
詰まった声がわずかに喉元から洩れて、それ以上動けなかった。
ピンクのバカは、わたしの泣きっ面と、姿勢と、持ち物を何度か順繰りに見て。
数秒遅れて、ぼん!と瞬時に顔を真っ赤にした。
うわすごい。耳の先から首筋まで、ものの見事な赤面だ。辞書の赤面のページに画像を添付しておきたいレベルだ。
キリエはなにやらあうあうと言葉にならない声を発しながら、突然ぐるりと背後を向き、両手でぱぁん!と頬に気合いを入れ、もう一度こっちを向く。それから真っ赤な顔のまま両手をばっとひろげて、抱擁のポーズ。
あぁ突進されるんだなと思って、咄嗟にお腹に力を入れる。
が、キリエはその場にとどまったまま、満面の笑みで。
「ミーちゃん!……いいよっ、おいで!」
………。は?
わたしは思わず、絶句する。
いやまぁ、いいよ。
お前がこの状況を理解した以上、行きつくところは回避不能の抱擁地獄だ。
だけどキリエお前、なんでそこで止まるの。まだここまで一メートルくらいあるけど。
……あぁつまり、来いと。
わたしから、行けと。
キリエこのやろう。
図に乗りやがって。無理に決まってるだろ。
そんなことをしたらわたしの何かが崩壊する。
うまく言えないけど、滅茶苦茶大事な価値観が破壊される、とかそんな感じ。
とにかくそんな、お前そんな。
……うん。
まあ、えっと。
なんかもういいや。
プライドとか、恥とか、今後のパワーバランスとかより。
今は安心したくて、仕方がなかった。
「……っ」
それでもやっぱり恥ずかしくて、顔から火が出るような思いをしながら近づき。
少女の胸の中央に遠慮がちにぽす、と顔を埋め、徐々に体重をかける。多分に遠慮入りの接触だったけど、途中で背中を乱暴に抱き寄せられて、結局密着した。
「ごめんっ、ごめんねミーちゃん!遅くなっちゃった……!」
「……」
「そんな、そんなに泣くとは思ってなくて、その、心配かけてごめん!」
「…………」
「あ、あの、えっとね。言い訳していい?あの後、ここに捕まってたんだけどね?わたしは空間移動で簡単に抜けられるんだけど、私以外にも10人くらい捕まってる人がいてね?その人たちを連れて山を下ってたら色々あって物凄い時間がかかって、今ようやく下でノアセンパイに状況を聞いてね、ミーちゃんが崩落に巻き込まれたかもって、それで」
「………………」
「あぁもう、かわいいなぁ、もうっ!」
「……………………、キリエ」
「へへ……うんっ、なに?」
「キリエ、うるさい」
「ひどいっ!?」
「…………何してんだ。黙るな。何か喋れ」
「理不尽!?」
わたしの自棄に、キリエがぎゃんぎゃんと騒ぎ始める。
それでよかった。それで、いつも通りだった。
キリエがの掌が、なだめるように後頭部と背中を撫でる。いつもだったらぺいっと跳ね除けるところだけど、今日はもうなんか、いいや。許す。
わたしの顔面がなんとかお見せできる状態になるまでキリエの胸を借りてから、わたしたちはようやく山を下り始めたのだった。