ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
館に帰るころには既に明け方で、それなのにノアが門の前で待っていた。
わたしたちを視認するや否や、ノアは無言でわたしたちをがっしと抱き寄せて、ともかく再開を喜んだ。
その後はすぐに、二人して客室のベッドで泥のように眠っていたのだけど、
昼頃に無数のメイドさんたちに叩き起こされ、風呂に連行され、上等な衣服に着替えさせられ、祝勝会の場に放り込まれた。
……いや、わかってたよ。
朝っぱらだというのに町全体が酒と料理でお祭りムード(マイルドな表現)だったし。幹部連中も戦勝に酔っててもしかたない。そしてそうなれば、ヤクモ様単独撃破アワードのわたしと、行方不明者を多数連れ帰ったで賞のキリエが強制参加なのもまぁ、わかる。
……いやそうかな。昨日の今日だぞ。
ともかく惰眠は諦めて、せめてただで飲み食いしまくってやろうと立食スペースに潜入。
幹部級の集まる会らしく、酔っ払いども相手のわりに結構な情報を聞くことがっできた。
例えば、『ヤクモ様』を倒したのと同時に人形も蟹も無力化されたらしく、市街地や兵士たちにも大した被害はなかったようだ。『糸』が溶けて陸をうろうろするだけとなった巨大蟹は、漁師出身の兵士が嬉々として捕獲し尽くしたらしい。
これがエルゼア領全体としても大層な臨時収入となる予定らしいというのを、漁師出身の軍団長の豪快な笑いとともに聞かされた。
そんなのもあって、ひたすらにお偉方からの挨拶周り攻勢を受け、飲まされ、食べさせられ、撫でくりまわされて(不本意)、昨晩までとは別の意味で死にかけていた。この身体が見た目によらず、見た目に寄らずザルでなければ、急性アルコール中毒で死人が一人増えていたところだ、まったく。
「……うぐぅ。胃が、胃が葡萄酒の形に……」
流石にぐったりと席に突っ伏していると、ちょいちょいと肩をつつかれる。
顔を上げると、ヴォルグ秘書官がぺこりと会釈をしていた。
あの後も相当根を詰めたのか、目許には酷い隈があったけれど、大きなけがもなさそうで、ほっと安心をする。
なんとか机から顔を上げて挨拶すると、秘書官はいつもの鉄面皮で、
「ふ、お元気なのですね。ほとんど徹夜で戦った後でしょうに」
「いやこれ、元気に見えます?来る人来る人にアルコールをぶち込まれて、今にも気絶しそうなんすけど」
「ふむ、慶事があれば飲み明かすはこの地域の風習。諦めていただきましょう」
「えぇ……」
「それに、昨日の今日でお腹いっぱい食べられるというのは、元気の証ですよ。お若くて何より。お肌もちもち。幼女が」
「なんで今ディスられたの……?」
わたしの呆然とした顔にヴォルグさんはくすり、と笑って……笑って!?びっくりした。笑うんだ、この人。そんな視線を察したのか、ぷくりと頬を膨らませて、
「なんですか。わたしだって笑うときは笑います。それを言うなら、貴女は逆ですね。限界が近いときに無理して笑うのは、やめたほうがいい」
「へ?」
そんな感じっだっただろうか、とぽかんとして、それから聖女エミュのことを思い出す。
「辛いときは素直につらいと言いなさい。そうしなければ、案外手を差し伸べる側もやりづらいものです」
「……」
「それに、貴女のような幼子が、ああも苦しそうに笑うのは、見ていて気分のいいものではありません。それでも無理に一人で生きようとするならば、いつでもわたしがくすぐり潰して差し上げましょう。幼女が」
「アレは本当に勘弁してください……」
「ま、私としても慣れないので、手加減の保証はしかねますが」
絶対嘘だ。あれは慣れてた。絶妙に痛くすぐったくて謎の扉が開くところだった。わたしは青ざめて身震いする。
「もっとも、貴女であれば事実、たいていのことは何とかなってしまうのかもしれませんね」
「……いや。それは違う。もう、思い知ったよ」
人は一人では生きていけない、なんて格言面をした弱気は好きではないし、真ではないと思う。それが出来る人だって、世の中にはたぶん大勢いるだろう。
でも、月明かりの洞窟で思った。思ってしまった。少なくとも、わたしは。
ヴォルグさんはこくり、と頷いて、
「結構。此度の貴女の英雄的な活躍に敬意を表します。明日にも叙勲式、それから祝賀会、豊漁祭と続きますので、是非とも一週間は滞在していただければ」
「うぅん、あんまり目立ちたくないんだけど」
キラザ達に探されている件もある。前回は他人の空似で通せたけれど、彼等の興味を引くこと自体、可能な限り避けたかった。
「御冗談を。結果的に偽物とはいえ、土着神を単身で撃破するのは、最早目立つ目立たないの話ではありません。そしてそれ以上に、我々は貴女に無上の感謝を表明したいのです。あなたとキリエさんがいなければ、我々は魔物の軍勢に滅ぼされていた」
「……、それは」
「無論、御二方には滞在中の最大級のおもてなしを約束しましょう。お部屋も既に国賓用のものを」
「……ぅぐ、いやでも」
「蟹、食べ放題ですよ?毎日フルコース」
「お世話になります!」
「……っふ、あはは。始めて年相応になりましたね」
ものすごく生暖かい微笑みで見られて、背中がむず痒い。まぁいいや。目立たないように名前や経歴については配慮してもらえるようお願いしておこう。
ヴォルグさんはこほん、と咳払いをしてから、さらりと話題を変えた。
「あぁ、それから。もうすぐ『ミーシャまんじゅう』が売り出されますので、実物が出来たら差し上げますね。フレーバーはあんこ、カスタード、かに風味の三種類」
「それはどうも……は?」
「加えて、聖域を切り取られた『さんかく山』の伝説を模した『三角せんべい』も売り出します。さらには、今回の一連の物語も朝ドラにして大々的に売り出す計画が進行中ですよ。本人出演となれば、かなり話題になるでしょう。観光部によればここから予測される観光収入は従来の3.5倍で」
「ちょっと待って待って。待った。ナニ、言ってんの?」
両手をわたわたと突き出して、秘書官の言葉を遮る。
ちょっと気を抜いた隙に、『ヤクモ様』の比じゃない厄ネタが生成されようとしている気がする。
「大丈夫です。演技指導は本職のものをきちんとあてがいますし、貴女たちならビジュアルの問題もありません。むしろ出演料でウハウハかと」
真顔でウハウハって言うな。いや、じゃなくて、
「違う、違うよ。そういうこと言ってるんじゃなくてだな、いや、は?」
「流石に戸惑っていますね……では」
ぱちん、と、ヴォルグさんが指を鳴らす。
首を傾げた一瞬の隙に、どこからか現われた兵士に両腕をがっしりと掴まれる。
「え?何?何!?」
「ミーシャさん」
「は、はい!?」
辣腕秘書官は、一切表情を変えないまま、眼鏡を光らせ、一言だけ。
「逃がすか」
「う……うわぁぁあ!!キリエ!キリエどこだ!逃げるぞ!ここは地獄だ!このままじゃ一生消えない傷を……!」
「そう頭ごなしに否定するのはよくありません。どうでしょう、これを足掛かりに芸能デビューを。大丈夫です。今なら私の権力を使ってエルゼア領のマスコットキャラクターに」
「目立ちたくないって言ったじゃん!話聞いてた!?」
「大丈夫です、ミーシャさん----------」
「へ?」
秘書官はそれはもう人を安心させるような、柔和な笑みでわたしを見降ろし。
「----------露出は水着までとしますから」
「なんにも大丈夫じゃなぁーーーーい!!!!うわぁん逃げないと!キリエ、キリエはどこ!!!」
ヴォルグさんは知るはずもないだろうが、見つかれば即地獄魔王領での地獄サバイバルに逆戻りなのだ。
この女の提案はあらゆる意味で大変ヤバい。
「さぁ、別室に既に契約書があります。行きましょう、すぐ行きましょう。お酒が入っている今がチャンスです」
「キリエーーーーーーーーー!!助けて!!キリエーーーーーーーーーーーーーーー!!」
兵士の拘束を全力で振りほどき。
わたしは今エピソード一番の絶叫で、仲間に助けを求めたのだった。