ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
「もう、帰っちゃうんだね」
一週間後。
街の入り口で、ノアが寂しそうに言う。その後ろには鉄面皮の秘書官も一緒だ。
……というか、さらにその向こうには、わたしたちを見送りに来た町民でちょっとした人だかりができている。いくらなんでも話の広がりが早すぎるだろ。やったな、ヴォルグ秘書官。
「あはは。もうさんざんおもてなし受けちゃいましたし、いつまでも居たら悪いですよ」
そんなざわめきも意に介さず、旅行鞄を背負ったキリエが冗談めかして言う。
「だな。そろそろナザングルで依頼を受けないと、冒険者カードが失効しちゃうし」
わたしとしても本当はもっと居たかった。ただ、ナザングルのギルドカード、Eランクまでは月に1回以上クエストを受けていないとロストしてしまうのだ。こっちに来てから丁度20日が過ぎていて、往路は3日弱かかったから、日程的な意味でもそろそろギリギリである。
「……うん、だね。仕方ない、か」
ノアが目を伏せる。
ヴォルグさんも残念そうに肩を落として、
「朝ドラマ化……」
「そっちかい。それは本当にやめて」
あの後、ノアの一喝もあって、どうにかこうにかドラマ化だけは諦めてもらった。
グッズ化と謎の逸話化は避けられないみたいだけど、本名やその他個人情報はすべてぼかして貰えるらしい。お世話になったのはわたしたちもなのだし、それくらいならまあいいか、とキリエと二人で決めた。
ついでに彼等の観光資源だった『うごめき山』を破壊したのはわたしだし、あまり強く出るのもどうかと思うよね。カッとなってやった。今は反省している。
「それじゃね!ノアセンパイ、またナザングルで会いましょう!」
「……うん!」
馬車に乗りこんで、キリエと一緒に手を振る。
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馬車に揺られながら、考える。
自分を神様と名乗ったあの男。
長い手足に筋肉質な長身、掘りの深い髭面。元居た世界でいえば、イタリア人俳優と言ったら信じそうな伊達男。
『日本製のワイシャツとスーツのズボンに革靴をごく自然に着こなした』男。
間違いない。
あれは同郷だ。
神様なんかじゃ、ない。
一度死んでから魂だけで別肉体に転生した(もうほとんど生前の記憶がないけど)わたしに対して、【ヤクモ様】はおそらく転生ではなく元の人間がそのまま転移しているとか、とか、そういう違いはおそらくある。
生前の記憶を漠然と知識として知っているだけのわたしに対し、あれはおそらく前世界と地続きの存在らしいことは、言葉の節々から感じ取れた。
だからこそ、彼のほうはわたしを同じルーツの人間と思わなかったのかもしれない。
だけど、それはもはや問題じゃない。
白い改造法衣の内ポケットで小さな硝子玉を弄る。崩れる山で、【ヤクモ様】祠のからすくねてきたものだ。
いかにも意味ありげに鎮座しているそれを見つけて、とりあえず拾ってきたんだよね。
その時は別に何かしようとも思っていなかった。
でも、もしかしたら。これを研究すれば、できるかもしれない。ヤクモ様と同じくらいの力。少なくともこの世界の人間くらいは簡単に圧倒できる権能(チート)を、得られるかもしれない。
そうすれば、
……そうすれば?
そうすれば、なんだろう。
自分でもよくわからない。ため息をつく。ごとり、と馬車の車輪が岩を蹴ったらしく、体が一瞬浮いた。拍子に、視界が外の景色を眺めるピンク頭と目が合って、なんとなく視線を逸らす。
そうだな。そうだ。
このおひとよしの阿呆が不幸な目に合う『可能性すら排除する』ことが。もしかしたら。
神と名乗って遜色なかった『ヤクモ様』と同じルーツを持つわたしなら。
「……できるかもしれなひゃぁあん!?」
危険な思い付きだ、わかっている。それでも、かすかに見えた禁忌への道筋に、声は自然と細かく震えひゃぁん。
「おっ、今日はいい声で鳴くねぇ。首筋弱いの?」
「なっ、キリっ、お前っ、なんだよ急にほあああ!?」
「うーん、ミーちゃん。うるさい。馬がびっくりしちゃうよ」
「そんな、いっひひ!?ちょ、今わたしものすごく真剣に、このっ、一回くすぐるの止めほぎゃぁぁぁぁ!!?なんで、なんでぇぇ!?」
両手をぶんぶんと振り回してみるけど、むしろ防御を明け渡してしまうだけに終わる。
魔法のようにまとわりついてくるキリエの指が、それぞれ別々の生物みたいにわき腹を刺激してきて、情けない声が止まらない!
めっちゃ考え事してたのに!シリアスな考察してたのに!!!
「なんでって……ミーちゃん、また怖い顔してるよ?こう、眉毛がきーって」
「あっははは!!わかった!わかったから!ごめん!!きにさわったならあやまるからぁぁぁ!?」
「怒ってないよ。むしろきりっとしたお顔もとっても良くて……。でも、その顔してるミーちゃんはだいたいよくないこと考えてるんだよねぇ。どうしよっかな?」
「ひぃぃん!?企んでない!企んでないです!!ちょ待っ、とりあえずくすぐるのやめてから悩んでぇえ!?」
「うーん……そう?」
ようやく、キリエの魔の手がわたしから離れる。
最近徐々に制圧のコツを掴まれている気がする。よくない、非常に良くないぞ。
「ふーっふーっ……なんなんだよぅ……」
そして何つやつやになってんだキリエ。怖いよ。どういう心の動きがあって今そんなに満たされた顔になれるんだよ。いつもなら一撃入れるところだけど、息も絶え絶えでそれどころじゃない。
「ま、いいよ。今回は信じます。ナザングルに帰ったら、またしばらくのんびりしようね」
「あー。うん、そうだな」
それは素直に、大賛成だった。今回だって割と観光気分で行ったのに、結局かなり死にかけた。なんだろう、キラザ達から解放されてからスロー冒険ライフを志したはずなのに、なんやかんやいろいろ巻き込まれている気がする。
あおむけのまま呼吸を整えていると、横にキリエが同じように寝転がる。
「んーっ!いい天気だねっ!日差しもいい感じ!」
「あー、うん、そうだな」
ごとごと、ごとごとと不規則に鳴る馬車の音以外は、びっくりするほど何も刺激がない。開閉式の天井は開け放たれていて、真っ青な空に点在する雲が揺れている。
昨日までのさわがしさが嘘みたいなのどかさだ。
「なんか、しばらくは大変なのはもういいな。薬草集めくらいしかしたくない」
「そだねえ……あ、今度採集行きつつピクニックしようよ。ナザングルの南丘陵なら今ちょうど涼しいころだよ」
「避暑か、いいなぁ。こっちは流石に暑かったもんなぁ……」
背中で馬車の振動を感じながら、んんっと伸びをする。やわらかい日差しで、体の前半分がじわじわ暖かい。あ、寝そう。
瞼が重くなって、もぞもぞと寝やすい姿勢を探し。
ごとり、と。法衣の内ポケットから、【ヤクモ様】の水晶玉が落ちた。
ちょうどわたしとキリエの間に当たる位置に。
それはもう、いい音を立てて。
「…………」
「…………」
二人とも、何も言わない。
でももうだめだ。
冷汗が止まらない。
「あれ?これって確か、祠に置いてあった……」
怪訝な顔をしたキリエが、一瞬だけ無表情になって、それからにっこぉりと笑う。
「ミーちゃん?これ何?」
「い、いやぁ……ちょっと、拾って……?」
「嘘」
「はい……」
「これ、【ヤクモ様】の祠で見たやつだよね。……何も企んでないって、いったよね?」
「はい……すみません……」
「ミーちゃん」
「はい……」
「没収」
「はい……」
とりあえずわかったのは、ブチギレている人が一周回ってにっこり笑うのは、滅茶苦茶怖いということだった。