ひねくれ元・防御術士はなにもしたくないのに 作:oomaguro
それからしばらくたった後のこと。
ナザングルに到着したわたしたちは、しばらくゆっくりしようという決議のもと、しばらく緩いクエストをいくつかこなした。
結果として二人の冒険者ランクがDに上がったり、キリエが水面から延びる霊の手に絡まれて死にかけたり、キリエがゴブリンの巣穴に落ちて死にかけたり、とりあえずキリエが死にかけたりもしたけれど、それはまあ置いておいて、意外と穏やかな日々を楽しめていたのである。
ギルドでもはや慣れ親しんだロースト何かと赤ワインに舌鼓を打っていると、ソファータイプの座席の隣に、どさりと誰かが座ってきた。
「おはようキリエ。今日も元気いっぱいだな」
「うんっ、ミーちゃんも今日もかわいいね!リップ変えた?」
たぶんそれは今食べてる肉の油だ。なんかごめん。どうでもいいけどなんで隣なの。向かいに椅子あるだろ。いつも通り距離感を間違えている女に胡乱な目線を向けて、わたしはひとつ、違和感に気が付く。
いつも軽装備のキリエの両手には、今日はなにやら書類の束が抱えられている。
「あれ?キリエ。何持ってんの?」
わたしの疑問に、キリエはそれをどさっと机の上に置いて、
「うん、次にミーちゃんと一緒に行くのにいい感じのクエストがあったんだ!」
わたしはお肉を一切れ口に放り込んで、飲み込んでから、
「んっ、どういうこと?いつも通り採集とか、軽いモンスターの討伐とかでいいんじゃないの?」
「ちっちっち。ミーちゃん、前にまともに上級のクエストをこなしたのはいつ?」
ん?
言われてわたしは回想して、
「えっと、たぶんあれじゃないか?ノアの実家で上位存在もどきを倒したやつ」
「あれじゃないか?じゃないよ!!!!!」
「うわぁ!何々!?なんなの!?」
わたしののんびりとした回答に、キリエがばぁん!と両掌でテーブルをたたく。
……叩いて、涙目で手を押さえている。
そりゃそうなるよ。素手で木材をしばくと痛い。
「ノア先輩の家から戻ってきたのが、1か月前だよ!?一か月前!!さすがにそろそろなんか大きいことしようよ!」
残念なIT起業家みたいなことを言いながら鼻息を荒げるキリエの鼻先に、お肉を一切れ差し出す。
「んぐっ……んぐんぐ……ごくん……」
口の中に物があるあいだは黙る習性のあるキリエ。お行儀のいいことである。
「落ち着いた?」
「う、うん……」
なにやらしおらしくなってしまったキリエに、口元を拭いてから話しかける。
「大きいクエストに行くのは別に、いいけどさ。なんで急にそんなこと言い出したんだ?」
「えっへへ。実はね……これ。さっきギルドの前で配ってた号外なんだけど」
キリエが抱えて紙束を差し出してくる。
わたしがギルドに来たときはまだそんなのは配られていなかったから、本当についさっき出た号外らしい。
「えっと……なになに」
「『号外!!!!!人間領内に新規ダンジョン!!!『女王の白』以南のダンジョン発生は53年ぶりっ!!!!』」
「「うわぁ!?びっくりした!?」」
キリエとわたしがその藁半紙に身を乗り出したところで、ふたりの頭部の間に人が一人割り込んでくる。
割り込んできたのは緑の受付嬢さんことチハルさんだ。
チハルさんは、驚いてのけぞったわたしたちを交互に見つつ
「おはようございます、お二人とも。ダンジョンですか、ダンジョンですよね!!」
愛嬌のある顔面にぺかーと人懐っこい笑顔を浮かべて、それはもうハイテンションに言い放った。
「はいっ、そうなんです!メチャクチャ久しぶりにわたしたちのランクでも行けるダンジョンが生成されてっ!これはもう行くしかないですよねっ!」
ハイタッチしながら負けずに光を発するキリエ。仲良っ。陽のもの同士気が合うのかもしれないな。
「ええ、ええ。それでこそキリエさんとミーシャさん!さすがです!」
わたしはまだ行くって行ってないぞ。でもどうせ連れて行かれるんだろうな。なんかもういいや。慣れた。
「う、嬉しそうですねチハルさん」
わたしも恐る恐るチハルさんに話しかけてみる。
はたしてチハルさんは光を強くして、
「ええ、それはもう!!なにせこのダンジョン、ナザングルの北たった10kmですからね。特需が来ますよ特需っ!」
ああ、ようやくわかった。それでそんなにテンション高いのか。
冒険者がナザングルに集まってくるなら、ギルドとしては確かにありがたいだろう。
それだけじゃない、宿屋らレストランなんかも大忙しのはずである。
「それにしても、お二人もダンジョン挑戦されるんですねえ。踏破すればギルドから特別なボーナスも出ますから、頑張ってくださいね。あ、魔物除けは松竹梅三種!!銅貨五枚からですよ!」
「はいっ。えへへ、楽しみだなあ。ミーちゃん頑張ろうね!」
「え?やだよ、わたしはここで応援してるよ」
「またまたミーちゃん!せっかくの新ダンジョンだよ!わくわくぅ!」
「え、うん。そうだね。百合は何色が好き?あ、菊のほうがよかった?」
「ミーちゃん!?墓前に供える花の話しないで!?」
「えぇ……キリエやめよう。このダンジョンはやめたほうがいいよ」
「びっくりするほど乗り気じゃないね……?なんで……?」
「なんでって……」
わたしは拗ねて、ごつんと顎をテーブルにつける。
いや、ダンジョンそのものはいいんだ。
でもダンジョン探索なんて、『キラザのパーティ』が絶対に来るじゃん。
魔王領遠征の実績でかすみがちだが、あいつらダンジョンジャンキーだぞ。
今回のダンジョンの難易度がどうあれ、とりあえず生感覚で突撃していくことだろう。
テーブルで液状化するわたしとその頭を撫でるキリエに、チハルさんがうきうきを隠そうともせずに、
「今回は大丈夫ですよ。『キラザのパーティ』は実質解体されましたし、あの人達も今はダンジョンに潜る体制じゃないようですよ?」
そうなんだ。
そういえば最近奴らの話題を聞かないな。
ギルド運営側のこの人は、わたしたちでは知りえない情報もいろいろ掴んでいるのかもしれない。
「え?じゃあ行くか。以降キリエ。ノア探して行こう。あと一人くらいメンバーほしいな」
「ミーちゃん、チハルさんのいうことはよく聞くよね……」
「ん?そりゃまあ、お母さんみたいな人だからな」
「それ褒められてます?煽られてます?ねぇ」
チハルさんが頬を膨らませる。この人最近年長者扱いに敏感じゃない?
「大丈夫だよ。実年齢は知らないけど、わたしはチハルさんには感謝してるから」
「だいじょーぶですよ!チハルさん、メチャクチャ若々しいですから!実年齢は知りませんけど!」
「餓鬼ばらが……」
「「すみません……」」
チハルさんのオーラが膨れ上ったので、素直に謝っておく。
わたしたちの土下座を見て、チハルさんはふーっとため息をついてからいつも通りの笑顔に戻って、
「でも気を付けてくださいね。もう男女問わず、犠牲者が出てるみたいですから。例の、『サキュバスのダンジョン』!!」
「ミーちゃんやめよう。このダンジョンはやめたほうがいいよ」
「え?なんで?」
キリエの突然の方向転換に、わたしはあっけにとられる。
キリエはどシリアスな表情で私の両肩を掴んで、
「『サキュバスのダンジョン』だよ!?さきゅばす!!オチまで見えちゃってるんだよ!ミーちゃんがまたどうせ大変な目に合うんだ!多分私の目の前とかで!!」
「キリエ。サキュバスは一般的に女を襲わない。なぜならメスだから。男の淫魔はインキュバスだ」
「……あぁもう!!」
キリエが頭をかきむしる。
それが無性におかしくて、わたしは腹を抱えて笑う。
なんでもない一日の、そんな会話が、快晴の青空に溶けて消えた。