絶対に笑ってはいけない管理局員   作:もぬ

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中編

 

「ここが休憩室ですよ。私が来るまでゆっくりしてて下さいね」

 

 長官室を後にしたメンバーに、ようやく休息の時が訪れる。

 開始から大して時間も経っていないはずだが、笑いを禁じられ、尻を何度も叩かれた彼女たちは疲労していた。

 

「はぁ、やっと休める……ねぇセレナ。着替え、無い?」

「ありません。あっ、あぁそれと三つの机はこちらから、なのはさんはやてさんフェイトさんの順に使ってくださいね、それではっ!」

 

 返答をした瞬間、昏い眼差しで自分を見つめてくるなのはから逃げ出そうと、早口ぎみになるセレナ。

 しかし踵を返して退散しようとした矢先、はやてに肩を掴まれ、止められる。

 

「待った。一個聞きたいことが出来たんやけど」

「ちょ、放してくださいはやてさん! 後で何でも教えますから!」

「だーいじょぶ大丈夫、なのはちゃんはセレナのこと襲ったりせえへんよ。今はまだ……」

 

 長い付き合いであるはやての見立てでは、なのはの頭冷やすゲージの溜まり具合は6割弱といったところだ。まだ余裕がある。

 そんなことより先ほどのセレナの台詞だ。この休憩室では座る席が決まっている、と言った。つまり、最初の更衣室がそうだったように、ターゲットを特定したなんらかの仕掛けが施されているということではないか?

 

「セレナ……この休憩中に笑ってしまったら、どうなるん?」

「あ……すみません、すっかり説明を忘れてました。お察しの通り、休憩中も笑ってはいけません」

「ええーっ!? それ休憩って言わないよ!」

「はわっ!? すすすすみませんなのはさん! 私はただの下っ端でして! 何卒ご容赦を……!」

 

 ビビり過ぎである。椅子から立ち上がって少し詰め寄っただけでこんな反応をされては、不屈の心も傷つくというものだ。昔親友の赤い子に「悪魔め……」と言われた時のショックを思い出すなのはだった。

 

「やっぱり油断は出来ない、か……はい。セレナ、もう行ってええよ」

「はい! ごゆっくり! な、なのはさん。明日になったらその格好の事、きっと皆忘れてますよ! それでは失礼します!」

「うう……これでも敏腕教導官として売ってるのに……」

 

 敏腕? はやてが耳に挟んだ話だと……堅実に鍛えてくれた上で、教導時と普段のギャップが可愛い、笑顔が可愛い、バスターで撃たれるのが気持ちいい等、高町一等空尉は癒し系教導官として評判らしいのだが……そこをつっこむと笑ってしまいそうなので忘れることにした。

 セレナが去った休憩室は、自然と静かになっていく。余計な発言が笑いに繋がりかねないからだ。

 女三人寄ればかしましいと言うが、この日ばかりは楽しく談笑というわけにもいかない。重苦しい空気のまま時間が流れていった。

 

 しかし、八神はやての考えは、尻を守ることに集中している保守派の二人とは少し違っていた。彼女は虎視眈々と狙っていたのだ。自分を陥れた二人に報いを与える機会を。

 ノーヴェに叩かれたあたりからオートで発動していたフィジカルヒーリングによって、尻の痛みも落ち着いてきた。二人の緊張もほぐれてきた頃だろう。ここらで一発かましてやる。

 まずは話題作りから。普段通りのお喋りで切り出して、巧みなトークによっていつの間にか自然に笑わせようという魂胆である。

 

「二人はええよな。安産型やからダメージ少ないやろ」

「……はやてちゃん。セクハラだよ?」

「いやいや、純粋に羨ましいと思ってるんよ。私も二人みたいにスタイル良くなりたかったわ。中学生の時くらいから成長止まってしもうて」

 

 これは実際に、はやての小さな悩みの一つである。親しい上司からはいつまでたってもチビだぬき呼ばわりだ。少しでも大人っぽくみせようと、最近は髪を伸ばしたり大人の女性らしい服を選んだりしているのだが……。中三の頃は、なのはちゃんよりおっぱいあったのに。世界はいつだってこんなはずじゃないことばっかりや。

 

「この前もお酒を飲みに行ったら、未成年と間違えられて身分証見せる羽目になったし。フェイトちゃんみたいなグラマー美女になりたかったで……」

「ふーん」

「私は、はやてくらいの身長が可愛いと思うな」

 

 状況が状況なので、真顔で冷たい反応をするなのは。大分警戒されているようだ。

 フェイトは律儀に話題に乗ってくれている。甘い……甘いでフェイトちゃん。はやてはターゲットを絞った。

 

「そういえばフェイトちゃんは身長伸びるの早かったっけ? まぁミッド出身の外国人さんなんやから、日本人より大きくなるのも納得できるけど。昔はそれでお悩みやったよね」

「うん。その時ね、シグナムに相談したんだけど何て言ったと思う? 『背が高くなれば手足も長くなるから、剣の差し合いでは有利になるぞ』だって」

「あははははっ、あっ普通に笑うてもうた」デデーン

 

  はやて アウトー

 

 普段通りのお喋りで自然に笑わされたはやて。どうやら緊張がほぐれて油断していたのは、彼女の方だったようだ。

 素早く現れたお仕置き隊員は、片手剣、二刀流の扱いに慣れているディード。休憩室だろうが、構わずにお仕置き隊は入ってくる。やはり休息の時間など無かったのだ。

 過酷な状況に身を置かれている3人。他者から見れば少し気の毒でもある。しかし、このはやての場合は完全に自爆である。別室で待機して様子を見ていたナンバーズ達に同情の念はなく、やはり一切の手加減もない。いつだって全力全開だ。ディードの持つ紅く光るソフト棒が、うなりを上げてはやての尻へと振り落とされる。

 

「くうっ! 恨むでフェイトちゃん! っ……ぅあいったぁああああもう!」

「え……? ご、ごめん」

「自業自得だよはやてちゃん。私たちのこと笑わせようとしてたでしょ」

 

 ……今回は返り討ちにあったが、チャンスはまだあるはずだ。絶対になのはちゃんとフェイトちゃんを喘がせてやる……!

 諦めの悪さに定評のある八神はやては、内心でいっそう黒い炎を燃やしつつ、尻にかかったフィジカルヒールの出力をやや上げた。

 

――――――――――――――――――――――――

 

 一旦は懲りたのか、はやても大人しくなり、休憩室には再び静寂が訪れる。三人は部屋に準備されていた飲み物で一服し、ある程度の緊張を保ちつつもゆったりと過ごしていた。

 ここで、手持ちぶさたになったなのはが、自分の机に引き出しがあることに気付く。特になにも考えずに、何気ない仕草で、それを開いた。

 

「……? なんだろ、これ」

 

 引き出しから出てきたのは、一冊の本だ。厚さは辞書くらいはあるだろう。重いそれを手に取り、矯めつ眇めつしてじっくりと見る。

 

『私が佐官まで駆け上がれた666の理由』

 

 表紙にデカデカと書かれたそんなタイトルの、左下に目を凝らす。

 

『著 八神はやて』

 

「っ……!! う、んんっ」

 

 ――危なかった。あまりの不意打ちに吹き出すところだ。隣で何も知らずにぼーっと座っているはやての気配が、何故かさらに笑いを誘ってくる。こんな本出してたんだ。

 休憩室とは名ばかり。やはり仕掛けが施されている!

 

「……はやてちゃん、これ」

「ん? 何……ちょおっ、なんでなのはちゃんがそれを!?」

 

 本を見るや否や、素早くなのはからそれを奪い取るはやて。顔を紅潮させながら、両腕で本を抱えて表紙を隠す。

 その反応から察するに、どうやらあれは黒歴史の書らしい。

 

「机の引き出しに入ってたの。はやてちゃん、いつの間にそんなの書いてたの? あんまりキャラじゃないような」

「いやその、広報部にまんまとのせられて……あとこの頃は少し調子に乗ってたっていうか……」

 

 エッセイだか自己啓発本だか知らないが、のせられて辞書みたいなものを書くはやては相当アレだった。

 

「すごく分厚いよね……何ページあるの?」

「666ページやけど」

「フッ」

「今なのはちゃん笑たんちゃう?」

「え? せき込んだだけだけど? エェッフエッフ、んんーっ」

 

 ……アウトのアラームが鳴らない。どうやら先ほどの笑いは見逃されたようだ。なのははほっと胸を撫で下ろした。その一方で、恥ずかしいものを持ち出された上に笑いも取れなかったはやての心中はぐぬぬ状態である。

 そしてその間、関わらないように自分の席で大人しくしていたフェイトであった。

 

「……まぁこれは私が処分しておくとして。なのはちゃん、これ、引き出しの中に入っとったんやな?」

「うん。上の引き出しに」

 

 各机には引き出しが二つ付いていた。小物を色々入れられそうな上段、書類等をしまう用の下段だ。非常に分厚い『私が佐官まで駆け上がれた666の理由』は上段にちょうどギリギリ収まっていた。

 ここで先ほどのセレナの発言に感じた疑問が、はやての脳裏に思い返される。机まわりに仕掛けられているであろう笑いのトラップ……それはおそらく、引き出しの中身だ。

 そうとなれば攻略は簡単。引き出しは、開けなければ良い。見えている危険にあえて手を出すほど、はやては愚か者では無かった。

 

「二人とも、引き出しは開けないように――」

「あっ、なんかDVDが出てきたよ」

「またフェイトちゃんや!! もうこの子あかん!」

 

 いまいち笑いのツボが分からない、たまに人の話を聞かない、何故かジャッジに贔屓されている、天然マイペースのボケ殺し。それがはやてが倒すべき敵、フェイト・T・ハラオウンという女だった。

 さらに制止する間もなく、すぐに下段の引き出しも開けて確認している。唐突に行動力を発揮するフェイトにかなりヒヤヒヤさせられるはやて。

 

「下は何もない……私の引き出しから出てきたのはこれだけだね。『そこのプレーヤーで再生してネ!』ってメモも一緒に入ってたよ」

「あんな、フェイトちゃん……私は、引き出しは開けるなって言おうとしてたんやけど」

「あぁ、ごめんね? ほら、危険は早めに処理した方がいいと思って……執務官的に……」

 

 そんなことを言いながら、席を立つフェイト。部屋に備え付けられていたモニターの下まで歩を進め、DVDプレーヤーの電源を入れる。

 

「フェイトちゃん、まさか再生する気なん!?」

 

 そこまでおバカ……もとい、ノリのいい子だとは思わなかった。セレナもいないのだから、自分たちがこのDVDを見る義務など無い。叩かれたくないのならこの休憩室でとるべき行動は『大人しく座っていること』だ。フェイトはそれが分からないのか。そういえば一回も尻を叩かれていない。実は最初から仕掛人側なんじゃ……?

 

「私のところに仕掛けられてたモノは……私が何とかしないといけないっていう、責任があるから」

 

 真剣な表情で静かに決意を告げるフェイトに、はやては息を飲んだ。フェイトちゃんは仕掛け人なんかじゃない。ただの――アホや。

 言ってることは一見カッコよかったが、やってることはテロだった。DVDを見せられるのは1人ではなく3人である。

 ……まぁいい、せっかくの仕掛けを無視しては企画側も困るだろう。いざとなったら目と耳を塞げばいい。フェイトちゃんの恥ずかしい映像お宝VTRかもしれへんし、ここは放っておこう。ただし私の引き出しは開けない。

 なんだかんだでノリは悪くないはやてだった。

 

「はやて、何か今失礼なこと考えなかった? ……じゃあ再生するね」

 

 スイッチを入れると、モニターに徐々に映像が浮かびあがる。壮大なBGMとともに現れたのは画面いっぱいの文字だ。DVDのタイトルだろう。

 

『医療少女メディカルシャマル THE MOVIE』

 

 その文字を見て、一瞬にして自分が大爆笑している未来を予見したはやては素早く席を立つ。

 

『神楽井ゆずこちゃんは極々普通の小学生……』

「やっぱり見るのやめよ。ええな、フェイトちゃん」

「う、うん……」

 

 停止ボタンを押してDVDを取り出すはやて。ヴォルケンリッター達と繋がっているリンクのうちの一本から悲しみの叫びが聴こえてきたような気がしたが、無視した。

 正直な気持ちとしては、内容が気になるフェイトとなのはだったが、先ほどのタイトルからある知人の満面の笑みを連想し、ナンバーズ達にお仕置きされる自分を想像し、ここははやてに従うことにするのであった。

 

「今の映像の冒頭でわかったやろ。二人とも、もう引き出しとか部屋の備品には手を出さん方が」

「うわっ、なにこれ! 変なの出てきた!」

「私の話聞いてた? なぁ」

 

 なのはの引き出し下段から出てきた物。それは、押しボタンだった。

 小さな台に、洗練された丸いフォルムが鎮座する。人間の本能を刺激するその形を目にして、なのはの心に小さな衝動が沸き上がった。……押したい。

 ごくりと喉を鳴らすなのはを咎めるような視線で射抜くはやて。関西人の勘が言っている――ソレは、押してはならない。

 

「なのはちゃん……押すなよ。絶対に押すなよ!」

「………」

 

 わかっている。押したら取り返しのつかないことが起きるのは。だが……本当にこれをスルーしていいのか。見つけた仕掛けを放っておくのはセレナたちが可哀想な気がしないでもない。それに自分の机から出てきた物なのだから、はやてちゃんはきっと大丈夫だろう、押す権利は私にある。しかしあの打撃を進んで喰らいにいくのは馬鹿だ。半端な防御魔法でも抜かれてしまう。危険だ。でも押したい。とにかく押したい。その衝動はどんどん大きくなっていく。

 逡巡するなのはの頭上で、純白でピンクの翼を持つツインテール天使と、炎熱砲撃が得意そうなカラーリングの服装の悪魔が言い合いを始めた。

 

《ダメだよっ! 押したらだーめ! フェイトちゃん達に迷惑がかかるかもだよ》

《むしろ大歓迎じゃない? フェイトちゃんは一回くらい叩かれた方がいいよ》

《またヴィヴィオの制服みたいに恥ずかしい事になっちゃうかもしれないじゃない!》

《それは嫌だけど……笑って叩かれるのははやてちゃんだし、この状況なら武器になるから、内容によっては許せるかな。一言で言うと、おいしい》

《悪魔め……》

《悪魔で、いいよ……》

 

「えい」

 

 いつだって目の前の壁はぶち破ってきた。逃げない。自分の道を曲げたくない。

 そうして、なのはの手によってボタンが押された。忠告を無視し、自分の意思を貫き通した結果は――

 

 デデーン  なのは ギガントハンマー

 

「……えっ」

 

 休憩室の扉を開けて現れたのは……ヴィータ。先ほどは私服姿でザフィーラの散歩をしていたが、今はバリアジャケット姿で、デバイスもセットアップしている。

 

「……アイゼン」

《Jawohl!》

 

 ガッショガッショと重厚な音を立ててカートリッジがロードされ、グラーフアイゼンは巨大な槌であるギガントフォルムへと姿を変えた。ヴィータはそれを構え、後ろを向け、となのはに促した。

 その仕草で、これから自分に何が起きるのか、なのはは察してしまった。

 

「……ねぇ、ヴィータちゃん……嘘……だよね? こんなの……私たち、友達だよね?」

 

 泣きそうになりながら後ずさるなのは。はやてはだから言ったのに……と言わんばかりの呆れ顔で、合掌している。ご愁傷様というジェスチャーだ。フェイトを見ると、ほろりと涙を流しながら十字を切り、両手を組んで祈っている。やはりご愁傷様というジェスチャーだ。

 

「いや……やだ……うそ、ヴィータちゃん、そんな、ああああああああっ!!!」

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 惨劇から十数分が経過したころ、なのはがゆっくりと席から立ち上がった。他の二人から見ると、一時は死んだんじゃないかと思えるほどの惨状だったのだが、ダメージは回復したのだろうか。流石は不屈の女、高町なのはである。

 ゆらりと、はやての元にやってくるなのは。その緩やかな動きは幽鬼のようにも見え、はやてに不吉な何かを感じさせた。その無表情からは何を考えているのか窺い知れない。

 

「な、なに? なのはちゃん」

「………」

 

 瞬間、桜色の光条がはやての身体に巻き付いた。それは瞬く間に身体を縛り付けていく。なのはによるバインドだ。

 

「な、なのはちゃん! 何のつもりや!」

「……あ、ほら。はやてちゃんの引き出しからも出てきたよ? ボ・タ・ン」

 

 はやては恐怖した。なのはの狙いは、引き出しを開けこちらを道連れにすることなのだ。その声音からは普段の温厚さなど微塵も感じられない。どうやらハンマーで叩かれたときに、思いやりとか優しさとか色々とぶっ壊れてしまったようだ。

 なのはは実に楽しげに、嗤っていた。暖かさなど感じられない、獲物を狩る側の笑み。……ていうか笑っとるやん! アウトやろ!

 はやてには分かる。あのボタンを押したら自分がどうなるか。だからこそ引き出しを開けないでいたのに、こんな形で仲間からの明確な裏切りがあるとは思わなかった。

 

「あかん……こんなんおかしいでなのはちゃん! やめて!」

「いいじゃない。2回もヴィータちゃんは出てこないだろうし、どんな仕掛けがあるか気になるでしょ」

 

 なのはは分かっていない。この世界には天丼――TENDON――というものがあるのだ。だから、それを、押してはいけない。はやては見えている危険に手を出すような愚か者ではない。ないのだ。

 

「っ……! フェイトちゃん! ヘルプ!!」

 

 もはやなのはは正気ではない。押すのをやめてはくれないだろう。この強固なバインドも短時間で破れるものではない。一縷の希望を抱いて、この場にいるもう一人の仲間に呼びかけた。

 助けを求められたフェイトははやてを遠巻きに見つめながら言った。

 

「ごめんはやて……私も押したらどうなるか、ちょっと気になる」

 

 この時、二人の親友に裏切られたはやての脳裏に浮かんだ景色は、小3のクリスマス、病院の屋上で見せられたものだ。

 よみがえるトラウマ。今の二人はあの時はやての目の前でヴィータとザフィーラを貫いたのと同じくらいの外道に思えた。遠き地にて闇に沈めてやりたいレベル。まぁ今は別にリーゼ達もグレアムおじさんも1ミリも恨んでないけど。

 なのはの手が、ボタンへと伸びていく。もはや止めるすべはない。絶望が、はやての心を支配していく。

 

「いや……だめっ、やめて……! やめてぇぇええええっ!!!」

 

 デデーン  はやて ギガントハンマー

 

 やってくるヴィータ。心なしか少し残念そうな表情のフェイトは天丼がお気に召さなかったらしい。なのははというと、てへぺろ☆とでも言ってそうな顔をしていた。はやての中に憎しみが沸き上がる。

 

「……ごめん、はやて」

 

 そんなヴィータの声を聞いたのを最後に、はやての記憶は数分間途切れることとなる。

 

―――――――――――――――――――――――

 

 数分後、休憩室は戦場と化していた。

 ダメージから回復したはやてが、なのはの持つボタンを押そうと襲い掛かったのである。そうはさせまいと応戦するなのは。逆にもう一度はやてのボタンを押してやろうと立ち上がる。そうして仁義なき戦いが幕を開けた。(※魔法は使用しておりません)

 取っ組み合いから始まった争いだが、現在は膠着状態にある。歴戦の魔導師たる二人は自分の守るべきボタンを片手に、互いに注意深く彼我の距離を測り、じりじりと詰めていく。そして巻き込まれたくないフェイトは膝を抱えて、部屋の片隅で震えていた。自分も戦いの原因に関わっていたのに卑怯なものである。罪悪感をもちながらも、二人から同時に責められるのを恐れて仲裁出来ないフェイトだった。

 

 ここで、はやてが攻勢に出た。本来、広域殲滅魔法を得意とする彼女とて、騎士の端くれ。魔法戦で活かすことは滅多に無いが実は少しクロスレンジの心得がある。

 もう尻を叩かれたくない、なのはに一泡吹かせてやりたいという一心がエースオブエースの不意を衝くに至り、絶妙な体捌きでなのはの守りを潜り抜けたはやての手が、ボタンに、届いた。

 

「とったっ!」

「あっ! やられた――」

 

 デデーン  はやて ギガントハンマー

 

「なんっっでやねんっ!!!」

 

 残念。なのはの持つボタンは、押した人間もしくはランダムで選ばれた人間がアウトになる代物だったらしい。

 ボタンを思い切り床に叩きつけるはやて。その背中には理不尽と戦う人間の哀愁があった。

 

「あはは……もうあかん……」

 

 虚ろな笑みを浮かべてギガントハンマーを受けるはやては、とても見ていられるものではなかったという。

 それを目にしてようやく反省するなのはだった。次からははやてちゃんを労わろう。

 

――――――――――――――――――――――――

 

 数十分後。そこには何事も無かったかのようにお茶を飲むはやての姿が!

 出力マックスのヒーリング、痛覚遮断、複合多層式バリアを惜しみなく尻に展開した結果である。歩くロストロギアと呼ばれているだけはあった。

 3人とも仲間割れについて反省したのか、ボタンを引き出しの中に戻し、大人しく休憩している。

 しかしその安寧を壊すかのように、唐突にモニターの電源がつき、映像が流れ始めた。警戒し身構える3人。

 

『高町なのは一等空尉主演 機動六課プロモーション ミュージックビデオ『星空のspica』』

「な……!」

 

 流麗なイントロと共にモニターに現れるのは高町なのは。星空を背景に、教導隊制服やバリアジャケット姿で、憂いのある表情で佇んでいる。流れてくるのは本人の歌声である。

 時空管理局への入局を募るために撮影されたプロモーション映像の一つだ。モニターに映る自分の表情がまたなんとも恥ずかしく感じるなのはだった。当人としてはあんまりああいうキャラではないらしい。

 

「にゃーっ! ちょっと! 止めて! これ止めて!」

 

 モニターの前でぴょんぴょん跳ね回り、あの手この手で映像を止めようとするなのは。しかし停止ボタンはおろか電源スイッチも効かない。こうなったら壊すしかない……とレイジングハートに手をかけたところで、曲が終わり映像の再生が終了した。

 ……なんだかネタにされる比率が高い気がする。この企画のシナリオを考えた人は自分に恨みでもあるのだろうか。もうこうなったらはやてに笑ってもらうしかない、と振り向く。数十分前の反省をどこかに忘れてきたなのはであった。

 またもや理不尽にターゲットにされたはやてはというと、何やら真面目に考え込んでいる様子だ。眉根を寄せて、口元に手を当てて真剣な表情に見える。それを見てジト目になるなのは。

 

「はやてちゃん。そうやって口隠すのやめなよ。笑ってるのバレバレだよ」

「………」

「………」

「……ブフッ、ンンッフフフフ」

「はいアウト」

 

 デデーン  はやて アウトー

 

「ぷくく……あれは耐えられへんっ……あーいっったぁっ!」

 

 すぐさま駆けつけたお仕置き隊員によって尻を叩かれるはやて。まだまだ痛みには慣れそうにない。お尻をさすりさすり、なのはに文句を言う。

 

「もー、なのはちゃんが見逃してくれたらバレへんかったのに」

「私はルールを公正に守っただけだよ。ねー、フェイトちゃん」

「う、うん……そうだね……」

 

 何回かお仕置きを逃れている故に、フェイトにはなのはの真顔が恐いものに見えた。

 

――――――――――――――――――――――――

 

「みなさーん! ワクワクなお時間ですよ!」

 

 バターン! と一切の遠慮を感じさせない豪快さで扉を開け放ちながら、セレナが入室してきた。

 

「ああ?」

 

 そんな彼女を迎えた声は、苛つきを孕みドスの効いたはやての声である。

 ちなみになのはは用を足しに席を立っており、フェイトは窓から外を見ながらボーっとしていた。

 

「すいませんでした」

「あ、いや、ごめんて」

 

 はやての表情を目にいれた瞬間、セレナは流れるような動作で謝罪をキメ込んだ。それは彼女が局員生活の中で身に着けた、目上の人間の怒りに対する処世術である。

 はやては疲れから反応がぞんざいになっていただけで自分が怒っているわけではないことを伝え、話の続きを促した。

 

「そろそろお腹が空いてきた頃じゃないかと思って、お昼ご飯をお持ちしたんですよ」

「わー」

「やったー」

 

 気の抜けた返事をする二人。しかしそう簡単に物事は運ばない。

 

「ただ、普通に召し上がってもらうんじゃ面白くないので、楽しくゲームをしながらのお昼にしましょう、という話です」

「えー」

「嫌やわー」

 

 楽しいゲームという言葉がこれほど胡散臭く聞こえたことが今まであっただろうか、そう感じた二人はもはや不満を隠そうともしなかった。

 しかし拒否権など無いとばかりにセレナは淡々と説明を始める。

 

「えーっと……ご飯のおかずを賭けて、簡単なゲームをしてもらいます。ルールですが……」

「あの、なのはが来てからにしたら?」

 

 今説明するのでは、二度手間になってしまう。

 そうですね、とセレナが頷いた瞬間、聞きなれた明朗な声が休憩室に響き渡った。

 

「その必要はないよ! 話は聞かせてもらった!」

「うわっ、なのはちゃんがトイレからわいて出た」

 

 どこか間の抜けた台詞を口にしつつハンカチを懐に仕舞いながら、テンションがおかしい高町なのはがスタスタと部屋に入ってきた。疲れているのだろう。

 あるいは化粧室の鏡で今の自分の姿(ヴィヴィオの学校の制服)を目の当たりにして自棄になっているのかもしれない。

 しかし本人としてはスマートに登場したつもりのようだが、はやての暴言に出鼻を挫かれてしまう。

 プリプリ怒るなのはを宥めるはやて、その二人を尻目にフェイトはセレナに向き直った。

 

「えっと、じゃあ続きをお願いします」

「それじゃあ、なのはさんも聞いてらしたということなので、先ほどの続きからお話しますよ。えー……ゲームのルールは簡単! ずばり、ハイクを詠んでもらいます!」

「ハイク?」

「五七五という決められた字数から成る、ポエムみたいなものですね。皆さんの故郷の伝統文化です」

「ああ、俳句ね」

 

 俳句や和歌などの古典文化は日本の国語教育でも教えられるものだ、外国人か異世界人でもなければ誰でも知っている。

 しかし国語と言えば、なのはとフェイトにとっては小学生の頃の苦手教科だ。

 

「これからお料理が出てきますので、皆さんはその料理を褒めるハイクを数秒で考え、高らかに読み上げて頂きます」

 

 即興の俳句は感性が問われるもの。ルールを聞いた二人は自信なさげにしている。

 

「クリアできなかった場合は、皆さんはおかずをゲット出来ず、それは特別ゲストのお二人が美味しく頂くことになります」

「なんだそれ」

 

 あまりの理不尽さに思わず標準語でツッコんでしまうはやてだった。

 

「それではゲストをお呼びしますよ。管理局が誇るストライカーのお二人! 美人姉妹のスバルさんとギンガさんでーす!」

 

 身内の中でも大食いと知られているナカジマ姉妹である。なるほど、ゲームに失敗すればメンバーらの昼食はたちまち二人にたいらげられてしまうことだろう。

 右手でドアを指し示すと、二人の人物が緩慢な動きで入室してきた。

 

「ウゥ……アァ……」

「ォ……お腹空いた……」

「お二人は三日ほど食べ物を口にしていないそうです」

「スバルーーー!!??」

 

 なのはが思わず愛弟子を心配する声を上げてしまったのも無理はない。文字通り餓えた獣のような声を漏らす二人の目は視点が定まっておらず、身体のみならず精神の状態が非常に危惧される。

 しかしそんな様相を全く意に介すことなく、セレナは進行を続ける。

 

「それじゃ、さっそく始めましょう! 最初の料理はこちらっ!」

 

 ジュウ、という耳に心地いい音、嗅覚を撫でるその香ばしい匂い。意思に関係なく唾液が口内に広がっていく。

 空腹を刺激する要素を大いに伴って現れたのは実に食欲をそそる、肉だ。ミッドチルダのとある有名レストランのメイン料理である。

 勤務年数の少ない駆け出しの局員たちではそう簡単に味わえない程度の値段はする。もっとも、高給取りのなのはらもこういった有名店で外食などすることはあまり多くなかった。

 つまり、すごくおいしそうだった。

 

「いやぁ~っ、とっても美味しそうですねぇ! 私も思わずお腹がなっちゃいました」

 

 セレナが一言挟む。同意するように三人は唾を飲み込んだ。スバルとギンガはめっちゃ暴れてノーヴェら他の姉妹に抑えつけられていた。

 

「それではっ、この高級ステーキさんを褒める俳句を考えてくださいね。なのはさん! どうぞ!!」

「にゃっ!?」

 

 奇声をあげる高町なのは24歳。急に振られた彼女は不覚にも先ほどまでお肉の登場で頭がいっぱいだった。目を白黒させつつ、狼狽えた声を漏らす。

 

「えっ、あっ、あ、えー」

「ハイ時間切れです!!」

「早っ!?」

 

 セレナが合図すると、ナンバーズの拘束から解かれたナカジマ姉妹が目の前に置かれた皿へと殺到した。まさに鎖から解き放たれた獣だ。

 

「うぐぐ……私のステーキ……」

 

 ものの数秒、それだけでなのはの高級ステーキさんは永遠に失われた。

 非情な結果を突き付けられた三人は否応なくこのゲームのシビアさを理解する。

 後続の二人は頭をフル回転させ始めた。魔法使用時もかくやと言わんばかりにマルチタスクを駆使し俳句を考える二人は、やはりお腹が空いていたのだろう。

 非常に悔し気な表情のなのはをよそに、ゲームは淡々と進行していく。傷ついている暇などないのだ。

 

「次ははやてさん……お願いします!」

 

 目を閉じ眉間にしわを寄せながら考え込んでいたはやては、カッ! と目を見開き、詠み放った。

 

「お、おいしいなッ! にっ……肉汁、すごくて、おいしいなッ!」

 

 美味しいな

   肉汁凄くて

     美味しいな  八神はやて

 

 SSランク魔導師が本気出して考えた一句がこれである。

 

「おいしいな、みたいな稚拙な表現はアウトになります」

「ガァアアア!!」

「オオオオオオ!!」

「あああああああ!!」

 

 上からスバルの雄叫び、ギンガの咆哮、はやての悲鳴である。

 

「す、スバル、ギンガぁっ……! 慈悲を……慈悲をぉっ!」

 

 獣に慈悲の心などあるはずもない。肉汁がすごいはやてのステーキは、その香りだけを残して跡形もなく胃袋へと消えた。

 

「次、フェイトさんお願いします」

「うひっ!? はいっ!」

 

 必死に集中して俳句を考えていたのだろう、呼びかけに驚いて変な声をあげながら席を立つフェイト。字を数えているのか、指をぴこぴこと忙しなく動かしている。

 そして何かをジェスチャーするように奇妙な動きをしつつ、詠んだ。

 

「お、お肉がね!? 舌で踊って、しっ、シュッキリポン!」

 

 お肉がね

   舌で踊って

     シュッキリポン  フェイト・T・ハラオウン

 

「それ言うならシャッキリポンじゃない?」

「うーん……それ、擬音ですか? 擬音かぁ……」

 

 どこぞで例の漫画でも読んだのだろうか。この異世界人、妙なところで日本かぶれである。

 

「あっ、今OKが出たんで、フェイトさんクリアです」

「ほ、ほんと? やった!」

「そんなんでええんか……」

 

――――――――――――――――――――――――

 

 その後も、戦いは熾烈をきわめた。

 

 

「では料理のお得意なはやてさんっ、お願いします!」

「具だくさん! 煮込んで愛情、隠し味!! よっしゃー!! これ来たんとちゃう!? なぁ!?」

「えーっと、それは作り方であってあんまり料理を褒めてる感じはしないので……」

 

 

 

「続いてフェイトさん、どうぞ!」

 

 揚げたての

   衣サクサク 

     シャッキリポン  ふぇいと

 

「フェイトちゃんシャッキリポンの意味分かってるの?」

「舌の上で食材が踊るときの音」

「そうなんだ……」

「OKです」

「基準どうなっとんねん!!」

 

 

 

「うっ、うしの、うまみ……が、しみてるね! ビーフシチュー!」

 

 牛のうま

   みがしみてるね 

     ビーフシチュー  なのは

 

「五七五に分けると牛の話なのか馬の話なのか分からへん」

「分け方がちゃんとしてないですし、品名を入れるのはアウトですね」

「ああああっ!! もうやだ……」

 

 

 

 やわらかで

   やさしい味ね

     シャッキリポン  八神はやて

 

「パクリじゃん」

「パクリですね……」

 

 

 

 

 

 ねえセレナ

   そろそろ怒るよ

     なのはさん  高町なのは

 

 

 ごめんなさい

   ごめんなさいなの

     はさん撃たないでちょっと待って  セレナ・アールズ 

 

    ・

    ・

    ・

 

―――――――――――――――――――――

 

「はー、お腹いっぱい!」

「あれ、私なんでこんなところに……」

 

 腹が膨れたスバル、ギンガの目には理性の光が灯っている。

 しかし……

 

「………」

「ふわっ、な、ななななのはさん?」

 

 代わりに、一つもおかずを獲得できなかったなのはとはやては死んだような眼でナカジマ姉妹を見つめていた。

 

「バスターは勘弁してくださーい!」

「し、失礼しましたッ」

 

 言い知れぬ恐怖を感じ取った二人は、逃げるように部屋を出ていってしまった。

 お米しか食べられないことが決まった二人からは、至高の品々を食うだけ食って去った二人は実に忌々しく見えた事だろう。後日のナカジマ姉妹の安否が気がかりである。

 

「もーっ、スバルとギンガと、フェイトちゃんだけ美味しいもの……いいなぁ」

「もう贔屓が露骨すぎてツッコむ気力も無い」

 

 二人の視線の先には、色とりどりの皿を前にして苦笑気味のフェイトがいる。一品一品がメインディッシュと言って差し支えない品目だ。

 対してなのはとはやての食卓にはお茶碗ひとつのみ。純白の米が放つ眩い輝きが、二人の心に陰を作っていた。

 幸いご飯のおかわりは自由だ。こうなったら限界までかきこんでやるとはやてが箸に手を伸ばしたとき、フェイトが口を開いた。

 

「一人じゃこんなに食べきれないし、三人で分けよう?」

 

 その言葉が頭に行きわたるまでに一拍おき、なのはとはやては感極まった声をあげる。

 

「フェ、フェイトちゃん……!」

「あかんっ、天使……いや女神がおるっ……!」

 

 これこそが友情。三人は固い絆で結ばれているのだ。

 特にルール違反と注意することなく、セレナも笑みを浮かべながら退室する。広報部員は空気が読めるのである。

 もう絶対に仲間割れなんてしない! 多分。そう誓いながら昼食に舌鼓を打つメンバー達であった。

 

――――――――――――――――――――――――

 

 休憩中にも関わらず、休憩前より心身にダメージを受けたメンバー達。だが、ここはあくまで休憩室。更なる笑いの地獄が3人を待ち受けているのである。

 はやての尻の運命やいかに!

 

 

 

 

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