シャーレへ
地下牢が並ぶ薄暗い通路。そこに一つの足音が響く。そして男が収監された檻の前でその足音は止んだ。檻の前に佇む人物に先に声をかけたのは収監されている男だった。
「なんや局長、一足も二足も遅いで。ここにいた奴らみ~んなとっくに出てってもうた」
「ここにいた囚人たちの捜索は開始しています。……あなたは出ていかなかったんですね」
「ワイが出てったところであいつらに迷惑かけるだけやしな。それにワイには脱獄のお誘いがかからへんかったみたいや」
「脱獄の誘い……それについては後程、改めて聞かせてもらいます。それよりもウルフウッドさん……連邦生徒会から特例が下りました。貴方を仮釈放します」
「そらまた急な話やな。どうせなんか条件あるんやろ?」
「お察しの通りです。貴方には仮釈放を条件にシャーレに配属される先生の護衛の任についてもらうとのことです」
「シャーレのセンセ……?」
◇ ◇ ◇
「……私のミスでした。私の選択、そしてそれによって招かれたこの全ての状況。結局、この結果にたどり着いて初めて、あなたの方が正しかったことを悟るだなんて……」
目の前に座っている少女がまるで懺悔をするように喋っている。
(そんなことないよ、君は悪くなんてない)
そう声をかけたかったが、その言葉を発することができない。
「……今更図々しいですが、お願いします、先生。きっと私の話は忘れてしまうでしょうが、それでも構いません――」
(そんな悲しいことを言わないで欲しい)
君はずっと切符を切り続けてきた。与えられた選択肢の中で、君が最善だと思う選択をし続けていた。頑張ってきた。
……情けない。私は大人で、先生なのに……目の前にいる子供の頑張りを褒めることも、失敗を慰めてあげることもできない。私は、無力だ。
「――私が信じられる大人である、あなたになら、この捻じれて歪んだ先の終着点とは、また別の結果を……フフ、そんな顔しないでください」
感情が顔に出てしまっていたのだろうか。きっと今の私は情けない顔をしてるのだろう。目の前の少女がふと笑う。本当に情けないなぁ、私は……
ああ、でも君が笑ってくれてよかった。君はやっぱり、笑顔のほうが似合っているよ。
「大丈夫ですよ、先生。変数を見つけたんです。あの人なら、私よりも先生の力になってくれると思います。最初は衝突するかもですが、きっと、先生の良い友人になってくれると思います」
友人……友人かぁ。そう呼べる人に久しく出会えていない。大人になると、友人は少し作りづらいからね。ちょっぴり、楽しみだ。
「……い、先生……」
鋭い声が聞こえる。
「先生、起きてください……少々待っていてくださいと言いましたのに、お疲れだったみたいですね。なかなか起きないほどに熟睡されるとは」
鋭い目つきをした長髪の女の子に起こされる。どうもさっきから子供に情けないところばかり見せているな、私は。……さっき? さっきっていつのことだ? 大切な、なにか大切なことを忘れてしまっているような気がする。
「……夢でも見られていたようですね。ちゃんと目を覚まして、集中してください。もう一度、改めて今の状況をお伝えします。私は七神リン、学園都市『キヴォトス』の連邦生徒会所属の幹部です」
目の前にいる女の子はリンちゃんというらしい。なんだかお疲れ気味なように見える。
「そしてあなたはおそらく、私たちがここに呼び出した先生……のようですが」
ようですが……とは、どういうことだろう? 彼女たちが私を呼んだはずなのでは?
「……ああ。推測形でお話したのは、私も先生がここに来た経緯を知らないからです」
どうもまた思ったことが顔に現れていたらしい。……また? どこで? ……駄目だ、混乱している。頭の中にモヤがかかってるようだ。
「……混乱されていますよね。分かります。こんな状況になってしまったこと、遺憾に思います。でも、今はとりあえず私についてきてください。どうしても、先生にやっていただかなくてはいけない事があります」
分からないことだらけで今だ混乱は解けないでいる。でも、今すべきことはわかった。目の前に困っている生徒がいるのだ。であれば私は先生として手を貸さない道理はない。まずは彼女を信じてついていくことにする。
「キヴォトスへようこそ、先生――」
乗り込んだエレベーターの中でリンちゃんからここについての説明を軽く受ける。ここは学園都市キヴォトス。ガラス張りのエレベーターから見える景色だけでも広大だが、この景色に収まらない学園も数多くあるらしい。ここに先生として赴任するのか、私は。やっていけるか少々不安だ。
「――最初は慣れるのに苦労するかもしれませんが、でも先生ならそれほど心配しなくてもいいでしょう。あの連邦生徒会長が、お選びになった方ですからね」
連邦生徒会長……その言葉を聞いて少しだけ胸が強張る。連邦生徒会長とは……面識がないはずだ。それなのに、なぜだろうか。彼女にかけられている期待に、信頼に、報いたいと、そう思う。
……うん、こんなところで足踏みしていては駄目だ。私は大人で、先生なのだから。まずは私から踏み出さなければ。
チンッ
エレベーターが一階へと到着する。ここでの先生としての最初の一歩を踏み出――
「ちょっとまって! 代行! 見つけた、待ってたわよ! 連邦生徒会長を呼んできて!」
出鼻を挫くように怒号が浴びせられる。声の主を見ると紺色の髪に白いジャケットを纏った女の子がいた。その子以外にも何人か個性的な子たちが一緒にこちらへ駆け寄ってくる。
「あぁ……面倒な人たちに捕まってしまいましたね」
リンちゃんが露骨に顔を顰めた。なんというか、本当に大変なんだなぁ、リンちゃん。……苦労の跡がうかがい知れる。
そのまま待ち構えていた生徒たちの詰問に毒を含みながら淡々と答えていくリンちゃん。どうやら連邦生徒会長が行方不明になってしまい、『サンクトゥムタワー』というのが機能不全に陥ってしまっているらしい。そのせいで連邦生徒会が機能できずキヴォトスの治安に影響がでてしまっているようだ。
「この先生こそが、フィクサーになってくれるはずです」
あ、ここで私なんだ。みんなの視線が私に集中する。みんな困惑しているようだ。とりあえず挨拶をしよう。まだちゃんとできていなかったしね。
“ こんにちは。私は先生としてここに赴任することになった戸狩っていうんだ。みんな、これからよろしくね ”
「こ、こんにちは、先生。私はミレニアムサイエンススクールの……い、いや、挨拶なんて今はどうでもよくて……!」
「そのうるさい方は気にしなくていいです。続けますと……」
「誰がうるさいって!? わ、私は早瀬ユウカ! 覚えておいてください、先生!」
“ うん、よろしくね、ユウカ ”
他の子への挨拶もほどほどに済ませると、リンちゃんが私の勤め先『シャーレ』の説明を始める。シャーレとは誰でも入部できて、制約無しにどの自治区でも戦闘活動を行える超法規的機関らしい。なるほど、フィクサーとはよく言ったものだ。
そして私の最初の業務はシャーレの部室へ向かい、そこの地下にある『とある物』にたどり着くことのようだ。
リンちゃんが通信機を手に取る。
「モモカ、例の案内人がまだ来ていないのだけれど?」
「ああ、彼? おっかしいなぁ、矯正局からは出たって聞いてるけど……多分足止め食らってるんじゃない? シャーレで暴れてる生徒も矯正局から脱出してきた奴だから、多分不良とかけしかけられるんでしょ。彼も彼で色々恨み買ってるしねぇ~」
「ちょっと待って、今聞き捨てならない内容があったのだけど。シャーレで暴れてる? どういうこと?」
「どうもこうも矯正局を脱出した停学中の生徒がシャーレの建物付近で暴れてて、そこは今戦場になってるよ。地域の不良も先導して、戦車まで持ち出してきたみたい。やばいね。周り焼け野原らしいよ?」
「……」
「それで、どうやらシャーレの建物を占拠しようとしているらしいの。まるでそこに何か大事ななものでもあるみたいな動きだけど? ……まあ、とっくにめちゃくちゃな場所なんだから、別に大した事な……あっ、先輩、昼ごはんのデリバリーが来たからまた連絡するね」
プツッ
通信とリンちゃんの何かが同時に切れる。リンちゃんの通信機は握りしめられヒビが入っていた。
“ お、落ち着いて、リンちゃん。とりあえず深呼吸しよう ”
「だ、大丈夫です……少々問題が発生しましたが、大したことではありません」
大丈夫じゃない。目が座ってるよ、リンちゃん。リンちゃんはその座った目のままで周りにいる生徒たちに視線を向ける。
「予定していた案内人が遅刻しているようですが、ちょうどここに各学園を代表する、立派で暇そうな方々がいるので、私は心強いです」
暇そうは余計だよ、リンちゃん。ああ、みんなも顔を顰めてる。みなの怪訝な視線も無視してリンちゃんはタワーの出口にズンズンと向かっていった。
結論から言うと、ここにいた子たちの力を借りてシャーレの部室を奪還しようということになった。彼女たちは渋々ながらも必要なことだと割り切って協力してくれるようだ。
しかし色々驚くことばかりだ。外に出てみると本当に戦場が広がっていた。みんながみんな銃を手に持ち、撃ち合っている。「痛っ!!」と声を上げたユウカに当たった弾を拾い上げると、それは確かに玩具ではなく本物の弾だった。キヴォトスの住人の頑丈さに舌を巻く。
「先生、下がってください。先生は私達と違って、弾丸一つでも命の危機にさらされる可能性があります。ご注意を」
「そうです、先生は戦場に出ないでください! 私たちが戦っている間は、この安全な場所にいてくださいね!」
確かにその通りだ。私は彼女たちとは違う。弾丸一つで命を落としてしまう、弱い存在だ。でも、それでも、それは何もしないでいい理由にはならない。生徒が私のために動いてくれている。であれば、私は先生として生徒をサポートするべきだ。
“ ……私が、みんなの指揮をする。任せて ”
「え、ええッ? 先生が戦術指揮をされるんですか? まあ……先生ですし……」
「わかりました。これより先生の指揮に従います」
「生徒が先生の言葉に従うのは当然のこと、ですね。よろしくおねがいします」
「先生の指示に従い、目的地までご案内します」
私の意思をくみ取り、ユウカ、ハスミ、チナツ、スズミ、が応えてくれる。素直で、良い子たちだ。かっこ悪いところは見せられないな。
“ それじゃあ行こうか、みんな! ”
◇ ◇ ◇
「なんだか、戦闘がいつもよりやりやすい……」
「……やっぱりそうよね。これが、先生の力……」
みんなの協力を得て順調にシャーレの建物近くまでたどり着くことができた。途中でこの騒ぎを起こした中心人物らしき生徒を見かけたが、彼女は少し気になるセリフを残し早々に立ち去ってしまった。
「おや、連邦生徒会の子犬たちが現れましたか。お可愛らしいこと。じゃれてあげたいのは山々ですが、あの男が来ると面倒ですのでお暇させてもらいます」
あの男、とは誰のことだったのだろう。もしかしてリンちゃんが言っていた案内人のことかな?
だけどその疑問について考える間もなく、新たな脅威が立ちふさがる。
街中では馴染みの無いキャタピラ音が徐々に大きくなってくる。
「……うん? この音は?」
「気を付けてください、巡航戦車です!」
連邦生徒会のモモカちゃんだったか、彼女が戦車まで持ち出されていると言っていたけど、どうやらそれが目の前に現れたみたいだ。ハスミとユウカが話している内容から察するに、どうも不法に流通されたものが巡り巡ってここにあるらしい。
……キヴォトスだと戦車は普通に買えちゃうんだね、先生驚きだよ。しかしはてさて、対戦車兵装なんて持っていないけど、どう対処しようかな……?
なんて対策を思案していると、その答えも待たずに横からロケット弾が飛来しその戦車を吹き飛ばしてしまった。戦車は木っ端みじんになり搭乗者の生徒も放り出されている。すごい威力だったので乗っていた子たちが心配になったけど、どうやらアフロになっただけで済んでいるようだ。よかった。
「遅れてすまへんな。そこにおるあんたがシャーレのセンセやろ」
声のする方へ視線を向けると、そこには男がいた。巨大な十字架を肩に背負い、バイクにまたがっている。十字架の砲身から煙が立っており、恐らく先ほどのロケット弾は彼が放ったものだとわかる。
きっと彼がリンちゃんたちの言っていた案内人だろう。彼に声を掛けようと近付こうとするとハスミたちが私を守るように前に陣取り、彼に銃を向ける。
「葬儀屋ウルフウッド……あなたもワカモと同じように脱獄していたのですね。何が目的ですか?」
「だからセンセに用があんねんて。あと、なんか誤解してるようやけどワイはあの女狐達とちごうて脱獄なんてしとらへん。連邦生徒会がセンセの護衛を条件に仮釈放してくれたんや。せやから銃下ろしてくれへんかなぁ」
「連邦生徒会があなたを……? 本気ですか?」
<羽川さんの疑念も分かりますが、本当のことです。彼は連邦生徒会長が選出した、先生の護衛兼、シャーレの最初の部員です>
通信機のホログラム越しにリンちゃんが現れ、ハスミの疑問に答えてくれた。やはり彼が案内人で合っていたようだ。そして私の護衛としてシャーレに所属してくれるらしい。
彼がバイクから降りてこちらに近づいてくる。そして手を差し出した。
「ワイはアビドス高校二年……いや、この前三年になったんやった。ニコラス・D・ウルフウッドっちうねん。よろしゅうな! ちなみに葬儀屋なんてこいつらゆうとるけど、ワイは牧師や」
とても牧師には見えないんだけど……という言葉を飲み込み、彼の手を握り返す。
“ キヴォトスに赴任することになった戸狩っていうんだ。よろしくね、ウルフウッド ”
「トガリ……あ~、まあ、センセはセンセやろ。そう呼ばしてもらうで。いや~それにしてもあんた、キヴォトスの外から来たんやて? ヘイロー無いのにこんなとこ呼ばれてあんたも大変やなぁ! しゃーないからこっからワイが守ったるわ。仕事やしな!」
握り返した私の手をブンブンと振りながら随分陽気な雰囲気で彼は話しかけてくる。何というか、関西にいそうな陽気なアンちゃんという感じだ。ちょっとその関西弁は怪しいけど。でもさっきからずっと女の子だらけだったので――決してそれが嫌ってわけじゃないけど――同性の仲間ができるのは心強い。
しかし、先ほどのハスミとの会話から察するに彼もまた矯正局に入れられていた人物だという。しかも皆の警戒具合が先ほどのワカモという女の子よりも心なしか高い気がする。彼は一体何をしたのだろう……もしかして痴漢とかじゃないよね? いや、連邦生徒会が選んだ人選だし、さすがにそれは無いか。でもなんとなく聞きにくい空気を感じるので後で確認することにしよう。
――今はそれよりやることがある。リンちゃんから通信が来る。
<シャーレ部室の奪取完了。私もすぐ到着の予定です。建物の地下で会いましょう>
「ほな行こか、センセ」
“ うん、頼りにさせてもらうよ、ウルフウッド ”
私は先ほどまで指揮を執っていた子たちにお礼を伝えてから、ウルフウッドと共にシャーレ部室の地下へと向かった。
◇ ◇ ◇
シャーレの地下室にあるテーブルの前で、狐の面を付けた少女が立ちすくんでいた。視線の先にはタブレットのようなものがある。
「うーん……これが一体何なのか、全く分かりませんね。これでは壊そうにも……あら?」
その少女の後頭部にウルフウッドはハンドガンを向ける。
「この女狐。よくもまぁワイにスケバンども差し向けてくれたな。おかげで仕事に遅刻してもうたんやぞ」
ワカモは銃が向けられているにも拘らず振り向き、おくびれもなくウルフウッドと対面する。
「あら、わたくしは貴方がこちらへ向かっていると周りの方に喧伝して差し上げただけですわ。あんなに恨みを買っているあなたに問題があるのではなくて?」
「このアマ、いけしゃあしゃあと……」
ウルフウッドの引き金に指がかかるのを感じ取り、後ろにいた先生が横から顔を出す。
“ う、ウルフウッド、どうにか穏便にすませられないかな? ……えと、ワカモさんだっけ、こんにちは。ここの物を壊されるとちょっと困るんだ。できたらやめてもらえると助かるんだけど…… ”
先生を見て、さきほどの態度が嘘のように固まるワカモ。
「……あ、ああ……し、し……」
“ し? ”
「失礼いたしましたー!!」
面があるにも拘らず顔を手で隠しながら乙女のようにワカモは走り去っていく。そのあまりの豹変ぶりにウルフウッドも唖然としてしまう。
「……あいつに何したん? センセ」
“ ええ!? 普通に話しかけただけだよ!? ”
「ほんまかぁ? あいつのあないな態度、初めて見たで」
“ 本当だって! 君だって見てたでしょ ”
男二人がやいのやいの言い争っていると、先ほどの通信通り、リンがその場へ姿を現した。
「お待たせしました……あの、何か言い争っているようでしたが……?」
“ あー、ううん、大丈夫。気にしなくていいよ ”
「……? ならいいのですが……」
リンは二人の様子を訝しがりながらも、目的のものを手に取り先生へ差し出す。
「これが目的のものです。受け取ってください、先生」
“ これは……? ”
「これが連邦生徒会長が先生残した物。『シッテムの箱』です」
(どこかで聞いたことのある名前だ)
リンは説明を続ける。このシッテムの箱は見た目は普通のタブレットに見えるがその実は全てが謎の正体不明のものだと、先生なら起動でき、これでサンクトゥムタワーの制御権を回復できるのだと。
「……では、私は邪魔にならないように離れていますね」
先生は受け取ったシッテムの箱に手を重ねた。脳裏に浮かんだパスワードを入力する。
……我々は望む、七つの嘆きを。
……我々は覚えている、ジュリコの古則を。
◇ ◇ ◇
お前も邪魔をしないよう離れていろ、とでも言わんばかりの視線をリンから受けウルフウッドは近くにあった椅子へと腰掛ける。そしておもむろに懐から煙草を取り出し、それを吸い始めた。
「……あ~、うま」
「……ウルフウッドさん、目の前で堂々と喫煙するのはやめてください」
「ええやろ、別に。どうせここが禁煙かどうかもまだ決まってへんのやろ。しかもワイは学籍上二十歳や。なんも問題あらへん。せやから局長もこれ返してくれたんやで。大分渋い顔しとったけどな」
「だとしても目の前で吸われるのは……」
「わかった、わかったって……」
ウルフウッドは携帯灰皿を取り出し、吸っていた煙草をそこへ落とす。それと同じタイミングで暗かったシャーレの部室に明かりが灯る。
「お、どうやらセンセが上手くやったようやな」
“ ……リンちゃん、今サンクトゥムタワーの制御権を連邦生徒会に移管したよ。確認してくれる? ”
「わかりました、先生」
リンは通信機で連邦生徒会へと確認の連絡を取る。
「……はい、サンクトゥムタワーの制御権の確保が確認できました。これで行政管理を進めることができます。お疲れ様でした、先生。キヴォトスの混乱を防いでくれたことに、連邦生徒会を代表して深く感謝いたします」
“ どういたしまして。何とかなってよかったよ ”
「……それでは『シッテムの箱』も渡せましたし、私はここで……ああ、いえ、もう一つやることがありました」
リンは改めて先生とウルフウッドの前に立つ。
「お二人に連邦捜査部『シャーレ』をご紹介いたします。ついてきてください」
リンは先頭に立ちシャーレ内部を二人に案内していく。内部はかなり広く、教室や視聴覚室、体育館に図書館、射撃場まで完備されていた。小さい校舎といっても遜色ない機能のほかに、居住区まで設置されている。生徒の交流のためのカフェまで備えているようだ。
「ホンマ至れ尽くせりやなぁ。あ、この部屋ベランダも近いしワイ予約しとくで」
“ ここに住むの? ウルフウッド ”
「当たり前やないかい。ワイはセンセの護衛頼まれてんやで。毎日アビドスからこない遠いとこまで通えるかっちうねん。ガソリン代かてタダやあらへんのやぞ」
“ アビドス? よく知らないけど遠いところに家があるんだね。でもいいのかなぁ? ”
ちらりとリンを見る先生。なんとなく意図を察しリンは疑問に回答する。
「……確かにウルフウッドさんの仕事の性質上、ここに住むのは理にかなっています。それに仮釈放の身ですから居所が明確なほうが良いですし……経費等の申請をしっかりやっていただければ認められるでしょう」
「だそうやで、センセ」
“ それなら私から言うことはないよ。……というか、私もここに住んでもいいかな? 憧れの通勤ゼロ時間が…… ”
「あの、えと……どうするかは先生のご判断に任せます。とりあえず次の場所へ案内しますね」
リンはそう言うと案内を再開する。そして 『空室 近々始業予定』と張り紙の書かれた部屋の前で立ち止まった。
「ここがシャーレのメインロビーです。長い間空っぽでしたけど、ようやく主人を迎えることになりましたね」
先生とウルフウッドはリンに促されて中へと入る。そこにはガラス張りで開放感のある空間が広がっていた。壁際の棚には未開封の段ボールが積まれており、いかにも「これから」という雰囲気を醸し出している。
そして部屋の中央には先生用と思われる机が配置されており、その上には所狭しと書類が積まれていた。先生は苦笑いを浮かべながらリンに尋ねる。
“ 私はこれから何をすればいいのかな? ”
「それなのですが、シャーレは権限だけはありますが目標のない組織なので、特に何かをやらなきゃいけない……という強制力は存在しません。タワーでも説明しましたが、キヴォトスのどんな学園の自治区にも自由に出入りでき、所属に関係なく、先生が希望する生徒たちを部員として加入させることも可能です……」
「ワイは強制加入やけどな」
「ンンッ、ウルフウッドさんは特例ですので……ともかく、捜査部とついていますがその部分に関しては連邦生徒会長も特に触れていませんでした。……本人に聞ければよいのですが、連邦生徒会長は相変わらず行方不明のままですし……先生がやりたいことをされるのがよろしいかと」
“ 私のやりたいことかあ…… ”
「すぐに思いつかないようであれば、先生が先ほどから気にされているそちらの書類を確認してみてください」
リンが、先生がチラチラと見ていた机上の束へ手を差し向ける。
「今も連邦生徒会には様々な苦情が寄せられてきますが、生憎、私たちは連邦生徒会長を探すのに全力を尽くしてるため、キヴォトスのあちこちで起きる問題に対応できるほどの余力がありません。ですので……」
“ それ、もしかしてその苦情の束かい? ”
「シャーレで尻ぬぐいせいっちうわけか。……はぁ、ホシノがお前らの愚痴こぼすわけや」
「……気が向いたらで構いません。全ては先生の自由ですので」
リンは少し気まずそうにしながら「必要な時には、またご連絡いたします」とだけ告げ、その場を去っていく。
「で、センセ、どないするんや?」
“ そうだなぁ……あ、一つやること決めてたんだ。お説教だよ、ウルフウッド ”
「……は? なんでや?」
“ 君、リンちゃんの前で煙草吸ってたよね? ”
「あ~……いや、ちょい待ちセンセ! ワイは学籍上二十歳や! なんも問題あらへんで!」
“ だとしても生徒の前で吸っちゃ駄目! 喫煙者のマナーでしょ! ”
「別にここ禁煙やあらへんやろ!」
“ じゃあ今からシャーレは禁煙です! ”
「なあッ!? せめて、せめてベランダだけは許してぇな!!」
“ ……他の生徒がいないとき限定だよ ”
「おおきにやでセンセ! ホンマ、キヴォトスは吸えるところ少なくて敵わんねん……」
“ ……そうなのかい? ”
「せやで。屋内は基本アウト、屋外も限られたスペースでしか吸えへん。喫煙者は肩身狭いで」
“ まあ学園都市だしね。仕方ないよ…… ”
なぜだか気落ちするような仕草をする先生。その様子を見てウルフウッドはある考えに至る。
「……もしかしてセンセ、吸う人?」
“ ……禁煙しようとは、してるんだけどね…… ”
どこか遠い目をする先生。ウルフウッドは嬉しそうに先生に並び、その肩をバンバンと叩く。
「なんや、早よゆうてくれればよかったのに! ちょっとやったら奢ったるで! ほなベランダ行こか!」
“ ……一本だけだよ ”
説教どころか煙草の誘惑に負けてしまい、その情けなさに足取りの重い先生。新しい職場での憩いを早々に確保できて足取りの軽いウルフウッド。対照的な二人はそのままシャーレのベランダへと向かっていった。
◇ ◇ ◇
オフィスの簡単な整理が完了し、あてがわれていた自宅へと帰宅した先生は思い出したようにシッテムの箱を取り出しアロナに声をかけた。
“ ねえ、アロナ。少し調べて欲しいことがあるんだけど…… ”
「はい、先生。お任せください! 何を調べればいいですか?」
“ ……ウルフウッドがなんで矯正局に入れられていたのか、その理由を。どうも私には彼がそんなところに入れられるような人物に思えなくてね。気になっていたんだ ”
「わかりました、少々お待ちください。すぐに見つけちゃいますよ!」
笑顔を浮かべながら意気揚々と調べるアロナ。しかし「えッ……」という声を上げ、その顔から笑みが消える。
“ どうかしたの? ”
「……ウルフウッドさんの罪状を見つけたのですが、その……殺人罪、と……」
“ !?……詳しく教えてくれる? ”
先生は予想外の回答に驚きを隠せなかった。示される罪状と先ほどまで会っていた男の印象がどうしても結びつかず、先生は詳しい内容をアロナに聞き出す。
「……およそ半年ほど前、百鬼夜行連合学院という学園で連続殺人事件が起きました。ウルフウッドさんはその事件の犯人を殺害しています。ヴァルキューレの調書を発見しましたが、確認しますか?」
本来であればよくないのであろうが、それよりもウルフウッドのことが気になり先生はアロナから示された調書の内容を確認する。
“ これは…… ”
事件の流れは以下のようなものであった。
事件は百鬼夜行連合学院で発生。連続殺人事件の犯人は交霊研究会に所属していた生徒で、刃物店で刀を強奪し、店主含めた一般市民、追ってきた生徒、そして通報を受けて来たヴァルキューレの生徒を斬殺。たまたま百鬼夜行を訪れていたウルフウッドへ陰陽部から犯人確保の応援がかかり、そしてウルフウッドが犯人を銃殺した。
「……犯人を死に至らしめたのが、頭に二発、胸に二発撃ち込まれていた弾丸だったそうです。当時、ウルフウッドさんと一緒に現場にいたアビドス生徒会長の小鳥遊ホシノさんは正当防衛による無罪を訴えていましたが、当の本人であるウルフウッドさんが犯人への殺意を認め、四発の銃創も相まってその訴えは棄却されてます」
“ それでウルフウッドは矯正局に……? ”
「はい……先生、この事件には不可解な点が多いです。普通は刀や銃でキヴォトスの住人を殺害することはできません。無論、不可能という訳ではないのですが……死因とされている四発程度の弾丸ではあり得ないんです」
“ でもその犯人も、ウルフウッドもあり得ないことをしている、と…… ”
「本来ならこの事件はもっと精査されるべきです。……ですが、ウルフウッドさんの証言を理由に異例の速さで判決が下り、ウルフウッドさんは矯正局入りとされています。どうしてこんな……」
“ ……ねえ、アロナ。聞きにくいことなんだけど、キヴォトスで殺人事件はどれくらいの頻度で起きているの? ”
「はい? えと……あくまで公の話ですが、少なくともここ数十年は存在していません」
“ そっか。うん、それはとてもいいことだと思う ”
「先生、なぜそのようなことをお聞きに?」
“ ……多分きっと、みんな怖かったんだよ。わからないことが多すぎて。不可解な殺人方法も、そもそも殺人という行為そのものも……そしてそれができてしまうウルフウッドのことも。だから蓋をするように、この事件を早く終わらせたかったんじゃないかな? ”
「だから異例の速さで判決が下ったと? ……確かに、先生の言う通りかもしれません。実際、この事件はキヴォトスへ与える影響を考慮して連邦生徒会から報道規制がかけられています」
“ そうだったんだ ”
「はい。ただ人の口に戸は立てられません。結局、噂は広まってしまったみたいですが……」
“ それでシャーレ奪還の時のみんなはウルフウッドを警戒してんだね ”
「恐らく。それにあの方々は大なり小なり各学園の自治に携わる人たちでしたので、独自に調べていた方もいらっしゃったと思います」
“ ……色々分かったよ。調べてくれてありがとうね、アロナ ”
「いえ! この程度のこと何ともありません! もっと頼ってくれていいんですよ、先生!」
満面の笑みを先生に向けるアロナ。だがその笑みを少し曇らせ、アロナは先生に質問を投げつける。
「……先生は、ウルフウッドさんのこと怖くないんですか?」
“ …… ”
先生は少し間を置き、アロナに答えた。
“ 今はわからないっていうのが正直なところかな。彼とは今日会ったばかりだし、事件のこともこれが全てではない気がするし。ただ、無暗に彼を怖がって仲良くなれる可能性は潰したくはないとは思っているよ ”
先生の前向きな回答にアロナは笑みを取り戻す。
「……わかりました。では先生、明日からまた頑張れるように今日はもうお休みしましょう! 英気を養うのも仕事のうちですよ!」
“ わッ、もうこんな時間? そうだね、色々あったし今日はもう寝ようか ”
アロナに促され就寝準備を進める先生。その最中、ふとウルフウッドの持っていた巨大な十字架を思い出す。
――彼がずっと背負っていたあの十字架は、見た目以上に
万を持して先生登場。
戸狩先生の見た目は服や髪形が便利屋先生で顔や雰囲気がヴァッシュみたいな感じのイメージです。
ウルフウッドの仮釈放の条件が先生の護衛なのはメタ的なことを言うと先生の相方的なポジションにつけるため。じゃなきゃ先生と一緒にいる理由ないしね。
実際キヴォトスで殺人事件で起きてたりするんでしょうかね?
表沙汰になってないのであればそこそこあるんでしょうけど……