01_アビドスへ行こう
色々と慌ただしかった初日を終え翌日正式な初出勤としてシャーレのオフィスに入ると、ウルフウッドがコーヒー片手にトーストを食べていた。
「おはようさん。センセはもう朝食済ませたんか?」
“ いや、実はまだで…… ”
シャーレの一階にコンビニがあったのでそこで朝食を購入しようかと思っていたが、実はまだオープンしていなかったらしい。出鼻を挫かれてしまっていた。
「ちゃんと食える時に食ったほうがええで。冷蔵庫に色々入れといたから適当につまんだらええ」
“ ありがとう、そうするね。……ちなみにそのトースト少し分けてくれたりは…… ”
「アホか、これはワイのやっちゅうねん。自分で用意せえや。あ、ちなみにこれ領収書な。経費で落としてくれへんか?」
“ チェッ、ケチ……これ経費で落ちるのかなぁ? ”
領収書を所定の位置に置いて給湯室の冷蔵庫を漁る。ウルフウッドはパンを冷蔵庫に入れる派なんだ? なんてことを思いながら自身のトーストを用意していく。コーヒーはインスタントのものだ。食事と一緒に飲むときはブラックが好みなのでインスタントの粉を適当にコップに落としお湯を注ぐ。そうしている間にパンがトースターから飛び出ているのでそれにバター塗る。あれ、トースター昨日あったっけ? もしかしてこれもウルフウッドが買ってきたのかな?
気づけばウルフウッドと似たような朝食になってしまっていた。まあ同じ材料で同じ男が作るものだなんて似たり寄ったりだ。席に戻るとウルフウッドはもうトーストを食べ終えコーヒーを啜っていた。
「矯正局の飯もそないわるなかったけど、やっぱ開放感がちゃうな」
オフィスの椅子の背を倒してリラックスしているウルフウッド。正直彼の気分を害したくはないが、しかし聞かなければいけないことがある。昨日アロナに調べてもらった事件についてだ。彼との信頼関係を築いていくには聞くことは避けられないだろうから。
トーストをコーヒーで流し込む。口の中が苦さで満たされた。
“ ……なあ、ウルフウッド。昨日、君がなんで捕まっていたのか調べたよ ”
「……そか。まあ当たり前やろ。こない怪しいやつのこと調べんほうがどうかしとる。んで、どうした。怖なったんか?」
“ そうじゃない。あの事件には不可解な点が多くあった。だから詳しく知りたいんだ。君の口から ”
ウルフウッドは窓の外へ視線を移す。
「今日は快晴やな~」
“ はぐらかすなよ ”
彼は面倒くさそうにこちらへ視線を戻す。その視線は若干冷えたものになっていた。
「……あんなぁ、あれはもう過ぎたことやで。今更ワイから話聞いてどないすんねん。調べとったんやろ、書いてあったことが全部やで」
拒絶。ウルフウッドはあの事件について話してくれる気はないらしい。彼にとってはそういう類の話題のようだ。多分今はこれ以上聞き出すのは無理だろう。少し、焦ってしまったのかもしれない。
“ ……わかったよ。この話は終わりにしよう ”
「せやで、飯も食ったし仕事せな」
ぱっと笑顔を向けるウルフウッド。切り替えが早い。こういうところは彼は大人だと感じてしまった。
◇ ◇ ◇
ウルフウッドは用があるといって出て行ってしまったので、私は一人オフィスでアロナから紹介された手紙を読んでいた。そこへ用事から戻ってきたウルフウッドから声がかかる。
「あかんわ、センセ。データ全部吹っ飛んどった」
彼の用事とは新品のスマホの購入だった。過去の例の事件の際、彼のスマホは破損して使い物にならなくなっており、今後の業務のためにも新品のスマホの購入が必須であったからだ。その際に壊れたスマホからデータが吸い出せればよかったのだが残念ながらそうはいかなかったらしい。
「アビドスに連絡入れな思うとったんやけど、どないしよ……センセ、学校の電話番号わかるか?」
“ ああ、それなら…… ”
連絡先を調べようとして、ふと手を止める。先ほどまで読んでいた手紙の内容を思い出したからだ。
“ ……サプライズってことでさ、これから二人でアビドスに行かないかい? ”
「は? ……ワイはええけど、あっこは用事もないのに寄るようなとこやないで。シャーレの仕事はどうすんねん?」
“ そのお仕事でもアビドスに用があってね。ほら、これ見て ”
先ほどまで読んでいた手紙をウルフウッドに差し出す。
「なんやこれ?」
ウルフウッドは差し出された手紙を受け取り、内容を読み上げた。
連邦捜査部の先生へ
こんにちは。私はアビドス高等学校の奥空アヤネと申します。
今回はどうしても先生にお願いしたいことがありまして、こうしてお手紙を書きました。
単刀直入に言いますと、今、私たちの学校は追い詰められています。
それも、地域の暴力組織によってです。
こうなってしまった事情は、かなり複雑ですが……
どうやら、私たちの学校の校舎が狙われているようです。
今はどうにか食い止めていますが、そろそろ弾薬などの補給が底をついてしまいます……
このままでは、暴力組織に学校を占領されてしまいそうな状況です。
それで、今回先生協力いただければと思いました。
どうか、私たちに力を貸していただけないでしょうか。
「奥空アヤネ……面会の時にシロコから聞いとったけど、ホンマに後輩入っとったんか。こいつも物好きなやっちゃなぁ」
“ もしかして手紙くれた子とは面識はないの? ”
「あらへんで。さっき言ったシロコちうやつから、このアヤネと……確かセリカやったか? 新入生が入ったっちう話聞いただけや。それよりもなんや、この内容? こないなっとるなんて聞いてへんで」
“ あ、やっぱりこの状況も知らなかったんだね ”
「シロコが面会に来たんは最近やぞ。なんであいつこない大事なこと言わへんねん」
“ 多分だけどそのシロコって子、ウルフウッドに心配かけたくなかったんじゃない? 脱獄して手伝ってもらう訳にもいかないしさ ”
「いや、あいつは……まあええわ。ただ、それでもちょっとおかしいで」
“ 手紙の内容に変なところでもあるの? ”
「新入生はどうか知らんけど、残りの三人はかなりの腕しとる。少なくともアビドスにおるチンピラどもなんぞ歯牙にもかけへんはずや。せやからこない状況になっとることがおかしいねん」
“ そんなに強……ん、ちょっとまってウルフウッド。新入生二人に残り三人……もしかしてアビドスって君含めて六人しか生徒がいないのかい? ”
「せやで。まあそこら辺の事情含めて道すがら教えたるわ。道中長いしな、時間つぶしには丁度ええ」
要望のあった物資をウルフウッドのバイクに載せ、ヘルメットをかぶせられるとサイドカーに押し込まれた。ウルフウッドがアビドスまで送ってくれるようだ。補給物資で身を縮こませながら私は彼と一緒にアビドスへと向かった。
◇ ◇ ◇
都市部を抜けて道路が閑散としてきたころ。周囲の騒音も少なくなり会話に支障が無いと判断したのか、ウルフウッドから私に話しかけてくる。
「んで、センセ。センセはアビドスのことどこまで知っとるん?」
“ 昔はとても大きな自治区だったけど、気候の変化で街が厳しい状況になっているってことぐらいかな ”
アロナが教えてくれた情報を彼に話す。学校自体に関する情報は少なく、短時間ではこの程度を知るのが関の山だった。
「一応調べとったんやな……その通りや。んで、その気候変動のせいで莫大な借金抱えとるんは知っとるか?」
“ 借金!? 一体どういうこと? ”
「そこら辺から話そか」
ウルフウッドから話されたアビドス高等学校の現状に私は驚きを隠せなかった。大規模な砂嵐からの復旧のため悪徳な金融業者からの融資を頼らざるを得なく、それでも砂漠化は悪化の一途を辿り、結果として学校が八億以上の借金を抱えていること。そんな状況のため生徒たちも出て行ってしまい、残っている生徒はアビドス対策委員会というウルフウッド含めてたったの六人の部員たちしかいないこと。そして、連邦生徒会や周りの大人たちから見捨てられていること……
「これでもまだマシになったんやで。ワイが入学した時は生徒二人しかおらへんかったし、借金かてワイが入ってから一億ぐらいは減らせたんや。賞金首捕まえまくったりしてな」
“ 君が色々恨まれてるってワカモが言ってたけど、それって…… ”
「とっ捕まえた連中の逆恨みやな。スケバンの奴らからは特に恨み買っとる。あいつらのリーダーみたいなやつおってな、この前脱獄してしもうたけどそいつとっ捕まえたのワイやねん」
“ 報復とか大丈夫? ”
「そない心配せんでもええわ。ワイに手出すんは割に合わへんからな。さっきゆうたスケバンみたいのが少数や」
いや、数の問題ではないと思うんだけど……そういえばアロナから彼に関する追加情報で色々な自治区で暴れ……もとい活躍していたと聞いていた。その少数っていうのも本当か怪しいなぁ……
“ ……もしかして今アビドスが襲われてるのって、ウルフウッドが居なくなったからなのかなぁ? ”
「鬼の居ぬ間に報復ってか? 多分ちゃう思うで」
思った可能性を口にするが、それを彼は否定する。
“ わかるのかい? ”
「前にも何回かおうてな。ワイに敵わへんから代わりに学校襲ったろっちうアホが。ただそないな奴らは全員ホシノが返り討ちにしとる。それこそ二度とアホなこと考えんよう入念にな。せやから今学校襲っとる連中の目的が報復ちう線は薄い思うで」
“ なるほどね……ところで君が何回か口にしてるホシノって…… ”
ウルフウッドから何回か聞いたその名前。そして彼が捕まったあの事件の時、一緒にいたと調書に記載されていた生徒だ。
「ん? ああ、アビドスの生徒会長のことや。そう言えばまだ言うてへんかったな。小鳥遊ホシノゆうてな、ナリこそちっこいがえらいタフなヤツがおんねん。腕前もワイが知っとる生徒の中じゃ一番や。せやからあいつがおってチンピラごときに追い詰められとるっちうんがわからへん」
“ ホシノって子を信頼してるんだね ”
「腕っぷしだけはな。それ以外はまだ危なっかしいところがあるガキや。まあ他の二人よりはマシやけど」
“ その二人はどんな子なの? ”
「砂狼シロコっちゅうんと十六夜ノノミっちう後輩がおる」
“ シロコって子はシャーレで聞いた名前だね ”
「せやな。そいつのことから話すか」
ウルフウッドは正面を向きながら話を続ける。気づけば周りの景色に砂漠が目に付くようようになっていた。
「シロコっちうんは記憶喪失でな、名前以外わからへんって状態で見つけてん」
“ え、大変じゃないか!? ”
「せやからアビドスで保護したんや。んで、そのままアビドスの生徒になってん。変な知識ないから素直で吸収も早くてな、色々教え甲斐のあるやつやで。ただ、まあ常識も無いせいか危なっかしいところも多くてな、一番心配なやつでもある」
“ 危なっかしいって、騙されやすいとか? ”
「そない可愛げのあるもんやないで。この前なんかワイの脱獄計画立てて、差し入れに警備の配置を調べたメモ仕込んだりしたんやぞ。思考がアウトローのそれや。なんでそないなってもうたんやろ……」
“ それは……”
多分君のせいじゃないかい? 戦車をロケットランチャーで吹き飛ばすし、生徒の前で煙草吸うし、今だってバイクノーヘルだし……
「なんやねん、センセ」
“ いや、なんでも。それでもう一人の子は? ”
「なんか引っかかるな……もう一人は十六夜ノノミゆうてな。こいつは良いとこ育ちのお嬢様なのにわざわざアビドスに入学した変わり者や。いつも笑ってて雰囲気がええんやけど、箱入りだったせいか危機感が少ないっちゅうかゆるいっちゅうか、そんなとこがある。まあホシノもシロコも脳筋みたいなとこあるから丁度ええのかもしれんけど」
“ ムードメーカーみたいな子なんだね ”
「そんな奴や。とりあえず後輩の話はこんなとこやで。新入生のことは知らん」
“ シロコって子は新入生のこと何か言ってなかったの? ”
「あ~、確か、アヤネが真面目でセリカが元気があるって話しとったかな」
“ 確かにアヤネって子の文面、真面目だったね ”
「確かにな……ただ変わり者には変わらへん。こない借金まみれの学校にわざわざ入学するなんてな。センセかてそう思わへん?」
“ ……思わないよ ”
「ホンマか? ワイは正直アホや思うで。ガキがわざわざ学校の借金なんぞ背負う必要なんてあらへんのやで。アビドスなんて選ばんと、もっとええところにかて行けたやろうに」
“ それだけアビドスが大切なんじゃないかな? なにを大事にするか、何を宝にするか、それはみんなの自由だよ ”
「それで追い詰められてたら世話ないわ。妥協かて大事な生き方やで」
“ でもそれは子供に強要するものじゃないよ。ましてや周りが原因ならなおさらね。ウルフウッドだってそう思ってるからこの子たちに手を貸してたんじゃないの? ”
彼の口からアビドスへの否定的な意見が零れる。まるで今まで溜めていたものを愚痴るような言い方だ。確かにアビドスにこだわらなければ、転校などしていれば、ここの子供たちは借金返済に明け暮れるような青春など送らずに済んでいいたのだろう。まっとうな大人の意見だ。彼にリアリストな面があることが伺える。
でも、それでも君は彼女たちに協力してきたのだろう?
「……別にそないやないで。ワイにはアビドスしかアテが無かったちうだけの話や」
“ …… ”
「薄々感勘づいてる思うけどな、ワイもセンセと同じキヴォトスの外から来てん。センセとちごうて何故かヘイロー持っとるけどな。訳も分からずここにおって、なんの身分もあらへん素寒貧やってん。シロコと似たようなもんや」
“ 他の生徒と色々違うとは思ってたけど……君も外から来てたんだね ”
「せやで。 そんで、キヴォトスだと学籍が身分証みたいなもんでな。それが無いと口座も持てへんねん。んで、なんもあらへんワイが入れるんはアビドスぐらいやっただけや」
彼がアビドスに手を貸す理由としてはもっともらしいし、実際嘘でもないのだろう。ただそれだけではないとも思う。だって……
“ ……ウルフウッド、それはキッカケであって君がアビドスに残ってる理由は違うよね? ”
「どない意味や?」
“ そのままの意味だよ。君だってアビドスの生徒になった後、転校しようとすればできたんじゃないの? でも君はそれをしなかった ”
「……」
少しだけ彼は黙る。その間私に「なんやこいつ」とでも言わんばかりの視線を私に向けた後、再び視線を前方に戻し口を開いた。
「別に……世話になった分、ケツ持ちぐらいはしたらな思っただけやで」
彼の回答に思わず笑みをこぼしてしまう。
“ なんだかんだ言って君もアビドスが大切なんだね ”
「なにわかったような顔してんねん! 腹立つな!」
“ ハハハハ ”
やっぱり否定はしないんだ。彼のことはわからないことがまだ多いけど、少なくともアビドスもそこの子供たちも大切にしていることはよくわかった。今朝は拒絶されてしまったこともあったけど、やはり私は彼と仲良くなりたいと思う。
「チッ、まったく勝手なことぬかしよってからに……センセ、もうそろそろ着くで!!」
不機嫌そうに言うウルフッドが顎で指している方向を見ると、校舎らしき建物が見えてくる。やっと目的地に着いたようだ。遠いとは聞いていたけどここまで掛かるとは思ってなかった。運転してもらってた彼には悪いけど、サイドカーに慣れていないことも相まって体が凝り固まってしまっている。早く背伸びしたいなぁ。
「……すまへんけど少し飛ばすで」
“ え? ”
急に真面目なトーンでウルフウッドが声をかけてくる。彼の顔を見るとその目つきは鋭くなっていた。
“ ちょっとまっ ”
「舌噛まんよう口閉じとけ!」
有無を言わさず彼はバイクを急加速させ、アビドス校舎へ突撃するように向かっていく。そして校舎に近づいて私もようやく気づいた。
――アビドス校舎が襲われている。
実際利子だけで700万超える中で一億返すってどんだけ……と、自分で書いてて思いました。
2025/2/1誤字修正