「ユメ先輩、どこにいるんですか……」
ユメ先輩が失踪してから一週間が経った。掠れ掠れの通信で砂嵐に遭って遭難しているということはわかったが、先輩がどこにいるかはさっぱりだ。まずい。一週間というのは人を死に追いやるには十分な期間だ。最悪の可能性が頭にちらつく。
(もう付き合ってられません! 生徒会は終わりです!)
「……私のせいですよね? 」
先輩に八つ当たりで怒りをぶつけて、先輩を追い込んだ。それだけじゃない。リュック型の水筒を買っていれば、最新の携帯が買えていれば……私の行動が今のユメ先輩を追い詰める要因になっていた。罰が当たったのかな? ……でも、だったら、なんで私じゃないんですか? なんでユメ先輩が――
……ドォォオン
思考を遮るように音が聞こえる。これは……爆発音? 遠くで何かが爆発している。そちらの方角へ視線を向けると、上空で何かが爆発した跡が狼煙のように残っていた。
「……」
私は縋るようにその爆発のもとへ走り出していた。ユメ先輩があんな爆発物を持っているとは思えない。あれは無関係のものだ。自分の中の冷静な部分がそう判断している。それでもそこへの向かうことをやめることはできなかった。他にユメ先輩の手がかりはなにもないのだ。藁にもすがる思いで走る。
発射元へ近づいていくと人影が見えてきた。風で砂が舞っているせいで視界が遮られ誰かわからないが、確かにあれは人影だ。
「ユメ先輩!!」
その人影に声をかける。ユメ先輩なわけがない、そんなことわかっている。奇跡なんて起きるはずがない。それでも声を上げずにいられなかった。
「……ホシノちゃん? ホシノちゃん!! ひぃぃぃん、助けにきてくれたんだ!! ここだよッ! ここだよー!!」
幻聴かと思った。でも人影が手を振っている。あのアホっぽい仕草は先輩のものだ。ずっと見続けてきた、大好きな先輩のものだ。奇跡が起きたんだ!
「ユメ先輩! ユメ先輩!!」
砂煙をかき分け人影へ飛びつく。先輩を抱きしめ胸に顔をうずめる。良かった! 生きてる! 体温も心臓の鼓動もまだある! いつもの柔らかい……いや、なんか固いな……先輩、こんなに胸平だったっけ?
違和感を確かめるため顔を上げる。私が飛びついていたのはグラサンを掛けた男だった。
「……すまへん嬢ちゃん、水くれへんか?」
「誰だお前はぁ!!」
ドガッ
「ぐえッ!!」
思わず蹴り上げてしまった。急所に当たってしまったのかその男は股間を押さえながらうずくまり「アカン、ほんまに死んでまう……」と呟きながら悶えている。
「ホシノちゃん、なんてことするのぉ!?」
「ユメ先輩! 誰なんですかこの男は!?」
「ニコラス君は恩人なんだよ! 狼煙を上げてこの場所をホシノちゃんに知らせてくれたは彼なんだよ!? 」
「とりあえず水くれへんかなぁ!?」
奇跡は確かに起きたけど、ずいぶんと混沌とした奇跡だった。
◇ ◇ ◇
「いや~ホシノ言うたか。しょっぱな殺されかけた時はどないなるかと思うたけど、ホンマ助かったで。せやから……その銃向けるのいい加減やめてくれへんか?」
「うるさい、黙れ。なにが違う世界から来ただ、このエセ牧師」
「エセ牧師て……おお主よ、どこの世界も世間は思い込みと偏見に満ちています」
「あなたみたいな牧師なんているわけないでしょ!」
ウルフウッド、ユメの両名はホシノの案内でアビドス高校の校舎へと身を寄せていた。そこで水分補給などの手当てを受け、今に至る。その間ウルフウッドはユメに話した内容に加え、アビドスの設備や周りの景色などを見てここが自分のいた世界とは違う世界だと判断し、そのことも二人に話していたのだが……ホシノはその内容を信じられずウルフウッドに警戒を向け続けていた。
「まあまあ、ホシノちゃん。少なくとも困ってるのは本当みたいだよ」
「ユメ先輩は無警戒すぎます! こんな一人でテロ起こせそうな兵装持っている奴なんですよ!? どこかの刺客かなにかですよ、きっと!」
「刺客って、どこからの? 私達なんかを狙う人たちなんているのかなぁ」
「それは、その……」
「それにニコラス君みたいな生徒がいたら絶対に噂になってたりすると思うけど、検索してもそんな話見つからないし……私はニコラス君の言っていることは本当のことだと思うな」
「ユメはええ奴やなぁ。ホシノも見習ったほうがええで」
「あなたは黙っててください!!」
ジャキッ
「だから銃向けるのやめーや!」
「もう、ホシノちゃん! めッ!」
ユメに叱責されホシノはしぶしぶウルフウッドに向けていた銃を下げる。それを確認し、ユメはホシノの頭を軽くなでながらウルフウッドへと質問を投げた。
「ニコラス君はこれからどうするの?」
「それなんやけどなぁ……元の世界に戻れたらええんやけど、皆目見当つかへんねん。方法探すにしても、金もなんもあらへんし……」
ヴァッシュの決着の行方、泣き虫な弟分のこと、教会の子供たちのこと、元の世界への未練は山ほどある。帰れるのであれば今すぐにでも帰りたいのが本音だった。とはいえ、色々なデタラメを見てきたウルフウッドでも世界の移動など当然専門外であり、そのとっかかりすらサッパリだ。生きていれば腹も減る、金も要る。状況は割と詰みだった。
「それならニコラス君、提案があるんだけど……良かったらアビドスに入学してみない?」
「はぁ!? 正気ですか、ユメ先輩!」
「だってニコラス君どこにも所属してないわけだし、アビドスだってもう私達二人しかいないんだよ。私が卒業したらこのままだとホシノちゃん一人になっちゃうし……」
「ようわからんけどここに入学? ……するとなんかあるんか?」
「うん、私たちのいる世界、ここキヴォトスは学園都市でね、学籍がそのまま身分証明みたいなものになってるの。だから口座を作るにしても学籍が無いと不便なんだよ。それにニコラス君、学校行ったことないって言ってたでしょ。だったらここで学園生活を経験できたらなって思って」
「学園生活っちうんがどないかはよくわからへんけど、身分証できるのはええな。こっちの常識とかも教えて欲しいし……もしよかったらその提案に甘えさせてもろてええか?」
「駄目です」
「もう、ホシノちゃん! ニコラス君、困ってるんだよ。手助けしてあげようよ」
「せやで、『汝の隣人を愛せよ』の精神や」
「絶対それ使い方間違ってますよね!? ……はぁ、もうわかりましたよ。ニコラス、これからよろしくお願いします」
「よかったぁ。あ、そうだ! ニコラス君、これどうぞ」
ユメは自身のネクタイをほどき、それをウルフウッドに差し出した。
「ネクタイ?」
「制服の代わりだよ。その、男性の制服はアビドスになくて……その代わり。後で学生証も作るけど、とりあえずね」
綺麗な水色のネクタイ。水も少なく、空まで砂にまみれたノーマンズランドではあまり見かけない色だった。ウルフウッドはそれを手に取り、少し眺めてから身に着ける。
「……あんま似合うてへんやろ」
「そんなことないよ、とっても似合ってる! ……ニコラス君、アビドス高等学校へようこそ!」
「はぁ……じゃあニコラス、これであなたもアビドスの一員のとなったみたいですし、一緒に借金の返済頑張りましょうね」
「……ちょい待ち、借金? 何の話やねん!?」
その後、キヴォトスの貨幣価値を交えたアビドスの借金額という最初の授業を受けたウルフウッドは、身体が若返っていたの知った時以上の衝撃を受ける。
「……入学早々こないな借金って……詐欺やんこんなん」
「『汝の隣人を愛せよ』でしたっけ? もちろん協力してくれるんですよね、ニコラス?」
ホシノがウルフウッドへ初めて向けた笑みは意地悪なものだった。
ニコラス君(18)、アビドス高等学校へ入学