「静かだねー、さっきまでの戦闘が嘘みたい」
バイクのサイドカーに乗りながらホシノは言う。その目は砂漠の地平に日が沈んでいくのを眺めていた。
カイザーPMC基地での戦闘が終了した後、ヴァルキューレの二人は理事を連行していき、ヒフミもアビドスの面々に挨拶を交わすと野外授業組と共にトリニティへと帰っていった。ゲヘナの風紀委員たちもホシノの足の応急処置を終えるとゲヘナの治安が不安なのかそそくさと帰っていき、便利屋68は気づいたら姿をくらませていた。
先生はアビドスから借りっぱなしになっていたバギーにホシノ以外の生徒を乗せて、ウルフウッドのバイクに追従するように運転している。皆でアビドスの校舎へと向かっていた。
ホシノは目線を景色に向けたまま語る。
「ホント、ドタバタの連続だったね~。まだ何かあったりしないよね? 」
「縁起でもないこと言うなや。ワイかてもうクタクタやで。黒幕やったカイザー理事のアホも捕まえたことやし、流石にこれで打ち止めやろ。今後の処理とか色々あるやろがドンパチは一旦終いや」
「それもそっか。……それにしてもこれだけ目まぐるしかったのはニコラスがアビドスに来た時以来かな~」
「ここまでひどくはなかったやろ? 大体ハプニング起こしとったのはユメとお前でワイは尻ぬぐいしとった側やないか」
「え~逆でしょ? ユメ先輩とニコラスがハプニングの原因で私が後始末してたんだよ」
「ちゃうやろ」
「ちがうでしょ」
「……ふっ、くっくっくっく、ユメが原因いうんはお互い変わらへんな」
「ふふふ、そうだね」
ホシノは視線を景色からウルフウッドへ移す。
「……ほんと、色々あったね」
「なんやねん急に」
「いいじゃん別に。ニコラスとこうやって二人きりで話すのも久々なんだしさ~、少しぐらい思い出話に付き合ってよ」
「まあええけど……」
ウルフウッドはホシノの態度を訝しみながらも会話を続ける。ノノミが来た日、シロコが来た日、ユメの卒業式の時、ウルフウッドが知らないセリカとアヤネの入学時のハプニング。様々な思い出をホシノは話し続けた。
「ニコラスが矯正局に入れられてからさ、シロコちゃんとノノミちゃんが張り切ってくれててね。ニコラスほどじゃないけど賞金首捕まえたりして借金の返済してくれてたんだ」
「まああいつらには色々教えてやったからな」
「だけどさー、そのせいか少しアウトロー気味に育っちゃってねー。シロコちゃんは言わずもがな、ノノミちゃんも制止するより悪ノリしちゃう側でさー。ホント、誰の影響なんだろうね」
「だれのせいやろなー」
「うわー、白々しい。ちゃんと責任とってよね、先輩」
「まあシロコはセンセも交えて面談したらなと思ってたとこや。シロコが大人しくなればノノミも落ち着くやろ」
「ああ、そっか、先生もいてくれるんだよね。それならセリカちゃんもアヤネちゃんも安心だ」
「あの二人はマシやろ。セリカはもうちょい観察力を身に着けた方がええけどな」
「アヤネちゃんも色々溜め込んじゃったりするところがあってねー。ニコラスは知らないけど、定例会議でおふざけしてたらアヤネちゃんがテーブルひっくり返したことが何回かあったんだ」
「それ悪いのお前らちゃうんか? なにやってんねん、先輩」
「いやほら、アビドス砂祭りの目玉を色々考えててさ。やっぱりみんなが笑えるようなのがいいじゃない? それでノノミちゃんがアイドルやろうとか言いだしたりしてね~。私がやるのはあれだけど、セリカちゃんもアヤネちゃんもカワイイからきっとアイドル姿似合うと思うよって盛り上がっちゃってね。いやあ、
「アイドルとかよう分からんけど、これでひと段落着いたわけやしやってみたらええんちゃう? 」
「……それがさ、駄目なんだニコラス」
もうアビドス高等学校の校舎が目前にまで来ていた。そしてウルフウッドが気づく。校門の前に黒塗りの車が止まっていた。校門の前まで到着すると皆が乗り物から下車して黒塗りの車の前に立った。そして、その車から黒服が姿を現す。
「クックックック、皆さん、お疲れ様でした。御無事でなによりです」
パチパチパチと手を叩きながら皆の前に立つ黒服。ウルフウッドが一歩前に出る。
「なんの用や黒服? 商談やったら乗る気は無いで。さっさと失せろ」
「問題ありません、ウルフウッドさん。商談はすでに完了していますので。そうですよね、ホシノさん? 」
ホシノは俯いたまま、無言で黒服の居る側へと歩いていく。
「おい!! ちょい待てホシノ!! どういうことやっ!? 」
「簡単なことですよ、ウルフウッドさん。彼女たちの脱出を手伝い、あなたたちに危機を知らせる。その対価としてホシノさんの身柄をいただく契約をさせていただきました」
ウルフウッドは黒服の胸ぐらをつかみ、ハンドガンをその額に突きつける。
「ええ加減にせえよ、おんどれっ! 」
しかし黒服はそこまでされても狼狽えもせず、ただ淡々と喋りを続けた。
「ああ、私を害することは止めておいた方がいいですよ。『契約』はキヴォトスにおいて特別な意味を持ちます。契約が不履行になった場合、ホシノさんに何が起きるか私でもわかりません」
「なにを……」
「現にホシノさん、今あなたは体の自由が利かないのでは? 」
ウルフウッドがホシノを見ると、ホシノは首を横に振る。
「……黒服の言う通り、駄目みたい。多分黒服についていくって行動以外が制限されてるのかな、これ……? 」
「ええ、その通りです。お判りいただけましたか、ウルフウッドさん。これ以上は無駄ですので手を放していただけると助かります」
「……チッ! クソッたれが!! 」
ウルフウッドは黒服を射殺すような視線で睨みつけながらも手を放し、銃を下ろす。他のアビドス生徒も同じように黒服を睨みつけていたが黒服は襟を正しながらそれを一瞥し言い放つ。
「おお怖い。ですがこれは契約ですので仕方のないことです。納得いただくしかありません。では行きましょうか、ホシノさん……」
黒服が車の後部座席の扉を開けホシノに中に入るよう促す。ホシノが乗り込むために再び歩こうとした時だった。
“ ちょっと待ってもらっていいかな黒服? ホシノとの契約、検めさせてもらってもいい? ”
待ったをかけるように先生が契約確認を黒服に申し出る。
「先生……? ええ、構いませんとも。契約書はこちらになります。くれぐれも大切に扱いください」
“ わかってるよ ”
先生が黒服とホシノが交わした契約書を読み込み始める。暫くして、「なんやねん、もぉ! 」と苛立ち始めたウルフウッドを制しながら先生は黒服に尋ねる。
“ ねえ、黒服。この契約だとホシノの退学を確認してから貴方がホシノたちを助けるっていう約束のように読めるけど、それで合ってるかな? ”
「ええ、その通りです。ホシノさんの退学届けはこちらに……ちゃんと現生徒会長のノノミさんのサインもありますよ」
“ ホシノの退学届けはそれだけ? ”
「はい? ……何が言いたいのですか、先生? 」
“ 黒服……それだけじゃ駄目なんだよ。それだけだったらホシノはまだアビドスの生徒のままだ。貴方はホシノがまだ退学していないのに行動したことになる。だからこの契約は履行できないよ ”
「……なにを……おっしゃっているのですか? ホシノさんの正式な退学届けならここあると言いましたが? 」
黒服が心底理解できないといった感情を声に滲ませる。先生は不敵に笑った。
“ 私もこれを知ったのは本当にたまたまなんだ。カイザーを訴える準備の中でアビドスの校則とかを調べていた時に、本当にたまたま知ったことなんだけど……対策委員会の会則にこんな記述がある。『アビドス廃校対策委員会は学外の者でも会員になることができる。そして会員はアビドスの生徒として扱う』ってね ”
「「あっ! 」」
ホシノとウルフウッドが同時に驚きの声を上げた。思い出したのだ。まだアビドスに入学していなかったシロコとノノミを対策委員会の会員にするための条文を、ユメが作っていたことを。
“ だから黒服、ホシノがアビドス高等学校の退学届けを出しても対策委員会を辞めたことにならないし、対策委員会を辞めてなければホシノはまだアビドスの生徒なんだよ。対策委員会の子たちがアビドスを退学するには対策委員会も退会しないと駄目なんだ。そして当然、顧問の私はホシノの退会届を受領してないよ ”
先生の言葉を聞き、ホシノは何かを確かめるように手を何度かグーパーさせる。
「……動ける? 体の自由が、戻った……」
黒服もホシノに視線を移し、それを確認する。
「なるほど……なるほど。認識変化によるギアスの上書き、それを可能にする生徒と先生という関係性……中々に厄介ですね。先生のおっしゃる通りこの契約は不当なものとなり破棄されました。ホシノさんは自由です」
ホシノは顔を上げる。
「……みんなッ」
「「「「ホシノ先輩ッ」」」」
そして皆の元へ歩き寄ろうとするが、それよりも先にアビドスの生徒たちがホシノへ駆け寄り抱きしめていた。ホシノは皆にもみくちゃにされながらも「うへへ……」と笑う。それを横目に見ながら黒服は先生へにじり寄った。
「先生、私はあなたのことが気に入りました。どうでしょう、ゲマトリアに協力する気はありませんか? 」
“ 貴方はあの子たちを騙し、心を踏みにじり、その苦しみを利用しようとした。そんな人たちに協力する気は微塵もない ”
「ふむ……誤解いただきたくないのですが、確かに私たちの行動は善か悪かと問われれば悪でしょう。しかし、少なくとも私がしてきたのはルールの範疇です。持つものが持たざる者から搾取する。知識の多いものがそうでない物から搾取する。ありふれた景色の一つです。なにをそんなに嫌悪されるのですか」
「それが正しいゆうなら、ワイがこのまま引き金引いても問題あらへんな? 」
ウルフウッドが黒服のこめかみにハンドガンを突きつける。
「……あなたもあなただ、ウルフウッドさん。あなたの力があれば、その『
黒服の問いに、先生は諦めを含んだ笑みで答える。
“ 奪うことをありふれた景色と言えてしまえる貴方には、言っても理解できないと思うよ ”
先生からの明確な拒絶。それを理解し黒服は一歩下がる。
「……そうですか。ゲマトリアとは相容れないと……残念です先生」
そして自らの車の方へ向かいながら告げる。
「ウルフウッドさん。
「おい黒服! マスター・チャペルはゲマトリアにおる言うんか!? 」
「前にも言ったはずです、詳しくは話せないと。……では、さようなら」
黒服は車に乗り込み、その場から去っていく。先生とウルフウッドは厳しい表情のまま、それを眺めることしかできなかった。そんな二人に生徒たちが駆け寄る。
「先生、それにニコラスもさ……色々思うことはあるかもしれないけど、とりあえずこれで本当に一件落着したわけだし、そんな顔しないで。ほら、スマイルスマイル」
応急処置のみでまだ傷が痛むであろうホシノが満面の笑みを二人に向ける。それを見て先生とウルフウッドは互いに視線を交わしたのち、肩の力を抜いて表情を崩す。
“ 確かにホシノの言う通りだね。今度こそ、一件落着だ ”
「流石にしんどいで。今日はもう寝かせてくれ」
「私も包帯変えたいし、いったんみんなで校舎に戻ろうか」
再びバギーとバイクに乗り込もうとする面々、しかしそれをノノミが止める。
「ちょっと待っていただけますか? せっかくですし、あれをしましょう! 」
「あれって?」
「こうやってみんなで校門の前に並んでですね~」
質問を上げたセリカを筆頭に、ノノミが皆を校門の入り口に横並びで並べていく。
「はい、そしたらですね~、みんなで同時に一歩踏み出して『ただいま』って言うんです☆」
「ん、いいね」
「何それ、恥ずかしい! 青春っぽい!! 背筋がゾワってする!!! 」
「おいノノミ、なんでそないなことすんねん? 」
シロコが肯定しセリカとウルフウッドが反対するが、ノノミは強権を行使する。
「今は私が生徒会長なんですよ! これは命令です♪ 」
「あはははは……」
「それなら仕方ないか~」
アヤネとホシノが肯定の意を示し反対派は少数となった。ノノミは隣同士で手をつなぐよう指示し、セリカもウルフウッドも渋々従う。そして皆が横並びになり手をつなぎ終えるとノノミが朗らかな声で合図を発声する。
「それでは皆さん、行きますよ~」
皆で同時にアビドスの校舎へ、自分たちの居場所へとその一歩を踏みしめる。
「「「「「“ ただいま ”」」」」」
「……ちょっと、今ニコラスだけ言ってなかったでしょ? 」
「……いうたで」
「ニコ兄、嘘は駄目だよ」
「ニコラス先輩ずるい! 私だって恥ずかしかったのに! 」
「ニコラス先輩……」
「駄目ですよニコ先輩。ニコ先輩だけやり直しです」
「あ~もううっさいわボケ!! 今日はもう終いや終い! 」
それはアビドスの日常が帰ってきた瞬間だった。
『契約』にこんな力があるのか、先生の反論は本当に可能なのか、正直よくわかっていません。
私は雰囲気で小説を書いている。