グループストーリー:復学支援部01_復学支援部発足
シャーレオフィスの入口に三十名ほどのヘルメットを被った集団がたむろしていた。各員が緊張した雰囲気を纏っており、これからシャーレを襲撃でもするかのような空気すら感じられる。
そしてリーダーと思わしき人物が引き金に……ではなくドアホンのボタンに指を当てた。
ピンポーン
“ はーい、みんな待ってたよ。ドアは開いてるから入って入って。すぐ迎えにいくから ”
気の抜けた大人——先生の声に促され、ヘルメットを被った集団——元カタカタヘルメット団たちはシャーレの中へと入っていった。
◇ ◇ ◇
ニコニコ顔の先生に連れられ一団はシャーレ内にある教室へと案内される。生徒の自習室として解放したはいいものの、シャーレの知名度の低さも相まって閑古鳥が鳴いていた教室が初めて生徒で埋め尽くされた。先生は教壇に立ち皆の視線を集める。
ちなみにキヴォトスに来て初めて教壇に立ったため先生は若干テンションが上がっていた。
“ みんな、こんにちは! 改めてシャーレにようこそ。私がシャーレ顧問の戸狩です。これからよろしくね! ”
先生の朗らかな挨拶。長らく触れていなかった陽の雰囲気に眩しさを感じつつ、元カタカタの生徒達も「よろしくお願いします! 」と元気に挨拶を返す。
先生は笑みを崩さず話を続けようとするが、教壇横の椅子に座っていたウルフウッドがツッコミを入れる。
「……お前ら、挨拶はええけどヘルメット脱げや。センセもなんでスルーしとる? 」
“ いやあ、何か事情あるのかと思って…… ”
「んなわけないやろ」
「いや、そんなことは……」
先生とウルフウッドが声の主を見る。発言をしたのは席の最前列に座っていた生徒だった。ウルフウッドは呟いた生徒に尋ねる。
「どんな理由やねん? 」
「あ、アイデンティティ……的な? 」
「もうヘルメット団ちゃうやろ。却下」
「却下って……」
却下された生徒の横にいた生徒が発言する。
「こういうファッションなんすよ」
「マナーの問題や、却下」
「じゃあ、あんたのグラサンはどうなんだよー!? 」
「これで文句無いな? 」
ウルフウッドはサングラスを外して胸ポケットにしまう。またその横の生徒が発言する。
「あの、えと……恥ずかしくて……」
「言えたやないか、なら大丈夫やな。却下」
「え、ええ……」
「横暴だー」
「いーじゃんべつにー」
「これだから大人はー」
生徒達からウルフウッドへ非難が集中する。
「なんやねんお前ら! ヘルメット脱げばええだけやないかい!! 」
手をピコピコさせながら喧嘩腰になるウルフウッド。そんな彼を先生なんとかなだめ教壇で咳払いすると生徒たちに再び笑顔を向ける。
“ ヘルメットを脱ぐのがどうしても嫌なら強要はしないよ、理由も聞かない。……ただ私としてもみんなの顔を覚えたいし、できたらヘルメットを脱いで顔を見せてくれると嬉しいかな? 君たちと向き合いたいんだ ”
——トゥンク
何人かの生徒の鼓動が高まった。
普段見向きもされてこなかった自分たちに「向き合いたい」と言ってくれる大人。ちょっぴり困ったようなはにかんだ笑顔。一部にとってそれは劇薬だった。
頬を赤らめながら一人、また一人とヘルメットを脱いでいく。最終的にはクラス全員がヘルメットを脱いでいた。
「なんやねんこれ、やっとられへんわ」
“ はははは…… ”
ふて腐れるウルフウッドを横目に見ながら、先生は「北風と太陽」を思い出していた。
そんなひと悶着を終え先生は再び元カタカタヘルメット団を集めたことへの説明を再開する。
“ ウルフウッドから君たちの状況はある程度聞いてるよ。学籍が無い子が多いことも……だから、シャーレでは君たちの復学を支援しようと思ってるんだ ”
先生はウルフウッドやアビドスの生徒たちからキヴォトスについて色々聞き出していた。キヴォトスの子供達にとって学籍が身分証明書の様なものであり、これがなければ口座も持てないこと。信用も無いためまともな仕事にもありつけず、先のアビドス襲撃のような犯罪の手先になりやすいこと。
そして改めて先生が調べて愕然とした実情。キヴォトスには目の前彼女たちのような子供を救済する仕組みがほぼ皆無だったのだ。ヴルキューレでの更正処置もあるにはあるが社会復帰まで支援するわけでも無く、また大人達も手を差しのべるどころかそういった子達を騙して利用する始末。それにより一度転げ落ちると社会復帰が難しい環境が醸成されてしまっていた。
そんな中落伍者が集まってヘルメット団やらスケバンやらになるのだが、そういったコミュニティからもつま弾きになってしまった者はいよいよどうしようも無くなってしまう。どぶ泥の底へと落とし込まれ、未来どころか明日の切符も無くなってしまう。それがキヴォトスの実情だった。
“ 具体的にはこの後、個人面談をさせてもらおうと思ってる。そこで一緒にこれからの進路を考えよう ”
それを聞いて生徒の一人が申し訳なさそうに手を上げる。
「あ、あの、先生……正直私、将来のこととかなにも思い浮かばなくて……」
何人かが同調して頷く。
“ それならそのことを教えてくれれば大丈夫だよ。他には……何か好きなこととか……なんでもいいんだ。面談で話したことを切っ掛けにして君たちに合った学校を探そうと思ってる。私たちがいれば学校見学もできるしね ”
さっきとは別の生徒が手を上げる。
「あの〜、あたしどうしようもない馬鹿で勉強できないんすけど……」
“ 支援の一環で勉強も教えてあげるから大丈夫だよ。シャーレなら各学校の教材を取り寄せることもできるからね。みんなの学力に合った学校もあるはずだし、そこは一緒に擦り合わせていこう ”
そこまで聞いて教室内がザワザワし始める。
「まじか、お前どこ希望する?」
「私は〜……」
「私でも、やり直せるのかな……?」
路地裏から見ていたあの光景……友達と談笑する生徒達、スイーツに舌鼓をうつカフェテラス……あの陽だまりへ行けるのだろうか? 行きたいところがあったんだ……そんな会話が広がっていた。
このまま私語を続けられると話を先に進められないのだが、表情に明るさを取り戻している生徒たちを見ると注意する気も失せてしまう。もう少し、もう少しだけ……と、先生は笑みを浮かべながらその様子を眺めていた。
しかしある生徒の発言でクラスは静まる。
「……先生は、なんでそこまでしてくれるんですか? 」
皆が同じ思いを感じていたのか自然と会話が静まり先生に視線を向けていく。その視線には様々な感情が籠められていた。期待、疑惑、不信、不安……
彼女達は様々なものに何度も裏切られてきた。大人に騙されたことも二度、三度では済まない。だからこの降って沸いたような状況に大なり小なり戸惑いがあった。先生を信頼していいのか分からなかった。
先生は生徒たちの視線からそうしたことを感じ取り、彼女らの境遇に胸を痛めながらも答える。
“ 私は……みんなの先生だからね ”
「いやセンセ、こいつらバカなんやからそれだけで分かるわけないやろ」
“ え!? ”
万感の思いを乗せた一言をあっさりとウルフウッドに否定され落ち込む先生。
「空気読めー」
「先生が可哀想だろー」
「バカとはなんだバカとはー」
再びウルフウッドに非難が集中するが「だまらっしゃい! 」の一言で無理矢理静める。
「センセ、あれやあれ。センセになったきっかけの話したれよ」
“ え、あれかい? まぁ、うん ”
先生は軽く咳払いすると再び真面目モードのスイッチを入れた。
“ ……私も昔、君たちみたく何処にもいく宛が無くなってしまった時があったんだ。でもそんな時に未来の切符を分けてくれた人がいた。その人に言われたんだ。『いつか君が大人になった時、同じような子供がいたらその切符を分けてあげてくれないか?』って……私はそれが今だと思ってる ”
生徒達は先ほどの雰囲気が嘘みたいに静かに傾聴を続ける。
“ 君たちの経緯を考えると私の話を信じるのは難しいと思う。それでもこの未来が書ける白紙の切符を受け取って欲しいんだ。行き先を一緒に探して行こう ”
ウルフウッドが補足をするように後に続く。
「ええか? そもそもお前らどうこうしよう思うたらな、こんな回りくどいことせずワイが力ずくで従わせとるわ。そっから察しろっちうねん」
そして先生を指差す。
「んでな、世の中にはどうしようもない悪人もおるが、ほんまにどーしようもないお人好しも確かに存在すんねん。わかっとる思うけどな、横のアホがその一種や」
“ 一種って……珍獣じゃないんだから ”
「お人好し属の珍獣はだまっとれ」
“ 君さっきからひどくない!? ”
再び落ち込む先生を無視してウルフウッドは生徒達に向き直す。
「……とにかくやな、
生徒達に問うウルフウッド。生徒達は静かなままだった。しかし先ほど自分を馬鹿だと述べた生徒がその静寂を破る。
「あ、あの……分水嶺ってなんすか? 」
ウルフウッドはずっこけた。先生が苦笑いを浮かべながら説明する。
“ えと、物事の方向性が決まる分かれ道のことを言うんだけど……ここでは君たちの将来かな、それが決まる別れ道だってウルフウッドは言いたかったんだよ ”
「ああ、なるほど! すげーわかったっす先生! ウルフウッドさんももう少し分かりやすく言ってくださいよ〜」
「知るかボケェ! 」
クラスが笑いで満たされる。出ていく生徒はいなかった。
◇ ◇ ◇
人数もそれなりにいるため面談は数日にかけて行うことを通達し、また全員がまともな場所に住んでなかったのでシャーレ居住区へ住むことが決定したあたりでウルフウッドが思い出したかのように告げる。
「後はお前らの仕事の割り振りやな」
「え、働くんすか? 」
「当たり前やろ。まさかお前ら、全部タダやと思うとったんか?シャーレにそんな金有るわけないやろ」
「こんな立派なオフィスあるのに!? 」
「嘘だー」
「騙したのかー」
「ちゃうわ! むしろこんな立派やから維持管理とか色々かかんねん。センセなんかセミナーのやつに財布のひも握られてしまうぐらいにカツカツやねんぞ」
「先生……」
「おいたわしや……」
先生に憐憫の目が向けられる。
“ 違うよウルフウッド! それはまた別の話だから! ”
「ヒソヒソ、握られてるのは本当なんだ」
「ヒソヒソ 、マジか? セミナーやべえな」
「とにかくやなぁ、働かざる者食うべからず、お前らにも働いてもらわんとアカンねん」
生徒が質問する。
「でもあたしらまともな仕事つけないんだけど……」
「普通に稼げてたらここにいないしな」
「それな」
ざわつき始める生徒達。ウルフウッドは手で制するような素振りをしながら「 まあ待て」と生徒達を静める。
「ちゃーんと考えとるわ。なあセンセ」
“ うん。みんなにはこの施設の維持管理とか警備の仕事を頼みたいんだ。用務員や警備員の代わりだね。浮いた人件費を君たちの支援費用に回せるし、大金とは言えないけれどバイト代も出せるから。シフトを組んで仕事が無いときに勉強とか学校見学とか復学の活動をするっていうのが今後のサイクルになると思う ”
「な、全員で手を動かせばカツカツでもやりようあるっちうことや」
実際、これは更正の一環でもあった。
学籍がなければ身分保障も無い彼女達は通常ならまともな仕事にありつけないが、シャーレで預かる生徒にシャーレの仕事をさせるなら何も問題は無い。そしてシャーレオフィスには多種多様な施設があるため、逆をいえばいくらでも仕事がある。なので仕事を安定して供給することができる土台があった。
まともかつ安定した収入があるのと無いのでは心の余裕が全く違う。それがあれば犯罪へ再び走ることもない。それゆえの提案だ。
「なるほど……」
「あれ、いつもとそんな変わんなくね? 」
「え、それで金貰えるの?」
彼女たちもヘルメット団時代にアジトの整理やら警備の哨戒をしていた経験があるのでやること自体は初めてではない。故にこの提案を断る理由は彼女たちに無く、むしろ楽な仕事で金が貰えると浮き足だっていた。そんな浮かれている彼女達にウルフウッドが釘を差す。
「金出すんやから真剣にやれよお前ら」
「「「はーい」」」
“ じゃあウルフウッド、部長として監督頑張ってね ”
そしてウルフウッドに先生が釘を差した。完全な不意打ちを食らったウルフウッドはギギギギと首を鳴らしながら先生へ向く。
「ちょい待て、聞いてへんぞ」
“ あ、言い忘れてた。でもこれ部活動として申請するから部長が必要なんだよね ”
「せやったらメイにやらせたらええやないか」
「えっ、あたし!? 」
元カタカタリーダーの片岡メイを指差すウルフウッド。しかし先生はそれを却下する。
“ 駄目だよ、この活動は生徒の自立が目標なんだから部長にして部活に縛り付けたら本末転倒じゃないか。それにシャーレに住んでて施設にも詳しいのはウルフウッドだろ? 君以外いないんだよ ”
「でもやなぁ……」
“ それにウルフウッド、さっき『金出すから真剣にやれ』って彼女たちに言ったよね? 君にも給料出てるんだからやってよ ”
「それはセンセの護衛の金や!! 」
“ でも君、その仕事ちょいちょい他の生徒に任せたりするよね ”
「そ、それはそれで訳が……いや、そもそもセンセかてワイに色々仕事押し付けてくるやないか! 」
野郎二人が子供みたいな言い争いを始め、生徒達に不安が広がる。
「なんだこの喧嘩」
「止めた方がいいのかなぁ……? 」
「この人達に着いていって本当に大丈夫か? 」
それに気付いた二人は一旦言い争いを止め、咳払いをして姿勢を正す。先生が再び教壇から生徒に向けて喋り出す。
“ ……と、とにかくこの『シャーレ復学支援部』は今日から始動だよ。私たちも初めてのことで至らないことがあるかもだけど、一緒に歩んで行けたらと思う。なにか分からないこととかあればウルフウッドに聞いてね ”
「おい、どさくさに紛れてワイを部長にする気やろ!? 」
“ 違うって! とりあえず部長が決まるまでの代理だから ”
「ホンマやな!? 嘘ついたら承知せえへんからな! 」
(……本当に大丈夫かな……)
復学支援部の記念すべき第一回目の集まりは、なんとも締まらない雰囲気のまま終了した。
ちなみに問題の部長だが、先生が届け出を書類に紛れ込ましてウルフウッドにサインさせ、見事彼に決定する。部長最初の活動はたんこぶを生やした先生を横に連れ「ええかお前ら! こんなアホする大人には気を付けるんやで! 」という注意喚起の説教だった。
シャーレを一番必要としているのってこういった子供たちなんじゃないかな?
というわけで発足しました復学支援部。
先生も先生らしい仕事ができてうれしそうです。