――羽が舞っている。
不思議な夢を見た。ありとあらゆる記憶が流れ込んでくる、その記憶の節々に赤いコートの男が映り込んでいる、そんな夢。その記憶の中に泣き虫な……いや、泣き虫だった弟分の姿を見つけた。
「さてはじめようか。ちなみにこれを着た僕は相当強いと思う」
「あんたは負ける。俺と、ラズロと、あの人に負けるんだ」
(少し会わんうちにずいぶんと男前になったな、リヴィオ……)
「…すみませんね…遠くから来た客人にこんな無礼を…でもそれだけはさせられない。色々あるでしょうが、今は彼を…僕らを…信じてください」
(……トンガリ助けてくれたんか……ホンマ――)
「――やるやないけ、くれたるわ合格点。でもまだまだやで、泣き虫リヴィオ。駆け上がれ、これからも」
夢はブツリとそこで途絶える。スイッチを切り替えるような奇妙な目覚め。
「……なんやったんや、あの夢」
現実離れしているのに随分と生々しい、妙な夢だった。自分の願望が混ざっているのかずいぶんと内容も都合がいい。
(元の世界がホンマにあーなっとったら、色々安心できるんやけどな……)
そんなことを思いながら大きなあくびをする。窓から差し込む光が強く、時間を確認するとその針は十三時を指していた。
「あかん、寝すぎた。すぐ受け取るゆうとったのに……」
ウルフウッドは約束してたものを受け取るために急いで身支度を整え家から飛び出す。彼のヘイローから一枚の羽根が零れ落ちていた。
◇ ◇ ◇
アビドス郊外を十字を背負うバイクが走っている。それはウルフウッドが今後の活動の足として、近場の犯罪者を捕まえた賞金により購入したものだった。荷物や人も乗せれるのようにサイドカーも付けている。おろしたての新車の試運転の最中だ。
「やっぱええな。購入して正解やわ」
新車を堪能し一息つく。バイクのシートに軽く腰掛け、煙草に火を付ける。そして煙をふかしながら廃墟の一角に視線を向けた。
(なんか見られとるな……数は一つか? こないだの奴のお礼参りっちうわけでもなさそうやな)
「……そこに誰かおるんはわかってんで、出てこい」
身を潜めている相手がびくりと反応したのをウルフウッドは感じ取る。瞬間、その相手は廃墟から飛び出してウルフウッドへ銃撃を仕掛けてきた。
「ちょ、要求もなしか!?」
相手は小柄で素早い、がウルフウッドにとってこの程度の相手を捕えるのは容易いことだった。初弾をパニッシャーで防ぎ、相手がその巨大な十字に気を取られている隙にそれを手放し跳躍、相手の背後に回りそのまま組み伏せる。そして相手の頭部にハンドガンの銃口をわざとらしく当てた。
「チェックメイトっちうやつや……って……」
組み伏せた相手はホシノぐらい小柄な犬耳の少女だった。身なりもボロボロでまるで浮浪者のようである。それを見てウルフウッドは少女を拘束していた手を思わず緩めてしまった。少女はウルフウッドの拘束から這い出ると、再びウルフウッドと相対する。拘束された際に落としてしまった武器はまだその手にはなく、どうするか攻めあぐねているといった様子だ。
「……はぁ、おまえ、タイミング悪すぎやで」
ウルフウッドはハンドガンを懐に仕舞いつつ、無防備に少女へ近づく。虚を突かれた少女はウルフウッドの接近をそのまま許してしまった。そしてウルフウッドは懐に入れていた手を少女の前に差し出す。手に握られていたのは武器ではなく財布だ。
「ほれ、見てみい。さっきバイクこうたばっかでこれしかあらへんねん。こないだの稼ぎの入金も明後日やし……ほんまタイミング悪いで」
財布の中には六百円ちょっとしか入っていなかった。五百円硬貨を指さし話を続ける。
「これがおまえの分やとしてもやな、ここら辺やとなんも買えへんねん。すまへんなぁ」
くうぅぅぅ~
ウルフウッドがそう言い終わるのと同時に腹の虫が鳴く音が少女の体から発せられる。
「あ~、腹減っとるんか……せや、あそこ行こか」
ウルフウッドは少女の銃を拾いそれを少女に投げ渡すと、サイドカーに乗るように指示する。少女は目をぱちくりさせながら言われる通りサイドカーへと乗り込んだ。
◇ ◇ ◇
「大将! 儲かってまっか?」
「おお、ニコラス君じゃねえか! ボチボチってところかな。ん……珍しい、今日はかわいらしい連れがいるねぇ。後輩かい?」
「ああ……まあ、そないなとこや」
ウルフウッドは少女を柴関ラーメンへと連れてきていた。ここは味良し、量良し、値段良しの良店だ。元々麺類が好きなこともあり、すぐにウルフウッドお気に入りの店になっていた。席に座り注文を頼む。
「あ~、すまへんけど柴関ラーメン一つと、取り皿もらえへんかな」
「ん、一つでいいのかい?」
「一つしか頼めんねん……」
「……まいど、柴関ラーメン一つだね」
ウルフウッドは注文を終えるとお冷に口を付け、少女へと問いただした。
「……で、ワイはアビドス高校一年のニコラス・D・ウルフウッドっちうねん」
「ニコラス……ウルフ……」
「せやで。ほんで、嬢ちゃん、名前は?」
「……シロコ。砂狼シロコ」
「シロコっちうんか。ほんで、どっから来たん?」
「……分からない。気づいたら、さっきの場所にいた。名前以外……分からない」
「もしかして記憶喪失っちうやつか? ほんまかぁ……」
ウルフウッドは頭を抱える。目の前の少女は嘘を言っている感じはしない。かつての自分と同じ、この少女には何もないのだ。
「へい、紫関ラーメン一人前、お待ち」
どないしよ、と考えてたウルフウッドの前に大盛りのラーメンがドンと置かれる。その量は明らかに二、三人前はあった。
「ちょい待ち、大将。ワイが注文しとったのは一人前やで」
「だから一人前だよ。手が滑って多く盛っちまった分はサービスさ」
「大将、そないやから売り上げがボチボチなんやで」
「気にすんなって。さ、冷めないうちにおあがりよ」
「……おおきにな」
とりあえず腹を満たそう。まず活力を得てから、それから考えればええか。そう思いウルフウッドは箸を取る。
「んじゃ、シロコ。厚意に甘えていただくとしよか」
「ん……ちゅるちゅる……おいしい」
「もう食っとるんかい! なんちうかお前、けっこう図太いなぁ……」
「ニコ兄、食べないなら私がもらう」
「ワイも食うっちうねん。ん? ……ニコ兄?」
「ニコラスはウルフウッド、私は砂狼。兄妹みたいだから、ニコ兄……駄目?」
「どないな理屈やねん……まあ、好きに呼んだらええ」
――弟分の次は妹分かいな。
ウルフウッドはシロコの頭を軽くなで、ラーメンをすすった。
◇ ◇ ◇
「おう、着いたでシロコ」
紫関ラーメンで食事を取った後、とりあえずアビドスでシロコを保護することにしたウルフウッドはシロコを再びバイクに乗せアビドス高校へと移動していた。校門に到着するとサイドカーで船を漕いでいたシロコを起こす。
校門にはちょうど遊びに来ていたノノミと、それを迎えに来ていたホシノが居た。
「あれ、ニコラスおかえり――って、その子誰!? まさか誘拐!?」
「ちゃうっちうねん! 記憶喪失みたいやから保護しただけや! なんでおどれは毎度ワイを犯罪者にしたがんねん!?」
「え!? ニコラスさん、その子記憶が無いんですか!?」
「せやで、砂狼シロコっちう名前以外、なんも分からんらしい」
「え~、最近流行ってるっていうアレ? お姉さん、そういうのちょっと疎いんだよな~」
「なんや、記憶喪失なんて流行っとるんか?」
「あ~、ニコラスは……うん、そうだよねぇ」
「おう、その憐れむような目やめーや、ホシノ」
「っくしゅん」
ホシノとニコラスのいつもの喧噪が始まりかけるが、シロコのくしゃみがそれを遮る。
「あ、シロコちゃんだっけ? そんな薄着じゃ寒いよね。まったく、ニコラスは気が利かないんだから……とりあえずこれ、巻いておきな~」
「マフラー……?」
ホシノは自身が巻いていたマフラーをほどき、シロコに巻き付ける。
「どう? ちょっとはマシになったでしょ?」
「……うん。あったかい」
「うへ~。よく似合ってるよ、シロコちゃん。そのマフラー、お姉さんがセールで買ったものなんだけどさ、大事に使ってよね?」
「ん、わかった」
「む~……」
ホシノとシロコのやり取りを見ながら、ノノミはわざとらしく不機嫌そうにほほを膨らます。
「……どうしたの、ノノミちゃん?」
「なんかホシノ先輩、私が最初にここに来た時と対応違いませんか?」
「うへ、いや~あの時は余裕なかったのとか色々あってさぁ~」
「あの後こってりユメに絞られとったもんな。『ホシノはお姉ちゃんなんやからもうちょい年下に優しくせなあかん』て」
「ニコラスは余計な事言わないで」
「アハハ……あ、取りあえずとりあえず中に入りませんか? シロコちゃんも鼻水垂らしちゃってますし」
ホシノとウルフウッドの言い争いが再び始まる前にノノミが中に校舎内に入ることを促す。四人はユメの居る生徒会室へと向かっていった。
◇ ◇ ◇
「あかんわ、やっぱりヴァルキューレにもシロコの情報無いみたいや」
それから一週間後、賞金首の引き渡しついでにヴァルキューレにシロコの情報を聞いていてみたウルフウッドだったが、結果は空振りだったことをホシノに連絡していた。
「そっか……確認ありがと、ニコラス」
「シロコのこと、どないする?」
「ん~、とりあえず本人にも聞いてみるよ」
「そか、じゃあそっちは頼んだで」
通信を切り、ウルフウッドの報告をユメに伝えようと生徒会室に向かうホシノ。部屋に近づくと何やらバタバタと音がする。
「……なにやってるんですか、先ぱ――」
「ひぃぃぃん、ホシノちゃん! シロコちゃんが言うこと聞いてくれないよぉ!」
「ん、ニコ兄のとこに行こうとするのをユメが邪魔するから。私は自分より弱い人の言うことは聞かない」
「ああ、そういう……シロコちゃん。シロコちゃんは自分より強い人の言うことは聞いてくれるの?」
「ん、私と勝負して勝ったら、なんでも言うこと聞く」
「うへ~、そっか。じゃあさ、お姉さんと勝負しようか、シロコちゃん。負けたらアビドスに入学して、お姉さんとユメ先輩を先輩って呼んでもらおうかな?」
「ん、わかった」
「ええ~、ほ、ホシノちゃん!? 何度も言うけど暴力は駄目だよ~!それに入学を賭けるだなんて――」
「ユメ先輩、ここはシロコちゃんの流儀に付き合ってあげた方がいいですよ。それに……シロコちゃんの情報、ヴァルキューレにもなかったみたいです。ならここに入ってもらうのも悪くないと思いますよ、あの子のためにも」
先に教室から出ていたシロコの声が階段の下から聞こえてくる。
「どうしたのホシノ? 来ないの?」
「うへ~すぐ行くよ~、ちょっと待っててねぇ~……大丈夫ですよ、先輩。一対一ならニコラス以外に負けたことないですから」
「……わかった。お願いね、ホシノちゃん」
校庭へと駆け出すホシノの背中を見て、ユメは感慨深いものを感じていた。ちょっびり意地悪だった後輩は、気づけばもう立派な先輩になっていたのだ。窓から見える桜の蕾を見ながら、ユメは冬の終わりを感じていた。
アビドスボクシヤンケの影響でアカツキノホルスはアビドスアネモドキに突然変異しました。この作品にホシオジはいない、いいね?
ちなみにアビドススナオオカミは自分を妹と思い込んでしまったようです。