「わかってるニコラス!? 遅刻も厳禁だからね!」
「わーとるわかっとる。何べんも言わすなや」
ピッ
「すまへんなぁ、待ってもろて」
「いいえ、こちらも
「……その葬儀屋って誰が広めたん? ワイは牧師や言うとるんやけどな……まあええわ。待ってもらって心苦しいんやけどな、お嬢ちゃん……」
バチン、バチンとパニッシャーの拘束具が外され、その十字から機関砲の砲身が姿を現す。
「すまへんが、巻きで行かせてもらうで」
――明日、ユメの卒業式に出なあかんねん。
◇ ◇ ◇
冬が明け、少しずつ温かさを取り戻してきたアビドス校舎、その体育館に四つの席が置いてある。今日は梔子ユメの卒業式だった。
卒業式の参加者はユメ、ホシノ、ウルフウッド、そしてまだ正式に入学しているわけではないがシロコの四人。ノノミは自身の中学の卒業式があるためここには居ないが、後であいさつに来ると連絡が来ていた。ウルフウッドがカンペを読み上げる。
「在校生送辞、在校生代表、小鳥遊ホシノ」
「はい」
ホシノが席から立ちあがり、ユメの前に立つ。
「厳しい冬の寒さも過ぎ、春の陽気を感じられる季節になりました。本日、晴れてアビドス高等学校卒業式を迎えられた梔子ユメさん、ご卒業おめでとうございます。在校生を代表し、心よりお祝い申し上げます」
ホシノは定形文を述べた後、ユメとの思い出を語る。オアシス跡地で宝探しをした話、アビドスの記念館を探した話、詐欺に嵌められたユメを助けに行った話、喧嘩して砂祭りのポスターを破いてしまった話……
ウルフウッドとシロコはその思い出を知らないが、なんとなく想像がつくなと笑いながら聞いていた。
そして語る、ウルフウッド、ノノミ、シロコと出会えた、濃密な数か月。ホシノは泣き出しはしなかったが、その目には涙が溜まっていた。
「――以上を持ちまして、在校生代表の送辞とさせていただきます」
「……続いて、卒業生答辞……おいユメ、大丈夫なんか?」
「う、うう……うん……」
ホシノの送辞の途中からユメはグズグズに泣き出していた。用意していた原稿はすでに零れた涙で顔と同じくグズグズになっている。
それでもユメは在校生たちの前に立ち、言葉を紡ぐ。
「うう、ぐす……ホシノちゃんが生徒会に入ってくれた時、私にとってはそれは奇跡で、これは夢なんじゃないかって毎日ほほをつねってたんだ……ズズッ。それからも奇跡の連続で……ニコラス君に出会えて、ノノミちゃん、シロコちゃんにも出会えて、本当にうれしくて、うれしくて。……一人で会長をやっていたとき、本当は不安で不安でしかたなかったんだ……でも今、目の前にこんなにも希望が広がっている。私は大して役に立てなくて、アビドスの借金も返し切れていなくて……本当にそれは申し訳ないのだけれど……でも、きっとみんながいれば大丈夫だと思う。ホシノちゃん……いえ、ホシノ生徒会長。……あなたにアビドスの未来を託します」
ユメはそばに置いていた自身の盾をホシノに差し出す。
「シロコちゃんを……未来の後輩たちを、守ってあげてね……ホシノちゃん」
「……はい゛!! ユメ先輩ッ!!」
目に溜めていた涙を決壊させながら、ホシノはそれを受け取る。
「……ニコラス君も、アビドスにいる間はホシノちゃんを手助けしてくれないかな?」
「ええで。ワイかてここが潰れてしもうたら色々都合悪いしな」
「シロコちゃん、私は弱くて頼りない先輩だったけど、このお願いは聞いて欲しいな。あなたはアビドスの未来だから……笑って過ごしてくれるとうれしい」
「ん、大丈夫! 私はとっても楽しいよ。ここに来てよかったと思ってる」
「そっか、それなら本当に良かった。……グスッ……グダグダになっちゃったけど、これで答辞を終えるね」
「ほな、続きまして……」
ユメの卒業式は終わりに向けて進んでいった。ただそれは新しい始まりを期待させる、希望に満ちたものであった。
◇ ◇ ◇
「うへぇ、不良生徒発見」
卒業式も終わり、日が暮れ始めた校舎の屋上でウルフウッドは煙草を吸っていた。それを見つけたホシノはウルフウッドへと近づいていく。
「みなの前では吸うてへんやろ」
「そもそもタバコ吸っちゃ駄目っていつも言ってるじゃん」
ホシノが隣まで来るとウルフウッドはいつものように煙草を消そうとするが、ホシノはそれを制止する。
「もったいないでしょ。今日は特別に見逃してあげるよ」
「おおきに」
灰皿に近づけてた煙草を口に戻し、煙を吐く。そのまま、ただなんとなく夕日を見ていた。
「なんや、昔のこと思い出してしもうたわ」
「昔のこと?」
「せや、ワイが故郷出たときも残っとった人らが送別してくれてな。下のチビなんか泣き叫んでワイの服掴んで放してくれへんかったで」
「ニコラスの故郷……どんなところだったの?」
「せやなぁ……なんちうか、ここに似とるとこやったで」
「……だからニコラスは、私達に協力してくれてるの?」
ずっと疑問だった。ニコラスは何の因果かこの世界に迷い込んでしまい、ここで活動するのに必要だった学籍を得るためにアビドスに所属しているに過ぎない。だからここまでアビドスに入れ込む必要はないし、今のニコラスであれば賞金稼ぎとして学校から独立してもやっていけるだろう。むしろアビドスの借金が枷にすらなっている。
――でもアビドスに入学したニコラスは、ずっと私達のために動いてくれていた。
「……かもしれへんなぁ。ワイの故郷は教会なんやけど、孤児院のマネごとしとってな。なんもあらへんかったワイを引き取ってくれてん」
ニコラスは煙草の煙を吐いて一息つく。
「ホンマ貧乏なとこでな。こないな砂だらけのところで、毎日カツカツやってん。せやからみんなで協力して生活しててな。ワイなんてお兄ちゃんなんやからちうて、子守やらなんやらなんでもやらされてな、ホンマ大変やったで……でも、あったかくて、ええとこやった」
ニコラスは言葉を続ける。その表情は私が時折見かけたことがあった、優しい笑顔だ。
「そこのおばちゃんがな……ワイの母親代わりの人なんやけど……ホンマええ人でな。ユメに負けず劣らずのお人好しやねん。信じられるか? ワイがいた世界はキヴォトスよりも殺伐しとるのに、皆ヘイローあらへんねんで? 人の命がペラペラに軽いねん。そないな中でもおばちゃんは助け合いが大切や言える人やったし、それを実践しっとった。ホンマ、おばちゃんには頭上がらへんわ……」
ニコラスの優しさの理由が分かった気がする。きっと彼の優しさは、そのおばちゃんから受け継がれたものなんだと思う。その優しさが私達を助けてくれている。そしてその優しさが、ニコラスをここに縛り付けてしまっている。
「故郷のこと、心配だよね?」
「……いや、実を言うとやな……心配自体はそんな無いねん」
「え?」
意外な回答にあっけにとられてしまう。
「こっちに来る前にな……面と向かって言いたないけど、信頼できるダチが家族を保護してくれとってな。それに泣き虫やけどここぞで立ち上がれる弟分もおる。せやからまぁ、あっちはどないかなる思うとる」
(……それに、家族たちには『おかえり』言うてもらえた。ワイには十分すぎるで……ああでも、せやからか……)
「せやから……いや、なんでもない。とにかく心配っちう点で言えばアビドスのほうがアカンわ。借金はまだまだ残っとるちうに、残っとるメンバーが危なっかしいチビっことユメがおらんと何しでかすかわからへんアホやぞ。詰み具合でいえばこっちのほうがアカンやろ」
「ちょっと待って、アホって私のこと?」
「お前以外誰がおんねん」
「な……テスト赤点のニコラスに言われたくないんだけど! ニコラスだってアホでしょ!?」
「テストはしゃーないやろが!! まだここ来て数か月やぞ!? わかるかいッ!」
二人の喧噪を聞きつけ、棟屋のドアからシロコが顔を出す。
「ん、ニコ兄、ホシノ先輩、ここにいた。ノノミが来たよ。ユメ先輩のところに行こう!」
「おう、わかったでシロコ」
タバコを灰皿に押し付けウルフウッドは扉へと向かう。
「あ、ちょっとニコラス! ……はあ、今行くよ、シロコちゃん」
◇ ◇ ◇
「私決めました。ハイランダーへは行かずアビドスへ入学します!」
「う、うへっ……それはうれしいけどノノミちゃん、本当に大丈夫ぅ?」
「せやで、こないなんもないとこわざわざ選ぶ必要ないんやで」
「いえ、そう決めたんです。よろしくお願いしますね、ホシノ先輩、ニコ先輩!」
「ん、ノノミが来てくれたらうれしい!」
卒業式の打ち上げに顔を出したノノミからアビドスへの入学が表明される。いつもながらのほわほわした態度ではあったが、その目は決意に満ちていた。
「私もうれしいけど……ノノミちゃん、本当にいいの?」
「はい、ユメ先輩。……対策委員会に参加させてもらって、私なりに色々考えて決めました」
「……そっか。うん。ノノミちゃん、みんなと一緒にアビドスをよろしくね」
「はい!」
「そうだ、ノノミちゃんも入った写真がまだだったね! ほら、みんな集まって! ノノミちゃんの入学決定記念に写真撮るよ」
ユメはスマホのタイマーをセットし、皆を並べる。ユメのアビドス高校最後の思い出に笑みが一枚追加された。
◇ ◇ ◇
日中の姦しさが嘘のように夜の校舎は静まり返っていた。その屋上でウルフウッドはふたたび煙草をふかす。
(……ずいぶん馴染んでしもうたなぁ、ワイ)
ホシノに故郷のことを語ってしまったことといい、自分が随分とアビドスに入れ込んでしまっていることを自覚する。
(でも、しゃーないやろ……)
正直言って、ここは居心地がいい。今日限りで卒業してしまうがおばちゃんに似たお人好し、ミリィやメリルを思い出させる気丈なチビっこ、新たにできた妹分たち。砂にまみれた校舎で、借金まみれで貧乏で、それでも笑顔で毎日を過ごす、穏やか……とは言えないが、悪くないと思える日々。
あの時、「ただいま」と言って帰りたかった、あの場所にいるようだ。
それにヴァッシュ・ザ・スタンピートに協力してやりたい気持ちもあるにはあるが、今だ元の世界に帰るためのヒントはゼロ。パニッシャーの整備に寄らせてもらったエンジニア部にもそれとなく聞いてみたが「非常に興味深い話だがすまない、専門外だ」との回答。天下のミレニアムでも駄目ならお手上げである。
しかもここに来てから数か月が経っている。時間の流れが元の世界と同じなのかはわからないが、地球の船団がノーマンズランドに到着していてもおかしくないほどの時は過ぎている。すでに自分が賭けたコインの結果が出ていてもおかしくない。いつか見た夢の景色は、もしかしたら過ぎ去ってしまった出来事である可能性も十分にあった。
ゆえに、ウルフウッドの中で優先するものがアビドスに傾倒していってしまうのも仕方ないといえた。
(……なにより、ここでやったら人殺しはもうせんでええしな)
キヴォトスはやさしい世界だ。日常的に強盗やら恫喝やらテロやらクーデターやらが起きてはいるが……賞金首をひっ捕らえて生計が立てられてしまうような治安はいかがななものかと思ってしまう時もあるが……それでも、人を殺さなくていい。命にちゃんとした重さがある。ここでなら、自分は『人』に成れるかもしれない。
――”汝 殺すことなかれ”だ
「ここやったらその言葉守れそうやで、トンガリ」
紫煙と共にその言葉が夜空に染みて消えた。
原作と違いユメは卒業してホシノは普通に生徒会長になりました。多分「たのしいバナナとり手帳」も普通に受け継いでいます。原作3章フラグが消えちゃったね。