「ここまでが、私の見た予知夢だよ先生」
目の前にいる少女が告げる。彼女はティーパーティーの一人、百合園セイア。
どうやら私は夢の中にいるようだ。私はマスター・チャペルに撃たれて……夢を見ているということは死んではいないということだろうが、まだまどろみの中らしい。何度か訪れたテイーパーティーのテラスでセイアと相対しているのがその良い証拠だ。
彼女は予知夢という特殊能力を持っておりその力がもたらす負担で彼女も床に臥せっているのだとか。つまりは目の前にいる少女は私の夢がもたらす幻ではなく実在する生徒なのだ。それを証明するように、彼女は予知夢で得た私が寝ている間の、そしてこれから起る事を教えてくれていた。
「ここに至るまでの話を整理しようか、先生。……『契約』というものについて。様々な昔話、神話でも語られているように、契約、戒律、約束……こういったものはキヴォトスにおいても重要な概念だ。それは君もよく知っているはず。なにせ実際に君はそういった概念を利用して誰かを救ったことがあったはずだからね」
アビドスでの騒動の最後、黒服とホシノの身柄についてやり取りをした場面を思い出す。
「この事件もそういうこと。『エデン条約』、これ自体が学園間で行われる約束事であることは確かだ。しかし、この条約が行われる『特別な場所』、そして条約締結のために集まった、代表者たちの資格。こういった要素によりこれは大きな意味を持つ『約束』となった。歪曲されつつも、これは明らかにその昔にあった『公会議』の再現。そしてその約束である『戒律』を守護するユスティナ聖徒会を特殊な方法で『
セイアが目を伏せる。
「……マスター・チャペル、あの男は恐ろしすぎる。ゲマトリアとは違う、理解できない狂人だ。あれの持つコールタールの様などす黒い執着心、孕んでいる狂気は……キヴォトスという空色のキャンパスを真っ黒に染め上げ凄惨な結末をもたらすだろう」
そう語る彼女の体は震えていた。
「アズサが私の死を偽装しに来た時、私は彼女に警告したんだ。あの漆黒に抗ったところで意味は無いと。それでもアズサは引かなかった。『戦部リリィのような犠牲をこれ以上許せない』と言って……。だが、それでも結果はやはりこれだ。底知れぬ悪意がすべてを踏みにじり、その憎悪はキヴォトスを伝播していくことだろう。仮にあの光景の後にニコラス・D・ウルフウッドがマスター・チャペルを倒せたとして、それも憎悪によるものだ。奪われた命は戻らない。憎悪の連鎖は止まらない。
彼女の話を聞いて理解する。
” ……分かったよ、セイア。つまりは君も、この後どうなるかは見ていないんだね? ”
「……見たくなんかないさ。きっとアズサの見た『戦部リリィの最後』のような凄惨な光景が広がるだけだ。そんなものを嬉々として見る趣味は、私にはないよ……」
” ……そうだよね、それを見るのは怖いよね。
席から立つ。そんな私を見てセイアは目を丸くしていた。
「……まさか、あれを見てまだ行くというのかい、先生? ……なぜ、あの未来を見て立ち上がれるんだ? なんで……そんなに強くいられるんだい? 先生……」
それは買い被り過ぎだよ。私はただの一人の大人で、先生なだけだ。あの光景の先に何があるのか、本当は怖くてたまらない。……でも、それでも、
“ そんな大したものじゃないよ。ただ私は信じているだけさ。生徒と、そして友人を ”
「友人……ニコラス・D・ウルフウッドを?」
“ うん。……彼とはまだそんなに長い付き合いではないけれど、知っているんだ。リアリストで、結構厳しいこと言ってきてさ。衝突することもそれなりにあるんだけど、それでも……大切なもの、それを守ろうとする時の彼の意固地さを知っている。そんな男が『見限らない』と言ったんだ。立ち上がる理由なんてそれで十分だよ ”
「先生……」
“ じゃあ、もうそろそろ私は行くよ。これ以上寝ていたらウルフウッドになんて言われるかわかったものじゃないからね ”
私は光が指す方へ歩きだす。
意識が浮上して行った。
◇ ◇ ◇
四丁のパニッシャーの斉射により周囲に土埃が立ち篭める。チャペル儀仗隊が死の弾丸をばら撒くことを止める者はいなかった。ウルフウッドの姿はそこには無い。彼の十字架はサオリを庇うようにマスター・チャペルの前に差し込まれていたからだ。
「……ふはっ、ふはははははははははっ!! ダブルファングを選んだか!? その娘にリヴィオを重ねてしまったか!? ……良いぞニコラス、それでこそこやつを作った甲斐があったというものよ!!」
ウルフウッドはパニッシャーの影に顔を隠したまま動かない。そんな彼にマスター・チャペルは興奮冷めやらぬ様子で語り続ける。
「まだだぞニコラス! 貴様の後輩はまだ沢山いるぞ!! もっとだ! もっと選ばせてやる!! 選んで選んで、選んで折れろ!! その様をワシに見せてくれ!! 苦痛に歪んだ貴様の顔を、ワシに見せてくれッ、ニコラス!!! はっはっはっはっは!!」
「………クッ、ククッ」
悪辣なマスター・チャペルの高笑いにノイズが混じる。それはウルフウッドの笑い声だった。マスター・チャペルは異常を嗅ぎとりウルフウッドから間合いをとる。
どういうことだ? いくらムラっけの塊のような男とはいえ、この反応は想定外だ。怒り狂うでもなくワシに殺気を向けるでもなく、なぜ笑う? ……気が狂った? いや、この男に限ってそれはない。だとすれば、なぜ?
「……わからへんっちう顔しとるな、クソジジイ。ワイはおんどれの耄碌具合が可笑しゅうて笑っとるだけやで」
「……なんだと?」
「なんもかんも、教え込んだのは自分やんけ。もう忘れたんか?
雨が、降り始めていた。
その雨が儀仗隊の攻撃で舞い上がっていた土煙を抑えていく。そうして姿を表したのはパニッシャーによって肉片と化した生徒達ではない。
そこにいたのは鈍い光を放つ盾の隊列だった。その盾には髑髏と太陽のマークが刻まれている。
「正直ヒヤヒヤしたけどな、間に合ったから及第点くれたるわ」
それは、パニッシャーと同じ特殊合金製の盾で武装したアリウス生徒たちだった。
――もう誰も殺させない、奪わせない
その意思を形にした盾の列が障壁となり、瓦礫に埋もれている生徒を、自分たち自身を守っていた。
そして隊列の隙間から数多の銃口が顔を覗かせる。まるでファランクスを想起させるその隊列は矛先をチャペル儀仗隊へと向けていた。
「斉射開始!! 儀仗隊に反撃の隙を与えてはいけません!」
スバルの合図を皮切りに凄まじい密度の弾幕が儀仗隊に浴びせられる。苦し紛れに儀仗隊の二人が盾となり残りの二人がその影から反撃するが、その隊列は乱れない。
「このままスクワッドの元まで隊列を推し進めます!!」
盾を構えたアリウス生徒の隊列が儀仗隊に怯まず前進を開始する。
その乱れぬ足並みに、恐れはない。
―― vanitas vanitatum et omnia vanitas
全ては虚しい、だからこの恐怖も束の間のことだ
全ては虚しい、だからこそ今を大切にするのだ
――太陽の下では食べ、飲み、楽しむことより他に人の幸せはない
だから、その幸せを皆で噛み締めるために
「「「返して貰うぞ! マスタァァァ!!」」」
アリウスの生徒達が吠える。
マスター・チャペルにとって、それは誤算だった。歯向かう気概もない、捨て置いていいはずの存在だった。
ただの『機能』とみなしていた子供達の反逆にマスター・チャペルは怒りで顔を歪ませる。そんなマスターをウルフウッドがさらに煽る。
「なぁ、どんな気持ちや? おんどれがコケにしてきた奴らに盤面ひっくり返されるんは? なぁ、マスター・チャペル!!」
「……腸が煮えくり返りそうだ、とでも言えばよいか?」
「ククッ、そうか………ワイらの方がその百倍怒っとるわ、このクソボケがぁッ!!」
ウルフウッドがマスター・チャペルにパニッシャーを向ける。
「その体も返して貰うからなぁ!!」
ウルフウッドがマスター・チャペルに向けて弾丸を放つ。それに対しマスター・チャペルは後退しつつも大量のミメシスを障壁として生やして対応していた。
「よいのかニコラス? ワシにはまだこれがあるぞ?」
パニッシャーの銃撃で祓われていくミメシスの影でマスター・チャペルがほくそ笑む。ミメシスはアリウス生徒達の後ろにも沸いていた。
そのミメシスがアリウス生徒達に襲いかかればファランクスを形成している隊列が乱れ、致命的な隙が生まれる。チャペル儀仗隊はその隙を逃す存在ではない。そのまま彼女たちによる虐殺が始まってしまう。
マスター・チャペルは再びウルフウッドに選択を強いていた。自分を逃すか、アリウス生徒の元へ向かうか。
だがウルフウッドは迷う素振りを一切見せずマスター・チャペルへの追撃を続行する。
「奥の手あるんはワイかて同じや!」
ウルフウッドの声に呼応するようにバラバラとけたたましい音が近づいてくる。
空からアビドスのマークが刻まれた装甲ヘリがこの場に急行していた。そのハッチから緑のヘルメットを被った少女がミニガンと共に姿を現す。
「遅れてすみません! 援護開始だお☆」
ミニガンにより次々とアリウス生徒の後方に沸いていたミメシス達が祓われていく。そしてミメシスのいなくなった空間にヘリから、ピンク、青、赤のヘルメットを被った少女達が降り立った。
「覆面水着団参上!!」
「ん、この幽霊の相手は私達にまかせて」
「みんなは早く仲間の所へ!! あの子達ケガしてるんでしょ!?」
水着団とは名ばかりな特殊部隊顔負けの装備に身を包んだ三人が今までの鬱憤を晴らすかのようにミメシスを蹂躙していく。上空からの援護があるとはいえたった三人とは思えない無双劇を繰り広げていた。
自分たちはニコ兄の弱点じゃない。そうならない為にこの牙を磨いてきたのだから。
その牙がアリウス生徒を狙うミメシス達を余さず噛み砕く。
後方の憂いが無くなったアリウス生徒達は前進を続けていた。
「……あれが、あんなものが貴様の奥の手だと抜かすのか!?」
ウルフウッドと弾丸を交えながらマスター・チャペルは彼に問う。その声には怒りが滲んでいた。
「せやで、おどれの幽霊なんぞより百倍頼りになるわ」
「貴様が頼る、だと? あんなものにか!? ラズロすら打倒した貴様が、その力ではなくあんなものにすがるというのか!? どこまで堕ちれば気が済むのだ、貴様はッ!!」
「ハッ、抜かせ」
マスター・チャペルの怒声にウルフウッドはニヤケながら答える。
あいつらは『あんなもの』なんかではない。確かにガキだが昔の自分と違い、見限らないように足掻いている馬鹿共だ。なにかしでかすのは決まってそういった一途な馬鹿共だ。
それを忘れていたマスター・チャペルを笑わずにいられなかった。
「お前はあいつら舐めすぎや! ワイなんぞよりよっぽど上等やで。見てみい、
覆面水着団に後押しされ、アリウスの隊列が先ほどよりも近づいてくる。
彼女達はマスターに、そして倒れているアリウススクワッド達に聞こえるよう声を上げる。
「さあ、返してもらうぞマスター!! 私達の仲間を!!」
チャペル儀仗隊のパニッシャーも恐れず、彼女達は前進する。
「返してもらうぞ!! 私達の
立ちはだかるミメシスも蹴散らし、彼女達は前進する。
「私達はあなたの『機能』なんかじゃない!!!」
「私達は人間だ!! 勉強して色々なことを学んだり、バイトのお金で好きなものを買ったり! ……そんな当たり前のことで一喜一憂する人間なんだ!!」
――そして私達を人間に戻してくれた、あの人みたいに生きてみたいと思ったんだ
ジリジリと前進を続ける隊列はついにアリウススクワッドの元にまで到達する。
アリウス生徒倒達は倒れている彼女達を守る様に盾を突き立て、やってやったぞと言わんばかりに叫んだ。
それは彼女達の決意の宣言。
雨雲が晴れ、太陽が彼女たちを照らす。
「「だから返してもらうぞッ!!」」
「「「そして太陽の下で皆でやり直すんだ!!」」」
「「「「「
その意思に、その堅牢さに、その猛攻に、チャペル儀仗隊は後退を余儀なくされていた。
ある程度の安全を確認したスバルがサオリの元へ駆け寄る。
「助けに来ましたよ、サオリ。……ひっどい顔してますね、鼻血と涙でぐしゃぐしゃじゃないですか」
「ス、バル……どうして……?」
「どうしてって……確かにあなたのことは好きじゃないですが、まぁ数少ない同期ですし……もうリリィみたいなのは十分ですからね」
「スバル……」
サオリが視線を横にずらすと、ヒヨリとミサキにも応急キットを持った仲間達が駆け寄っている光景が目に入る。
「うわ〜んッ、血がいっぱいでてます〜、このまま私は死んじゃうんです〜!!」
「それだけ元気なら問題ないよ。相変わらずだねヒヨリは」
「……もう、このままほっといてくれて良かったのに……」
「それは残念。ニコ先輩とも約束してるからね、絶対に見捨てないよ」
その光景にサオリは思わず涙を流してしまう。
自分が見限ってしまったものに救われている己の情けなさに。
そして、仲間が助けに来てくれた嬉しさに。
「サオリ!!」
よく知った声のする方を見ると、トリニティの生徒を連れて駆け寄ってくるアズサが目に入る。
「足を撃たれたのか!? ……弾は貫通しているな、止血する。ヒフミ、応急キットを」
「はいっ、アズサちゃん」
「お前達は……?」
「私は浦和ハナコといいます。こちらがヒフミちゃんにコハルちゃん。……安心してください、みんなアズサちゃんのお友達です」
「そうだサオリ。報告できなかったが私はトリニティで友達が出来たんだ。好きな物もできたんだぞ」
手際よくサオリの手当てをしながらアズサは話を続ける。
「……私は、セイアを撃たなかった。スバル達とも敵対して……サオリを裏切ってしまった。ごめん……」
「……いい、それでもお前は来てくれた。それに……裏切ったのは私も同じなんだ。……姫達のためにお前達を見限って、一人で暴走して……その挙げ句が、この様だ……」
サオリはアズサの肩を持つ。
「……姫はッ、違うんだッ! マスターが姫の体でッ!! 姫も苦しんでいるんだ! ……何を言っているがわからないかもしれないが、それでもッ……お願いだ、姫も……助けてくれ……」
涙を零しながら祈るようにアズサに縋る。サオリをここまで追いつめたマスター・チャペルへの怒りに震えながらも、アズサは冷静であるように努めながらサオリに尋ねた。
「……確認するぞ、サオリ。
「え? あ、ああ……マスターは意識があると……」
「そうか、朗報だ。聞いたかスバル?」
「ええ、ちゃんと。それは朗報ですね」
「ど、どういうことだ?」
サオリはアツコがマスターに取り憑かれているという異常事態にも関わらず、それを知っていることのように落ち着いている二人に困惑する。スバルはそれを悟って説明するように話し始めた。
「マスターがどんな存在かはニコラス先輩から聞いてます。まさかアツコが憑かれていたとは思いもしませんでしたが……ニコラス先輩は『確保さえできればどうにかする当てがある』と言ってました。……大丈夫ですよ、サオリ。アツコも、他の皆も、見限らないと先輩達と約束しています」
「そうだ、私達が取り戻してみせる。だからサオリ達は安心して下がっていてくれ」
「………ありが、とう……」
サオリは深く頭を下げる。
――奇跡など起こらない。それは幻想に過ぎない。『機能』には必要ない。
やはりそれは嘘なのだ、奇跡は存在するのだ。
仲間達が絶望的な状況から助けてくれた。
『見限らない』と、一番欲しい言葉をくれた。
これを奇跡と言わずしてなんと言うのだ。
サオリ達は補習授業部の面々に肩を借りつつ後退を開始する。アズサは隊列の立ち位置に戻り、スバルが皆に告げた。
「アリウススクワッドは取り戻しました! アツコの意識も無事です! 全部ですッ!! このまま全部を取り戻しますよ!!」
「「「オオー!!!」」」
アリウスの隊列が再び前進を開始する。
「……なんだこの茶番は?」
マスター・チャペルが言葉を溢す。
よそ見をする余裕は無いが、それでも見ざるを得なかった。言葉を溢さざるを得なかった。
この舞台はニコラスを苦しめるための舞台だった筈だ。あやつらは『ワシの報復の為の機能』だった筈だ。それが何故、陳腐な学芸会と化している?
先ほどからのニコラスの攻撃にも殺気が乗っていない。あくまでワシの無力化が目的なのだ。アツコを救えると本気で思っているのだ、この馬鹿者は。
全てが癇に障る。このふざけた空気も、なによりアレを許容しさらに酷くなっているニコラスにも。
「……何をさっきから笑っている!! ニコラス!!」
「これを笑わずにいられるかい! お前の負けや。ワイやのうて、青臭くてたまらんあいつらにお前は負けたんや。こないおもろいことあるか!?」
「ぶざけるなッ!!」
マスター・チャペルはウルフウッドと距離を取り、再びミメシスを召喚する。その数は今までと違いおびただしい数だった。マスターはアリウス生徒の後方や今回の作戦領域、その全てに展開していたミメシスをこの場に集結させていたのだ。
そしてその圧倒的な物量でウルフウッド達を押し流そうとする。
「全て踏みにじってやろう」
“ させないよ ”
先生の声が聞こえる。
“ ここに宣言する。私達が新しい『エデン条約機構』 ”
その宣言と共にミメシスにノイズが走った。
ミメシスはゲマトリアの一員、マエストロの作品である。しかしただそれのみでは力を発揮することはできない。複製にはモデルが必要だからだ。だからこそアツコが必要だった。正確にはアツコに流れる『
そしてミメシスが戒律の守護者を複製してあるからこそ、セイアが語っていたようにエデン条約を利用し「エデン条約機構はアリウススクワッドが担う」と契約することでユスティナ聖徒会のミメシスを操ることができていた。
しかし、先生の宣言によりそれが崩される。
先生はウルフウッドを信じて、目を覚ましてからずっと今の今まで駆けまわっていた。広がる混乱を治め、ミメシスにより窮地に陥っていたツルギ達を指揮し、失意で動けなくなっていたヒナを瓦礫から救い出し、皆を集めてここまで来ていた。そして宣言をする。
元々エデン条約は失踪した連邦生徒会長が作るはずのものだった。それを連邦生徒会長が設立した『シャーレ』が代行すると解釈を捻じ曲げ、条約の主体である正義実現委員会や風紀委員会たちを集めることで『公会議』を再現し、契約を曲解し、歪曲し、望み通りの結果を捏造する。黒服と対峙した時のように『大人のやり方』に対して『大人のやり方』でやり返したのだ。
先生の宣言によりエデン条約が二つになったことでミメシスに致命的なバグが生じてしまっていた。ミメシスの動きが鈍る。そして、今この場には正義実現委員会と風紀委員会が揃っているのだ。その隙を逃す理由はない。
剣先ツルギ、空崎ヒナ、二人の最強が荒れ狂う暴風の様にミメシスを薙ぎ払っていく。他の者たちも最強に続いてミメシスを駆逐していく。
マスター・チャペルを守るものはもはや無くなっていた。
“ 貴方の負けだ、マスター・チャペル。貴方はウルフウッドを見くびりすぎだよ。師匠のクセに見限らないと決めたこの男の怖さを知らなかったのかな? ”
マスター・チャペルを煽りながら先生はウルフウッドの横に並び立つ。
ちょっぴりカッコつけている先生にウルフウッドの拳骨が落とされた。
「おっそいわッこの寝坊助!! ちょっとピンチやったんやぞ!」
“ いったぁぁぁ!! 私怪我人なんだけど!? それにちゃんと間に合ったじゃん!? ”
「ワイが間に合わせてやったんやこのボケ!! おんどれがグースカ寝とる間ホンマに大変やったんやぞ! 後でわんさか残業代諸々請求したるからなぁ!!」
“ わかった! わかったよ、も〜…… ”
二人の大人は和気あいあいとした空気を一変させ、再びマスター・チャペルに向き直る。
「……で、おどれの詰みやぞ」
“ その体も返すんだ、マスター・チャペル ”
「………」
マスター・チャペルは感じ取っていた。
来るはずの無い先生がいるこの状況。まるであの時と同じだ。
ヴァッシュ・ザ・スタンピードが合流したあの時のようではないか。
――ベアトリーチェとの契約もある、潮時か。
「……悪いがこの体はまだ必要でな、続きはアリウスでとさせてもらう。アツコを助けるとのたまうのならさっさと来ることだ」
「逃がすかこのボケ!」
「いいや、退かせてもらおう」
マスター・チャペルの言葉と同時に地面を突き破り朱色の衣を纏った顔無しの巨人が立ちはだかる。
それもミメシスと同じくマエストロの作品の一つ、トリニティの地下に封印されていた太古の教義が受肉したもの。
『ヒエロニムス』
遠方から観察を続けていたマエストロは誰かに語りかけるように言う。
「素晴らしい……。あのマスター・チャペルを退かせるに至る、その知性と品格、礼儀と信念、そして培ってきた経験と知恵……。やはり、そなたならば……私の『崇高』を、理解してくれるに違いない……!」
それはゲマトリアの作り出した、人工の天使にして、神性の怪物。
根元的な恐怖をもたらす巨人の圧力により皆が無意識に後退りしていた。
……二人の男を除いて。
恐怖とは未知からくるものだ。
この程度の未知は知っている。
この程度の絶望は知っている。
それらを経験して、僕らは大人になったのだから。
先生がベレッタを抜く。
その様子を眺めていたマエストロは歓喜で震えていた。
「『大人のカード』ではない……? まさか、もう一つの『牙』か!? ……お、おおおおおおっ、あれが神秘と恐怖を踏破せんとする人の業! 不死を殺すという矛盾を叶えるための牙! われらの求めるそれとは趣向が違うが、しかし……『歩みを止めぬ者』よ、その力を得るためにそなたはどれほどの代価を払ってきたのだ!? 嗚呼、私にゴルゴンダほどの表現力があれば、これを何と呼称しただろうか? ……さあ、先生。その輝きを見せてくれ! 私の作品に、全力で応えてくれたまえ!」
先生が親指の爪で人差し指を切る。そこから流れ出る血が物理法則を無視してベレッタへと染み込んでいった。そしてマエストロの先ほどの言葉に応えるかのようにベレッタが帯電により輝きだす。
“ 合わせてもらえる? ウルフウッド ”
「別にええけど……いけるんか?」
“ 僕の技はああいう化物にはすこぶる強いんだ ”
「ほー、じゃあ見せてもらおか」
ウルフウッドはパニッシャーを蹴り上げ半回転させ、十字架の短辺部をヒエロニムスに向ける。短辺部が割れロケットランチャーの銃身がむき出しになった。
先生は技による血流操作で自身の体を強化していた。それは戦技を放つための技名も付かぬ基礎技術。発射体制は整った。
二人の大人が同時に吠える。
「引っ込んでろ! この大根役者!」
“
身体強化により可能になる超速度のバースト射撃。そしてパニッシャーから放たれる超威力のロケット弾。しかもウルフウッドは先生同様ヒエロニムスには遠慮せず、その攻撃に殺意を込めていた。
GUNG-HO-GUNSというテクスチャ、不死者を殺すための牙、その殺しに特化した二人の力は神秘も恐怖も容易く貫通する。
先生が放った銃弾が先に着弾し、ヒエロニムスの隅々まで走る雷がその身を焼きつくす。そしてボロ布になったヒエロニムスを止めのロケット弾が粉砕した。
瞬く間にヒエロニムスが撃破される様を観察していたマエストロが感嘆の声を上げた。
「……心から感謝しよう、先生。そして、そなたも『業』を持つ者だったか、ニコラス・D・ウルフウッドよ。不完全な作品でそなたたちの輝きを出し切れなかったことは汗顔の至りだが……すぐに完成させてみせる。……しかしベアトリーチェも面白いことになったな。この者たちはそなたの天敵だ。
マエストロが人知れず姿を消す。
製作者に合わせるようにヒエロニムスも消失するが、その場に本当の目標も残っていなかった。
マスター・チャペルとチャペル儀仗隊にはまんまと逃げられてしまっていた。
“ ……皆に通達して。彼女達を見かけたら直ぐに連絡するように ”
先生がヒナやツルギらにマスター・チャペル達の捜索を指示する。だが内心それで見つかるとは思っていなかった。
「……アリウスへ来いやと? クソッタレ、ホンマに腹立つわ!」
“ ウルフウッド、準備を整えたら直ぐに向かおう。なんだか嫌な予感がするんだ ”
「あいつが関わっていい予感なんぞしたことないわ。まあええ、いい加減あの面は見飽きたし今度こそ祓ったる、あの悪霊」
“ ……そういえば祓うっていうけど当てはあるの? ”
「眉唾やけど百鬼夜行にな。ニヤから幽霊を撃てる銃があるて聞いたことあんねん。せやからふん縛って連れてく必要がある」
“ それはまた大変だ。もうちょっと頑張らないとだね ”
先生が懐からタバコを取り出し、一本をウルフウッドに差し出す。
「珍しいやないか」
“ 今回は寝坊しちゃったからね、その分 ”
「……安すぎやっちうねん」
ウルフウッドは愚痴をこぼしながらタバコを受け取り口に咥えた。
◇ ◇ ◇
「本命には逃げられ、事態はいまだに予断を許さない……だが、しかし……こんなものを見せつけられては起きるしかないじゃないか。……誰が言ったか、『人の足を止めるのは絶望ではなく諦め、人の足を進めるのは希望ではなく意志』だったか。まさしくその通りだと教えられてしまったな。……私も、足を進めてこの物語の結末を見ることにしよう……」
セイアは夢の扉へ手を掛ける。それは現実への帰還を意味していた。扉を開け、光が差す方へ自身の身を差し出す。しかしその途中でセイアは何かを思い出したかのように後ろを振り向いた。
「……先生、もしかしたらマスター・チャペルらを取り逃がして落ち込んでいるかもしれないが、それでもこれは断言しよう。あの場での勝者は確かに君たちだったよ」
セイアはそれだけ告げると光の中を歩んでいった。
鬱展開に青春をビシバシかけていただく、これがブルアカ流だい!
やっとこさこの小説でずっと書きたかったシーンの一つを消化できました。長かった~。
原作トライガンのウルフウッドと同じような窮地に陥ったサオリを、原作後のひとりでなんでもやろうとしたことを反省して学んだウルフウッドが助け出すというシーンをどうしても書きたかったんです。友達できてんでって言ってるのアズサになっちゃってますけど。
ヒフミのブルアカ宣言を取っちゃったのは少し申し訳なく思っていますが、どうしてもアリウスの子たちに言って欲しかったのでそうしています。ブルアカ原作と違いアリウスを追い出されて同時に陽だまりの暖かさを知った彼女たちが、それを教えてくれた先輩のように強く生きたいと、仲間と一緒にやり直したいと、そう言って駆け上がって欲しかったので。
おかげでスバルとサオリの立ち位置が原作と真逆になってしまっていますが、まあサオリもすぐに追いつけますよ。今がどん底ならあとは上がっていくだけなので。
先生、ここで初めてブラッドバレッドアーツの技名叫んでいます。K.Kの姉さんと技名がちょっぴり違うのはわざと。1.25GW→1.1Gに変更しているのは先生が使っている技のバージョンが少し古いのと、二丁拳銃ではなく一丁だからWを外しています。……まあこの数字やWがバージョンとか何丁だとかを表わしているかは定かではないんですが、勝手に解釈してそうしています。先生は一体どんな犠牲を払ってこの力を学んだんでしょうね?
→追記:GWはジゴワットだと教えていただきました。そうだよね、電気技だしそう読むよね。情けない……。なのでGWに修正しました。1.1のままなのは先生の技は未熟なので1.25まで届かないためです。先生、KKの姉さんより単純な戦闘力は弱い設定なので。
ついに次回からエデン条約編4章に突入予定。チャペルが何を企んでいるかなど期待していただけたら幸いです。