「――以上で取り調べは終了だ。退院したらヴァルキューレにまで出頭してもらう。……まあ、お前達の場合は仮釈放されて終わりだろうがな」
ヴァルキューレの公安局長――確かに尾刃カンナだったか――が私達の取り調べを終え、病室の椅子から立ち上がる。
私は沸き上がる疑問を彼女にぶつけてしまった。
「なぜ、そんな軽くで済む。私の犯した罪はもっと――」
「確かにキヴォトスにおいて殺意の有無、それの伴った犯罪の罪は重い――」
尾刃カンナが立ったまま私の疑問に回答を被せてくる。
「――しかしお前達には酌量の余地に値する事情もあり、反省もしている。何より被害にあったトリニティにゲヘナ、そしてアビドス、と……なぜかミレニアムからもだ、お前達の減刑を望む嘆願書が出ている。……それに特例ではあるが実際に殺人を犯した者の仮釈放が認められた前列もあるからな。むしろ妥当な処置だろう」
「いいのか……?」
「……はぁ」
尾刃カンナは呆れたようにため息をついてから言葉を続けた。
「ヴァルキューレから釈放された生徒で希望する者達にはシャーレ復学支援部を紹介している。そして先生方はそんな生徒を迎えにくる時、いつもこんなことをおっしゃっている。「――君達の手には行き先を自由に書き込める『白紙の切符』がある。それはどんな行き先も書ける可能性の切符だ。今は躓いちゃって前が見えなくなっているかも知れないけど大丈夫、道はちゃんと開かれているから」……と。そしてこうも言っている。「――私達は行き先を一緒に悩んであげることはできる。でも、その切符の行き先を書くことも、行き先に向かって歩けるのも、君達自身にしかできないんだ。それを忘れないで」とな……」
尾刃カンナは先生達の言葉を私達に告げると、その迫力のある顔をズイっと私に近づける。
「お前達の手にある『切符』は、それこそ言葉通りウルフウッドさんと先生が命懸けで取り戻してくれたものだ。多くの者達がお前達の明日を祈って託してくれたものだ。それを忘れるな。……もしそれを忘れてふざけた行き先を書いてみろ、私が直々に牢屋にぶちこんでやる」
獲物を捉えた猟犬のような鋭い眼光で睨み付けられる。顔面の圧が凄い。その言葉に嘘はないのだろう。
だがそれは私の手にあるこの『切符』を、それを渡してくれた人達を裏切るなと本気で思ってくれているからなのだと思う。
――確かに世界は残酷で、ひどい人間も沢山いる。でも、目の前にいる人間や切符を託してくれた人達のように、そんな世界の中でも優しい人は確かにいるのだと私は学ぶ事ができた。
「……忠告、感謝する。そうならないように、まずは行き先を悩むことから始めてみることにしよう」
「……そう言い返せるなら上等だ。――これは私事だが、大なり小なり罪を犯さない人間はいない。だからこそ躓いてからどう立ち上がるかが大切なんだ。……悩んで悩んで、それでも答えが出そうになければウルフウッドさんと先生を頼ってみろ。お二人なら力になってくれる」
ウルフウッドの名を出した辺りで表情を柔らかくする尾刃カンナ。きっと彼女もあの人に救われた生徒達の一人なのだろう。
「それもお前の私事か?」
「ま、まあそんなところだ。では私は失礼する!」
尾刃カンナは顔を赤らめながらズカズカと病室を去っていった。一体何を恥じていたのか理解できない。公安局長の名に恥じない立派な態度だったと思うが……?
――ん、どうしたアツコ? ……乙女心? す、済まないがよく分からない……。
アツコに軽く呆れられてしまった。だ、だがともかく、もらった忠告については真剣に考えるべきだろう。
――私達は、アリウスは、これからどうすべきかを。
◇ ◇ ◇
アビドスの空き教室――今はアリウスが使わせてもらっている――にて、アリウスの班長達が集まって会議をしていた。議題は『アリウスの今後の方針について』
ドンッ、とスバルが机を叩く音が響く。
「サオリ、あなた今なんと?」
「アリウスを存続させるならトリニティと合流するべきだと言った」
「本気で言ってるんですか、それ?」
「本気だ。むしろアリウスで独立しようなどという考えが本気か疑わしいところだ」
「あ、あの、あわわわ……」
アドバイザーとして同席を求められたアヤネがヒートアップしていくスバルとサオリを止めようとするが、互いの迫力に声が詰まってしまう。ちなみにこの場を収められそうなアビドス生徒会長は現在トリニティへ外出しており不在だ。いつも隣にいてくれる同級生も本日はバイトで不在である。二年生ズはどちらかというとこういうのを煽る側だ。アヤネは胃が痛くなった。
「こちらも本気ですよ。大体、今現在私達はバイトもして生活できているではないですか! それなのになんで今さらトリニティの下に着くような真似をしなければならないのです⁉」
「借り物の校舎で、借り物の身分でな。住まわせてもらっている寮も何もかも、全て借り物だ」
「そ、それは追々返していきます」
「追々? アビドスだってけっして豊かではないんだぞ? 彼女らの負担を無視するのか?」
「そんなことは……あの、アヤネさん、私達負担になってないですよね……?」
スバルから向けられる視線に対して思わず目をそらしてしまうアヤネ。それが真実を物語っていた。
彼女らがバイト等で稼いだ費用から必要経費は貰っているので一応かかっている諸経費は額面上トントンではある。しかしそれにはバイトの斡旋や彼女達への教育といったアビドス側の人件費は含まれていない。それを嫌だとはアビドス側は思っていないが、だからといって負担が無いかと言われるとそうではないのが現実だった。
「ほらみろ」
「うるさいですね!! 大体トリニティに合流するのだって似たようなものでしょう‼ あいつらにへりくだって恵んでもらって生活するなんてプライドは無いんですか!!」
「無い」
「なっ⁉」
「というより今の私達はプライドを持てるほど強くない。大切なものを守り抜く力が今の私達には無い。……私達は無力だ。それを最初に理解しなければ私達は
「知った口を……」
「知っているからな。……エデン条約のあの日、お前達が教えてくれたんだ。お前はアリウスがこれ以上罪を重ねないようにと、命をかけてトリニティとゲヘナの生徒を守った。ウルフウッドもそうだ。手が届かないからお前達を頼ったと聞いている。……譲れない大切なものを守るために、そう行動できている。今回も同じことだろう?」
「違います!」
「違わない! 無謀な独立の先に何がある。答えろ! それは私達の未来を取り戻してくれた者達に誇れるものなのか⁉
「そ、それは……」
「ベアトリーチェやマスターに刷り込まれたトリニティへの怨みはわかる。それが簡単に払拭できない気持ちも理解する。しかし私達はそれも飲み込んでより良い可能性を選択すべきだ。その責任が私達にはある。……お前達はあの日、それが出来てたじゃないか。その選択のおかげで今があるんだろう……?」
「……歴史が繰り返されたらどうするんですか?」
「少なくとも今のトリニティには私達の味方がいる。アズサの友になってくれた者、メリィを癒してくれた者、入院している儀仗隊を看てくれている者がいる。ミカのボロボロだった姿も見ただろ? ラズロという最凶のミメシスの攻撃を、ホシノと一緒にその身で受けて私達を守ってくれたんだ。彼女らが差し出してくれた手は信じてもいいんじゃないのか?」
「……裏切られたら、どうします?」
「……その時は逃げよう。そして新しい行き先を切符に書けばいい」
「……ですが……やはり……」
「――ここまで来れたからこその矜持か。わかった。ではここから先はアリウス流で決めよう。私がお前達の虚しさを受け止めてやる」
◇ ◇ ◇
「――それでお姉さんが留守にしてた間になんでこんなことになってるの?」
対策委員会の部室から校庭を眺めつつ、ホシノはアヤネに尋ねた。
下ではなぜかサオリをトップとしたグループとスバルをトップとしたグループでアリウスが大まかに二分され、開戦間近といった光景が広がっていた。
アヤネがホシノの質問に答える。
「あ、あの、それが……スバルさんとサオリさんで今後のアリウスの方針について対立してしまって……。それで議論が平行線になりかけたところでサオリさんが『アリウス流で決めよう』と言い出して……」
「あ〜、なるほどね。それでスバルちゃんに同意するグループとサオリちゃんに同意するグループで分かれて喧嘩で決めようぜってことになっちゃった訳か〜」
「す、すみません、止められる雰囲気でもなくて校庭を貸し出してしまいました」
「ん〜……まあいいよ。きっと彼女達に必要な儀式みたいなものだろうから」
「儀式……ですか?」
「ところでアヤネちゃん、これ、どっちがどんな主張なの?」
「え、あっ、はい。アリウスの方針会議で、まずスバルさんが『このままアリウスで独立しよう』と主張しました。それに対してサオリさんが『トリニティと交渉し、合流を目指そう』と反論して意見が対立してしまい……私はサオリさんの言うことの方が正しいとは思うのですが、スバルさん達の気持ちも痛いほど分かるので……」
「それで止められなかったってわけね。まぁ仕方ないよ。私達アビドスはどっちかと言えばスバルちゃん側だからね。だから『
「……はい」
「で……サオリちゃん側が6、スバルちゃん側が3、残り1は悩んでてどちらも選べないって感じかな。……うへぇ、サオリちゃんが『合流派』でよかったよ。お姉さんが説得する手間が省けそうだ」
「手間が省ける? ……そう言えばホシノ先輩、今日はトリニティに呼ばれて行ってたんですよね。これに関係する話でもあったんですか?」
「関係も何も正にこの話。ナギサちゃんに呼ばれてさ、アリウスをトリニティに迎え入れたいから説得に協力してくれって頼まれちゃってね〜」
「え⁉ ナギサさんって、トリニティの生徒会長のナギサさんですよね⁉ あの方から直々に⁉」
「まあね〜。詳しい内容はこの後みんなにまとめて話すよ。この喧嘩も直ぐ終わるだろうし」
「確かにこの戦力差では……」
「いや、戦闘自体は多分サオリちゃん対スバルちゃん達になるよ。ほら、サオリちゃん陣営の子達、後ろに移動してるでしょ」
「え、あれ? なんで⁉」
驚きを隠せないアヤネ。それもそのはず、サオリをただ一人前に残し他の隊員は戦場の後ろへと下がって行くのだから。それもサオリを援護できるような位置取りではなく、まるでサオリをただ見守るような配置で。しかも指示しているのはサオリ自身の様に見える。
「……まさかサオリさん、一人でリンチにされてスバルさん達の溜飲を下げようなんて……と、止めないとッ!!」
「ストップ、アヤネちゃん。逆、逆。サオリちゃん一人で全員叩きのめすつもりなんだよ、あれ」
「えぇ⁉ 先輩達じゃないんですよ⁉ 無茶に決まって……えっ?」
アヤネの視界にアビドス二年組の姿が入る。二人はホシノと同じ様に心配する素振りすら見せず観戦を決め込んでいた。シロコに至っては自分達ならどうスバル陣営を倒すかノノミに話している始末だ。視界を下に向けるとスバル達も緊張している。数の優位を捨てサオリ一人という舐められた状況にも関わらずだ。
「もしかしてサオリさんってそんなにお強いんですか……?」
アヤネがこぼした疑問にホシノが答える。
「もしかしてアヤネちゃん、カイザーの騒動の時にサオリちゃんがニコラスに瞬殺されてたから勘違いしてる? あれはニコラスも言ってたけど経験の差があったからだよ。ニコラスはリヴィオさんとの戦闘経験があって、サオリちゃんはニコラスとの戦闘経験は無かった、その差。アヤネちゃん達は見てないけどラズロのミメシスとの戦闘の時は凄かったんだから、サオリちゃん」
「ラズロって……ニコラス先輩の過去話に出てきたあのラズロですか⁉ ニコラス先輩が殺されかけたっていう⁉」
「あ、そういえばまだ話してなかったね。そうなんだよ〜、そいつのミメシスとあの時戦闘になってさ〜。ニコラスと違ってヘイロー無かったんだけど、それ除いてもメチャクチャな化物だったんだよ。で、その戦闘でのMVPがサオリちゃん」
「ん、悔しいけど今の私じゃまだ勝てない」
「ホシノ先輩とミカさんがパニッシャーを一本ずつ引き受けてくれてたとはいえ、『一本なら経験済みだ』と言ってパニッシャーの攻撃を掻い潜ってましたからね〜。サオリさんが近接戦を仕掛けてくれたからラズロに隙を作れたわけですし」
二年コンビが会話に割り込んで相槌を打つ。
「そ、そんなに強かったんですね、あの人……」
「アリウスの子達も弱い訳じゃないけど、サオリちゃんは頭抜けてるよ。ましてやあのダブルファングは乱戦に滅法強い。だからゲリラ戦ならまだしも校庭で正面からやりあうこのやり方じゃあねぇ……。喉元をいきなり噛み千切られて酷いことになるのがオチかな」
戦闘開始の合図が校舎に響く。
ホシノの予想通りサオリが開始と同時にスバル陣営の中心に跳躍する。そして前後左右同時発射可能なダブルファングによる死角の無い殺戮戦闘術により、一瞬にして数多の生徒が倒されてしまった。もはや陣形も指揮も意味を成さず、残された生徒たちはただサオリへと突撃していくだけ。そしてサオリはそれを迎え撃つ。それに『機能としての戦闘』の様子はなかった。
――それは正しく『子供の喧嘩』
「……ホシノ先輩が儀式って言っていたこと、少し分かった気がします」
「多分さ、スバルちゃん達も薄々分かってるんだよ。でも気持ちの整理がつかない。だからその鬱憤を何かにぶつけたい。サオリちゃんはそれを受け止めてあげたい。子供に戻れた彼女達にはきっと必要な喧嘩なんだよ」
「……なんかホシノ先輩、たまにお姉さんっていうよりお母さんみたいな時ありますよね」
「うちの長男も問題児だからねぇ〜、そういう役もしないといけないんだよ〜。素養あるしアヤネちゃんもママにならない?」
「あはは……私は先輩達を子供扱いはできないので遠慮しますね」
苦笑いしながら下で繰り広げられる光景を眺めるアヤネ。その横でシロコが存在しないシッポを振りながら目を輝かせていた。
「――楽しそう。ちょっと混じってきていい?」
「ダメだよシロコちゃん、ステイ。ノノミちゃん、シロコちゃんを抑えておいて」
「ん、ノノミも一緒に行こう!」
「そうですね〜……えいっ♡」
ノノミがシロコをハグして捕らえる。
「今回は待ちましょう。これは邪魔しちゃいけないものでしょうから」
「む〜」
膨れっ面のシロコの頬っぺたをムニムニと弄るノノミ。二人がそうやってイチャついてる間にサオリが積み上がった生徒達の上で勝どきを上げていた。
◇ ◇ ◇
荘厳なテラスにポツンとテーブルが置かれている。それに置かれているティーセットを挟んで、ナギサ、セイアの二人と、サオリ、アツコ、そしてホシノの三人が椅子に座って相対していた。
「――アリウスは分校としてトリニティに合流する……それで宜しいですね?」
「ああ。そしてアリウス生徒会はアリウススクワッドが担当することになった。よって今後の協議も引き続き私達が担当する。アツコが生徒会長、私が副会長だ」
「アリウス生徒会長になった秤アツコです。改めて宜しくね、ナギサさん、セイアさん」
「はい、宜しくお願いします」
「宜しく頼むよ」
挨拶を交わしたセイアが労る様な目でアツコを見つめる。
「……しかし、大変だっただろうに。君は『あれ』の依り代にされていたのだろう? その心労は想像を絶するものだったはずだ。……大丈夫かい?」
「……大丈夫。なんともないって言えば嘘になるけれど、だからこそ皆のために何かしたい気持ちの方が強いから……」
「――わかった。だが無理はしないように。少なくともここには君を責める者はいない。それに皆君より年上だ。何かあれば気兼ねせず頼ってくれたまえ」
「うん、ありがとう」
「では協議を進めるとしようか」
そうしてトリニティとアリウスの擦り合わせが行われていく。トリニティからの教材等の支援、互いの感情を考慮してまずはアリウス側の希望者からトリニティへ留学生として招き入れていくこと、風紀組織の連携方法、その他諸々――
「――それで皆さんの校舎についてなのですが、アリウス自治区の修復をしていこうと思っています」
そう告げたナギサの顔が少しばかり申し訳なさそうに歪む。
「ただ……現状はエデン条約襲撃時の修復作業で手一杯でして、申し訳ないのですがアリウス自治区の修復着手には今しばらく時間がかかってしまいます」
「仕方ないよ。サッちゃん、派手に暴れてたもんね」
「そ、それについては反省している……」
気不味そうにするサオリ。一応作戦内容はベアトリーチェ考案で自分たちは実行させられていただけなのだが、実は内心ゲヘナの飛行船を爆発した時はちょっとスカッとしていたことは内緒である。
そんなことは露知らずナギサが話を続ける。
「そこでアビドスの皆さんにご協力いただこうかと思っています」
「うへ〜、やっとお姉さんの出番だよ〜」
「聞けば現状、アリウスの方々はアビドスの空き教室を借り、復学支援部から支給された教材を使って学習されているとか。また住む場所も提供頂き、アビドス廃校対策委員会の名義を借りてバイトしているとも聞いています」
「……本当に、感謝している」
「サオリちゃん、そう畏まらないでよ〜。こっちは誰も使ってないモノを貸してるだけなんだしさ〜」
「そこでホシノさんに相談させていただいたのです。アビドスにはトリニティの姉妹校になっていただけないか、と」
「確か諸々の支援手続きの簡略化が目的だとホシノから説明を受けている。……ただその時は疑問に思わなかったのだが、本当に理由はそれだけなのか? なにか負担を強いてはいないだろうか?」
「……サオリちゃんって時々鋭いよね〜。実は皆の前で言えなかった理由もあるんだよ。サオリちゃんが心配してるようなものじゃないけどね」
「それで、その理由とは……?」
「アリウスが正式にトリニティ分校として認可されるとさ、現状ってトリニティがアビドス校舎を占拠してることになるんだよね」
「っ!? そんなつもりは――」
「わかってるよ。ただそう解釈することもできる状況ってわけ。それを理由に攻めてきたりする輩もいるんだよ。『トリニティの横暴を許すなー』とか言ってさ。気分の良い話じゃないから皆には黙ってたんだ」
サオリの脳内に攻めてきそうな輩、主にゲヘナ生徒会長の顔が浮かぶ。
「ですが姉妹校となれば友好を結んでいる訳ですからアリウスの皆さんがアビドスにいても何ら問題はありません。諸々のレンタル費用を支払って公的に色々お借りしているということにできます」
「なるほど、そんな事情もあったのか……勉強になる」
「そゆことそゆこと」
「はい、ですのでサオリさんやアツコさんが心配されることはありませんよ」
ニコリと笑うアビドスとトリニティの生徒会長。
ちなみに実はもっと裏の事情もあるにはある。ホシノには懐事情的な。ナギサには政治的な。だがこれは各々の内々的な話だし、あえて語るモノでもない。そのため二人の生徒会長は笑顔でこの話題を流す。
(……確かに勉強になるね)
二人の生徒会長仕草にアツコは組織の長ともなれば清濁併せ呑む度量がいるのだなと学んだ。
そんな一幕がありながらも協議はつつがなく進む。過去の弾圧の歴史を繰り返さぬ為に両校の歴史の記録を照合していくという協力を取り付けたところで本日の議題は終了した。
「――とりあえず予定していた議題は以上です。他に何かありますか?」
「……あの、議題じゃないんだけど探しモノをしていて……」
ナギサの確認に対してアツコが相談を投げかける。
「探しもの、ですか?」
「拾われてたらトリニティにあるはずだから。……エデン条約締結日にマスターが着けていた髑髏の仮面を探しているの」
「マスター・チャペルの装備品をですか? ……理由を尋ねても?」
「……僅かな可能性だけど、チャペル儀仗隊だった子達を救えるかもしれないから……」
「彼女達を、ですか?」
チャペル儀仗隊だった四人の生徒は今もトリニティの病院に入院している。マスター・チャペルに蹴られ負傷していた生徒以外は体に異常が無いにも関わらず。
というのも、強力な暗示か何かをかけられているのか彼女達はあらゆるモノに興味も示さず反応もせず、まるで糸の切れた人形の様な有り様なのだ。
メリィやアズサといった彼女達と同期のアリウス生徒が交代でほぼ毎日彼女達に話しかけてはいるものの、改善の兆しすら見えていなかった。
だからこそ、僅かでも可能性があれば試したかった。
「――なるほど。……当時に関連するものであれば証拠品として正義実現委員会が回収しているかもしれません。私からも連絡しておきます」
「ありがとう」
そうしてアツコ達はティーパーティーを後にした。
◇ ◇ ◇
「エミ、今日はね……」
戦部メリィの最近の日課はチャペル儀仗隊だった生徒達へのお見舞いだった。授業が終わった後、彼女達の病室に赴き毎日話しかけたり世話をして過ごしている。
シスターフッドの皆には感謝しかない。エデン条約での騒ぎもまだ落ち着いておらずシスターフッドも色々忙しいのに、それでも私に彼女達へのお見舞いを優先させてくれている。ミネ団長が「彼女達の心を救護するにはメリィさん達の語りかけが必須なんです」と言ってくれたことも大きいだろうが、それでも文句を言わないどころか花束などの見舞品まで私に持たせてくれるシスターたちには、本当に感謝しかない。
こんなにも優しい人たちも居る。あなた達の為に祈ってくれる人がいる。
「――だから、目を覚ましてよ……エミ」
未だに彼女の目は虚ろで、開いていてもどこも見ていない。
――主よ、これは彼女達への罰なのですか? 私の姉の命を奪い、仲間を虐げ続けたことへの罰なのですか? だとしたら、違うのです。それは彼女達の意思ではなかったはずなのです。ですから主よ、彼女達に慈悲を……どうか……
「……メリィ、今日も来てるんだね」
「アツコ……」
アツコとサオリが病室へと入ってくる。ちなみにホシノは気遣って部屋の外で待機していた。
アツコがメリィに近づいていく。
「そういえばアツコはアリウスの生徒会長になったんでしたっけ。アズサから聞きましたよ」
「うん。……マスターのしたこととはいえみんなには迷惑かけちゃったから……少しでもみんなの為に何かできたらって思って」
「それでお見舞いに来てくれたんですか? ありがとうございます。……きっと皆も喜んでくれます」
「……どうだろう? もしかしたら私を恨むかもしれない」
「やったのはマスターです。そんなことは……」
改めてアツコを見てメリィは固まる。アツコの手にはマスターの髑髏の仮面が握られていた。メリィは思わず体を震えさせながら後ずさる。
「なっ、なんでそんな物を⁉」
「『マスターの声』なら届くかもしれないから」
「……まさか⁉」
彼女達はマスター・チャペルの命令だけにしか興味を示さない。そう改造されてしまった。だからこそ、その器であった自分の声なら彼女達に届くかもしれない。それがアツコの見出だした可能性。
アツコは髑髏の仮面につけられている変声機を調整し装備する。何度もマスターがしていた所作、体がそれを覚えていた。
『あ』
試しに出した一声にメリィとサオリがビクリと反応する。トラウマを引き出すその声はまさしくマスター・チャペルのものだった。
それが聞こえたのかアツコの最寄りにいた儀仗隊の一人、エミもアツコを見ている。
確かに反応している。希望を持つには十分すぎる反応だった。
アツコがエミに顔を寄せ、命令する。
『……貴様らの機能はもう不要だ。ただの子供に戻るといい』
アツコが体に染み付いているマスターを演じて命じる。しかし……エミはまだ動かない。
皆がやはり無理なのかと思った時だった。
エミの毛布にポタポタと水滴が染みていく。
「あ、ああぁぁ…………」
「エミ!!」
メリィが喜びながらエミの顔を覗き込む。しかし毛布に落ちたエミの落涙は歓喜によるものではなかった。
彼女の表情は深い絶望に染まっている。
「……殺、して……」
「え?」
「……私を、殺して……殺してよぉぉぉッ!!」
「何を言ってるんですかエミ!!」
「だっで、わ゙だしはリリィざんを゙、みんなを゙……あ゙、あ゙ぁぁあああああッ!!」
エミが絶叫しながらメリィに懇願する。
――私を殺して
甦る記憶、その内容にエミは耐えられなかった。
仲間を傷つけてしまった罪悪感がエミを押し潰していた。
「殺してッ、殺してよ゙メリィ!! 私が憎いでしょ⁉ だから殺してッ、お願いだから私を殺してよッ!!」
「嫌です! 生きて欲しいんです、あなた達には」
「なんでッ⁉」
「だって、友達じゃないですか!」
「何をい゙っでっ、わだじはあなたのお姉さんを゙ッッ!!」
「……あなたが分けてくれた乾パンの味を、私は覚えています」
エミとメリィに、ある日の記憶が甦る。マスターの選抜訓練。血反吐を吐くような辛い環境の中、成績不振でご飯を抜かれたメリィにエミが乾パンを分け与えてくれた、暖かい友との記憶。
「だからお願い、生きて……殺してなんて言わないでよぉ……」
メリィはただ力いっぱいエミを抱き締める。死に向かおうとするエミを引き留めるように、その辛さを一緒に背負うように。
病室にはしばらくエミの泣き声が響いていた。
でも、それは先ほどの絶望を嘆くものではない。
それは確かに、希望の産声だった。
(……ようやく、切符が行き届いた)
サオリは涙を拭いながらそう思う。
これでアリウスみんなでやり直せる。
まだ課題も山積みで、きっとこれからも困難に見舞われることもあるだろうが、それでも今、私達はスタート地点に立てたのだ。
――後は切符をくれた人達に誇れるような行き先を描いていくだけ。あの人のように力強く歩んでいくだけだ。
プチアリウス編のようなエピローグでした。
取り戻した切符でアリウスはどうしようか、というお話。
ぶっちゃけ「パンの味を覚えてる」のネタをやりたかっただけでもあったり。
儀仗隊の一人、エミの名前の元ネタは当然エミリオです。
なんかサオリが原作と違って自分探しも全然せずに成長できてるんですが、これはウルフウッドの背中を見てなりたい自分像を既に掴んでいたり、そのほかにも色々な人が手を貸してくれている状況を目にしていたりしているためです。
あと戦闘力は原作よりもダブルファング化によって強化されているので、各学園のトップ層に食い込むレベルにアップしています。ヘイローついてるリヴィオみたいな感じなので実はバチクソに強いサオリちゃん。
ちなみにトリニティとアリウスの間にアビドスが噛んでいるので原作のトリカス生徒が間に入ることができずにアリウス再生が爆速で進行中。
トリカスムーヴはやっぱりカス、はっきりわかんだね。
なおエピローグはあとナギサ視点の話とセイアの予知関係の話の二話を予定しています。なんか完全にエピローグ詐欺なんですがどうしても書いておきたい内容なのでお付き合いよろしくお願いします。