インフラが停止し静まり返ったD.U.の街中を、一台のストライカー装甲車が猛烈な速度で駆け抜けていた。本来、機銃が据え付けられているはずの屋根部分に、巨大な十字架を抱えた男が鎮座している。気を張っているためか、その男からは獲物を探す餓狼のような気配がにじみ出ていた。
その車内でサキが苛立たしげに愚痴をこぼす。
「狭すぎだろ! これならウルフウッドと同じ上に出てた方がマシじゃないのか⁉」
「し、しかたないよ、サキちゃん……使える車が一台しかなかったんだし……」
車内はRABBIT小隊と復学支援部の部員たちで、文字通り身動きも取れないほどに詰め込まれていた。明らかに過剰積載だ。ミヤコが「ウルフウッドの席はない」と言っていたのは本当で、彼と愛用のパニッシャーが収まるスペースなど物理的に存在していなかった。
ちなみにミヤコと先生だけはゆったり座れる運転席だ。それがサキの苛立ちをさらに掻き立てていた。
そんな中、何人かの生徒がけたたましいプロペラ音が近づいてくるのを聞き取る。敵側のモエが予想通りヘリで現れたのだろう。
<ぐへへへへ、全武装放っちゃっていいんだよね! 吹き飛ばしちゃっていいんだよね⁉>
こちらの慌てぶりを見たいのか、それともただ興奮しているだけか。スピーカー越しに響く声は恍惚としていた。
「……モエだな」
「モエちゃんだね……」
「私だね〜」
本来ならば絶対絶命の状況のはずだった。だがサキ、ミユ、モエの三人は、相手のソックリ具合に驚く余裕さえ見せる。それもそのはず、この装甲車の屋根にはあの男がいるのだから。
「花火好きのお前にプレゼントや!!」
――次の瞬間、轟音が響き渡った。車内の人間には直接見えなかったはずなのに、全員が確信していた。ヘリが撃墜されたことを。
「……ウルフウッドに正面から挑むとか自殺行為だろ。本当に私達なのか? いや、まあモエならやりかねないが……」
「失礼だなぁ、私だって任務中ならそっち優先するよ。くひひ、でも私が吹き飛ばされるところ見たかったなぁ〜」
「モエちゃん……で、でもあっちの私達がウルフウッドさんのこと知らないっていうのは、本当みたいだね」
<皆さん、これからシャーレに突入します。衝撃に備えてください>
三人の会話に割り込むように、運転席のミヤコから通信が入った。装甲車の目前に、シャーレの入り口が迫っていた。ミヤコはアクセルを深く踏み込む。入り口にはヘルメット団の偽物と思しき生徒たちによるバリケードが築かれていたが、装甲車はそれを一切無視して加速する。バリケードも、偽物の生徒たちも蹴散らしながら、その車体をシャーレの中へと突っ込ませた。
「あ、あいつら無茶苦茶すぎ……ぐえっ!!」
轢かれた偽物たちが悲鳴を上げる中、装甲車から次々と降り立つ復学支援部の生徒たちが彼女らを処理していく。
――そして、新たな事実が発覚した。
「エントランスの確保完……ちょっと待て、なんだこれ……?」
偽物の生徒を取り押さえていた者たちが驚きの声を上げる。倒したはずの偽物たちが次々と光の粒子となって消えていくからだ。
ウルフウッドと先生には、その光景に見覚えがあった。マスター・チャペルの攻撃によって消えていった、ホシノやスバルのメモリーたちの姿が脳裏を過る。
(……あれと同じや。やっぱり変装とかやなくて、ミメシスの類いか)
(“似すぎている……!! まさか本当に『
「――先生、これは一体……」
ミヤコに声をかけられ、先生は意識を現実に引き戻した。
“ わからない。ただ、誰かの変装の類いではなさそうだね。そして、
先生はシッテムの箱をシャーレのエントランスカウンターに接続した。アロナが爆速で、リンたちが閉じ込められている場所を割り出す。
“ ……リンたちの居場所がわかったよ。居住エリアの四階だ ”
ミヤコはシャーレの間取りを確認しながら、最適な侵入ルートを思案する。
「居住エリア……なるほど。多分、相手の指揮官は私ですね。私だったらという配置です。なら、このルートを使いましょう」
「ん? 少し遠回りちゃうか? こっちのが近いやろ」
「私なら相手が最短ルートで来ることを予想して、トラップを多めに仕掛けておきます」
「なるほど。せやからあえてこのルートっちうわけか」
“ ミヤコ、監視カメラも使用不能にできそうだけどしておくかい? ”
「そこまでできるんですか⁉ でしたらお願いします! ついでに最短ルート側のシャッターはあえて降ろさないようにもできますか?」
“ できるよ。こちらの進攻ルートを欺瞞するんだね ”
「はい。監視カメラという目を失った状態で予想される混乱をしていれば、相手は必ずこれに食いついてきます」
“ よし、じゃあその作戦で行こう!”
シッテムの箱がシャーレに深くアクセスし、その力を振るう。非常ベルがけたたましく鳴り響き、あらゆる場所でスプリンクラーが作動し、防火シャッターが次々と降りていく。作り出した混乱の只中へ、先生たちは突入を開始した。
◇ ◇ ◇
「おもろいぐらいハマッとるな」
ウルフウッドの呟き通り、リンたちが監禁されている居住エリアへの侵入は驚くほどスムーズに進んだ。ルート上の敵生徒はほとんどが混乱状態にあり、非常ベルの音が足音を掻き消してくれていたこともあって不意打ちで次々と倒すことができていた。ミヤコが考えた『対・自分』作戦は、見事にはまっていたのだ。
そして一行はあっという間に目的のエリアへと到達する。ポイントマンのサキが意気揚々と先行しようとしたその瞬間――
「ッ! アカン!!」
ウルフウッドがサキの肩を掴み、曲がり角の陰へと引き戻した。直後、彼女が立っていた場所に凄まじい弾幕が走る。
「……今のはノノミやな。あいつらに会わんと思うとったら、なるほど、ゴールで待ち伏せしとったわけか」
ウルフウッドはミヤコたちに言い放つ。
「ミヤコ、作戦変更や。ここはワイに任せて、お前らは回れ右して地下へ行け」
「で、ですがッ」
「ええか? そもそもリンたちを救出しに来たのは、手の届かんところへ運ばれて人質にされんためや。逆を言えば、そないならへんのやったら救出までせんでもええねん。
「む、無茶苦茶な……」
「あのな、こないなとこで時間かけられへんのやぞ。せっかくお前の作戦で敵は混乱しとんねん。立て直す時間与えんと、ちゃっちゃと攻めな。センセも
“ うん、わかってる。――ミヤコ、ここはウルフウッドに任せて私たちは地下に行こう。少なくともあちらのミヤコたちもまだ残ってるからね。油断はできない ”
「……分かりました。ウルフウッドさん、ここはお願いします」
先生たちは踵を返し、地下のクラフトチェンバーへと駆け出した。それと同時にウルフウッドは通路の影からパニッシャーだけを出し、ノノミの銃撃が来た方向へ向けてロケット弾を放つ。
「「「「⁉」」」」
アビドスの生徒たちが驚愕の声を上げるが、それは即座に爆音にかき消された。居住エリアの窓から炎が噴き出す。
「……お、ずいぶんスッキリしたな。えっと……ひい、ふう、みい……よし、生徒会連中は全員無事やな」
「――どこをどう見たらそう言えるんですかッ⁉」
「うう、痛いです〜」
「このテロ牧師〜!!」
瓦礫の中から這い出てきたリンを筆頭に、捕らわれていた連邦生徒会の面々から怨嗟の声が噴き出した。しかしウルフウッドは「んなもん知るか」とばかりに態度を崩さず、煙の奥に揺らめく人影を鋭く見据えていた。
「お前ら、これ以上痛い目を見たくなければそこで寝とけ。
――やっぱり、お前やったら耐えるわな、ホシノ」
室内の風通しが良くなり、煙がゆっくりと晴れていく。姿を現したのは後輩たちの前で盾を構えるホシノの姿だった。
「うへ〜、お兄さん正気? 普通こんなところでそんな威力のロケット弾撃つ?」
「寂しいこと言うんやなぁ〜、同級生がおいたばーっかするの、忘れてもうたんか?」
「同級生? ……そのネクタイ、アビドスの……まさか、お兄さんアビドス生なの?」
「まさかお前らまでワイのこと知らんとはな。ただのコピーっちう訳やないんか」
「うへへ、まあ訳アリってやつでね。でも実力は本物だよ。お兄さんに凌げるかな?」
ホシノが言葉を終えるのと同時に、その影からノノミとセリカが飛び出しウルフウッドに向かって一斉射撃を浴びせた。ウルフウッドは難なくパニッシャーを盾に防ぎきるが、しかし同時にホシノが凄まじい速度で横から迫っていた。それはノノミとセリカの銃撃で縫い止められているウルフウッドにとって、必殺のタイミング。
ウルフウッドのこめかみに青筋が浮かび上がる。
(シロコもなしに情けない攻めしよって、舐めとんのかコイツら!!)
確かに必殺のタイミングではある。だがそれはシロコがいて初めて成立する連携だった。しかしシロコはここにいない。別行動中なのだろう。そもそも彼女たちの呼吸を知り尽くしたこの男にとっては、シロコがいたとしても足りないのだ。この動きは知っている。ミカエルの眼には、同じ手は通用しないのだから。
――仲間、経験、その他諸々、このアビドスの生徒たちはウルフウッドに対してあまりにも多くのものが足りていなかった。
ウルフウッドは懐からハンドガンを抜き、ホシノを牽制しながらパニッシャーを盾にノノミたちへ突撃を開始する。迫り来るプレッシャーにノノミとセリカが一瞬焦りを見せたその隙に、彼は半身を横へ反らした。ホシノとノノミたちの視線が重なる。ウルフウッドを追うホシノと、ウルフウッドを撃つノノミ・セリカの射線が交差してしまったのだ。同士討ちを避けるための、ほんの一瞬の硬直が生じる。それはこの男に対して致命的すぎた。
「その隙、もろうたで」
身を反らした反動を利用して、ウルフウッドはパニッシャーをノノミたちへフルスイングしていた。鈍い音が二度響き、二人がきりもみ回転しながら宙を舞う。
「ノノミちゃん! セリカちゃん!」
「よそ見すんなドアホ」
振り切った勢いのまま、パニッシャーをホシノに向ける。機関砲は既に剥き身となっていた。ホシノは咄嗟に弾幕と自身の間に盾を挟んだが、姿勢が悪かったのが災いし、パニッシャーの圧倒的な威力に耐えきれず壁まで吹き飛ばされてしまう。さらにウルフウッドはオマケとばかりに、こちらを狙っていたアヤネのハンドガンをその引き金が引かれる寸前で撃ち落とした。
「――お前ら弱すぎやぞ。な〜にが『実力は本物』や。せめてシロコ含めたフルメンバーでかかってこんかい。ちうかシロコはどこおんねん? お前らおってあいつおらんこと無いやろ」
苛立ちを隠さないウルフウッドの問いに、ホシノが起き上がりながら答えた。
「いてて……お兄さんが強すぎなんだよ、も〜。シロコちゃんは残念ながら別にお仕事があってね、別行動中なんだ〜。いや〜こんな人いるならこっち来てもらえばよかったよ~」
「まっ、お前らがこんな体たらくじゃシロコおっても結果は変わらんやろうけどな」
「……お兄さん、随分と私達と仲良さそうだね。本当にアビドス生なんだ」
「なんや、偽物のクセにワイが偽物かと思っとったんか。このネクタイかてユメからもろうた由緒正しいアビドス生の証やっちゅうのに……」
「え、ユメ先輩……の?」
「なんや、ユメは知っとるんやな。なんで
ウルフウッドの言葉を聞いた瞬間、ホシノの表情からいつものヘラヘラとした笑みが消える。
「……ちょっと待って、え?
「遭難て、また懐かしい話やな」
「懐かしい……? 待って、ユメ先輩は……助かったの?」
「さっきからお前何言ってんねん。遭難中にワイとユメが会って、ワイが狼煙上げて、お前がそれ見つけてワイらを救助したんやないか。まぁそん時お前に殺されかけたけどな。お前、金玉蹴るのは反則やぞ!」
ウルフウッドがあえて軽くおどけて見せたが、ホシノはそれを無視するように膝から崩れ落ちた。
「……は、はは、そうなんだ……こっちだとユメ先輩、助けてたんだ……狼煙って、なにそれ…………そっか、お兄さんが、いなかった、から……は、はははははははは、
――あ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ……」
力ない笑いの後に、絶望に染まった瞳でホシノは泣き崩れた。
――隙だらけだ。撃てば終わる。
頭では理解している。それでもウルフウッドにはできなかった。この涙が本物だと悟ってしまったからだ。
「――ホシノ先輩‼」
ノノミが痛みを堪えながらホシノに駆け寄り、うずくまるその背中を優しく撫でる。そして涙を溜めた瞳でウルフウッドを睨みつけた。
「……やめてーな、ノノミ。そないな目で見んのは。……ちょ、ほんまやめてくれ。ワイが悪いみたいやないか! ワイがなにしたっちゅうねん⁉」
「――なにもしてくれなかったからだよッ‼」
ホシノの叫びが部屋に響き渡った。濁った瞳でウルフウッドを睨みつけながら、彼女は悲痛な声を絞り出す。
「なんでッ……なんでッ⁉ なんでお兄さんは、私達のところに来てくれなかったのさ⁉
お兄さんがいてくれれば、ユメ先輩も……きっとみんなも……
先生だって……シロコちゃんだって、きっと、
なんでッ⁉ どうして……来てくれなかったの……」
――意味が分からない。ウルフウッドには、ホシノの言葉が何一つ理解できなかった。
ワイが来てくれなかった? 何を言っとる? 現にワイはアビドスで二年を過ごしてきたはずやないか。なのに目の前のこいつは、まるで『ワイと出会わなかった』かのように語っとる。――あいつらは、一体『なんのコピー』なんや?
なにも理解できない。ただ、目の前のホシノが本気で苦しんでいることだけは、はっきりと理解できていた。その理解がウルフウッドの引き金を鈍らせる。
「……お前ら、いったいなんやねん? お前らにいったいなにがあっ――」
――バサバサバサバサバサッ
大量の蝙蝠の羽音が、ウルフウッドの声を掻き消した。蝙蝠たちは一塊となって扉を形成し始める。同時に、差し込む日差しの色が不穏な朱に染まった。
ギギギ……と音を立てて扉が開く。中から現れたのは、黒いコートを羽織った鉄仮面の男だった。その瞬間、ウルフウッドの全身の毛穴がゾワリと逆立つ。
――この感覚は知っている。ナイブズを前にした時と同じ、
(こいつがッ、これが、
ウルフウッドは瞬時にハンドガンを向けたが、男はアニメのコマが抜け落ちたかのような速度で間合いを詰めていた。そして――
――トンッ
ただ、押された。それだけだった。
しかしウルフウッドにはトラックに正面衝突したような衝撃がかかり、吹き飛ばされた体がコンクリートの柱に深くめり込んだ。
「ガハッ!」
ダメージにより膝をつきそうになりながらも、ウルフウッドは急いで体勢を立て直した。その目に、帯電したベレッタを構える鉄仮面の姿が映る。反射的にパニッシャーを床に突き立て、手を離す。男の放った弾丸はパニッシャーに弾かれ、纏う雷は地面へと散っていった。
バンッ
――カランッ
その合間に放っていたウルフウッドの弾丸が、男の鉄仮面に命中していた。仮面が落ち、露わになった素顔を見てウルフウッドは思わず息を呑む。
「ハッ、あいつの予知夢はこういうことやったわけか。そのツラ、その技……まさか吸血鬼がセンセの偽物やっとるとはなァ! ――いったいなんやねん、お前らァッ⁉」
ウルフウッドが叫ぶ。それに応えたのは黒コートの先生ではなく、二人の戦闘中に扉の奥へ避難していたアビドス生だった。未だ泣き続けるホシノを支えながら、ノノミが静かに言う。
「……私も、お兄さんみたいな先輩が欲しかったです。でも、そうはなりませんでした。ならなかったんです。……
応える義務などない。教えたところでメリットどころかデメリットしかない。
それでもノノミたちから向けられる目に、ウルフウッドは黙っていることができなかった。
「……ニコラス・D・ウルフウッドや。覚えとき」
「……ありがとうございます。ではさようなら、ニコ先輩……」
「あ、ちょッ、待てや!」
ウルフウッドが再び銃を構えるが、黒コートの先生が射線に立ちはだかった。彼は構わず発砲するが、その弾丸が直撃したにもかかわらず先生はノーダメージのように悠然と落ちていた鉄仮面を拾い上げる。
そして先生は装着した鉄仮面越しにウルフウッドを一瞥すると、扉の奥へと姿を消す。扉は再び蝙蝠の群れとなって散り、跡形もなく消え去った。
「……チッ! ホンマなんやねん‼」
ウルフウッドの苛立った叫びが響く中、その部屋には不穏な紅い光が差し込んでいた。
アビドスVSウルフウッド
アビドス勢はシロコいないしホシノはメンタルデバフってるプレ先ホシノだしウルフウッドとの訓練もないので、まあ戦闘力の差としてはこんなんかなと思います。
プレ先ホシノ、泣いちゃった。でも仕方ないよ。こっちだと超強いアンチャンがポップしてて、なんか自分らと仲良さそうだし、ユメ先輩も助かってまーすなんて聞かされたらねぇ。
でもホシノ、そうはならなかったんだよ。だからホシノたちの物語はそれで終わりなんだ。
キレるわんなもん。
ウルフウッドとしても家族同然の相手が絶望に歪んで泣き叫んでるのを撃つのは流石に無理でしょ。偽物だとわかってても多分辛いよ。
本当に誰も報われねえ胸糞バトルだなぁ……