赤暗い密室にて三人の人物が相対していた。黒服、マエストロ、ゴルゴンダ。
ゲマトリアが集結し、情報交換をしていた。黒服が口を開く。
「先ほど観測された六つのエネルギーについてですが、百合園セイアの予知した内容に近い現象も起きています。現状では断定できませんが『色彩』である可能性が高いでしょう。我々の計画を早める必要があるかもしれません」
ゴルゴンダが口を挟む。
「アビドス地下砂漠のオーパーツはカイザーの手に渡ってしまっていいのでしょうか? ちょうど発見し採掘されていると情報がありますが」
黒服はフムと軽く顎を撫でつつそれに応える。
「……そちらはあまり心配しなくて良いでしょう。何せプレジデントは、どんな手を使ったところでアレを制御できないかと。ですのでこの盤面に影響を与えることはありません。それにアレが『箱舟』でない以上、我々が興味を持つ事項でもありません。――して、お二人の状況はいかかですか?」
黒服から各々の計画状況の確認がされる。先に答えたのはマエストロだった。
「ミメシスで完成された聖徒の交わりは一期。アンプロジウスは失敗、グレゴリオはまだ準備が終わっていない」
ゴルゴンダがそれに続く。
「怪談の無限図書館はまだ始まったばかり……そしてアミューズパークのマジシャンも……まだ時間が必要そうですね」
最後に黒服が伝える。
「デカグラマトンの預言者は、理解者『ビナー』に審判者『ケセド』……そして栄光『ホド』の力を確保しました。……デカグラマトンは預言者を残し、死を選んだ。現状はこれが最善というところでしょうか。これが神聖の再臨『パルーシア』を再現するものなのか確認したかったのですが……残念ながら、時間がありませんね。忍び寄ってくる『色彩』、復活目前の『無名の司祭』……これらに備えておかねばなりません……」
黒服がそう言い切ると、重い沈黙が場を支配する。恐らく自分達の研究対象の多くが失われるであろう出来事がこれから起こる。それは彼らとしても歓迎すべきことではないからだ。
「キヴォトス中の、数多の神秘が消えてゆくのですね」
「……その明滅をも、私達の探究であったとしましょう」
それはどこか観測者の視点。自分達は当事者ではないような傲慢な思考。
――だからだろうか。まるでそれを否定するかのように、彼女が現れた。
ゲマトリアの目の前の何もない空間に薄暗いポータルが開く。その中から割れたヘイローを持ち、黒い衣服――ドレスとも、喪服ともとれるそれを身にまとった生徒が姿を現す。
「あなたは……成程……『色彩』は、すでに『名もなき神』と接触した後でしたか……これは完全に私の不手際です。嗚呼、狼の神の裏側は――そういうことだったのですね。命あるすべてを常世へと導く、死の神……それが貴方の神秘の裏……」
黒服が言葉を言い終える前に、銃声が鳴り響いた。
◇ ◇ ◇
シャーレ地下室にて、血を流し力なく壁にもたれ掛かっているミヤコにミヤコが銃を突きつけていた。まるで鏡合わせのような光景だが違うことがある。一方は敗者で一方は勝者なのだ。
血を流しているミヤコが自身を嗤うように喋り出す。
「あなた達がシャーレに突入してきた時点で、こうなるだろうなとは予想していました。……正義もない、先生もいない……そんな私が『あなた』に敵うわけないのですから」
「……あなたは『何』なんですか?」
「答えるわけないじゃないですか、と言うべきでしょうが……少し気分がいいのでお話しましょう。――私は、あなたです。と言っても
それを聞いて、シッテムの箱をクラフトチェンバーに接続しながら先生が口を挟む。
“ つまり君は、違う世界のミヤコの『
「……そうですが、ちょっぴり違います。私達は『墓』に刻まれた『
“ ……グレイブって、まさか、君達は……ッ ”
「お察しの通りです、先生。私達は『終わってしまった物語』なんです」
「さっきから何を……ッ!」
話しについていけてないこちらのミヤコが苛立ちを露にしながら、改めてミヤコに銃を突きつける。
「それでッ、もう一人の私は何が目的なんですか!?」
「時間稼ぎです」
メモリーのミヤコが微笑む。
「この世界を維持しているサンクトゥムタワーを停止させ『綻び』を生じさせること……その目的は既に達成しています。勝者は……私達なんですよ」
その言葉に合わせたかのようなタイミングで先生達に通信が入る。通信機からウルフウッドの声が響いた。
<センセ、連邦生徒会の連中は安全な場所まで連れ出せたで。ただそれよりも外がおかしなことになっとる! なんやねんこれ⁉>
“ 外がおかしい? こっちは今地下で分からないんだ。どうなってるのか教えてくれないか ”
<――真っ赤や、空が全部真っ赤になっとる……>
“ 真っ赤な空…… ”
――緋色に染められた虚空
セイアの予知夢の一節が先生の頭をよぎる。それはキヴォトス終焉の景色。
「――これから『終わり』が始まります」
「『終わり』⁉ 『終わり』とはなんですか⁉」
ミヤコがミヤコに問いただす。
「……実を言うと私もよく分かっていません。ただ、あなた達にはどうしようもない困難が待ち受けているのは確かです。………こんなことを私が言える資格はありませんが――」
メモリーのミヤコは懐からハンドガンを取り出し、自身のこめかみに添えた。涙で一縷の線を描きながら力ない笑みを浮かべる。
「――あなた達は、折れないでくださいね」
「待ちなさいッ!」
“ ミヤコッ! ”
二人の制止する声も虚しく、乾いた音が部屋に響く。ミヤコのメモリーが光の粒となって消えた。
「……先生、なんなんでしょうか、これは。私達は『何』と戦ってたんですか?」
ミヤコが狼狽した声で先生に尋ねる。
目の前で消えたのは確かに自分だった。見た目だけではない。相対した時に感じた思考の癖、その技能、それは間違いなく自分だった。そんな自分が、まるでこれから世界が終わるようなことを告げて消え去る。まるで都市伝説のドッペルゲンガーにでも遭遇したかのような冗談みたいな状況。
現状がもう既にミヤコの理解を越えていた。
“ ……ウルフウッドの言ってたことが気になる。外に出よう ”
先生はミヤコの問いに答えられなかった。
確信が持てないからというのもある。ただ仮に予想通りだったとしたら、あまりにも……救われない。どうしようもない話だからだ。
先生達は通信の復旧を終えると、地下から駆け上がり地上へと躍り出る。そして、空を見上げた。
“ これは…… ”
一面に広がる紅色。人知を超えたその景色は、見るものを否応なしに恐怖に駆り立たせる。全てが赤く染まっていた。
「――ようやく理解に至った。先生、あなたの力は、これ以上作用しない」
後ろから聞こえた声に反応し、先生が振り向く。そこにはコートに羽織り、顔の位置に絶望に歪む男の絵を掲げた人物が立っていた。
“ あなたは……ゴルゴンダ? ”
「ゴルゴンダはもういない。私は『フランシス』だ。デカルコマニーと共に、新たにお前を見守る者。従って、最後の宣言を傾聴せよ。この物語は、一つのジャンルを掲げていたが故に、『先生』が主人公でいることができた。物語であったから、あなたは無敵だった。
――これはそういう物語だった。しかし今となっては、この物語は覆された。脈絡、構成、ジャンル、意図、解釈……すべてが破壊され、その意味は絡み合い、混ざり、攪拌され、統制できないほどに褪せてしまった。先生よ、これまでの物語は全て忘れるが良い。これからお前の身に起こることは、最早そのような物語ですらないのだから――」
先生は顔を顰める。彼の言葉に思うところがあった。しかし、あえて遮らず話を続けさせる。
「――主人公も、悪役も、事件も、葛藤も無く、すべてが分解され、縺れあい、脈絡も、構成も、必然性もなくなってしまった……作為的に作られた世界。そうして、果ては意味を失い、力が暴れ回るだけの、理解不能で不条理な世界へと。
嗚呼、そうだ――元より、この世界はそのように存在していた。我々は皆、それを忘れていただけ。これが、もう物語でなくなったとするならば、お前はもう何者でもない。学園と青春の物語は、幕を下ろした。覆され、解体されてしまったジャンルで、お前の価値は揺らぎ、地に落ち、無に等しいものとなる! しかして、始めるのだ。物語ではない――」
“ 違うよ ”
流石に耐え切れず言葉を放つ。
自身が本当に無敵であればどれだけよかったか。あまねく全てを救える存在であればどれだけよかったか。しかし、そうじゃない。
傷ついている生徒がいた。その罪に嘆いている生徒がいた。それでも、一人一人が自らの切符に行き先を描き、立ち上がって歩んできたから今があるんだ。
――ジャンルが、物語を決めるのではない。
“ たとえ今、この世界が『終わり』に向かう物語だとしても、ジャンルがどう変わってしまったのだとしても、そんなことはどうでもいいんだ。言葉遊びの定義付けなんて好きにすればいい。物語を決めるのは、一人一人の歩みなのだから。その過程で宇宙戦艦や巨大ロボットが登場したって構わないんだよ。私達の手の中には『白紙の切符』がまだあるんだから ”
「……であれば、それを見守るとしよう。先生――いや、『歩みを止めぬ者』よ。絶望を、破局を迎え――そうして、結末へと走り出すエンディングを!」
フランシスが闇に消える。先生はシッテムの箱に手を添えた。
「せ、先生……今のは……」
“ アロナ、みんなに連絡を取ってほしいんだ ”
「あっ、はい! 『みんな』とは、えっと、つまり……誰に連絡を?」
“『みんな』に、お願い”
先生の元には二百件を超える生徒達からの連絡が溜まっていた。それは今までの歩みで結ばれてきた絆の数。シャーレ部員に、連絡が繋がる。
◇ ◇ ◇
<緊急速報です‼ 現在、D.U.で怪現象が発生しております! これは――>
クロノスの緊急報道が街のディスプレイ、webのニュースを席捲している。
空が紅く染まるのと同時期に空より巨大な紅い塔が落下し、サンクトゥムタワーに直撃。サンクトゥムタワーが崩壊し、混乱が一帯を支配していた。
その紅い塔をシャーレの屋上で二人の男が眺めていた。煙草をふかしながら会話を続ける。
“ ――僕にそっくりな
「まあ本当に
“ いや、話を聞いた限り
「実際どう最悪なん?」
“ ……『大人のカード』はその機能を使うたびに『使用者の時間』を代償にするんだ。だから僕もおいそれと使うことはできないんだけど……
「ちうと、まさか……」
“ うん、相手の『大人のカード』には使用上限がない。だからあの人数の生徒を長期顕現できてたんだ…… ”
「かぁー、そら確かに最悪の組み合わせやな」
「クックックッ……確かにそれは厄介ですね」
二人が挟まれた声の方向へ顔を向ける。
“「……黒服」”
「お見苦しい姿で失礼します、先生、ウルフウッドさん」
コツコツと足音を立てながら黒服が二人に近づく。その姿はなぜだかボロボロで、顔も半壊し黒い炎のようなものが漏れ出ている。
「――重ねて失礼しますが、よろしければ一本いただけます?」
「なんや、お前も吸う側やったんか?」
「いえ、吸いませんよ。煙草を嗜んだことはありません」
「は? じゃあなんで今せがんどんねん?」
「……喫煙所というのは一種の結界です。この煙を嗜めるものだけが立ち入りを許される秘密の会合場所。そこに立ち入るのであれば私も煙草を嗜むのがマナーでありルールでしょう?」
“ 別に気にしないんだけどなぁ……はい、私のをあげる。……その顔で吸えるの? ”
「問題ありません」
そう言いながら黒服は先生から受け取った煙草を咥え、初めて吸うとは思えない仕草で器用に紫煙を吹かす。
「それで、おんどれは何の用で来たんや? お前に構っとる暇なんぞこっちはあらへんねん」
「そのようなことはおっしゃらず。お二人にも有益な情報をお伝えに来たのです」
“ 情報? ”
「まずはご報告を。――ゲマトリアは『色彩』によって壊滅しました」
“「⁉」”
「『色彩』が遂にキヴォトスに到達してしまったのです。いえ、正しくは『侵略してきた』とでも申し上げましょうか」
“ 黒服は何が起きてるか知ってるの? ”
「ある程度は。『色彩』がこの世界に到来し、狼の神――砂狼シロコとソレが接触したのです」
「シロコがやて⁉ あいつが行方不明になっとるっちう連絡は、まさか……おい! シロコに何が起きとる! 答えろ!」
黒服に詰め寄るウルフウッド。連絡の繋がったホシノ達から知らされた、妹分が行方不明という不安。降って湧いてきたそれについての情報に声を荒げてしまう。
「……彼女は色彩と接触したことで恐怖の領域へと反転しました。命ある全てのものを、あの世へと導く死の神『アヌビス』となり、その自らの本質の赴くままに――この世界に終焉をもたらすことでしょう」
「なんやて?」
ウルフウッドは黒服の言っていることが理解できなかった。理解したくなかった。しかし、セイアの預言の一節がよぎる。
――割れたヘイローを持つ少女
(あいつが終焉をもたらすやて? そんなふざけたことあるか⁉)
「――『色彩』はそれを理解していた。故に、この地にたどり着いて、まず最初に彼女の『崇高』を確保したのです。『色彩』は意志も欲望もない不可解な観念であると解釈していたのですが……この行動においては、明確な『意志』と『計画性』を感じます。まさか自ら行動に出るとは……」
“ 連邦生徒会を襲撃してサンクトゥムタワーを占拠したのも、その『色彩』の意志なのかな? ”
「かもしれません。サンクトゥムタワーを一時的でも停止させることでキヴォトスに綻びを生じさせ、あの紅い塔――反転したサンクトゥムタワーの一種をこの地に降ろした。
『色彩』は、キヴォトスのありとあらゆる神秘と恐怖、そして崇高の概念を吸収し、自らのものにしようとしているのでしょう。降りて来た六つの塔、アレは太古の昔、まだこの世界に記録が残されるよりも前に存在していた原始的な神秘――『名もなき神』が築き上げた技術の一つ。アレが『色彩』の光を世界中に伝播させ、キヴォトスに存在する全ての神秘を恐怖へと反転させることでしょう。あの、砂狼シロコのように」
「そないなことやらせるわけないやろが、ボケ」
“ ウルフウッドの言う通りだ。私達で阻止するよ ”
「……なるほど。『色彩』はあなた達のような『敵対者』の存在を予測していたのかもしれません。だから『終焉をもたらす神』を使って、私達ゲマトリアを襲撃し、『秘儀』と『検証結果』を奪っていった」
「はぁ? お前らシロコにやられたんか?」
“ ちょっと待って、一体何を奪われたの⁉ ”
「――デカグラマトンのパス、ミメシスの秘儀、『聖徒の交わり』、ライブラリー・オブ・ロア……」
「奪われ過ぎやろこのボケ!」
“ ええ⁉ 相手は大人のカードも持っているっていうのに、それらも持ってるってこと⁉ ”
「そうなりますね。『色彩の嚮導者』は過去に類を見ない強敵となるでしょう」
“「色彩の嚮導者?」”
「それは『色彩』の意志を代弁する存在であり、計画を遂行する実行者。――その名を『プレナパテス』。ウルフウッドさんが相対した相手がソレです」
“
「センセに変身しとるあたりお似合いの名前やな」
「……」
黒服は伝えることを伝えたからか、煙草を咥えながら黙り込む。しかし静寂は訪れなかった。D.U.から突如として爆発音が届く。アロナが先生に告げていた。
<先生! D.U.の各地で正体不明の敵性反応が多数発生しています!>
“ アロナ、クロノスに連絡を。生徒はあの塔には近づかず避難するように速報を出して ”
先生とウルフウッド、二人が携帯灰皿に煙草をねじ込む。そして各々の得物を手に取った。
“ 行こう、ウルフウッド。みんながシャーレに来る前にまずは掃除が必要みたいだ ”
「チッ。ほんま、おちおち一服もできへんな」
「……お気をつけて」
二人の男がD.U.へと駆け出していく。一人残された黒服は大きく紫煙を吐き出した。
(……先生と同じ顔を持つ
「ククッ、残念ですよ先生。
吐いた紫煙が霧散したころには、黒服も姿を消していた。
難産だった割には原作からあまり変化がない話でした。でもここら辺は変える訳にもいかず……難しいところです。
サンクトゥムタワーを一時停止してキヴォトスに綻びを生じさせるというのは独自設定。
要はサンクトゥムタワーが十全に機能していると虚妄のサンクトゥムを下ろしずらかったので、メモリーのホシノやミヤコ達でサンクトゥムタワーを一時停止させようぜ、というのがこの小説の第一章の話でした。
こんな設定でもつけないとメモリー生徒でシャーレ奪う理由がなくなってしまうのでちょっとこじつけです。
匂わせまくってましたが、ブラッドブリードはプレ先でした。先生、転化しちゃった。ブラッドブリードってだけでもクソチートなのにカード上限なしとかチートオブチート。一応倒し方は決めていますが……これプレ先が本気だったらマジで勝ち目ねーよこんなん。
次の話から虚妄のサンクトゥム攻略戦に突入予定です。もうちょい速いペースで投稿を心掛けたいのですが、ちょっとまた難産になってしまうかも。でも書ききるつもりではあるのでこれからもお付き合いいただければと思います。