時間かかってしまってしまってすみません。でもエタるつもりはないので気長にお付き合いいただければと……
ナラム・シンの玉座。
その玉座の前に、シロコ・テラーは佇んでいた。
腕を組み、微動だにせず。ただ、そこに立っている。
組んだ腕に、指が食い込んでいた。
私は多分、苛立っている。
ホシノ先輩のメモリーがやられた。
先生達の『アトラ・ハシース』への侵入を許してしまった。
――ニコラス・D・ウルフウッド。
この世界における最大のイレギュラー。
私の知らない、アビドスの先輩。
『アトラ・ハシース』のエンジン室で実際に相対したが、彼の戦闘能力は常軌を逸していた。単純な戦闘力という一点において、こちらの想定を遥かに超えている。正攻法では歯が立たなかった。
……当然だ。
先輩達でさえ、勝てなかった相手なのだから。
あれはまるで、『敵を打ち倒す』という神秘そのものが、人の形を取って現れたかのような存在だった。こちらでまともに対抗できるのは
(……仕込んでおいて正解だった)
あちらが『ウトナピシュティムの本船』で多次元障壁を突破し、この箱舟へ乗り込んできた際、手榴弾を投げつけて挨拶すると同時にあちらの船へ端末を仕込んでおいた。
バックドアを構築するための、ほんの小さな仕掛け。
保険のつもりだった搦め手だ。まさか本命として頼らざるを得なくなるとは思わなかった。
後はA.R.O.N.Aが処理してくれる。たとえ先生達がこの玉座に辿り着こうとも、こちらの優位が覆ることはない。終焉という結末は、変わらない。
……変わるはずがない。
“ ――シロコッ! それは君の『本質』じゃない! まだ君の手には『白紙の切符』が残ってるんだ! ”
不意に、先ほどの記憶が蘇る。
エンジン室で相対した時の、先生の言葉。その言葉が頭の中を反響する。
そんなことはない。私の行き先は決まっている。
私の本質に従って、みんなを『あの世』へ連れていく。
それが私の役割であり、存在する理由。ならば、そこに迷う余地なんてない。
迷っちゃいけないんだ。
「――そっちのホシノに頼まれとる。アホな事しとらんとさっさと帰るぞ」
今度は、別の声が脳裏をよぎった。
ウルフウッド。あの男の言葉が同じように私の頭の中に響く。
帰る? 帰る場所? ……私に?
私に帰る場所なんてない。こんな私が、帰っていいわけがない。
アビドスに帰る資格なんて、あのマフラーと一緒に失くしてしまった。
結末は変わらない。私の本質も変わらない。そのはずだ。
……だというのにどうして?
どうして、あの二人は諦めてくれないの?
どうして、みんなみたいに真っ直ぐ私を見るの?
やめてほしい。やめて。やめてよ。
組んだ腕に、さらに力がこもる。
指先が皮膚を押し込み、爪が食い込む。鈍い痛みが走るが、それすら今の私にはどうでもよかった。
苛立ちが募る。
本当に、やめてほしい。そんな目で私を見ないで。
希望なんて囁かないで。
「もしかしたら」なんて――そんなことを考えてしまいそうになる。
まだやり直せるの? あの陽だまりに戻っても、いいの?
そんな、ありえない光を見出してしまいそうになる。
――みんなを死なせた私に、そんなことが赦されるわけないのに。
私は『アヌビス』なんだ。それが私の本質。
みんなを死なせてしまった。その事実は変わらない。変えられない。だから、終焉をもたらす。全てを『あの世』へと連れていく。それしか私にはできない。変えられないんだ。
そう、だから――
「何しに来たの? ヨワシロコ」
玉座へ土足で踏み込む闖入者を睨みつける。
そこにいたのは、もう一人の私だった。
メモリーのノノミ、セリカ、アヤネを引き連れた、砂狼シロコ。
その姿を目にした瞬間、指先に再び力がこもる。
「ん、ヨワシロコはそっち。それを証明しに来た。――喧嘩をしよう」
……何を言っているの、このシロコは? 私はこんなに馬鹿だったかな?
「勝負するまでもない。あなたじゃ私には勝てない。積み重ねてきた経験が違う」
「私一人ならそうかも。でもこっちにはみんながいる」
砂狼シロコの言葉に呼応するように、メモリーのノノミ、セリカ、アヤネが銃を構えた。
みんなの銃口が、一斉に私へと向けられる。
――奪ったの?
みんなを、奪ったの?
確かに、あれは私と同一存在だ。考えてみれば、その可能性はあった。
……でも、本当にそれを実行する⁉
ふざけるな。
ふざけるな!
ふざけるな‼
みんなに、なんてことを――
「――シロコちゃん」
不意に、ノノミが口を開いた。
「確かに私達はこちらのシロコちゃんの命令を受けて銃を向けてます。でも、それは私達の意思でやっているんですよ♠」
……なんて?
ノノミは、いつものように微笑んでいた。
いつものあの優しい笑顔で、私に言い放つ。
「喧嘩をしましょう、シロコちゃん。私達が勝ったら、私達の言うことを聞いてもらいます♪」
頭の中が、真っ白になりかける。
それが、ノノミ達の意思? 意味がわからない。理解したくない。
どうして?どうしてそんなことをするの?
みんなはそんなことしない!
……そうか。
あちらのシロコの策略だ。
なんて悪辣な手を使ってくるんだろう。流石は私、と言うべきなのかな。私が最も嫌がることを、最も効果的な形で突きつけてくる。これが私にとって耐えがたいことをよく理解している。
……ふざけるな!
苛立ちで軋むほど奥歯を噛み締めていた。
「――プレナパテスはいないんだね」
こちらの苛立ちを無視するように、あちらのシロコが左右を見回しながら言った。確かに
「……それがどうかしたの?」
「あなたは意気地無しだから、子供の喧嘩に大人を呼ぶかと思ってた」
――こいつ……ッ!
本当に、本当にこのシロコは人を苛立たせるのが上手い。
でも、安心していいよ。元より先生に生徒を撃たせるつもりはない。それに、何より――
「あなたごときに呼ぶわけない」
――もう決めたから。
もういい。この先に何が待っていようと、知ったことじゃない。今、ここで、目の前にいる砂狼シロコを殺す。
私の手で直接殺してあげるから。
こちらの殺気を感じ取ったのか、あちらのシロコも銃を構えた。
私もワームホールを開く。そこから取り出したのは『本物のホシノ先輩の盾とショットガン』。
みんなの援護を受けながら、あちらのシロコは突っ込んでくるつもりだろう。けれど、それはいつかの訓練でホシノ先輩に叩き潰されている。ならばその動きを真似ればいい。
こちらにはそっちには無い積み重ねてきた経験がある。
「いくよ」
あちらのシロコが短く告げた。戦闘の火蓋が切って落とされる。
やっぱりみんなの援護を受けながら突っ込んできた。
みんなから放たれる弾丸を盾で受け止めつつ、冷静にショットガンの銃口をシロコへ向けた。
そして、一発、二発。引き金を引き、弾丸を放つ。
初撃は外れた。でも構わない。元より牽制目的だ。本命は二発目。それが狙いどおりシロコの足を捉え、機動力を削いだ。
そのまま盾でみんなの攻撃を防ぎながら、姿勢を崩したシロコへ肉薄する。
あちらのシロコがライフルを向けてくるが、遅い。
ショットガンの銃身を振り抜き、その銃口を横から弾き飛ばす。同時に、こちらの銃口をシロコの額へと突きつけた。これで終わり。そう思った、その瞬間だった。
腹部に鋭い衝撃が走る。
「くっ……?」
いつの間に抜いたのか。あちらのシロコが、もう片方の手にハンドガンを握っていた。至近距離から放たれた弾丸が、私の腹に着弾していた。
ライフルは囮だったのか。こんな戦法、私は知らない。いや、ついさっき経験していた。――ウルフウッドが教えたのか?
調子に乗ってさらに追撃を仕掛けようとするシロコを思い切り蹴り飛ばす。吹き飛ばした先はみんながいる方向。
シロコの身体でみんなの射線を遮った瞬間、私は武器を切り替えた。
次に取り出したのは『本物のノノミのミニガン』。
その銃口をシロコに向けて、引き金を引いた。ミニガン特有の轟音を響かせる。前方の空間を埋め尽くす勢いで弾丸が吐き出される。多少みんなを巻き込んでしまうけれど、これはみんなからの攻撃を防ぐための弾幕でもある。そこは容赦してほしい。……後で、また謝るから。あくまで狙いはシロコだから。
――だというのに、ノノミが、セリカが、アヤネが、シロコを守るように弾幕の前へと身を躍らせた。
やめて。やめてよ。
なんで、そいつを守るの?
このまま斉射を続ければみんなを倒すことはできる。シロコだけになってしまえば、負ける気はしない。メモリーのみんなは、後から再召喚すればいい。だから、正解はこのまま撃ち続けることだ。
わかっている。それはわかっているのに。
私の指は、トリガーから離れていた。
……無理だよ。
私には、無理。
これ以上、みんなを傷つけることなんてできない。
それにメモリーの生徒は再召喚できるとはいえ、その記憶は『最後の時』までのものしか持っていない。『
もしこのままみんなを消してしまったら、こんな姿になってしまった私を、それでも抱き締めてくれたあの温もりまで消してしまうことになる。
例えそれが私の浅ましい願望で叶えた偽りの暖かさでも、それが無くなると考えただけで胸が冷える。
寒い。
寒いよ。
私には、無理だよ。
気付けば、ミニガンの銃口は地面へと向いていた。
その隙をあの悪辣なシロコが見逃すはずもなかった。
手榴弾が飛んでくる。本当に嫌な奴だ。
爆発に巻き込まれないようすぐさま距離を取る。直撃は避けられたが、視界が煙に覆われてしまう。きっとこの煙に紛れて仕掛けてくるつもりだろう。お見通しだよ、そんなことは。
武器を私のライフルへと持ち替える。目を閉じ、聴覚を研ぎ澄ませる。
こちらに近づく気配がする。銃声が響く。それを察知し、身体を傾けてそれをかわした。そのまま弾丸が飛んできた方向へライフルを向ける。相手は間近だ。
これで終わりにしてやると指をトリガーに掛け――それを引くことができなかった。
(セリカッ⁉)
煙の向こうから突撃してきたのはセリカだった。
撃てない。これ以上、彼女にダメージを与えるのはまずい。セリカが消えてしまいかねない。
そんなこちらの事情など知ったことではないとばかりに、セリカは銃弾を撃ち込んでくる。だったら弾切れを待てばいい。そのタイミングで武器を奪い、無力化する。セリカの癖も武器の性能も良く知っている。私にならそれができる。
攻撃をかわしながら、放たれた弾丸の数を数える。
(……5、4、3、2、1、今ッ!)
セリカのライフルが弾切れを起こした瞬間、私は一気に踏み込んだ。このまま武器を奪う。そう考えた、その時だった。煙に紛れて迫る二つのドローンを視界の端に捉える。
あれは、アヤネとシロコのものだ。シロコのドローンからロケット弾が放たれる。
――うかつだった。
相手も熟知しているんだ。セリカの戦い方も、私がセリカに対してどう動くかも。こちらの行動を先読みしたうえで、狙いを定めていたのだ。
咄嗟に身体を捻りギリギリでロケット弾をかわす。私の後方で爆発したロケット弾の爆風に背中を押され、転びそうになる。姿勢を整えた時には、セリカがアヤネのドローンで補給を完了させていた。
……この流れはまずい。千日手になる。この状況を打破するには、みんなを倒す必要がある。でも、それはできない。やりたくない。だからみんなの攻撃を掻い潜り、シロコだけをねじ伏せる方法を探すしかない。
……そうだ。私には経験がある。あちらのシロコにはない経験が。ついさっき勉強させられたばかりの経験が。
『本物のセリカ』のライフルを取り出し、左手に装備する。右手には私の『BLACK_FANG_465』。その二丁のライフルを構える。
このスタイルに名前を付けるとしたら、私の武器の名前にちなんで――『ダブルファング』とでも呼ぼうか。
脳裏に焼き付けていた、あの男の動きを思い描く。
『アトラ・ハシース』のエンジンルームで相対した、あの圧倒的な戦闘力。
敵を打ち倒す事に特化したあの戦闘スタイル。
――身体の物理的限界を超えた跳躍力
――前後左右同時発射可能な十字架の武器
――死角の無い迎撃戦闘術
当然、全てを再現することなどできない。あれは一朝一夕で到達できるような領域ではないのだから。それでも、その十分の一でも再現できればそれでいい。
足に力を込める。
狙いはセリカの背後。まだ晴れない煙の向こうに潜んでいる砂狼シロコ。
この牙で、シロコだけを噛み千切る。
溜め込んだ力を、一気に解き放つ。
床を蹴り、跳躍。視界の開けた上空へ躍り出る。
――捉えた。
上空から、シロコへ弾丸の雨を浴びせる。
シロコはたまらず逃げ出すが、逃がさない。
着地点にはドローンが待ち構えていた。小賢しい。
右手のライフルでドローンを撃ち抜き、左手のライフルでシロコを穿つ。
姿勢を崩したシロコへ、さらに跳躍して一気に距離を詰める。
シロコが懐に手を入れていたけど、それはさっき見たよ。ハンドガンでしょ。もう通用しないよ。
二丁のライフルを自分の腕の延長のように操り、シロコのライフルを弾く。そのままハンドガンを引き抜こうとした腕へバースト射撃を叩き込む。
シロコは再び後退しようとするけど、食い込んだ牙を易々と放すわけないでしょ。
前へ。後退に合わせてさらに前へ。シロコを追い詰めていく。
シロコは逃げながら必死に抵抗するけど、無駄だよ。右が捌かれても左で迫る、左を避けても右の牙を差し込む。逃げ場なんて与えてやらない。それにこの距離ならみんなも援護できない。助けも期待できないよ。
二つの牙がシロコの身を削っていく。
痛いでしょ?苦しいでしょ?
もう、生きているのも辛いでしょ?
だから、もう終わりにしてあげる。
『本物のアヤネのドローン』を召喚する。ドローンにはライフルのマガジンが搭載されている。そして、それを私とシロコの間へ落とさせた。そのマガジンでリロード――ではなく、シロコの腹部へ蹴りでそれをねじ込んだ
「ぐッ!!」
「とどめ……」
ねじ込んだそれに狙いを定め打ち抜く。
マガジン内の雷管が一斉に発火し、弾丸の花弁が開いた。
「シロコちゃんッ!!」
「「シロコ先輩!!」」
みんなが私ではなく目の前のシロコの名を叫ぶ。
大丈夫だよ。もう、その名前は呼ばなくていいから。
目の前のシロコはまるで糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
その姿を見届けてから、私はノノミ達へと振り返る。みんな、泣きそうな顔をしていた。
「もういいよ、終わったから」
「……まだですッ!」
ノノミが再び銃を構える。
どうして? もう、命令を出していたシロコはいないよ。お願いだから、そんなことをしないで。
「まだ終わってません!」
ノノミの瞳には、強い意志が宿っていた。私を真っ直ぐに見据え、銃口を下げようともしない。
「……銃を下げて、ノノミ」
「嫌ですッ」
「お願い」
「聞けません!」
どうして? どうして、わかってくれないの? 見ればわかるでしょう? もう終わったの。だから、そんな目で私を見ないで。もう、諦めてよ。
「……これは命令。銃を下げて」
気付けば、私は命令を下していた。――下したはずだった。
それなのに、ノノミの銃口は依然として私に向けられている。どうして?
……命令が上書きされている? まさか――
――ザッ!!
背後から、何かが駆けてくる音がした。
そんな、そんなはずがない。確かに死に体だった。もう立ち上がることすらできないほど痛めつけたはずだ。
後ろへ振り返る。目に入ったのは餓狼の双眼。
満身創痍のはずなのに、シロコは立ち上がって私に向かって駆け出していた。
その圧につい怯み、肉薄を許してしまう。
その間合いでシロコは手に握っていた何かを目の前へ放り投げた。
――それは、ピンの抜かれた手榴弾。
(なんで⁉ こんな距離で爆発したら二人とも……ッ)
考えるより先に、身体が動いた。目の前に浮かぶ手榴弾を、両手で上空へと弾き飛ばす。
反射的に、
がら空きになった私の腹部へシロコのライフルが突き付けられる。
「お返しだよ」
けたたましいフルオートの銃撃音が響き渡る。
「ぐうぅッ!!」
ゼロ距離。当然避けようなんてない。マガジン一つ分の弾丸をきっちりと返された。
衝撃と痛みが腹部を貫き、肺の中の空気が無理やり押し出される。
息ができない。視界が明滅する。足が震え、身体を支えきれない。たまらず膝をついてしまう。
そんな私を、シロコがフンッと鼻を鳴らして見下ろした。
「ニコ兄の真似なら私のほうが上。表面上の動きもサオリ以下。その程度じゃ私を折ることはできないよ」
「~~~~ッッ!!」
ふざけないで! どの面下げてそんなことが言えるの⁉ サオリって誰⁉
殴りつけてやりたい。そのドヤ顔を今すぐにでも叩き潰してやりたい。
けれど、足に力が入らない。痛い。苦しい。
あなただって同じ様なダメージを負っていたはず。どうしてあなたは立っていられるの⁉
「……あなたじゃ無理だよ」
「なにを……ッ」
「大切なものを忘れてるあなたじゃ無理」
「……大切なもの?」
「そうだよ」
砂狼シロコは、忘れていなかった。
片時も忘れたことなどなかった。
マスターチャペルの悪意によってもたらされた絶望的な状況の中、それでも大切なものを守るために抗い続けた兄の意固地さを。
自分達より傷ついていたはずなのに、それでも私達の前に立って道を切り開いてくれた先生の血濡れた背中を。
大人達が見せてくれた、光に向かって進もうとする人間の気高さを。
――憧れたんだ、その力強さに。あの人たちみたいに生きてみたいと思ったんだ。
だから、立ち上がれる。
それを忘れなければ、折れることなどありはしない。
「――それを忘れてしまったあなたには無理」
シロコが私を見下ろす。その瞳には憤りがあった。そして、憐れみがあった。
大切なものを忘れてしまった私に向けられる、どうしようもない憐憫。
やめて。その目をやめてッ!!
あなたに何がわかるの!? 全部失くなってしまった私の痛みが、その苦しみが。わかるわけないのに! わかってたまるかッ!
ウルフウッドに守られてッ! みんなと一緒でッ! そのマフラーも残ってる……そんなあなたが! 私を憐れむなぁッ!!
「その目をやめろぉぉぉぉッ!!」
怒りと怨嗟を燃料に無理やり身体を起こす。吐き出す息に血の味が混ざっている。でも構わない。
わかった。いいよ。認めてあげる。喧嘩は、そっちの勝ちでいい。だからもう、喧嘩は終わり。ここからは、
「――先生ッ!」
私の声に呼応して、影が蠢いた。私の足元から黒い人影が姿を現す。
――プレナパテスが顕現する。
その姿が完全に現れた瞬間、シロコ達の動きが変わった。総毛立つほどのプレッシャーを感じ取ったのか、彼女達は一斉にプレナパテスへ銃口を向け総攻撃を開始する。
幾重もの銃弾がプレナパテスへと殺到する。けれど、無駄だよ。
プレナパテスは弾幕の中を悠然と歩いていく。彼にとっては小雨の中を歩いているも同然だろう。何事も無いように懐から銃を引き抜いた。
それから放たれる雷の弾丸は、食らえばヘイローを持つ生徒であっても無事では済まない。どれほど強い意志を持っていたとしても、死んでしまえば立ち上がることはできない。
だから、今度こそこれで終わり。プレナパテスがシロコへ銃口を向ける。
――そして、停止した。
「撃って」
命令する。しかし、引き金に掛かった指は動かない。多分、エラーを起こしているのだろう。
「それはシロコだけど、
プレナパテスのベレッタが帯電を開始する。その凄まじいエネルギーで空気が震える。……ようやく、これで終わる。
――そのはずだった。
“ “
二つの声が重なった。
稲妻に貫かれ肉体が爆ぜたのは、プレナパテスの方だった。
“ シロコッ!! ”
「先生!」
「先生……ッ」
ウルフウッドと共にあちらの先生が駆け寄ってくる。
奇跡としか言いようのないタイミングだった。ギリギリで間に合ったのだ、あの人は。
「……やっぱりすごいね、先生は。間に合うなんて思ってなかったよ」
“ ……シロコ、もう止めよう ”
「何度も言ってるでしょ。私の本質は変わらないよ。結末も変えることはできない」
“ そんなことはないよ。ここまで私達が辿り着いたのがその証明だ。だから説得も諦めないよ ”
その声はやっぱり優しかった。その目はまっすぐと私を見てくれていた。だから視線を逸らし、プレナパテスの背中へと身を隠す。
あの目を見てしまったら、また、何かを期待してしまいそうだったから。
「……ここまで来たのは本当にすごいと思う。でも、もう無理なんだよ。この結末はもう決まっているの」
すでにA.R.O.N.Aから連絡が届いていた。ハッキングを完了させていた『ウトナピシュティムの本船』の演算機能を利用し、サンクトゥムの再顕現プロセスを完了させた、と。
そして、あちらもそれに気付いたのだろう。オペレーターから通信が入る。
<先生、緊急事態です!>
“どうしたのヒマリ⁉”
<虚妄のサンクトゥムが……復活しています!>
“なんだって⁉”
「……だから何度も言ってるでしょう。結末は変わらないって。――A.R.O.N.A、教えてあげて」
私の指示に従い、A.R.O.N.Aが目の前に顕現する。
『ナラム・シンの玉座』は次元、時間、実在の有無が確定されずに混ざり合う、混沌の領域。だからこんなこともできる。
先生は驚いたように目を見開いていた。
“
先生の視線が、プレナパテスへと向けられる。
……やっぱり、予想はついていたんだ。それでも目の前に突きつけられた事実に、驚きを隠しきれていない。だから改めて教えてあげる。
「うん、そうだよ。プレナパテスは、私の世界の先生。私が『色彩の嚮導者』にしたの。そして私を、この世界に連れて来た。世界を終焉に導くという、私の運命を実現させるために」
畳みかけるように事実を突きつける。もう隠す必要なんてない。終焉は、すぐそこまで迫っている。それをA.R.O.N.Aに説明させる。
<――『ウトナピシュティムの本船』の掌握は完了しています。こちらが起動させた本船の自爆プロセスは『多次元解釈』の抑制機能を利用して強制的に停止させたようですが、時間稼ぎにしかなりません。あと一時間三十五秒で自爆プログラムは復旧可能です。再顕現させたサンクトゥムの臨界まで二十三時間五十七秒。あなた達に可能性は――>
<――「シャル・カリ・シャッリ回廊」ですよね? 『アトラ・ハシース』の中継端末がある場所は>
A.R.O.N.Aの言葉を遮るように、ドヤッとした声が割り込んできた。
あちらのオペレーターが自信に満ちた声で言葉を続ける。
<先生、『アトラ・ハシース』がこちらをハッキングしている中継端末の場所を発見しました。今、みなさんにはその破壊に向かってもらっています>
“ありがとう、ヒマリ!”
……どうして?
どうして、この状況でまだ諦めないの? まさか、本当にこの状況からどうにかできると思っているの?
<――無意味です。あなた達が実行しようとしている方法は『理論上可能な作戦』に過ぎません。成功確率は三%以下です>
A.R.O.N.Aが冷徹な演算結果を告げる。あちらの希望に冷や水を掛けるように。
しかしあちらのオペレーターは少しも怯まず、それどころか笑って答えた。
<あら、そちらからお墨付きまでくれるなんて随分と親切なんですね。しかも三%も可能性があるんですか? 俄然やる気が出ててくる数値ですね>
……どうしてそんなことを言えるの?
どうしてこの状況で光を見失わずにいられるの?
<先生、再顕現したサンクトゥムは地上に残っている生徒たちが一丸になって対応してくれています。『ウトナピシュティムの本船』の管制権も私達で取り戻してみせます。だから――>
“ わかってるよ。あのシロコを私達で説得して、みんなで帰ろう! ”
<はい!>
……そうだ。そうだった。
いつだってこの人は光に向かって歩み続けて、奇跡を起こしていた人だった。
この人が私達の前を歩み続ける限り、私達が道を見失うことは無かった。
絶望することも無かった。折れることも無かった。
どれほど暗闇が深くても、この人が前を向いている限り、その背中を追いかけることができた。
そうだ、この人をどうにかしなければみんなの心を折ることはできない。
この人がいる限り、希望は消えない。
――終焉をもたらすには、この人を壊すしかない。
「
私はプレナパテスへと声を掛ける。お願い、先生を壊して、と。
私の言葉を受けて停止していたプレナパテスが再び動き始める。もう稲妻による傷も消え去っていた。
プレナパテスの銃口が、今度は先生へと向けられる。
その敵意を察知してか、あちらも先生達も構えを取っていた。
“ ……シロコ、プレナパテスはこっちで引き受けるから、あのシロコをお願いしてもいいかな? ”
「もとよりそのつもりだったけど……いいの?」
“ うん。……きっとこの戦いはシロコ達が鍵になる。だから頼んだよ ”
「……んッ!」
先生達は互いに銃を向け合ったまま、私達から離れるように歩いていく。
「おいセンセ。ワイの攻撃はあいつに通じんのやぞ? わかっとるんか?」
“ 分かってるよ、オフェンスは任せて! ”
「かーッ! ホンマに大丈夫かいな⁉ ワイの人生の中でもあいつはとびっきりの化物やねんぞ⁉」
“ 大丈夫ダイジョウブ……めっちゃギリギリになるだろうけど一緒に頑張ろうね! ”
「おま……終わったら一杯奢りやぞ‼ 絶対やからなッ!」
二人の大人が軽口を交わしながら、互いが配置についていく。
やがて、それぞれの距離が定まった。
「さて……」
“ フー…… ”
“ ………… ”
「ん、第二ラウンド開始だね」
再びあちらのシロコの言葉を合図に、戦いの火蓋が切って落とされた
ウルフウッドっぽいシロコと、意図せずリヴィオっぽいムーヴをするクロコのミラーマッチ。
この小説でリヴィオに接近戦でロケット弾を放つ戦法を擦りすぎだろと書いてて自分でも思いましたが、シチュエーション的にどうしても書きたかったんですよね。ウルフウッドを見て育って、そうなりたいと思っているシロコVSリヴィオみたく闇落ちしてしまっているクロコの対比を書きたかったので。こっちのシロコはユスティナ聖徒会から守ってくれた二人の大人の背中に脳みそ焼かれちゃってるんだぞ、と。
えっ、その割には卑怯じゃないかって?
ん、そんなんじゃ過酷なキヴォトスは生き残れないよ。