BEGINNING OF THE REVOLUTION 作:スタイニー
そして、カツラギエースは自身に興味を持つ土浦というトレーナーと会うことに。
ウマ娘とトレーナー。
切っても切れない特別な関係の2人。
出会いや別れを通して、物語は紡がれる。
「高田さん、お疲れ様です!今日はよろしくお願いします」
「おお、来たね。土浦。こちらこそ、よろしく」
ミスターシービーのお見舞いから2週間ほど、政男のチームに1人の男性が訪ねてきた。
土浦勝美。
中央所属のトレーナーで政男の3つ下の後輩だ。ただ、歳は3つ離れているが、トレーナー歴は政男とほとんど一緒の土浦。5年ほど前から頭角を現してきていて、一昨年に宝塚記念を勝っていたりもする新鋭のトレーナーだ。
「しかし、ほんとにいいんですか?カツラギエースっていったら今年のクラシック級の実力者じゃないですか。高田さんが面倒を見ても得しかない逸材ですけど」
「選手にとってトレーナーの選択は『婚約者を選ぶ』くらい重要なことだ。実力があるからという一方的な理由だけで引き入れるのはよくないと思ってね。それに、もとは君が注目してた逸材だから、まずは君に連絡するのが筋だろ。まあ、そういうわけだから、私に遠慮なく彼女を見て引き受けるかどうかを決めてほしい」
土浦は政男がカツラギエースの移籍先として声をかけたトレーナーの1人だ。
「高田さんはほんとに律儀な方ですね。俺だったらちょっと悩みますよ。まあ、ここは高田さんの顔もありますから、彼女としっかり話して、しっかり見た上で決めることはお約束します」
土浦は政男の誠実さに感心しながら、しっかりと見極めた上で、カツラギエースを引き受けるかを決断することを誓う。
「ああ、そうしてくれ。さて、彼女は今グラウンドだ。早速だが、行こうか」
「はい。よろしくお願いします」
「おーい、エース!お前を見たいといっているトレーナーさんが来たぞ。こっちに来て挨拶してくれるか?」
グラウンドの真ん中にいるカツラギエースに政男が声をかけて呼ぶ。
「はーい!今、行きまーす!うおー、緊張してきたー。プロミス先輩、あたし大丈夫ですかね?」
呼ばれたカツラギエースが元気よく返事をする。ただ、本人の内心はかなり緊張しているようだ。
「大丈夫でしょ。それに今日一日で決まる試験じゃないんだから、普段通りでいいんだよ」
緊張した面持ちのカツラギエースにキョウエイプロミスは優しい笑顔で安心させようとする。
「よし!ビビっててもしょうがねぇ!気合い入れて、行ってきます!」
「いってら」
軽く頬を叩いたカツラギエースは政男と土浦の元へと駆け出していった。
「さてと、アタシはもう少しロングランをしますか」
カツラギエースと別れたキョウエイプロミスは自分の練習メニューに戻る。
学園が夏休みに入り2週間ほど。学園内の活気は普段よりもかなり少ない。と、いうのも夏シーズンは中央が管理する地方レース場でのレース開催がほとんどであるため、レースの開催が土日とはいえ、移動や体調管理の手間を考え、チーム丸ごとが遠征や合宿で学園を明けてしまっているか、選手が完全休養で実家に帰省しているケースが大半のため、人気が異常に少なくなってしまうのが夏休み期間中の学園内だ。
ちなみに、キョウエイプロミスとカツラギエースは夏シーズンのレース出場がないため、学園に居残っている組である。
「マサさんに言われた通りに練習強度は徐々に上げてきた。7月は8割まで8月は9割まで。とりあえず、いい感じでトレーニングは出来てて、身体的なキツさもない。このままのペースでトレーニング出来れば、10月の毎日王冠に余裕を持っていけるかな」
キョウエイプロミスが政男に残りシーズンの目標を話してから数日後、政男から次走のプランが告げられた。
毎日王冠
秋シーズンの行方を占う前哨戦の一つ。ちなみにキョウエイプロミスは昨年の勝者で、今年は連覇がかかっている。
「プロミス。トレーニングを再開して1ヶ月くらい経ったが、脚の具合はどうだ?」
土浦とカツラギエースの顔合わせの仲立ちを終えた政男がキョウエイプロミスの元へと来て、トレーニングと脚の調子を尋ねる。
「まあ、いい感じだよ。脚も痛まない」
「そうか。ならいいが、焦りすぎは脚を壊す。最近はタイムがかなり出過ぎているから、ペースを上げすぎるなよ」
「えっ?あっ、うん。わかった…」
政男のアドバイスと心配にキョウエイプロミスは少しだけ驚きながら、頷く。
「ところでさ、マサさん的にはあのトレーナーはエースと相性いいと思う?」
キョウエイプロミスは話題を変え、カツラギエースと土浦の相性について問いかける。
「おそらく、ベストだと思うよ。土浦の指導方法ならエースの良さを伸ばしつつ、欠点を補えると思う。きっといい相性なはずだ」
「ふーん。例えばどんなところが相性がいいの?」
「相性がいい部分の一つは2人ともスポ根タイプなところだな」
「スポ根タイプ?」
「ああ、そうだ。土浦は私より年下だが、トレーニングに関しては昔気質でね。スパルタのハードトレーニングを好んでいる。エースもハードトレーニングを厭わないタイプだから、この時点で既に相性がいい。それにエースは体が頑丈な上に性格も素直だ。ああいうタイプはトレーニングしたらした分だけ能力が伸びる。だから好相性なんだ」
「なるほどね。他に相性の良いところはあるの?」
「もう一つは欠点の補い方の相性もいい。ウマ娘の中にも感情的に本能的に走るタイプと論理的に理性的に走るタイプがいるが、エースは明らかに前者だ。いわゆる気持ちで走るタイプだな。ただ、このタイプは自分の感情の振れ幅と振れ方でレースの出来が大きく変わってしまうというデメリットがある」
「確かに、エースは良くも悪くも勢いに任せた走りになりやすいね。気持ちが先走りすぎて勝手に体力を消耗してる時があるよ」
「まあ、そういうとこはエースの欠点だな。そういった欠点を解消するためには、レース理論の構築をしっかりとする必要がある。ようは考えて走る"癖"をつける必要があるということだ」
「確かに、考えがまとまっていれば、暴走的な感じにはならない可能性が高いね。じゃあ、あのトレーナーはそういう知識とか指導が得意ってこと?」
「ああ、そうだ。土浦はトレーニング理論こそ昔気質だが、レース理論に関してはかなりのデータ派で走法理論にもこだわるタイプだ。根気や試行錯誤は必要だろうが、土浦のレース理論や走法理論をエースが身につけて感情のコントロールができるようになれば、八大競走に勝つこともできるだろう」
「そっか、エースの将来が楽しみだ。マサさん、ありがとね。アタシの急なお願いを受けてくれて、いいトレーナーさんまで見つけてくれて」
「別に礼を言われることでもないさ。さっき、土浦にも同じことを言ったんだが、トレーナーと担当のマッチングは結婚相手と同じくらいに重要だと。エースは私のチームのメンバーではないが、私の大切な教え子であるお前の友達だ。なら、同じように気にかけるのが、道理だろ」
「やっぱり、マサさんはすごいよ」
政男の心意気を聞いたキョウエイプロミスは少し政男のことが誇らしく思った。
それまで、面識のなかったカツラギエースをたった1ヶ月で選手の特性を分析し、より成長できるような手助けをする手腕はもちろん、自身のチームメンバーの指導を疎かにすることなく、自分の時間を割いてまでカツラギエースの指導に当たる政男がとてもカッコよく見えたからだ。
加えて、こういった誠実な指導をしてくれる政男が自分のトレーナーであることが心の底から良かったと思えた。
キョウエイプロミスは今まで政男のトレーニングプランに一度も首を振ったことがない。それは政男が『優秀だから』という理由だとキョウエイプロミスは思っていたが、今日の話を聞いて『アタシが首をを振るような提案をしてこない』ということが本当の理由なのだと理解した。それは長年の付き合いがあるとはいえ、自分のことをまっすぐに見てくれている政男の誠実さのおかげなのだと思えた。
「高田さん、とりあえず、9月からウチのチームで預かってみます。それで、カツラギエースが望んでくれるなら移籍手続きを考えようかと思います」
顔合わせから2時間が経ち、一通りのトレーニングが終わる。土浦は政男の元に来て、今後の方向性を政男に話す。
「わかった。よろしく頼む。で、エースはどうだ?土浦トレーナーの指導は?」
土浦の話を聞いた政男はカツラギエースにトレーニングの感想を聞く。
「いやー、自分の知らない走り方とか、レースの考え方とかを教わって、目から鱗です!とりあえず、9月から土浦トレーナーのチーム練習参加してみて、移籍するかどうかを決めます!高田トレーナー、いろいろとありがとうございました。夏休みはまだ2週間くらいあるんですけど、明日からは一旦元のチームに戻ります!」
カツラギエースの笑顔は、土浦とのトレーニングが如何に有意義だったかを物語っている。
こうして、エースの1ヶ月ちょっとの練習参加は終わった。それでも、エースとトレーニング出来たことでアタシにはいろいろとメリットがあった。
実はアタシは選手に復帰することにちょっとだけ不安があった。また、怪我する前のパフォーマンスが出来なかったらどうしようとか、怪我したらどうしようとか考えたりもしたんだ。
でも、エースがいることでその不安は和らいで、スムーズに復帰が出来たし、怪我前よりも高いモチベーションを持つことが出来た。ホントに、いい出会いをもらえたと思う。
それからアタシもエースも、あと、シービーもそれぞれが秋シーズンに向けての調整を続けていって、あっという間は夏休みが終わった。
そして、9月になって学校も再開。アタシたちも夏休み前と同じような日常に徐々に戻っていった。
ねぇねぇ、聞いた?ミスターシービー、ヤバいらしいよ。
え?何が?
怪我と体調不良で夏の間、全然調整できなかったらしいよ!
マジで?そんな感じだと三冠ダメっぽくない?
やっぱり、難しすぎるんだよ三冠ウマ娘は。だって、もう19年も出てないんでしょ?
でもさ、逆に言えば菊花賞は他の誰かにチャンスがあるってことでしょ?私、頑張っちゃおうかな!
いや、アンタは無理っしょ!夢見すぎ(笑)
うっさいなー!いいじゃん!レースが始まるまでくらい夢見たってさ!
「エース、実際どうなの?シービーは?アタシは高等部だから、昼休みか練習のない放課後くらいしか会えないけど、エースは教室で会うでしょ?」
9月のある日の昼休み。キョウエイプロミスとカツラギエースは食堂でご飯を食べていた。キョウエイプロミスはその時にたまたま耳に入ってきたミスターシービーの噂話の真偽をカツラギエースに尋ねる。
「大丈夫は大丈夫だと思いますけど、正直、あたしも正確なことはわからないんです。夏休みが終わってからもアイツはあんまり学校に来てないんで」
「えっ?そうなの?それは結構ヤバいんじゃ…」
「学校を休んでること自体はシービーのトレーナーさんが指示してることらしいんですよ。ほら、アイツ学園外で一人暮らしじゃないですか。怪我をしたって情報が広まってから、マスコミの勢いがすごいらしくて、マスコミ対策のために実家に帰らせたりもしてるらしんです」
「まあ、アタシも広報やってるからわかるけど、マスコミの関心の持ち方はちょっと異常だから、トレーナーの判断は正解っちゃあ正解かもね」
「そうですね。でも、外野はそれを知らないですから、勝手なこと言いますよ。まあ、それもスター選手の宿命ってやつですかね?ところで、プロミス先輩の調子はどうなんですか?復帰戦は毎日王冠でしたよね?」
「ぼちぼちかな。まあ、10ヶ月のブランクがあるから安全第一で走る予定だよ。そこまでガッつかない感じでね。エースは?」
「あたしは来週の神戸新聞杯と10月23日の京都新聞杯に出ます。調子はかなりいい感じですね!」
「そっか。順調そうで何より。そういえば、チーム移籍したんでしょ?神戸新聞杯が移籍後の初戦?」
「いや、神戸新聞杯は前のチームの登録のままで出るんです。土浦トレーナーにお願いしたんです。移籍の前に西崎トレーナーに花を持たせてやりたいって。そしたら、いいよって言ってもらえました。お世話になった恩返しに重賞を勝ってきます!」
「そうなんだ。一応、出場メンバーがいいからってことで、アタシに取材依頼が来てるから場所は遠いけど、アタシは観に行くから頑張ってね!」
「マジですか!ありがとうございます!頑張ります!」
エースの復帰戦は10月2日の神戸新聞杯。
アタシはその次の週の毎日王冠。
ちなみにシービーの最初の予定はアタシと同じ日のセントライト記念ていう噂があったけど、シービーの状況を考えたら十中八九流れるだろうね。
アタシは秋シーズンも変わらずに生徒会広報の役割をやるんだけど、選手に復帰もしたから、全部が全部観に行くことは出来なさそう。まあ、それでも出来るだけ観に行こうとは思うけどね。とりあえず、アタシもエースも具体的なスケジュールが決まってきてて、いよいよ秋シーズンが始まるんだなって感じになってきた。
そして、9月もあっという間に終わって、10月になった……。
第4コーナーを回って、カツラギエースが先頭だ!カツラギエースが楽々先頭!カツラギが先頭だ!
内から、内からバンブトンゲートが来る!
外からスズカコバンだ!
キタヤマツバキ粘った!キタヤマツバキ粘った!
さぁ、先頭は…おーっと、ダイゼンキング来た!スズカコバンも来た!
スズカコバンとカツラギエース!
スズカコバンとカツラギエース!
スズカコバンが外!
カツラギエースが内!
さあ、この2名にメジロモンスニー、突っ込んだ!
ほとんど、同時〜!
しかし、僅かに真ん中か!?
菊花賞トライアルの神戸新聞杯はカツラギエース、スズカコバン、メジロモンスニーの3名による大接戦。
最終的にはカツラギエースとスズカコバンによる写真判定までもつれ込んで、結果は…
「すみません…。最後のレース、勝ちたかったんですけど…油断しました…本当に…すみません…」
「気にするなエース。いいレースだった。君のこの夏の成長がよく見れたよ。泣くんじゃない…」
写真判定の末、アタマ差でカツラギエースは2着に敗れてしまった。
移籍前に恩返しがしたいということで、所属を変えないまま挑んだ神戸新聞杯。最終コーナーまで、とても堂々としたレースぶりであったが、最後の直線で7番人気のスズカコバンに差し切られてしまい、惜しくも勝利はならなかった。
「でも…あたしをここまで育ててくれたのは西崎トレーナーだから…。だから、移籍前の最後のレースは勝ちたかったのに…」
レースに負けてしまったカツラギエースが涙にくれながら、謝罪する。
「ありがとう…。そういってくれるだけで、俺は嬉しいよ。お前は実績のない俺によくついてきてくれて、重賞も勝ってくれたし、ダービーにも出させてくれた。俺にとってはそれだけでも、素晴らしいことなんだ。だから、謝ることも泣くこともない。胸を張って土浦のチームに行け。そして、そこでもっと活躍してくれ!それが俺の望みだ」
涙に暮れるカツラギエースに西崎は笑いながら労い、次の移籍先での活躍を願う言葉をかける。
「はい!あたし頑張ります!西崎トレーナーが安心して見ていられるような立派な選手になります!」
西崎の言葉にカツラギエースは涙を拭いながら、精一杯の笑顔でこれからの活躍を誓う。
「土浦。エースを頼む。この子はひたむきに頑張れる子だ。この子にたくさんのことを教えて、たくさんの経験を積ませてやってくれ」
「はい。任せてください!西崎さんが育ててくれたカツラギエースが大きなタイトルを獲れるように全力で鍛えてみせますよ」
西崎からカツラギエースを託された土浦は西崎の手を握り、力強い眼差しで誓いを立てた。
「ああ、頼む。さあ、エース、いってらっしゃい。チームは離れても、お前の夢を俺はずっと応援する。ミスターシービーに勝って、努力が才能を超えられるところを見せてやれ!」
「はい!今まで本当にありがとうございました!この恩は一生忘れません!あたしの夢が叶うところを西崎トレーナーに見せられるようにこれからも頑張ります!」
西崎が差し出した手をカツラギエースはガッチリと掴み、深々とお辞儀をしながら、最後はいつも通りの豪快な笑顔で別れを告げた。
[出会いがあれば別れもあるか…。まあ、エースからしたら悔しい負けだろうね…。力自体は確実に伸びてたんだけど、勝ったスズカコバンが一枚上手だった。春シーズンは無名だった子も秋シーズンには見違える成長をしている子なんてたくさんいるからね。簡単には勝たせてくれないのが、クラシック戦線ですよ]
レースを終えた選手たちを取材をするために地下道に降りていたキョウエイプロミスはたまたま、カツラギエースたちが集まる場を目撃する。
そのやりとりを遠目で見ていたキョウエイプロミスは友人であるカツラギエースの心情を察しつつも、公平な目線でレース結果を分析する。
「さてと、クラシック級のレースも気になるけれど、アタシも来週にはレースがある。とりあえず、無茶はしないようにするけど、しっかりと実践感覚は掴みたいな。現役最後の3ヶ月、悔いを残さないように一戦一戦を大事に走らないと…。よーし、いっちょ頑張りますか」
クラシック級を賑わす後輩世代の活躍に楽しみを覚えてはいるが、来週からは自分もシニア級のレース最前線に再び立つことになる。
キョウエイプロミスは自分自身に喝を入れ、阪神レース場を後にした。
突然ですが、私の物語内での学年設定についての解説です。
まず、世代内の学年差はなしで考えていて、同世代はみな同学年です。
そして、トレセン学園内の中等部・高等部と実際の年齢は以下の通りです。
中等部1年:実年齢1歳(育成牧場での馴致期間)
中等部2年:実年齢2歳(入厩&デビュー年)
中等部3年:実年齢3歳(クラシックシーズン)
高等部1年〜3年:実年齢4歳〜6歳(古馬シーズン)
こういった設定なので、この物語におけるシービーやエースは作中時間現在、中等部3年生だったりします。と、いうことで、後になって登場する"あのお方"は、史実通りにシービーやエースの1歳下で登場します。