BEGINNING OF THE REVOLUTION 作:スタイニー
キョウエイプロミスと政男はある人物と過去の出来事を語らう。
人と人、ウマ娘とトレーナー、親と子。
様々な関係と想いが重なるトゥインクルシリーズの舞台。
長年付き添った2人は過去からの想いを胸に闘いの舞台へと上る準備をする。
なあ、プロミス。トレセン学園は楽しいか?
うん、楽しいよ。まあ、まだ本物のレースは走ってないけど、とりあえず友達はたくさん出来た
おー、よかったじゃねぇか!で、デビューはいつぐらいになりそうなんだ?
マサさんは来年の6月にはデビューさせたいって言ってたよ。出来るだけ早く仕上げて、1つでもいいから、親父にプロミスが走る姿を見せてやりたいって言ってた
マサのヤツそんなこと言ってんのか?プロミスは脚元が強くないから無理させんなって言っとけ。まあ、それはそれだが、お前のデビューを生きて見られないのは、確かに心残りだな…
…。何言ってんの、おっちゃん。まだ、元気じゃん。あと半年くらい、なんとかなるよ。
ったく、三途の川が見えかけてるジジイに無茶な要求しやがって…。じゃあ、死にかけのジジイが頑張るために、お前に目標を聞いておこう。それを励みにワシは1日でも長く生き抜く。プロミス、お前はこの先どんなウマ娘になりたいんだ?教えてくれ!
どんなウマ娘?難しいなぁ〜。アタシまだ中1だし…将来のことなんてわかんないよ…。
どんなことでもいい。おっちゃんを励ますためと思ってデカいことを言ってみろ。デカけりゃデカいほど、『約束があるからまだまだ死ねねぇ!』って頑張れるだろうよ!
…じゃあ、アタシは『日本一のウマ娘』になるよ。アタシが憧れたあの人たちみたいに、ファンの人たちに認められるような強くて立派なウマ娘になるよ。
ハハハ…。いい目標じゃねぇか!よし!プロミス、約束だ。おっちゃんは必ずお前のデビュー戦を観る!お前は頑張って日本一になれ!
うん…。約束だよ、おっちゃん。
トレセン学園に入学して初めての年末。
アタシはおっちゃんと約束をした。
おっちゃんはアタシのデビュー戦を観る。
アタシは日本一のウマ娘になる。
そんな、約束になってないような約束をおっちゃんと病院のベッドで交わした。
でも、約束をした2週間後におっちゃんは約束を果たせなくなってしまった。
そして、アタシの約束はまだ……
「マサさん!」
「ん?プロミスか?どうした?」
天皇賞の前日練習の開始前にキョウエイプロミスが政男に声を掛けた。
「昨日さ、おっちゃんと最後に会った日のことを夢で見たんだ。病院のベッドで約束をした時のことを」
「へー。どんな約束をしたんだ?」
「アタシは日本一のウマ娘になる。おっちゃんはアタシのデビュー戦を必ず観る。って約束をしたんだ。まあ、おっちゃんの約束は2週間で破れちゃったけどね」
「なるほどな。だから、親父は年を越せたのか…。1週間だけだったが、親父はお前との約束を励みに運命を超えてみせたわけか…」
「そうかもしれないね…。アタシも今だからわかるけど、あの約束をした日だって、おっちゃんはとっくに限界を超えてたんだと思う。それでも少しでも長生きしようと、毎日を必死に生きてたんだ。だから、亡くなる日の2週間前に話ができたアタシは本当に運が良かった…」
「まあ、それはそうかもな…親父も嬉しかったはずだ。最後の最後に自分が目をかけた子が会いにきてくれたことは…」
「そうだといいね…。あのさ、今更なんだけど、おっちゃんて、なんでアタシをスカウトしたのかな?」
「たしか、親父はプロミスのことを『目がいい』って言ってたな。将来、重大な決断が出来る覚悟を持った目をしてたから、スカウトしたって言ってたな」
「確かに、なんかそんなこと言ってたかも…。ちなみに走りのことは何か言ってた?」
「うーん。特には言ってなかったかな…。でも、気を悪くするなよ。歳をとってからの親父のスカウトの基準は走りの能力よりも『目つき』だったらしいからな」
「目つき?そんなことでいい選手なんて見抜けるの?」
「まあ、そう思うのも無理はないが、実際にその基準で選手をスカウトするようになってから、親父は重賞をバンバン勝つようになったんだ。親父はこの世界に45年くらいいたが、あの立派な成績はトレーナー人生の後半から積み上げたもので、それまでは泣かず飛ばずのしがないトレーナーだったんだ」
「えっ?そうなの?知らなかった…。おっちゃんはてっきり若い頃から実績を上げてるんだと思ってた」
「この業界に私も10年以上身を置いたからわかるが、トレーナーとしての親父の前半生は、ハッキリ言ってダメダメだ。八大競走はもちろん、重賞すら碌に勝てないんだからな。でも、私が中学生になったくらいの時期を境に親父は人が変わったかのように成績を上げはじめた。そのきっかけがスカウトの仕方だったと思うよ」
「そうなんだ…。アタシがおっちゃんに初めて会った時の印象は『おちゃらけたおっちゃん』って感じで、凄い人オーラとかは全然なかったな。まあ、だからアタシはあの人のことを"おっちゃん"呼びしてたんだけどね」
「おちゃらけた感じは素の親父の性格だ。ただ、仕事に関しては真面目だったから、そういう面は見せてなかった。今思えば、成績が上がってきてからだな、仕事でも素の性格が出るようになったのは。それも成績が良くなった要因かもしれん」
「へー、そうなんだ。そう言えば、アタシとおっちゃんは…」
天皇賞秋の前々日の夜、アタシはたまたま夢で、アタシをスカウトしてくれた人の夢を見た。そして次の日にそのことをきっかけにマサさんと昔の思い出話をした。
アタシが言う『おっちゃん』っていう人はマサさんのお父さんで、アタシをトレセン学園に誘ってくれたトレーナー、高田三平さんのこと。
会ったばっかりの頃は知らなかったけど、おっちゃんは八大競走を5勝するほどの中央でも名の通ったトレーナーだったんだ。
アタシとおっちゃんの出会いは、アタシが小学生になりたての頃に遡る。
その時、アタシは街のかけっこクラブに入っていて、ある日ふらっと現れたおっちゃんの目に留まったことが繋がりを持つきっかけだった。
おっ、嬢ちゃん!なんか、いい目をしてんな!
よし!ワシが稽古をつけてやろう!
えっ?おっちゃん、誰?
ワシは高田三平という。トレセン学園でトレーナーをやっとる。よろしくな!
あっ、そ。
ハハハ。反応が薄いのー。逆に気に入ったわ!
…。
無駄にませてたアタシはおっちゃんに結構ひどい接し方をした気がするけど、おっちゃんは気にすることなくアタシを指導してくれた。
それからおっちゃんは自分の時間が空けば、わざわざアタシのところに出向いてくれて、何度も指導するようになってた。
ちなみに、トレーナーとして駆け出しだったマサさんとアタシが出会ったのもこの頃だったかな。
そして、何年かの付き合いが続いて、アタシが小学校高学年になるくらいの頃におっちゃんはアタシにこう言った。
プロミス、中学生になったらトレセン学園に来い。いや、ワシのチームに来い。待ってるぞ!
今思えば、それがスカウトの瞬間だったけど、当のアタシはそのことがどれくらい名誉なことかはよくわかってなかったよね。
でも、せっかく誘ってくれたからってことで、アタシは本格的にトレセン学園を目指して努力した。
そして、おっちゃんの指導と自分の努力が実を結び、中学生になる時にアタシは見事にトレセン学園の試験に合格する。
一番の難関だった入学試験を突破して、おっちゃんのチームに入るのも時間の問題で、アタシは順風満帆に人生を過ごしていた。でも、そんな日々を終わらせる大変なことが入学した1年目に起きた。
おっちゃんが病気で倒れた
突然の病気でおっちゃんは現場に立てなくなった。しかも、余命はそんなに長くないと医者に言われたらしくて、事実上の引退勧告だった。
すまねぇな、プロミス。
どうやら、お天道様がワシを気に入って天国に早めに連れて行きたいらしい。お前がトゥインクルシリーズで走る姿を拝めそうにない…ごめんな…。
余命の宣告を受けてしばらくして、医者からその年の年越しを迎えるのは難しいという状態であることも告げられた。
そんな中、アタシとマサさんは少しでも長生きしてもらえるようにと時間を見て、出来るだけおっちゃんのお見舞いに行ったりしてた。でも、結局その願いは叶うことなく、年が明けた6日後におっちゃんはアタシのデビューを見ることなく、亡くなった。
おっちゃんが病気の間はマサさんが臨時チーフトレーナーとしてチームをまとめていたけど、おっちゃんが亡くなってから正式にチームを引き継ぐことになって、アタシもそのままマサさんのチームの所属になったんだ。
「マサさんはさ、やっぱりおっちゃんに憧れてトレーナーを目指したの?」
「まあ、そうだな。でも、親父は私がトレーナーになることをよくは思っていなかったんだ」
「え?初耳なんだけど、おっちゃんのことだから子供の時からマサさんにトレーナーするために教育してたと思ってた」
キョウエイプロミスが政男がトレーナーになったきっかけを聞くが、政男から返ってきた答えが予想外だったため、少し驚く。
「さっきも言ったが、もともとの親父は、泣かず飛ばずのうだつの上がらないトレーナーだ。だから、どんなに成績が出るようになっても、その時の苦労が忘れられなかったんだろう。私がトレーナーになりたいと言った時、親父はこう言ったよ…」
いいか、マサ。
お前が俺に憧れを持ってくれるのは嬉しいが、トレーナーっていう仕事は辛い仕事だぞ。
特に"自由"がないってのは一番辛い。
それなのに"葛藤"と"後悔"ってもんが山ほどあるんだ。
親父は俺がトレーナーになることが嫌か?
別にそうも思っていない。ただ、今のうちからトレーナー"だけ"を目指してしまうのはもったいないと思うんだ。幸いお前は俺と違って色んな意味で頭がいい。だから、まずは俺が楽しめなかった"自由"を楽しめる人生を送って欲しいんだ。
わかった…。まだ、決めないよ。もっといろいろな経験をしてから進路を決める…。
ああ、それでいい。ただ、これだけは覚えておけ。もし、その"自由"がつまらなくなって、どうしても"やりがい"のある人生が欲しくなったら、その時は俺の元に来い。
やりがい?
ああ、そうだ。腐るほどの葛藤と後悔の果てに"やりがい"というものがあるのがトレーナーという仕事だ。
トレーナーになれば、辛いことや苦しいことはたくさんあるが、"やりがい"がある人生を送れることは約束しよう。
「そんなことがあったんだ…。おっちゃんがトレーナーになることを望んでなかったのは初耳だな」
「まあ、苦労ばかりの仕事を息子にやらせたくはなかったんだろう。結局、私は自由を楽しむつもりで大学までいった。でも、ひと時の楽しさばかりで、有意義な学生生活ではなかった。そこで改めて気付いた。やっぱり私は親父の息子なんだなと。それで大学を卒業した後、トレーナー養成学校で3年間勉強してから親父のチームにサブトレーナーとして弟子入りしたんだ」
「そっか、マサさんも自由よりやりがいを選んだんだ。あのさ、やっぱりトレーナーの仕事は後悔とか葛藤はたくさんあるの?」
「たくさんあるよ。それこそ親父の言葉に嘘偽りはなかった。やりがいや達成感の100倍以上に後悔や葛藤がある」
政男は少し苦笑いしながら、トレーナーという仕事の苦労を語る。
「ふーん。マサさんみたいな一流トレーナーでもあるんだ。ちなみに今までの一番の出来事はなに?」
「そうだな。やっぱり、アローのことは今でも後悔している。あの出来事があったことで、私はここまで実績を上げることができたが、あんな思いは二度としたくない。それくらい後悔のある出来事がある」
具体的な話を切り出した政男の表情はどこか切なく、悲しそうな表情だ。
「アロー?昔の教え子さん?」
「ああ。今から10年ちょっと前かな。私がトレーナーとして3年目のシーズンに預かった期待選手がいた。その子はアローエクスプレスという子で、親父が懇意にしているレースクラブ歴代一番の期待選手だった。親父はその子を『相性が良さそうだから』ということで、私を担当に指名したんだ」
「へー、そんな子がいたんだ。その子とマサさんはどんな感じだったの?」
政男と昔の教え子の話にキョウエイプロミスはどことなく興味津々だ。
「自分で言うのも何だが、親父の予想通り、私とアローはとてもいい関係でコンビを組んで、デビューから苦もなく2連勝した。ただ、初めての重賞出場を控えたタイミングで私は病気で入院してしまってね。今思えば、そこから少しずつ歯車が狂い出していたな」
「マサさんが病気になって見れなくなった間は誰が見てたの?おっちゃんが見てたの?」
「それが、当時親父も忙しくて、見ることができなかった。ただ、アローの実力と周囲からの期待度を考えると臨時とはいえ、並のトレーナーに依頼するわけにもいかない。だから、親父と仲が良かった当時のトップトレーナーに短期契約での指導依頼を出したんだ。そして、私の病気が治るまでの間にそのトレーナーは朝日杯も含めて3連勝。その年のジュニアチャンピオンに選ばれたんだ」
「すごいね、その人。あっ、もしかして、その人はそのまま別のトレーナーに取られちゃったの?」
「いや、その時はそのトレーナーが約束通り私のもとへと返してくれた。『彼女のトレーナーは君がやるべきだ』とお墨付きも言ってくれてね。そこからまたコンビが戻って、アローは次の京成杯を勝つ。デビュー6連勝の上に私の重賞初制覇だった」
「なんだ。よかったじゃん。その後のクラシック戦線はどうなったの?」
「良かったのはここまでで、転落の本番はここからさ。アローの次のレースはスプリングステークスだった。このレースは同期のライバルと見なされていたタニノムーティエというウマ娘が出場してきてね。初めてのライバル対決になったんだ。そして、初の直接対決にアローは僅差の2着に負けて、連勝がストップしてしまったんだ。このことが大問題になるんだ」
「大問題?そんなに大事なの?確かに連勝ストップは痛いけど、トライアルだし、僅差2着なら別にいいんじゃないの?」
「私もアローも親父も悔しい思いはしたが、もちろん、悲観はしなかった。まだ、本番の皐月賞で勝てる可能性は十分にあったからだ。だが、アローを応援する出身レースクラブのOBや保護者たちが私の続投に反対したんだ。『一生に一度のクラシックを経験も実績もない、3年目の若造に任せたくない』とね」
「えっ?レースクラブの人たちが口出ししてきたの?マジで…」
政男から聞かされるまさかの展開にキョウエイプロミスは顔を強張らせる。
「まあ、そのレースクラブは関東地域の名門クラブだったからね。保護者やOBの熱量もなかなかだったんだ。ただ、アローは移籍を望まなかった。だから、親父はその声に対して一度突っぱねた『アローとマサの信頼関係に勝るものはない』とね」
「やるじゃん、おっちゃん。とりあえず、それで事態は収まったの?」
三平の男前な話にキョウエイプロミスは少し意外な顔をしつつも、どこか誇らしいげだ。
「いや、ダメだった。むしろ、反感が強まって、終いには『担当を変えないならレースクラブでの活動をボイコットするし、支援も打ち切る』と言い出す人まで出てしまって、トラブルが余計に収拾がつかなくなった。こんな状態になってしまったから、初めは擁護してくれていたレースクラブのオーナーも次第にOBや保護者の声を抑えることが出来なくなった」
そんなキョウエイプロミスとは対照的に政男の表情は悲しげだ。
「えー、モンペ過ぎるでしょ…。じゃあ、それで担当が変わることになるの?」
「ああ、そうなんだ。最終的にクラブのオーナーが親父に頭を下げてきた。『アローは関東の期待の星なんだ。あの子にかけられた期待に見合うトレーナーを担当に付けてくれ。そうでなければ皆納得しない』とね。さすがの親父もこれ以上トラブルを大きくするわけにいかなかったから、アローを以前に臨時で担当してくれたトップトレーナーのチームに移籍させたよ」
「んー、仕方がないかもしれないけど、当のアローさんは嫌がらなかったの?勝手に決められて、移籍とかアローさん、可哀想だよ」
事情が事情なことを理解したが、どこか腑に落ちないキョウエイプロミスが当事者のアローエクスプレスの心情を尋ねる。
「もちろん、アローは嫌がったよ。それこそ、大泣きして嫌がった。『嫌だ…トレーナーと離れたくない…』と言って、ずっと泣いていた。あの泣き顔は今でも忘れない…」
当時のアローエクスプレスの表情を思い浮かべたからだろうか、政男の表情が先ほど以上に悲しげになる。
「それはそうでしょ…。マサさんも何か言わなかったの?」
そんな政男の心情を察したキョウエイプロミスもどこか悲しげな面持ちになっている。
「私はまだ3年目の新人だったからね。レースクラブのオーナーやOB・保護者にはなにも言えなかった。だけど、親父には泣きながら問い詰めたよ『私の何がいけなかったんだ!』とね。その時、親父も涙を流しながら私にこう言った。『俺だってお前がアローの一番のパートナーだと思ってる。しかし、周囲はそれを良しとしない。悔しかったら、トップトレーナーになってみろ!』と諭されたよ。あの時の親父の顔もよく覚えているよ…。最初で最後の親父の涙だった…」
「…難しいね、トレーナーって仕事は…。確かにスポーツの世界だから結果や実績が全てにはなっちゃうもんね…それで、その後のアローさんはどうなったの?」
「移籍したアローは皐月賞でクビ差の2着。次のNHK杯はムーティエに勝ったが、ダービーは5着で、京都新聞杯も2着で負け。菊花賞はムーティエも負けたが、アローも9着で大敗。結局、移籍後のアローはトライアルの1勝を上げただけで終わった。才能豊かだったアローがあそこまで崩れてしまったのは、見ていて辛かったよ。私がトレーナーだったら、ああはならないと、何度心の中で思ったことか…」
そう語る政男の表情はとても悔しそうで、出来事から10年も経ったとは思えないほどに感情が籠っている。
「うわっ…最悪だ…。それで、そのあとアローさんはどうなったの?」
「実は、アローは有馬記念前に私のもとに帰ってきたんだ。皮肉なものだが、目も当てられないボロボロの戦績になったことで、アローにかけられた過度な期待がなくなり、自由な移籍が許された。そして、自らの意志で私のもとに戻ってきた。それで、再契約した最初のレースは有馬記念は4着だったんだ」
「なんだ!よかったじゃん!それでシニアになってからは?」
決していい状況ではないが、今後の救いがあるような話の流れにキョウエイプロミスの表情に明るさが戻る。
「私もアローが戻ってきてくれてとても嬉しかったよ。他人の横槍はたくさんあったが、また、一からやり直していけばいいと2人で励まし合った。ただ、世の中は甘くなかった。翌年にクラシックシーズンの使い詰めのツケがきて、脚部不安が深刻化した」
「えっ…。それじゃあ、しばらくレースに出れなくなったってこと?」
「ああ。しかも、そのツケは高く付いた。まともに走れるようになるまで1年もかかった。そして、復帰してアローは1レース走ったが、昔のアローとは全く別人の走りになっていたよ。そのことはアロー自身が一番よくわかっていたな。レースの数日後にアローは私にこう言った。『これ以上、トレーナーに無様な走りを見せたくないから、私は引退します…』と言ったんだ」
「…。マサさんはアローさんの引退を引き留めなかったの?」
「アローのあの表情を見たら、引き留めるなんて選択肢を私は思い浮かばなかった。私はただ、『わかった…そうしよう…』としか言えなかったよ。皮肉なものだが、その時だったな。私がトレーナーの仕事のやりがいと信念に目覚めたのは。私が担当する選手には上げた実績がどうあれ、"幸福な競技生活"を絶対に送らせると誓ったんだ」
アローエクスプレスの悲劇的な結末を語っていた政男の表情には哀愁が漂っていたが、その悲劇から自身がなにを教訓としたかを語る政男の表情は先ほどまでと違い非常に凛々くあり、その決意がいかに本気かが伺える。
「幸福な競技生活?」
「私がみんなにいつもやっていることさ。自分で『意志』を持って『目標』を決めて『努力』する。というやつだ。そんなことは当たり前のことだと、みんな思っているだろ?でも、そうならないこともある。特に"才能がある"ということは、それを妨げる自分の"足枷"にもなりうるということだ」
「まあ、正直アタシもそう思ってたよ。でも、今日の話を聞いてわかった。それが当たり前じゃないこともあるんだって…」
「そうだ。アローはそんな当たり前が出来なかったんだ。周りの無駄な期待やしがらみ、見栄のせいでな。そんな悲しい出来事はあっちゃいけない。そうは思わないかい?」
「そうだね…」
政男の問いかけに対して、キョウエイプロミスはいかに自分が恵まれているかを理解したようだ。
「私は学園を去るアローに約束したよ。『私は必ずトップトレーナーになる。君の様な不幸を二度と起こさないために』と。だから、私は死に物狂いで勉強し、実績を作った。選手を外野の声から守るために、誰にも文句を言わせないだけの実力を身につけて、選手を絶対に守るための声を自分が出せるようにしたんだ」
「そっか…マサさんのトレーナーとしての全てはその経験から来てるんだ…。ねぇ、アローさんやレースクラブの人とはそれからどうなったの?」
「クラブのオーナーとは今は和解しているよ。クラブのオーナーがあの後、私に謝ってきたんだ『本当にすまなかった。あの決断は君にもアローにも不幸しか生まなかった』とね。それからオーナーは毎年私にそのクラブの有望株を紹介してくれるんだ。もちろん、私のチームに入るかどうかは選手たちの気持ちを優先しているがね」
「そうなんだ。アローさんは?」
「アローとは今も交流があるよ。と、いうかアローは今そのクラブのコーチだ。私に初のクラシック制覇をプレゼントしてくれたファンタストはアローの"甥っ子"で、桜花賞に勝ったブロケードはアローの"教え子"だ。数奇なものだが、今もアローは私の側にいてくれる。あの子は私のかけがえのない子だよ」
「えー、何それ!映画ばりのドンデン返しじゃん!マサさんもやり手だね!」
悲しげな物語の顛末が一転して、ハッピーエンドのエピローグにキョウエイプロミスの表情が一気に明るくなる。
「別にやり手ではないだろ。まあ、とりあえず、今の私があるのはアローのおかげだ。あの出来事自体は悲しいものだったが、その経験を無駄にしなかったことと約束を果たせたことは誇りに思っている。そして、その経験を糧に私を鍛え、見守ってくれた親父にも感謝しているよ。親父もあの出来事を一緒に悲しんでくれて、乗り越えてくれたからね」
テンションが上がり切っているキョウエイプロミスに苦笑いする政男。
とはいえ、今の政男には過去の出来事が今の自分にとって意味のあったことだと自信を持って言えるようだ。
「そっか…。なんか、おっちゃんもマサさんも立派な信念を持ってこの業界で長年やってきてるのに、アタシには何もないなんて、情けないね…」
そんな政男の話を聞いたキョウエイプロミスが、自身にはそのような確固たる何かがないことを気にする。
「そんなことはないさ。お前には立派な"約束"があるじゃないか。『日本一のウマ娘』になるんだろ?今からそれを目指せばいいじゃないか」
気落ちした表情をするキョウエイプロミスに政男がフォローを入れる。
「いや、あれはおっちゃんのための方便だよ。あんな約束はでまかせもいいところだし、引退間近のアタシには遅すぎる約束だよ…」
「いや、そんなことはない。正直な話、今のお前は怪我の前よりも心身ともに大きく成長した。だから、今のお前になら相応しい約束だと思うぞ。それに、こんなタイミングで思い出したことも、何かの運命だ。天国の親父のためにも、その約束に挑戦してみたらいい。きっと、今からでも遅くはないさ…」
「…」
「おっちゃん…だいぶ遅くなっちゃったけど、アタシ本気であの日の約束に挑戦してみるよ…。だから、天国から見守っていてね…」
さて、天皇賞秋。
東京レース場3200mは今年限りです。
ガシャン!
前の話の後書きで、次からレースが始まります的な締め方をしていましたが、アレは嘘でした(笑)と、言うのもレースの前にこの陣営の有名なエピソードをウマ娘風に再現してみたいなと思ったからです。
この第2章の主人公はキョウエイプロミスですが、その担当トレーナーも非常に重要な人物です。
モチーフになっている方はもちろんあの方とあの方。そして、故人の方はあの方です。
実際の競馬でも父子鷹として無二の師弟関係、主従関係として有名なあの厩舎と騎手ですが、とても古き良き日本人としての在り方を示す逸話が多いですよね。
そんな厩舎もといチームに加入したキョウエイプロミスの運命と結末もまた非常に日本人の心情を揺さぶる熱いお話だと思い、物語の題材としたら面白いだろうな、と思ったことが3作品目を作るきっかけだったりします。