BEGINNING OF THE REVOLUTION   作:スタイニー

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その仕掛けはあまりにも非常識だった。

故に観衆はその仕掛けを"暴走"と捉え、勝利を捨てたのか?と絶望する。

しかし、彼女は勝利を捨てたわけではない。

むしろ、彼女は挑んでいた。

淀の坂の"タブー"という名の『絶対的な格言』を攻略することで、ライバルに己の実力と"成長"を示そうとしていた…



第三幕開演〜やわらかい日射しに映える秋の淀、菊花賞〜 破

 

 

「シービー!一体、なにをする気だ!?」

 

ミスターシービーのまさかの行動に寺永は思わず席から立ち上がり、叫ぶ。

 

 

 

 

ミスターシービーが上がって行きます!

現在ここ!ここに居ました!

 

 

 

 

[一体、なにを考えて……はっ、まさか……]

 

ミスターシービーの突然の加速に驚く寺永だが、思い当たる節があるのだろうか、顔に手を当て思案する素振りを見せる。

 

 

 

 

 

「ねぇ、寺さん!なんで淀の坂は『ゆっくり上がって、ゆっくり下る』必要があるの?」

 

「なんだ今さら。この間、京都で走ったから、なんとなくはわかるだろ?」

 

「なんとなくはわかるよ。でもほら、今『レース理論』の勉強中だから、しっかりと理屈を理解したくて…」

 

「"勉強中"か…。破天荒なお前からそんな言葉が出てくる日が来るとはな…。いいだろう、"復習"といこうか」

 

それはミスターシービーが『レース理論』の勉強を始めて数日がたったある日のことだった。ミスターシービーは寺永に京都レース場にまつわるレースの格言について尋ねてきたのだった。

 

「まず、上り坂に関して言うなら、坂の問題というよりも、ゴールまでの距離の問題が大きいな」

 

「距離?」

 

「ああ、とてもシンプルな話だ。淀の坂の始まりは向正面の直線半ばからだ。この位置からだとゴールまではまだ1000m以上ある。短距離のレースは別として、そんな位置からスパートを開始して、最後にいい脚が残せると思うか?」

 

寺永はホワイトボードに京都レース場の全体図を貼り出すと、赤ペンを使いながらミスターシービーに対して講義を行っていく。

 

「んー、確かに…。それだったら、上り坂で無駄な体力は使いたくないかも…」

 

「まあ、普通はそう考える。あと、あんな位置からスパートをかける理由がないというのも理由だ。一応、出遅れて前目のポジションを取りそびれた選手が、"やむを得ず"強引にポジションを取りに行くことはあるが、それ以外の理由はまずないだろう」

 

「"出遅れた"場合ね…。じゃあ、下り坂をゆっくり走る理由は?」

 

寺永の語る理屈の話に納得したミスターシービーは続けて質問をする。

 

「まず第一に恐怖心の問題がある。あの下り坂の勾配は4.3mあるんだぞ。恐怖心をまったく抱かずにあの急勾配を下れると思うか?」

 

「んー、この前走った感じは大丈夫そうなんだけどなぁ〜」

 

「普通に走るだけならできるだろう。しかし、それが『ブレーキなし』で『全速力』で、となれば話は別なはずだ」

 

「やっぱり無理かなぁ〜。でも、下り坂でゆっくり走るって結構脚が辛いんだよね。だったら、アタシは勢いを利用して、一気に下った方が体力温存とかのメリットがある気がするんだけど。どう?この理屈は?」

 

寺永の理屈に対して、ミスターシービーは選手目線の理屈を話し、その良し悪しを寺永に問う。

 

「それに関しては一応、理にはかなっている。ただ、勢いに引っ張られてコーナリングをミスれば、得られたメリットが一瞬でなくなるリスクがあるぞ」

 

ミスターシービーの理屈に対して寺永はある程度肯定はするものの、大きなリスクが伴う事実を告げ、その上でやるべきか否かをミスターシービーに問いかける。

 

「んー、そこらへんはコーナリングのテクニックでなんとかならないかな?」

 

「まあ、それはまだ練習次第でなんとかなるかもな。しかし、リスクはそれだけじゃない。これはあくまでヒトの話にはなるが、知っておくといい。シービーはヒトが行う年始の駅伝大会を知ってるか?」

 

建設的に話し合いが進んでいく中、寺永がミスターシービーの理屈に対して別の観点から切り込むために、新しい話題を持ち出す。

 

「あっ、知ってるよ!お父さんもお母さんも年始はよく観てる」

 

「あの駅伝大会の6区、通称"山下り"で優秀なタイムを出した選手に、下り坂の勢いを利用した方がいいと言う選手がいるのは事実だ」

 

「えっ?ホントに?ほらやっぱり、なんとかできるんだよ!」

 

肯定的な寺永の話ぶりにミスターシービーが一瞬ドヤ顔で誇らしげになる。

 

「いいか、シービー。この話の本題はここからだ。その戦術の有用性を述べた選手はその戦術の"ポイント"と"リスク"も述べていた。それを理解した上でやるかやらないかを考えろよ」

 

そんなミスターシービーを窘めるように寺永が客観的な意見を述べる。

 

「ポイントとリスク…?」

 

「そもそも、下り坂で身体にブレーキを掛けようが掛けまいが『筋肉系統へのダメージ』からは逃れられない。スピード(下りの勢い)によるダメージはそんなことで回避できるものじゃない」

 

「えぇー、それじゃあ意味ないじゃん!せっかくいい方法だと思ったのにー」

 

先程とは一転して、否定的な話をする寺永にミスターシービーは心底残念そうな表情であからさまに落ち込んでいる。

 

「話は最後まで聞け。下り坂のダメージを減らす"ポイント"の話はこれからだ」

 

表情がコロコロ変わるミスターシービーを優しく見守る寺永が、ミスターシービーにとってプラスになる話を切り出そうとする。

 

「どうすればいいの?」

 

「ダメージを減らす方法は"ブレーキ"じゃない。カーブの"曲がり方"だ。下り坂のカーブは『最短距離』を狙って曲がってはいけない。『最短距離』を狙い過ぎると下り坂の加重だけでなく、遠心力の加重も割増になるからだ。だから、下り坂のカーブは"ゆったり"曲がる方がいい。遠心力と加重が分散して、結果的にスピードが維持しやすいんだ」

 

「ふーん、なるほどね!よし、本番はそれを意識しつつ、コーナリングの仕方を考えよう。じゃあ、リスクは?」

 

理屈に対してプラスになる話を聞けたことでミスターシービーの表情が再び明るくなる。

 

「リスクは下り坂を走り切ったあとの『体の錯覚』だ」

 

「体の錯覚?」

 

「下り坂の勢いを利用して走るということは、お前が言ったように『少ない力で速いスピードを出している』という『体の錯覚』を引き起こす。では、もしこの錯覚が元に戻らないまま(・・・・・・・・)平坦な区間に入ってしまった場合、残ってしまった錯覚は体にどのような影響を及ぼすかわかるか?」

 

「うーん…『少ない力で速いスピードを出す』の"逆"でしょ…。あっ、『必要以上の力を出してもスピードが出ない』錯覚に陥るってこと?」

 

「正解だ。ここら辺までくると『生体学』のような話になってしまうが、下り坂が終わった所でこのような感覚に襲われ、脚が止まってしまう選手はよくいるようだ。だからだろうな、山下りの"本当の難所"を『下り坂以外の区間』と答えた選手もいるのは」

 

「うーむ…結構複雑な問題だったんだ…。ってかやっぱり、寺さんの知識量はすごいね。なんかゴメンね。結構前に『寺さんはトレーナーっぽくない』とか言って。あなたはやっぱり優秀なトレーナーです。アタシが間違っていました[ぺこり]」

 

先程に比べてより理論的な話を交わすなかで、ミスターシービーは京都レース場の格言の難しさを理解する。そして、寺永の論理的かつわかりやすい講義と知識量の多さにミスターシービーは尊敬の念を抱く。

 

「おだててもなにも出ないぞ。しかし、これでわかっただろ?淀の坂の格言の意味が。結局、格言通りの走り方をした方が安全かつリスクやダメージが少ないんだ。だから、みんなそうするんだ」

 

「んー、言いたいことはわかるんだけど、なんかそれだとつまらないね。いわゆる、『みんなそうしてるからそうする』ってヤツでしょ?アタシは嫌いだな」

 

寺永の言い分に理解を示しはするが、どうやら本人的にはその言い分に納得したくないという私情を拭い去れないようだ。

 

「フッ…お前らしい考え方だな。しかし、その絶対的な格言を壊すのはかなりの難題だ。いや、今まで誰もその難題には挑まなかったと言う方が正しいか。なぜだかわかるか?」

 

もどかしい表情をするミスターシービーに寺永は非常に単純明快な質問を投げかける。

 

「"挑まなかった"…引っかかるフレーズ………。んー、わかんない。なんで?」

 

質問の意図に引っ掛かりを覚えたミスターシービーは悩みに悩むが、結局答えを出すことが出来ずに白旗を挙げる。

 

「答えは簡単だ。難題を解かなくてもレースには勝てるからだ。だから、みな無難な解答(ゆっくり上り)白紙の解答(ゆっくり下る)しかしないんだ。要は『"タブー"を犯して勝利を逃したくない』んだよ」

 

そんなミスターシービーに対して寺永ははにかみながら、正解を発表する。その構図はまさしく、『子供をあやす親』の構図だ。

 

「んー、ますますモヤモヤするなぁ〜。そういうの嫌い…」

 

答えを聞いたミスターシービーはますます渋い表情をする。やはり、自分のポリシーに反するこの事情を素直に受け入れることをどうしても納得したくないようだ。

 

「まあ、気持ちはわかる。私も"タブー"を壊す瞬間を見てみたいよ。きっと、それは私が追い求めるレースになるだろうからな」

 

「…」

 

 

 

 

「寺さんはこの問題に挑むこと自体を『タブー』と言った。でも、アタシはそんな不完全な勝利はいらない!見せてあげるよ、寺さん!私がタブーを壊す瞬間を!」

 

 

 

 

ズン

 

 

 

 

[!?]

[!?]

[!!?]

 

それは王者の走りの復活の狼煙だった。

 

ダービーで見せたものと同じ圧倒的なプレッシャーが20名のウマ娘たちの肌を震わせる。

 

[久しぶりに『領域』に入ったけど、なんの問題もないね。さあ、このまま一気に行くよ!]

 

復活の狼煙が上がったのは向正面の上り坂手前、ゴールまで残り1200mの位置。ミスターシービーは突然加速して、一気に順位を押し上げにかかる。

 

 

 

グングン、グングン上がって行きます。

外から上がって行ったミスターシービー。

京都の正念場、坂の手前から上がって行ったミスターシービー!

上りで行った!?上りで行ったぞ!

 

 

 

ザワザワ ザワザワ

 

 

 

ミスターシービーの仕掛けに対して、会場内がざわめき、一部からは悲鳴にも似た声が上がっていた。しかし、それは当然の反応だった。

 

過去にこの地点から仕掛けた者はごく僅かしかおらず、その者たちはみな『人気薄の選手』がほとんどであり、『圧倒的大本命』が仕掛けるなど、前代未聞だったからだ。

 

「まさか、『タブー』に挑むつもりなのか?出来るのか?そんなことが…」

 

寺永は顔の前に両手を出し、まるで祈るようにミスターシービーを見守る。眼前には全幅の信頼を寄せるパートナー。しかし、彼女が挑む難問は誰もが攻略を諦めた難問中の難問であり、誰も手を付けようとしない『絶対的な格言』。寺永の表情は不安に満ちていた。

 

 

 

[とりあえず、アタシの予想通りだね。上り坂で全員のペースが落ちた。これなら、一気に先頭に行けるよ!]

 

『絶対的な格言』に従えば、スピードを上げながら上り坂を駆け上がるということは"タブー"であり、勝利を手放す行いに等しい。しかし、ミスターシービーは勝利を確実に手に入れるために(・・・・・・・・・・・)あえて"タブー"を犯していた。

 

[みんな驚いてるけど、アタシがしてるのは『ロングスパート』じゃないよ。ただの『ポジション移動』。隊列が一番縮む(・・・・)今のタイミングでスピードを上げれば、最後尾からでも先頭のポジションが最小限の体力(・・・・・・)で取れるでしょ?]

 

実はミスターシービーが行ったことは『スパート』ではなく、『ポジション移動』だった。

 

では、彼女はなぜこのタイミングで『ポジション移動』を行ったのか?

 

 

 

下り坂部分の攻略の目処は立ってる。でも、そのルートを誰にも邪魔されずに走るためには、"坂の頂上"で先頭にいないといけない。

 

 

 

ミスターシービーは下り坂部分の攻略に自信があり、既にその走路、走法にも目星も付けていた。ただ、最後尾やバ群の中では、その走路を誰にも邪魔されずに走ることは不可能だった。だからこそ、坂の頂上で先頭に立つことに拘っていたのだが…

 

 

 

 

坂の頂上までに先頭にいなくちゃいけないけど、それをするために我慢して息苦しい場所(先頭集団)で走るのは嫌だなぁ〜。

 

 

 

 

そこは腐っても自由人(ミスターシービー)。淀の坂の攻略に意欲的とはいっても、嫌なものはどうしても嫌で、絶対にやりたくない。そんなジレンマに陥った彼女が悩みに悩んで出した答えは…

 

 

 

 

下り坂部分の攻略のためには前にいないといけない…。でも、アタシのプライド(気分)はそれを許さない…。あっ、だったら"途中で"ポジションを上げてけばイイじゃん!そうすればスタミナの温存にもなるし、ストレスも感じない!

 

 

 

悩みに悩んでいた彼女が気付いた大人びた(合理的な)発想と子供じみた(非合理的な)発想の両方を満たす最適解。その最適解があの仕掛けだったのだ。

 

 

 

[『淀の坂の常識』を逆手に取って、ポジションの押し上げをするとは、なんという発想力だ…。しかし、本題はここからだ。シービー、一体ここからの『下り坂』をどう下るんだ…]

 

現実に起きる状況を予測し、最大限に利用してしまったミスターシービーの発想力に舌を巻く寺永。しかし、それでも彼の表情から焦りの色は消えない。なぜなら、この難問の難しさはここからだからだ。

 

 

 

 

上りで行ったミスターシービー。あっという間に先団に取り付きました!

 

 

 

 

[よし!先頭付近まで来れた!さてと、これからアタシが挑むルートは…]

 

ミスターシービーは最後尾から京都レース場の向正面を一気に駆け上がり、先行集団に取り付く。そして、坂の頂上から下り坂を見下ろし、ルートを確認する。

 

「んー、確かにいざやるとなるとちょっと怖いかもね…。でも、"今の"アタシなら大丈夫でしょ!さあ、集中!…3・2・1・GO!!」

 

走路が確保されていることを確認したミスターシービーは気合いと息を入れて、3カウントの後に一気に坂を下って行く。

 

 

 

さあ、果たして、下りはどう下るのか!?

ミスターシービー!2周目の坂、2周目の坂を一気に下る!これが三冠街道か?ミスターシービー。現在2番手!

 

 

 

凄まじいスピードで淀の坂を平然と下って行くミスターシービーではあるが、それを可能としているのは彼女の類まれなる天賦の才以外の何物でもなかった。

 

寺永が言ったように一般的に下り坂の降下を全力疾走できる者は稀である。なぜなら、精神的にも身体的にも防衛本能(ブレーキ)が働いてしまうからだ。

 

高さから来る恐怖心は言わずもがな、自身が"自力で"出せるスピード以上のスピード感を身体が感じてしまえば、それが恐怖心となり、"精神的な"ブレーキが掛かる。

 

そうして掛かってしまった精神的なブレーキは『重心を後方に残す』という"身体的な"ブレーキをも作動させてしまい、結果的に筋肉にダメージを与え、スピードも殺してしまう。

 

このように『下り坂を全力疾走する』という行動は言葉ほど簡単なものではなく、人によっては不可能と答えてもおかしくないものだったが、彼女はそれを難なくこなしていた。

 

「よし!いい感じ!やっぱり『領域』に入ってればなんとかなるね!」

 

ミスターシービーはこの難問を『領域』に入ることで克服した。もっとも、それは『領域』に意識的に入ることができるミスターシービーだからこそできる解決策だった。

 

 

 

寺さんから『領域』の話を聞いたのは今年に入ってからだった。その話を聞いた時にアタシの中には探究心みたいなものが芽生えた。

 

寺さんが言うには『領域』っていうのはトップアスリートだけに起きる『超感覚』らしい。わかりやすく言うなら『不可能に思えるプレーを可能にする力』だって。

 

それを面白いと思ったアタシは、普段のトレーニングと並行して、毎日時間さえあれば、走りの『イメージトレーニング』を繰り返した。それこそ、1日に何十回、何百回もやってた。相手、距離、コース、天気、コンディションの条件をいろいろと変えてイメージトレーニングをした。

 

そうやってイメージトレーニングを繰り返すと皐月賞の少しくらい前には『領域』の入り口の手前にある"高い集中状態(エントランス)"の空間にはいつでも入れるようになった。

 

アタシがエントランスに入ると、まず頭の中に不思議な空間が広がりはじめる。そのうち、頭の中だけに広がっていた空間が目の前に現れる。というか、頭の中の空間と現実の風景が入れ替わっちゃうんだ。ちなみに現実の視野はモニターで見てる感じになる。

 

その空間は何もない空間で、アタシの場合は真っ白な果てがない空間が延々と広がってる。ここはまだ『領域』の中じゃないんだけど、一応この空間にいると集中力が高まって頭の中が冴え渡るんだ。

 

その結果が皐月賞の中央突破。あの時は他の子たちの動きが手に取るようにわかって、バ群の中に道が必ず出来るって信じてたから迷わず中央突破を狙ったんだ。

 

で、エントランスの中で気持ちがノッてくるとアタシの場合は目の前に『扉』が出てくるんだ。その『扉』を開いて中に入ると『領域』に突入する。

 

『領域』に入ると集中力だけじゃなくて、身体の感覚も研ぎ澄まされる。具体的にいうと疲れを感じなくなって、身体が思い通りに動くって感じかな。ダービーの終盤のパフォーマンスはそれのおかげ。だから、あの突き放しが出来たんだ。

 

 

 

「よし!勢いは十分だし、バランスも崩れてない。この勢いのまま最終コーナーを曲がり切る!」

 

ミスターシービーは意識的に『領域』に入ることで下り坂の攻略の難題に対抗した。急勾配と降下スピードによる恐怖心は高まっている集中力で、降下スピードと遠心力による加重は精密な身体制御で克服してみせた。

 

「下り坂の攻略は『領域』の超感覚に頼ったのか…。本当にお前というヤツには驚かされる…。残る難問は坂下の最終コーナーだ…シービー…頑張れ…」

 

普段はあまり感情を表に出さない寺永。

しかし、この時ばかりは愛弟子に対しての想いが溢れ出ていた。

 

 

 

 

先頭はドウカンヤシマか?ドウカンヤシマか?

いや、ここでミスターシービーが先頭に立った!

ミスターシービーが先頭だ!!

 

 

 

ミスターシービーはスピードをほぼ殺さずに下り坂を降下して、遂に先頭に立つ。あとは、このリードを保つだけなのだが…

 

「下り坂部分は完璧に走れた。でも、問題はここからだ。最終コーナーを『膨れずに』かつ『筋疲労』と『錯覚』のダメージを凌ぎ切れないと、一気に失速しかねない。ここが正念場だ…」

 

完璧に下り坂部分の攻略をしたミスターシービーだが、慢心は一切なく、むしろ彼女の警戒心はこのレースの中で最大に高まっていた。

 

 

 

正直、最終コーナーの攻略に自信はない。というか、ダービーまでのアタシなら、たぶん『めんどくさいからやらない』って言う気がする。

 

でも、エースに負けて、『努力』するようになって、気付いたんだ。『できないこと』に取り組むっていうことは"楽しい"ことなんだなって。

 

そしたら、アタシは『今のアタシ』に我慢ができなくなった。もっと、もっと難しいことに挑戦して、それを出来るようにしたい。『今のアタシ』を1日でも早く超えたいって。

 

きっと、エースもこんな想いを抱いて日々『努力』してるんだよね。だったらアタシもやらなくちゃ!アタシのライバルがやってるんだから、アタシだってやるよ!

 

 

 

 

さあ、ミスターシービーが左右を確かめて、ミスターシービーが先頭だ!

 

 

 

 

「左右の安全はしっかり確認した。また、ダービーみたいなやらかしはゴメンだからね」

 

 

 

 

第4コーナーをカーブする!

ミスターシービー先頭だ!

 

 

 

 

「自信があるわけじゃない。でも、今のアタシにはそれが楽しい!」

 

 

 

 

さあ、ミスターシービー、19年振りの三冠か!?

ミスターシービー、19年振りの三冠か!?

 

 

 

 

「アタシは挑戦する!その挑戦に限界もルールもタブーもない!アタシの道はアタシが決める!エース見ててね!アタシは今、君を超える!」

 

 

 

ドクン

 

 

 

走ることに理由や価値を求めず、ただ自由に走ることだけを追い求めていたミスターシービー。

 

その彼女が生まれて初めて、走ることに目的や理由を見出そうとし、限界を超えて行くことを心の底から望んだ。

 

その瞬間に、彼女の『領域』には新たな可能性の光が差した…。

 

 

 

 




【淀の絶対的格言】VS【歴代最高の天才選手】

私は83年の菊花賞をこのような構図で描きました。
どうして、そのように描いたかというと、40年前に"非常識"と呼ばれたミスターシービーの戦術(下り坂の勢いを利用する戦術)が、今では"一般的"な戦術になっているからです。

ミスターシービーがこの格言を壊したことで、新しい"可能性"が生まれ、時が流れてそれは"常識"となりました。それはさながら『天才が新しい発見をして、人類の進歩により実用化した』かのような偉大な出来事のように感じたからです。

当時の人々の証言からすると"暴走"以外の何ものでもないようですが、もし彼女(彼)に『凡人にはわからない、天才だけが見た勝利への最適解』が見えていたとしたら"ああいう行動"になるんじゃないかなという、私のロマンがこのレース描写には詰まっています。
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