BEGINNING OF THE REVOLUTION 作:スタイニー
キョウエイプロミスの覚悟と想いは通じたのか……
……ミス
…プロミス
ああ…また誰かの声がする…
この声は……
「プロミス!大丈夫か!?」
「…"今度は"マサさんか…」
「ああ、私だ!しっかりしろ!大丈夫か!?」
「う、うん…。アタシ、どうしてた?ゴールした後の記憶がないから…」
「ゴールした後、気を失って倒れていたよ。今、救護班を呼んでいるから、もう少し我慢しろよ」
「そう…なんだ…」
ズキン!
「イタッ…」
「大丈夫か!?痛いのは右脚か?」
「うん…右脚が痛い。それに力が入らない…っていうか、脚が動かない…」
「動かないのか?いつだ?いつから脚を痛めた?」
「…。ゴールした"瞬間"だね…」
「…。そうか…」
「そうだ…。そんなことよりレースの結果は?」
「…ああ、結果は出ているよ…あれが確定順位だ…」
そう言って政男は掲示板を指差す。その先にあったのは……
1___14
2 ___6
3___8
「ごめん、マサさん…。アタシ、勝てなかった…」
政男が指差した掲示板に灯っていたキョウエイプロミスの番号の場所は無常にも一番上の位置ではなかった。それを確認したキョウエイプロミスは目を閉じて天を仰ぐ。
そして、閉じていた目をそっと開けたキョウエイプロミスは政男に謝罪する。その声色には言葉では言い表せないほどの悔しさが滲み出ていた。
「謝る必要などない…。お前の走りは"日本最強"に恥じない立派な走りだった。レースに負けたとはいえ、この会場にいる者は誰1人として、お前を笑う者はいないだろう」
「…」
悔しそうな表情をするキョウエイプロミスに政男は優しく、健闘を讃える。
「ピーちゃ〜ん!大丈夫!?」
「ああ、アンバー…みんなも…」
政男とキョウエイプロミスが話していると、アンバーシャダイたち日本チームのみんなが駆け寄ってきた。
「身体、大丈夫?ゴールした後倒れたから、びっくりしたよ!」
「大丈夫って言いたいとこだけど、右脚がダメだね…」
心配するアンバーシャダイにキョウエイプロミスは苦笑いをしながら、自身の身体の状態を伝える。
「そっか…右脚が…。あっ、でも凄かったよ!ピーちゃんの走り!2着だったけど、本当に凄かった!ありがとう、私たちの繋いだバトンを2着まで運んでくれて…。日本の意地は海外の人たちに届いていたよ!」
負傷したキョウエイプロミスの右脚に目をやったアンバーシャダイは一瞬悲しげな表情をしたものの、すぐに笑顔に切り替えてキョウエイプロミスの走りを賞賛する。
「そう…。でも、勝てなかった…。あれだけみんな頑張ってくれてたのに…。ごめん…」
明るい表情で賞賛するアンバーシャダイに対し、キョウエイプロミスの表情は暗いままだ。
「謝らないでください、プロミス先輩。先輩の魂のこもった走り、最後まで見ていました。あたしら後輩一同、先輩の走りを誇りに思います。だから、そんな悲しい顔はしないでください」
固い表情のキョウエイプロミスに続いて声をかけたのはハギノカムイオー。ただ、その表情はアンバーシャダイとは違い、とても凛とした表情をしていて、さながら『戦場から帰還した戦士』を労い、讃えるかのような厳かな雰囲気がある。
「カムイオー…。アンタにこそ、お礼を言わないと。アンタが切り拓いてくれた道がなかったら、ここまでの走りは出来なかった…。アンバーもそうだけど、日本チームのみんなの力があったからアタシはここまで戦えた。みんな、本当にありがとう…」
ハギノカムイオーの労いにキョウエイプロミスもまた労いと感謝の言葉を返す。その表情はいくらか固さが取れていた。
「なあ、集まってるとこ悪いが、ちょっと話できるか?」
「アンタは、フランスの…」
日本チームの輪の後ろからエスプリデュノールが声をかけてきた。
「アンタの走りは凄かった。悪かったな、『格下』と馬鹿にして。アンタとアタシの着差はアタマ差だったけど、アンタとスタネーラの叩き合いにアタシが食い込める余地なんて1mmもなかった…。アンタの実力は『格下』なんかじゃない。
「別にいいよ。スタネーラさんにも言ったけど、これは勝負事だからね。それこそ、負けん気がなければ、この場に立つ資格はないんだよ。アンタくらいの闘争心は持てないとね」
少し気恥ずかしい表情で謝罪するエスプリデュノールに対し、キョウエイプロミスは穏やかな表情で和解の言葉を投げかける。
「それはそうかもしれないけど、もう少しリスペクトは持つよ。ごめんな…。ところでさ、ミスターシービーってヤツはアンタよりも強いのか?」
和解の言葉を投げかけたキョウエイプロミスに対し、エスプリデュノールも穏やかな表情で改めて謝罪する。そして、エスプリデュノールは今回レースに出場しなかったミスターシービーの実力を問う。
「強いよ。アタシの何倍も。あの子は正真正銘の天才だからね」
ミスターシービーの実力を問われたキョウエイプロミスは躊躇うことなく、自分よりもずっと強いことを告げる。その表情はどこか自信に満ちていて、誇らしげだった。
「そっか…。じゃあ、アタシは来年も
「まあ、アタシは今年で引退するから来年はいないけど、OBとしてアンタみたいな強いウマ娘が日本に来ることはいつでも歓迎するよ。待ってる」
キョウエイプロミスの話を聞いたエスプリデュノールは真剣な表情で来年もジャパンカップに出場することを誓う。その宣言に対してキョウエイプロミスは笑顔で歓迎することを誓う。
「最後に握手してもいいか?」
「うん」
ガシッ
「ありがとう。よそモンが邪魔して悪かったな。アタシは行くよ。"またな"」
「うん、"またね"」
エスプリデュノールとキョウエイプロミスは固い握手を交わし、笑顔で別れを告げる。そこにはレース前のような敵対心は一切なく、お互いを讃えあう好敵手としてのリスペクトに満ちた雰囲気があった。
「お待たせしました。こちらの方の状態は?」
エスプリデュノールと入れ替わるように救護班の隊員が担架を持って駆けつける。
「右脚に重度の故障が発生しています。故障箇所に激しい痛みがあって動かすこともままならないです」
政男がキョウエイプロミスの具体的な状況を救護隊員に伝える。
「わかりました。自力での歩行は無理そうですから、担架に乗せてコース外で待っている救急車まで運びましょう。準備をしますので、もう少しだけお待ちください」
「よろしくお願いします」
「準備が整いました。では、一度彼女の身体を担架に移します。脚が痛むかもしれませんが、一瞬なので我慢してくださいね」
「「せーの」」
救護隊員は息を合わせてキョウエイプロミスの身体を担架に移す。キョウエイプロミスは少しだけ痛そうな表情をしたものの、担架に身を預けると再び落ち着いた表情を取り戻した。
「では、このままコースの外の救急車に乗せ、病院へと直行します。トレーナーの方、同行していただけますか?」
「はい。よろしくお願いします」
政男に付き添いを求めた救護隊員は、政男から同行の承認を得られると救急車にキョウエイプロミスが乗った担架を救急車に載せるべく担架を持ち上げる。
「ピーちゃん!後でお見舞いに行くからね!」
「先輩!あたしらも行きますね!」
「うん、また後でね…」
ターフから離れようとするキョウエイプロミスにアンバーシャダイたちが声をかける。キョウエイプロミスはその声かけに少し笑顔を見せて、チームメイトに応えた。
「プロミス。もう少しの我慢だ。私も一緒に行くから、心配するな」
「うん…。ありがとう…」
少しだけではあるが、笑顔を見せるキョウエイプロミスに政男は少し安心したようだが、それでも愛すべき教え子の痛々しい姿には不安を覚えているようだ。
「あ、あの!」
担架が持ち上げられ、みんなの輪を離れて数十m、キョウエイプロミスに再び声がかかる。
「ああ、スタネーラさんか…」
声に気付いたキョウエイプロミスは担架に身を預けているため、身体を起こすことが出来ないが、それでも声をかけられた方向になんとか顔を向けようとする。
「ごめんなさい、こんな時に。最後にどうしても、あなたともう一度、話したかったから…」
「ああ、ありがとう…。ごめんなさい、隊員さん、ほんの少しだけいいですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
空気を察した救護隊員は一旦持ち上げた担架を再び地面に置く。
「ありがとうございます。スタネーラさん、大丈夫だって」
「あ、ありがとうございます」
スタネーラの要望にキョウエイプロミスは救護隊員に許可を貰い、スタネーラと最後の会話をする時間を取る。
「スタネーラさん。おめでとう。あなたはやっぱり強かった…完敗です」
「いえ、そんなことは…。先ほども言いましたが、あなたは本当に強かった。私はあなたと戦えたことを一生の誇りにします」
キョウエイプロミスはスタネーラの勝利を祝福し、自身が完全に負けたことを認める。スタネーラはキョウエイプロミスからの祝福に謙遜する素振りを見せ、キョウエイプロミスの強さを絶賛する。
「いやいや、そんなことないでしょ。アタシなんて大したことないし、そもそもあなたに負けてるし」
「いえ、そんなことはありません。あなたは"レース中に"脚を怪我していた。もし、あなたが脚を怪我していなければ、このレースはあなたが確実に勝っていた。そうではありませんか?」
キョウエイプロミスもスタネーラの賞賛に謙遜する素振りをみせる。ただ、それに対してスタネーラは真剣な表情で、レース中の怪我がなかった場合の勝敗について問う。
「なんだ…気付いてたんだ…」
「はい。なんとなくですが…。だから、このレースの本当の……」
「それはあなたの"想像に"お任せします…」
スタネーラはレース中に起きたキョウエイプロミスの故障を引き合いに出し、このレースの"本当の"勝者は誰であるかを伝えようとするが、キョウエイプロミスはその言葉を遮るように、"曖昧な"回答をする。その表情はどこかぶっきらぼうで、どこか儚げな複雑な表情である。
「あっ…。そう…ですか…」
その表情を見たスタネーラは、キョウエイプロミスの複雑な心境を慮ったようで、力なく同意するに留め、それ以上問い詰めることはなかった。
「これは私のエゴかもしれませんが、どうかこの敗戦の責任を感じないでください。私が"結果上"勝者であっても、あなたは決して敗者ではありませんから…ですから、どうか…」
複雑な心境を抱えるキョウエイプロミスにスタネーラは再び労いと賞賛の言葉をかける。ただ、その目には涙が浮かんでいて、スタネーラがキョウエイプロミスに対して、いかに尊敬の念を抱いているかがわかる。
「ちょっと、泣かないでよ…。その涙はあなたの大切な人に勝利を報告する時に、取っておかないと。アタシは大丈夫。ずっと、コテンパンにされていた日本人が勝ち負けまで持ち込めたんだ。アタシはこの2着を誇りに思ってるよ」
「ですが…」
「あっ、スタネーラさん、後で連絡先を交換しよ!で、後でゆっくり話そうよ!」
「えっ?あっ、はい…。では、後ほど…お見舞いに行った時にでも…」
「やったー!いやー、マサさん、アタシもついに外国人の友達ができたよ!これが、『異文化交流』ってヤツだね!」
「まあ、そうなるな…」
大丈夫だと言うキョウエイプロミスに対してスタネーラは再び不安そうな顔をする。すると、キョウエイプロミスは突然明るい声色でスタネーラに連絡先を交換したいと言い出す。突然の声色の変化と突然の連絡先交換の申し出にスタネーラは困惑しながらも、承諾する。
「じゃあ、スタネーラさん。後でゆっくり話しましょう。すみません、隊員さん。もう終わりにします」
「まだ、大丈夫ですよ」
「いえ、大丈夫です。いつまでもこんな怪我人がいたら、表彰式も出来ないですからね。お願いします」
「わかりました」
「じゃあね!」
「はい」
キョウエイプロミスは救護隊員に話の終わりを告げる。そして、スタネーラに別れを告げる。その表情はかなりにこやかで、まるで『友人との"一時的な"別れの挨拶』かのように自然な笑顔だった。
「スタネーラ。この後には表彰式がある。もう、準備をしないと」
「はい…」
別れの挨拶は済んだが、スタネーラはその場から動くことなく、コースの外へと向かって行くキョウエイプロミスを見守り続ける。そんなスタネーラにコーチのラウスが声をかける。
「一体、日本人とは何を話していたんだ?」
「大したことではありません…。レースの"真の勝者"に賞賛の言葉をかけていただけです…」
ラウスの問いに淡々と答えるスタネーラ。ただ、その表情には『レースの勝者』として喜びの雰囲気は全くなく、その佇まいが逆に違和感を際立たせていた。
「真の勝者?どういうことだ?さっき判定写真も見たが、誰が見てもお前が勝っていると言うくらいに、しっかりアタマ分、お前の身体が先にゴール線を通過していたぞ?」
レースに勝ちながらも、少しも喜ばないスタネーラを見かねてラウスは、判定写真を引き合いに出し、改めてスタネーラがこのレースの紛れもない勝者であることを告げる。
「彼女はレース中に脚を故障していました。私が勝てた理由はそのためによるものが大きい。写真がどうあれ、そうである以上、私はこの勝利を普通に喜ぶことは出来ませんよ…」
「レース後ではなく、レース中に?信じられん…。ちなみに、いつ怪我をしたんだ?」
「おそらく、残り100mで彼女の脚には重大な故障が発生していたはずです…」
「馬鹿な…。あの日本人の伸びは残り100mこそ、凄まじかった。アレで故障していたなんて…信じられん…」
「ウソではありませんよ。間近で見ていた私にしかわからないでしょうが…。だから、私は私自身を勝者とは言わない…。真に讃えられるべきは彼女なのです…」
「そうか…。しかし、お前は勝者だ。お前がどう思おうとそれが現実に起きたことだ。だから、それを気に病むな。でなければ、"悲しむ者"がいるぞ?」
スッ
「携帯電話…?」
「ダンから電話だ。教え子の勝利を祝いたくて、居ても立っても居られなかったらしい。レースが終わった瞬間にはもう電話が来ていたよ。まだ、写真判定が出てもいないのに、アイツはお前の勝利を疑いもしなかったんだ。だから、いい加減喜べ。お前の敬愛する師が喜んでいるんだから」
「ダン先生…」
ラウスから手渡された携帯電話を手に取るスタネーラ。そして…
「よくやった!我がパートナーよ!おめでとう!」
スタネーラが手に取った携帯電話からは喜びの声が漏れてくる。それは彼女が最も聞きたかった最愛の人の喜びの声だった。
「ダン先生…ありがとうございます…。先生に2つ目の勲章を届けることができ、安心しています…」
喜びに声が上ずるダンとは対照的にスタネーラの顔色と声色は冴えないままだが、なんとか明るく振る舞おうとしている。
「とても、素晴らしい走りだった。だからだが、間近で見れなかったことをとても後悔しているよ。これほどに後悔したことは私の人生でもなかなかない。それくらい素晴らしいものだった!」
「そうですか…。そう言っていただけて光栄です…」
「スタネーラ!」
「は、はい!」
「あの日本のウマ娘は強かったか?」
電話越しでスタネーラの表情はわからないはずだが、愛弟子に"何かある"と気付いたダンが口調を変えてスタネーラに問いかける。
「えっ?は、はい…。とても強かったです。私が今まで戦った誰よりも…」
「そうか。なら、もっと喜びなさい。何があったかは知らないが、君がこの勝利を喜べないということは、彼女の健闘を喜ばないのと同義だ。君が彼女を認めているのであれば、君も喜ばなくては彼女への敬意を欠くことになるよ?」
「それは…」
「もし、彼女に敬意を示したいのなら、君自身が勝利に納得し、喜んだ上で、みなに伝えなさい。『日本には世界と渡り合える勇ましい戦士がいた』とね。どうだい?その方が、彼女への敬意になるとは思わないかい?」
スタネーラの回答を聞いたダンは彼女の心情を深く理解し、どう感情表現をするべきかのアドバイスをする。
「はっ、はい!そうですね!私は彼女の凄さをみなさんに知ってもらいたい!そのためにはまず私自身が勝利に納得しなくては、彼女の凄さを伝えきれませんね!」
ダンのアドバイスを聞いたスタネーラから重苦しい雰囲気がなくなる。どうやら、自身の振る舞いの整理がついたようだ。
「ああ、そうだ。君がそうすることで彼女への敬意も"償い"も共に果たすことができるだろう。さあ、そのためにも君はまず祖国へ無事に帰ってきてくれ。待っているよ」
「はい!」
スタネーラの雰囲気が変わったことを感じ取ったダンもまた改めて喜ぶ。そして、スタネーラが無事に帰国してくれることを願った。
「プロミス。なぜ、私に嘘をついた?お前の脚は"残り100m"のところでダメになっていたんだろ?」
再び歩き始めたキョウエイプロミスに政男は脚の状態を偽った理由を尋ねる。
「なんだ、マサさんももともと気付いてたのか…」
嘘をついていたことが政男にもバレていたと気付いたキョウエイプロミスが苦笑いをする。
「当たり前だ。私がお前を何年見てきたと思ってるんだ?わかるに決まってるさ」
苦笑いをするキョウエイプロミスに政男は穏やかな顔で嗜める。
「さすが、アタシのトレーナーだね…。脚がダメだったからっていうのを負けた理由にしたくなかった。それが分かればマサさんも"同情"するに決まってるからね。アタシはそれが嫌だったんだ」
「"同情"か…。悔しいんだな?どんな理由があってもレースに勝てなかったことが…」
「うん…」
ポロッ
政男の言葉がキョウエイプロミスの核心を突いたのだろうか?キョウエイプロミスの目から一粒の涙が溢れる。
「アタシは勝ちたかった…。勝つために全てを賭けたんだ…。チームのみんな、観客のみんな、マサさん、おっちゃん、みんながアタシに期待してくれてたから、アタシはその想いに応えたかった…」
「その気持ちはみんなわかっている。だから、みんなお前を褒めるんだ。お前はみんなの想いに間違いなく応えていたよ」
「そんなことないでしょ。本当にアタシがみんなの想いに応えたいと思ってたなら、レースに勝ててるよ…。でも、負けたってことはアタシの想いも覚悟も"その程度"だったってことでしょ?」
政男の励ましに対し、キョウエイプロミスは自分の不甲斐なさを吐き捨てるように呟く。
「確かに負けはしたさ。しかし、そこまで自分を責める必要もない。お前は頑張っていた。それでいいじゃないか…」
自分を責め続ける発言をやめないキョウエイプロミスに政男は再び窘める。
「頑張ったから、なに?結局勝てなかったのはアタシの覚悟の弱さでしょ?」
「そんなことはない。お前は……」
「じゃあ、どうしてアタシは勝てなかったの!?アタシの
冷静な口調だったキョウエイプロミスが少し感情を露わにした口調で政男の言い分に反論する。
「……」
その反論に対する政男の回答は沈黙だった。
ただ、その沈黙は『回答に困った』という理由だけではない。今、目の前で起きていることが、自身の『過去の実体験』と酷似しているという事実に困惑しているからでもあった。
「アタシの覚悟をみんなが認めてくれるなら、なんでアタシは勝てなかったの?ねぇ、マサさん…教えて。このレースに勝つためにアタシには何が足りなかったの?」
「…足りないものなど、何もないよ。全て足りていた…」
沈黙する政男に対してキョウエイプロミスは再度問いかける。自分には何が足りなかったのか、と。それに対して政男は三平のような叱咤激励することはせず、キョウエイプロミスの覚悟をハッキリと肯定する。
ただ、ハッキリと肯定する政男の目には涙が溜まっていて、彼女の決死の覚悟に結果が伴ってくれなかったという事実を必死に飲み込もうとする葛藤が伺える。
「…じゃあ、なんで…」
「"運"が悪かったんだ…。それ"だけ"が足りなかったんだ…」
「……」
悲しげな表情を見せる政男にキョウエイプロミスは口調を弱め、弱々しく突っかかる。その姿に堪えられなくなった政男は明らかな方便を言い、場を納めようとし、キョウエイプロミスはその
「これから救急車に乗ります。少し振動が……」
救急車の背後に到着した救護隊員が罰が悪そうに状況を伝え、キョウエイプロミスを救急車に乗せようとする。すると…
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「えっ…」
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「この音は…」
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突如として、スタンドから万雷の拍手が巻き起こる。その拍手はキョウエイプロミスが救急車の中へと運ばれて、外からは姿が見えなくなるかというタイミングで起きた。ターフにはまだたくさんの人がいたが、その拍手が"誰に"向けられているかは明白だった。
「プロミス。レースでお前は負けた。それは受け入れるしかない。だから、お前が悔しがる気持ちも自分を責めたくなる気持ちもわかる。ただ、お前はお前として果たすべき『約束』をしっかり果たしたんだ。それは誇るべきだ」
「『約束』?」
「ああ、昔親父が言っていたいたことを思い出した。『"本物の"日本一のウマ娘は人の感情を揺さぶる走りが出来るウマ娘のことだ』と言っていたよ。実力や実績の問題じゃないんだ。人々から愛され、尊敬され、夢を与えられるウマ娘。それが『日本一』の条件だってな…」
「あっ…」
こんな大声援を受けられるウマ娘を『日本一』と言わずになんと言うんだ?
「レースには負けた。それでもお前は親父との約束を果たせるだけの立派なウマ娘に成長したじゃないか。怪我が多くてなかなか上手くいかない学園生活。お前は悩みながらでも、走ることはやめなかった。今日、その想いがカタチになった。私はレースの勝ち負けよりもそれが誇らしい」
「……それでも、アタシは勝ちたかった…。ジャパンカップに勝って、アタシが憧れた華やかで活気あるトゥインクルシリーズを取り戻したかった…。『仮初の想い』だったかもしれないけど、アタシはそのために全てを賭けたのに…アタシはアタシの『約束』を果たしてない…」
「そんなこともないぞ」
「えっ?」
「お前が言っていたじゃないか。『後輩たちにバトンを渡したい』と。お前は自分自身の『約束』もしっかりと果たしているよ」
「本当に?」
「本当さ。さっきも言っただろ?お前の走りは人々の心を動かした、と。お前の走りは日本人に、後輩たちに夢を与えたんだ」
「夢を与えた?負けたアタシが?」
「ああ、そうさ。お前の走りは日本人のトラウマを壊した。世界は倒せない相手じゃなく、倒せる相手なんだ、と。それは叶わない夢じゃなく、叶う夢なんだ、と。お前の全身全霊の走りが教えてくれたんだ。この優しく、力強い拍手はそのトラウマを壊してくれたお前に対しての感謝と賛辞の証だ」
「でも、勝てなかったら意味がないよ…」
「そんなこともないさ。私は思うんだ。今日、この日の光景を見ていたウマ娘たちの中から、お前の想いを受け継いで、世界に真っ向から打ち勝つウマ娘がいつか必ず現れるとね。そして、その時にお前の敗北に意味と価値がもたらされるんだ」
「……」
「お前の悔しさや無念が簡単に晴れないことはわかっている。それでも、これ以上自分を責めることはしないでくれ。私も親父も自分の"やりがい"を貫き通したお前を誇らしく思っているんだから…」
「…わかったよ」
政男の説得力のある話にキョウエイプロミスはようやく頷く。
「それでいいんだ。戦いはもう終わったんだ。だから、もう肩の力を抜いて休め。お前は日本の代表として、先輩として立派に戦った。お疲れ様、プロミス。本当によく頑張ったな…」
「…うん」
政男の再三の説得と優しい労いの言葉をかけられたキョウエイプロミスの顔から硬さがとれる。それはキョウエイプロミスが少しだけではあるが、自分自身を許したことの証だった。
「いかがいたしますか?拍手が鳴り止むまで、ここに留まりますか?」
場の空気が穏やかになり始めたことを察した救急隊員が気を遣い、出発を遅らせる提案をする。
「いえ、行きましょう。レースは終わりました。敗者はただ去るのみです。ただ、窓だけは開けておいていただけますか?この盛大な拍手の全てをこの
その提案を政男は丁重に断り、車を出すように伝える。
「かしこまりました」
晩秋の東京レース場に轟いた8万人の盛大な拍手は、一陣の神風を巻き起こした誇り高き勇士の姿が見えなくなるまで、鳴り止むことはなかった。
敗者が『頑張った』と言うことは言い訳でしかない、と言う人もいますが、このジャパンカップのキョウエイプロミスに関してはそれが当て嵌まらない稀な例だなと思います。
格上相手に、持てる力の全てを出し切り、競走生命を犠牲にしてまで掴み取った2着。
文字通り『やれることは全てやった』上での敗戦はまさに『頑張った』と言うしかないかなと思うのです。
そして、この時の激走に本当の意味と価値がもたらされるのはもう少し後のこととなります。
さて、次回は第2章の最終話になります。