BEGINNING OF THE REVOLUTION 作:スタイニー
キョウエイプロミスは病室で友人らからお見舞いを受ける。
そんな中、最後に病室に訪れた人物にキョウエイプロミスは想いを伝える。
それは古い時代から新しい時代へと移り変わりを告げる情景…。
「じゃあね!ピーちゃん!また来るから!」
「うん!またね!」
元気良く別れの挨拶をして、アンバーシャダイたちクラスメイトがキョウエイプロミスの病室を後にした。
ジャパンカップが終わってもう2日が経った。
レースが終わった後、アタシは病院に直行してすぐに緊急手術をした。麻酔をしてたから、何時間くらい手術したかわからないけど、起きた時には次の日のお昼になってた。
そして、その日の午後にお医者さんから怪我の状態を伝えられた。アタシの怪我は……
右前脚繋靱帯不全断裂
お医者さんは『リハビリをしっかりと続けていけば後遺症は残らないから日常生活"には"問題ないでしょう』と言ってくれた。
まあ、わかっていたことだし、今年で現役を引退するアタシからすれば、それだけでも幸運なことなんだけど、もう全力で走ることはできないんだなって思うと、ほんの少しだけ寂しい気持ちにはなったかな…。
「賑やかな1日だったな。たくさんの人が来て疲れただろ?」
キョウエイプロミスのベッドの傍に座る政男が口を開く。
「別にそうでもないよ。いろいろな人に会えて話が出来て楽しかったから。それよりも様子を見に来る看護師さんの『お前らうるさい』の圧が時間が経つごとに強くなって、いつか怒鳴られるんじゃないかってヒヤヒヤしたことの方が、よっぽど気疲れしたよ…」
「確かに、看護師さんはかなり不機嫌だったな。まあ、立場的に手術して2日目の患者に無理させるなって思うのも無理はないがな」
手術して1日空けて、面会が大丈夫になった初日の今日は朝からたくさんの人がお見舞いに来てくれた。
最初に来てくれたのはスタネーラさんだった。わざわざ、病院に問い合わせて面会可能時間を調べてまで来てくれたらしい。
まあ、アタシもスタネーラさんとはゆっくり話したかったからすごく嬉しかったんだけど、なんか気を遣わせたみたいで申し訳なくも思ったけどね。
スタネーラさんとは1時間くらい話していたけど、やっぱりアタシの読み通りにスタネーラさんは心優しい子だった。それこそ、『THE 女の子』っていう感じで、好きなモノとか趣味とかも可愛らしい感じで、この子のどこに世界レベルのレースで闘える気持ちの強さがあるのかなっていうくらい穏やかな子だった。
スタネーラさんとはそれ以外にもいろいろな話をしたけれど、ジャパンカップの話だけはしなかった。スタネーラさんもアタシもいろいろと思うところがあって、お互いにあの結果は『2人だけの思い出』として終わらせた方がいいと思ったんだと思う。
最後に連絡先を交換して別れたんだけど、スタネーラさんは『今度はアイルランドに来てください』と言ってくれたから、アタシはいつかアイルランドに行くって心に決めた。と、いうわけで大学生になったらバイトを頑張ろうと思う。
スタネーラさんが帰って次に来たのはエスプリデュノールの"トレーナー"だった。お見舞いで来たのはそうだったんだけど、どうやら、記者会見中の謝罪も兼ねてたみたいで、アタシよりもマサさんとの話が盛り上がっていた。
ちなみに、エスプリデュノール本人は『"またな"とカッコよく別れを告げたのに、もう一度会いに行ったら恥ずかしい』っていう理由でついてこなかったらしい。まあ、あの子の性格ならそう考えるか。
次に来たのはハイホーク。こちらはトレーナーと一緒に来てくれた。この人たちもお見舞いというよりは謝罪が目的で、トレーナーはハイホークの頭を押さえつけながらしきりに謝ってた。
一応、ハイホークも悪いとは思ってるらしくて、気恥ずかしそうにはしてたけど、しっかり謝ってはいたかな。
その次に来たのはハーフアイストさんだった。
アタシと彼女はほとんど話はしてないんだけど、記者会見中にアタシだけじゃなくて、アンバーたちにも失礼なことを言ったことを謝罪したかったらしい。めちゃくちゃ律儀。
あと、雰囲気も容姿もアタシより年下とは思えないくらい大人だった。アタシもああなりたいなって思った。
そんな感じで今日の午前中はジャパンカップの海外組がアタシのところに来てくれた。
そのあと、お医者さんのところに行って経過観察をした後に、学校終わりのアンバーたちが来てくれた。みんなアタシの脚を見て悲しそうな顔をしたけど、アタシが普段通りに話しているから、みんなも出来るだけ普通に接しようとしてくれていた。
みんなとの会話はジャパンカップのことがほとんどだった。
そこでアタシの走りを見てたみんながどんな風に感じていたかがわかったんだけど、その話を聞いて、最後まで諦めなくてよかったなって思った。
あれは幻だったのかもしれないけど、おっちゃんの励ましとアドバイスがなかったら、アタシは諦めてた。そしたら、今頃すごい罪悪感に苛まれてた気がする。おっちゃん、アタシを助けてくれてありがとう。
ちなみにアタシがレース中に脚を壊してたことはいつの間にかバレてた。だからだけど、『怪我してなかったら、勝ったのは絶対にプロミス』とみんな口を揃えて力説してた。スタネーラさんのことを思うと申し訳ないなとも思ったけど、アタシの頑張りを擁護してくれたことは友達として嬉しくもあった。
「さて、もうこんな時間か。明日からリハビリもあるし、今日はゆっくり休めよ」
「うん。と、言いたいところなんだけど、この後、もう1人だけ会う子がいるんだ」
「そうなのか?それは誰だい?」
「そうだね…平たく言えばアタシの『後継者』かな。まっ、その前に先輩としてお悩み相談をしないといけなそうだけど」
「後継者?お悩み相談?それは…」
コンコン
「噂をすればってヤツだね」
「失礼します」
「…なるほど。プロミスが待っていたのは君か…。まあ、積もる話もあるみたいだから、私は行くよ。じゃあね、プロミス」
ドアが開いて現れた人物を見た政男が納得の表情し、2人の時間とするため、席を立つ。
「久しぶりだね。ゆっくりしていってくれ。じゃ」
「はい。ありがとうございます」
そして、政男は病室に来た人物と入れ替わりに挨拶を交わして病室を出て行った。
パタン
「さてと、わざわざ来てくれてありがとね。エース」
キョウエイプロミスが待っていた最後の訪問者はカツラギエースだった。
「いえ、そんなことありません。あたしもタイミングを見てお見舞いに行こうかなって考えてましたから。それで先輩、怪我はどうなんですか?」
「まあ、見ての通り重症だね。リハビリを頑張って普通に歩けるかどうかレベルかな」
「…」
キョウエイプロミスの怪我の具合を聞くカツラギエースではあるが、わかりやすいほどの痛々しい姿に言葉を失ってしまう。
「いやいや、悲しそうな顔しないでよ。エースが原因じゃないんだし。それに今は脚も痛くはないから、普通にしててよ」
「それはそうですけど、やっぱり痛々しいですから、普通にはできませんて…」
そんなカツラギエースを気遣い、キョウエイプロミスはニコリと笑うが、カツラギエースの表情はまだ固い。
「気にしない、気にしない。っていうか、アタシなんかよりエースの方がよっぽど深刻そうだけど?どうしたの?あのメール。エースらしくないメールだったからびっくりしたよ。」
「ちょっと、この間のレースでいろいろあって…今は走る気持ちが湧いてこないんです…」
「いやいや、エースらしくないね。何があったの?」
「実は…」
カツラギエースを呼んだのはキョウエイプロミスだったが、今日から遡ること1週間ほど前にカツラギエースからこのようなメールが届いていた。
プロミス先輩、急な話ですみません。あたしはしばらく休養しようと思います。なので、約束していた有馬記念にあたしは出ません。楽しみにしていてくれたのに、本当にすみません。
もともと夏頃にキョウエイプロミス・ミスターシービー・カツラギエースの3人は『今年の有馬記念にみんなで出る』という約束をしていたが、菊花賞が終わった数日後にカツラギエースは断りの連絡を入れていたのだった。
突然な上に、カツラギエースらしくない文面に違和感を覚えたキョウエイプロミスは『ジャパンカップが終わったら話そう』と伝えていたため、今日の面会となった。
「そっか。シービーのレースと言葉を見せつけられて、ショックで有馬記念を走る気力が湧かなかったってわけね」
菊花賞での出来事を一通り聞いたキョウエイプロミスが苦笑いを浮かべながら、カツラギエースが有馬記念を走ろうとしなかった理由を理解する。
「…はい。必死に努力し続けて辿り着いた先で見た景色が"振り出し"と同じ景色だったんです。あたし、それがショックで…」
理由を話すカツラギエースの表情にはいつもの元気は全くなく、普段を知るキョウエイプロミスからすれば、別人と言って差し支えないほどに表情が疲れていた。
「まあ、あんなレースを見せられたら心が折れる気持ちはわからなくはないけど、それにしたって『もう、シービーとは走りたくない』って言ったらダメでしょ?シービーがレース後のインタビューで笑顔がぎこちなかった理由がやっとわかったよ」
「シービーの言葉を聞いた時、あたしがやってきたことには何の意味も、価値もなかったんだなって思えてきて…。そしたら、シービーと走るのが怖くなりました…。シービーとレースする度に差が広がり続けたらどうしようって…それで、つい言っちゃったんです…」
「辛い気持ちもわかるけど、それを言ったらいくらシービーでも落ち込むって。いいじゃない気持ちを切り替えれば。あのレースは単純な実力差でもないと思うよ。だって、エースは長距離は苦手なんだから」
「それはそうなんですけど、それを言ったらシービーだって同じです。でも、シービーは完璧に克服しました。それに引き換えあたしは全然ダメで…」
「まあ、それはね…。でも、中距離のレースならこんな差はつかないって。エースだって『努力』してここまで力を付けてきたんだから。もう走らないなんて、全部投げ出す考え方はしちゃダメだって」
「確かにそうかもしれませんけど、シービーも『努力』を覚えたんですよ。今まで才能だけで走ってたアイツが『努力』をしたら、絶対にもっと強くなるはずです。それこそ、あたしの得意距離でもです。そう思ったら、シービーに勝つのは不可能だと思えてきて、それで走る気力もなくなってきちゃって…」
「なるほどね…。[これは思ってた以上に重症だ…。こんなに落ち込んでるエースは初めて見た。でも、このまま落ち込んでても何も変わらない。だって、これじゃあ…]」
「すみません。せっかく励ましてくれたのに、今のあたしは全然前向きになれません…。やっぱり、あたしはしばらく休養します。2・3ヶ月くらい経てばもう少し気持ちが晴れると思うんで、だから…」
「いつまでも甘えるな!カツラギエース!それでもミスターシービーのライバルに登り詰めたウマ娘か!?」
「えっ?」
弱音を吐くカツラギエースにキョウエイプロミスが声を荒げる。そして、突然のことに驚いたカツラギエースは固まってしまう。
「つけられた差が圧倒的だった?掛けられた言葉に絶望した?だからなに?シービーのライバルだって認められてるウマ娘が簡単に諦めの言葉を言っていいわけないでしょ!!しっかりしろ!」
「あっ、いや、ですけど、シービーはやっぱりすごくて、結局、凡人のあたしじゃあ、絶対に超えられないんだって、菊花賞で見せつけられたんです…。そもそも、あたしは自分がシービーのライバルだなんてまだ本当には思ってないですし…」
キョウエイプロミスの発破に対して、カツラギエースは自信なさげな表情で無理だと答える。
「自分がどう思うかなんて関係ない。エースがシービーの一番のライバルだって、同期のみんなもトレーナーたちもみんな認めてるよ」
「いやいや、そんなことありませんよ。みんなお世辞で言ってるだけですって…」
キョウエイプロミスの発言に対してカツラギエースは謙遜を通り越して卑屈とも言えるくらいの態度で否定している。
「そんなことない!アタシは生徒会の広報をやってたから、知ってる。実は菊花賞の少し前にアンケートを取ったことがあるの、『モンスニーに代わってシービーの三冠を阻める可能性のあるウマ娘は誰ですか?』ってね。そしたら、半分くらいの人たちがこう答えたの『カツラギエース』だって」
「…」
卑屈に自分を否定するカツラギエースを無視するかのように、キョウエイプロミスはその根拠を力説する。
「これはお世辞なんかじゃない。アタシは春シーズンのエースの評価も知ってるからね。みんなのエースに対する評価は春シーズンに比べてわかりやすく変わった。エースがシービーのライバルだって、みんな認め始めてる。エースがそう思わなくてもそれが現実なんだよ!」
「ですけど、やっぱりあたしの実力じゃあ、シービーにはどんなに努力しても勝てません…。みんなが評価してくれたことは嬉しいですけど、その現実も変わりませんよ…」
キョウエイプロミスの再三の励ましでもカツラギエースの卑屈な姿勢はなかなか変わらないようだ。
「シービーに差を見せつけられて辛い気持ちはわかるよ。でも、だからっていって今までの『努力』に意味がないなんて言わないでよ。今までの努力には意味があったし、辛い気持ちになったからって『努力』をやめちゃいけないんだよ!」
「…先輩の言ってることはわかります。でも、シービーと走ると『努力』に意味がないって思えちゃうんです。それぐらいシービーの才能は圧倒的なんです。だから…」
「それじゃあ、ダメなんだよ、エース…。その考え方は後で絶対に後悔するから、お願いだからやめて…」
「先輩…。どうして先輩はそこまで…」
なかなか態度を変えないカツラギエースをそれでもなお、必死に説得するキョウエイプロミスの目から涙が溢れる。それに気付いたカツラギエースが驚き、なぜそこまで自分を説得してくれるのかを尋ねる。
「エースにアタシと同じ失敗をしてほしくないから…」
「え?」
「アタシはさ、デビューしてからずっと怪我しっぱなしだった。怪我しがちだから、なかなか走りが良くならないし、走りが良くなったかなって思ったらまた怪我するし。だから、デビューして重賞に勝てるまでの2年間くらいは全力で『努力』はしてなかった。『才能もなくて脚も弱いアタシはこの程度』だって言い訳してね」
涙を拭い、気持ちを落ち着かせながらキョウエイプロミスが自身の過去の過ちをカツラギエースに語る。
「先輩にそんな時期があったんですね。でも、怪我ならしょうがないと思いますけど…」
キョウエイプロミスの過去を知ったカツラギエース。ただ、そのような考えに至ってしまったことには同情の余地があるのではないかとカツラギエースは悲しい表情で訴える。
「そうやって自分に言い訳することはできるよ。一応、これでも八大競走には勝ったわけだし、選手としての実績はそれなりに残したわけだから。でも、努力をやめてた時間っていうのは、"本当に大切な時"に、ほんの少しのでも明らかな差になって現れるんだ。だから、今のエースの考え方は絶対だめなんだよ!」
同情してくれるカツラギエースの優しさにありがたみを感じるキョウエイプロミスではあるが、その同情に浸ることなく、現実に起きた自身の教訓をカツラギエースに伝えようとする。
「本当に大切な時?」
「今、冷静に振り返って思うんだ。あのジャパンカップのアタマ差はアタシの努力の怠慢の差だったなんだって…」
キョウエイプロミスは先のジャパンカップで起きた事実を語る。ただ、その表情には悔しさが滲み出ていて、彼女があのジャパンカップをいかに後悔しているかが伺える。
「そんなことありませんよ。あんなに気持ちの入った走りは誰でもできるものじゃありません。だから、みんな感動したんですから。あのレースの2着は先輩の『努力』の結果だと思います」
毅然とした顔つきで自分を完全に否定するキョウエイプロミスをカツラギエースは擁護する。
「アタシはあのレース、アタシの『努力』と『覚悟』の全てを注ぎ込んで走った。それに、脚まで犠牲にしてね。そのおかげでアタシはアタシも知らなかった限界を超えた力を発揮できた。それ自体に後悔はないよ。でも、アタシの『努力』はスタネーラさんに及ばなかったんだ…」
「でも、先輩はレース中に怪我をしてたんですから、それがなければ勝ってましたよ」
「ううん。それは違うよ。それはただの結果論。アタシに勝ったスタネーラさんはね、アタシと違ってずっと努力をし続けた人だった。成績が悪くても、怪我に見舞われても、トレーナーの言葉を信じて努力をやめなかった人だった。だから、アタマ差でアタシに競り勝てたんだよ」
「……」
先程とは逆にカツラギエースがキョウエイプロミスを再三擁護するが、キョウエイプロミスはその擁護に靡くことはせずに、どこまでも公平にあの敗戦の原因を述べていく。カツラギエースはキョウエイプロミスのあまりにも客観的で具体的かつ説得力のある敗因の分析に、カツラギエースもそれ以上の擁護はできなかった。
「エースが『努力』をやめたくなる気持ちをアタシはわかる。わかるからこそ、先輩としてエースに何度でも言うよ。『努力をやめるな』『立ち止まるな』って。だって、エースにも後で本当に大切な瞬間がいつか必ず来るから。その時に後悔してほしくないから…」
黙ってしまったカツラギエースを心配したのだろうか、キョウエイプロミスは口調を弱めて、少し微笑みながら、再びカツラギエースにアドバイスを告げる。
「才能のないあたしにそんな時は来ますかね…」
「来るよ。だって、エースはシービーのライバルなんだから。そんなウマ娘が何もなく終わるはずがないでしょ?」
「いや、そんなことないですよ。よく言えばライバルかもしれませんけど、結局はシービーの引き立て役でしかないんですよ?そんなあたしに何かあるなんて…」
「そんなことないよ。エースは気づかないかもしれないけど、エースたちの世代はここ最近のトレセン学園でも稀に見るハイレベルな世代だからね。シービーばっかり取り上げられてるけど、この世代の上位に食い込めるのは簡単なことじゃないんだから」
「そう…ですかね…」
キョウエイプロミスのアドバイスに対してカツラギエースはまだ自信が持てないようだが、先程よりは幾分表情に明るさが戻ったようだ。
「そうだよ!だからなんだけど、アタシ思うんだ。エースの『夢』はいろいろなカタチで叶えられるんじゃないかってね」
カツラギエースに少しだけ明るさが戻ったことを察したキョウエイプロミスが、今度は明るい声色でカツラギエースを励ましていくと共に、カツラギエースが昔語った『夢』についての話をする。
「いろいろなカタチ?」
「そう。今、エースはシービーに勝つことでしか『強さの証明』が出来ないと思い込んでる。でも、『強さの証明』っていうのはそれだけじゃないと思うんだ」
「先輩の言ってることはわからなくはないですけど、やっぱり世代で一番強いヤツに勝てないと『強さの証明』にはならないような…」
キョウエイプロミスの言い分にカツラギエースは少しだけ理解を示すが、本人の中にある定義を壊すには至らないようだ。
「じゃあ、聞くけど、エースはアタシのことをどう思う?アタシは"弱い"ウマ娘なの?」
「いや、そんなことありません!プロミス先輩は強いウマ娘です!脚を犠牲にしてまで世界のヤツらと戦って、あと少しまで追い詰めた。しっかりと『強さの証明』をした尊敬できるウマ娘です!」
キョウエイプロミスの問いかけにカツラギエースは即答で否定し、キョウエイプロミスがいかに尊敬できる存在であるかを力説する。
「ありがとう。そう言ってくれることは嬉しいよ。でもね、そもそもアタシは世代の一番じゃないし、実力だってそこそこ。しかも、あのレースには負けてる。でも、エースはアタシを強いウマ娘だって言ってくれるし、尊敬できるウマ娘だって言ってくれる。それってなんでだろうね?」
「それは…」
自分自身の中にある定義をなかなか壊せないカツラギエースに対して、キョウエイプロミスは自分を引き合いにその定義の是非を問う。是非を問われたカツラギエースは自分の定義に矛盾があることに気付き、言葉を詰まらせてしまう。
「いい、エース。強さっていうのはきっと、実力や実績だけが大事じゃないんだよ。大事なのは人認められて、憧れられるような、人の心を揺さぶる走りが出来るウマ娘なんだと思うよ」
再び押し黙ってしまったカツラギエースにキョウエイプロミスは新しい定義のあり方を伝える。それはキョウエイプロミスがジャパンカップで窮地に陥った時に三平が教えてくれたあり方だった。
「人の心を揺さぶる走り…」
「そう。大事なのはそれだよ。誰かに勝つとか、どのレースに勝つとかだけに囚われちゃダメなんだ。エースがエースとして、どんな『信念』を持って走りたいか。それが人の心を揺さぶる走りに繋がるんじゃないかな?」
三平の教えをカツラギエースに伝えるキョウエイプロミスではあるが、その言葉にはキョウエイプロミス自身の経験や想いがしっかりと込められてる。
「あたしだけの信念ですか…。考えたことなかったです…。でも、あたしなんかが信念なんて持てますかね?」
「それは大丈夫じゃないかな?だって、アタシはエースがそういう信念のある走りが出来ると思ったから、あの日の取材リストに加えたんだから」
キョウエイプロミスの言葉を受け取ったカツラギエースだが、まだ不安があるようだ。そんなカツラギエースに対してキョウエイプロミスは初めて出会った日のことを引き合いに出し、彼女を勇気付ける。
「あっ、先輩と初めて会った時のことですか?」
「そう。アタシはエースのまっすぐな目を気に入った。それで、エースの走りを見てさらに思ったの。シービーも含めて、この子たちなら今のトゥインクルシリーズを変えていってくれるってね」
「先輩はそんな風にアタシを見てくれてたんですね…」
「そうだよ。あの時の併走、エースはシービーに完敗だったけど、アタシはエースのまっすぐで力強い走りに惹かれたんだ。具体的に何がって言うと言いにくいけど、どんな困難があってもめげることなく、必ず立ち上がって、乗り越えようとする姿勢にアタシは魅力を感じたんだと思う。だから、諦めないで…」
「ありがとうございます。先輩のアドバイスを胸にもう一度頑張ってみます…」
「うん!それでこそ、エースだよ!あとさ、もしエースが気持ちの整理をつけられて、自分の行く道が決まった時には、アタシのお願いを叶えて欲しいかな…」
「お願い?なんですか?」
「それはね……」
キョウエイプロミスの根気強く、力強い説得にようやくカツラギエースは前を向く発言をする。その発言にキョウエイプロミスもようやく穏やかな表情を見せる。そして、カツラギエースにあるお願いを託す。
「プロミス先輩、またお見舞いに来ます。お大事にしてください」
「うん。またね、エース。頑張って!」
「はい。頑張ります。ありがとうございました」
パタン
「ああ、もうすっかり夜だね。大丈夫、エースは自分が思ってるよりずっと強いよ。君なら必ずやり遂げられる。だって、アタシはエースのまっすぐで力強い目に希望を見たんだから…」
カツラギエースが病室を出て行くとキョウエイプロミスはすっかり暗くなった窓の外に目を向け、カツラギエースに改めてエールを送る。そして…
「おっちゃん、アタシをずっと見守ってくれてありがとう…。アタシはもう休むよ…。まあ、アタシの走りはこれで終わりだけど、アタシの想いは後輩たちに託したから、安心して。だから、これからはアタシの『自慢の後輩たち』を見守っていてね……でも…」
雲一つない夜空に浮かぶ月に目線を移したキョウエイプロミスはその月に向かって呟く。どうやら、キョウエイプロミスはその月に亡き三平の面影を映しているようで、自分の引退の報告と後輩を見守ってくれるようにお願いをする。
「でも…やっぱり…悔しいよ…。ジャパンカップ……勝ちたかったな……」
一筋の涙と共にキョウエイプロミスの短くも熱い冬は終わりを告げた。
そして、ミスターシービーとキョウエイプロミスの2人のウマ娘が成し遂げた歴史的な偉業を残り香として、トゥインクルシリーズは新しい時代を迎えることになる……
お願い、エース。ジャパンカップに勝って…。
アタシが果たせなかった想いを受け継いで、世界の人たちに日本のウマ娘の実力を見せつけて欲しいんだ……
第2章はこれで終わりとなります。
現実にあたる1983年の秋シーズンですが、ミスターシービーの19年振りの三冠、キョウエイプロミスのジャパンカップ初連対と歴史的な出来事が立て続けに起こった秋シーズンでした。
ちなみにこの物語では端折ってしまいますが、歴史的とまではいかずとも、この2つ以外にも達成された偉業があります。
一つは4歳馬による有馬記念のワンツー。
菊花賞でシービーの4着に敗れたリードホーユーと三冠レースに出場すら出来ていなかったがテュデナムキングがアンバーシャダイやモンテファストたち古馬を打ち負かし、83年クラシック組の実力の高さを証明しています。
二つ目はニホンピロウイナーによる最優秀スプリンターの受賞。
クラシックレースで惨敗を喫し、早々に短距離路線にシフトしたニホンピロウイナーが短距離路線の王者として躍進していきます。
後世になって思えば、わかりやすいほどの革新が起こった83年のシーズンでしたが、この翌年には更なる革新が起こっていきます。そして、その中心となっていくのは……。
ここまで長々と読んでいただきありがとうございます。
次回から第3章に突入します!