BEGINNING OF THE REVOLUTION   作:スタイニー

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日本レース界の躍進が見られたジャパンカップが終わり4ヶ月。日本のレース界は新たなシーズンを迎えていた。

新たに制定されたGⅠレースという栄誉の獲得に向け、前世代、新世代の有力選手が次々と復帰していく。

その中にはカツラギエースもいるのだが、復帰戦の内容はイマイチのようで、担当トレーナーである土浦は頭を悩ませる。

そんな土浦の元にあるトレーナーが交渉を持ちかけてくるが……。


エース・オブ・ジャパン編 〜激闘編〜
交渉


 

 

「う〜ん…復帰戦ってことを考えれば、まずまずだが、実力的には勝ててもよかったレースだったんだがなぁ…」

 

土浦は頭を掻きながら、悔しそうにターフを見つめる。

 

激闘のジャパンカップが終わり、時は流れて翌年の3月。

 

土浦とカツラギエースは4ヶ月ぶりの復帰戦としてGⅡ鳴尾記念に出場していたが、結果は4着。

 

4ヶ月の休養明けということを考えれば、それほど悪い結果ではないのだが、カツラギエースの成長過程を見守ってきた土浦からすれば、些か不満の残る内容だったようだ。

 

[菊花賞の後の酷い精神状態からはだいぶ持ち直してきているんだが、京都新聞杯の時ほどの調子は取り戻せていない…。地道にやっていくしかないか…]

 

土浦のチームにカツラギエースが移籍して半年が過ぎた。移籍直後のカツラギエースは心身共に成長著しく、土浦から見ても八大競走に勝てるレベルにあると見込んでいた。しかし、菊花賞に大敗した後は右肩上がりだった成長曲線が急に頭打ちになってしまっていた。

 

[まあ、不調の原因はやはりメンタル面だな。菊花賞の大敗は完全に適性の問題だったから、気にするなと何度も言ったが、本人はやはりシービーに大差をつけられたことがショックなのか…。なかなか難儀な問題だ…]

 

大敗後、土浦は休養を長く取り、根気強くカツラギエースの立て直しを図ってきた。土浦の献身的な支え自体は一定の成果は出ているが、最も調子の良かった時期にはまだまだ遠かった。

 

[とりあえず、シービーが長期離脱している今のうちに完璧に立て直しはしたいな。エースはこんな程度で終わるヤツじゃないからな]

 

カツラギエースの不調に頭を抱える土浦ではあるが、彼女のポテンシャルへの信頼は揺らいでいないようだ。

 

「土浦!」

 

「あっ、は、はい!……って、寺永さん!?ちょっと〜、脅かさないでくださいよ〜」

 

物思いに耽っていた土浦に突然後ろから声がかかる。そして、その声にびっくりした土浦がオーバーリアクションで驚きながら振り向く。

 

「普通に声をかけただけでそんなに驚くなよ…」

 

あまりにもオーバーリアクションな土浦に、声をかけた寺永が少し戸惑う。

 

「いや、すみません…。ちょっと考え事をしていたもんで…。それで、どうしましたか?寺永さんが自分に声をかけるなんて珍しいじゃないですか?」

 

戸惑う寺永を見た土浦が少しだけ申し訳なさそうに声をかけた理由を聞く。

 

「カツラギエースの様子を知りたくてな。復帰戦ということを考慮する必要はあるが、京都で見せたあの走りには遠く感じた。休養期間は順当に過ごせなかったのか?」

 

そんな土浦に寺永は一切の遠慮なしにストレートな質問をぶつけていく。

 

「"盤外戦"をやるなら公の場でやりましょうよ…。裏でコソコソと仕掛ける"古い"風潮、自分は好きになれないですね。申し訳ないですけど、大先輩とはいえ、ライバル選手の担当にこちらの情報は明かせませんから、お引き取り願えますか?」

 

あまりにも遠慮のない寺永の質問に土浦が露骨に警戒心を露わにする。

 

「そう、怖い顔をするなよ。私はライバルを潰すために聞いたわけではない。むしろ、手助けができないかと思って聞いただけだ」

 

険しい表情をする土浦に対して寺永は少し困り顔で両手を挙げて敵意がないことをアピールする。

 

「手助け?それは一体、どういう意味ですか?確かにレースは勝ててませんが、今日は休養明け初戦ですから、あんなもんですよ」

 

敵意がないことをアピールする寺永だったが、どうやら土浦の警戒心を解くにはアピールが足りないようだ。

 

「いいように言うなら休養明けだが、実際は菊花賞が終わってから不調なんだろ?」

 

警戒心を一切解かない土浦。とはいえ、それに怯む寺永ではなく、再びストレートな質問をぶつける。

 

「…」

 

「その沈黙は"そうだ"と捉えていいのかな?」

 

「…。そうですよ。エースの調子は悪いです。今日のレースも休養明けとはいえ、実力的にはもう少し勝ち負けに絡めた。不満はありますよ…。で、そんなことを寺永さんが知った事でなんの手助けが出来るんですか?」

 

土浦の沈黙はほんの一瞬であったが、寺永はそれを見逃さず、鋭く切り込む。すると、土浦は隠し通すのは不可能と観念したのか、嫌そうな顔はそのままではあるが、実情を寺永に正直に話し始めた。

 

「お前の担当が不調に陥っている原因に思い当たる節がある。出来るならお前の担当と私が話してその原因を取り除きたいと思っている。彼女と話す時間をくれないか?」

 

土浦の質問に間を置かず堂々と答える寺永。その姿にはベテラントレーナーとしての風格が漂っている。

 

「話すのはいいですけど、自分も同席します。2人だけにしたら何を吹き込まれるかわからないですからね。自分とエースで伺っていいなら構いませんよ」

 

「それは出来ないな。私と彼女だけで話す」

 

「だったら、交渉決裂ですね。お引き取りを」

 

ベテランの風格が漂う寺永に対して、若い土浦も負けじと堂々と交渉を仕掛けていく。そして、交渉は決裂するかに見えたが……

 

「ハハハ。相変わらず、お前は清々しいまでに真っ直ぐだな。私はそんなお前が好きであるし、羨ましい。確かに私がお前に一方的に情報を聞き出すだけでは不公平だ。交渉を成立させるために私も情報を開示しよう」

 

決裂止むなしかと思われた瞬間に寺永が笑う。どうやら、物怖じせずに交渉を仕掛け返してきた土浦に好感を持ったようで、寺永が交渉を譲歩する素振りを見せる。

 

「言っときますけど、ミスターシービーが秋シーズンの疲労から回復できていないってことくらいはわかりきってますから、そんなことを開示しても意味ないですからね」

 

交渉を譲歩しようとしている寺永を前にしても土浦は強気な姿勢を崩さず、むしろ、安易な情報開示であれば、交渉には応じないというスタンスを明確にする。

 

「いや、既にシービーは疲労からは回復している。休養期間が長いせいで巷では様々な憶測が飛び交っているが、全てが憶測でしかないし、出鱈目だ」

 

「えっ?そうな……いやいや、騙されませんよ。なら、なぜ復帰しないんですか?もうすぐ天皇賞も近いじゃないですか。菊花賞で距離不安も克服してるんですから、春の盾を獲りにいかない理由がないですよね?まさか、ぶっつけですか?」

 

寺永が開示した情報が本当に誰も知り得ない情報であることに驚き、警戒心を一瞬解きかけた土浦だが、状況的に考えて寺永の発言が不自然であることを根拠に再度警戒心を強める。

 

「復帰できないんじゃない。シービーが復帰を拒否しているんだ。それが真実さ」

 

そんな土浦に対して寺永はさらに情報を開示する。

 

「えっ?復帰を拒否?そんなバカな…。寺永さんもう少しリアリティのあるウソにしましょうよ…」

 

再び開示された情報も予想外だった土浦。あまりにもあり得ない理由に土浦は寺永のウソのクオリティの低さにツッコミを入れてしまう。

 

「ウソではない。『エースがレースに出ないならアタシもレースに出ない』そう言ってシービーは頑なに復帰をしようとしないんだ。もっとも、カツラギエースは今日からレースに復帰しているから、明日からシービーも復帰する可能性はある。ただ、人一倍こだわりが強い子だ。今のカツラギエースの姿を見てしまえば、再び走ることを拒む可能性が高いと思ってな。だから、まずはカツラギエースを立ち直らせる必要があると考えた。それが今の状況に至るまでの真相だ」

 

「そんな理由で復帰をしていなかったんですか?じゃあ、それが本当だとして、ミスターシービーがそうなっている原因はなんですか?それを教えてください」

 

立て続けの予想外の真相に、さすがの土浦も一周回って真実味を感じてしまったらしく、ここに来て初めて寺永の話が真実である前提での質問をする。

 

「今、全てをお前に話すわけにはいかないが、シービーとカツラギエースの仲違いがその原因だ。もちろん、暴力や暴言といったものじゃなく、価値観のズレのような話だから過剰な心配は無用だ。とはいえ、シービーはそのことをかなり気にしている。だから、戒めとしてレースに出ることを自ら禁じているんだ」

 

「そうだったんですか…。レースそのものじゃなくて、友達関係のことだから、エースも俺に何も話さないのか…」

 

寺永の話に思い当たる節があったのか、土浦の警戒心が一気に薄くなる。

 

「おそらく、そうだろう。だから、私は彼女に話をしたいのだ。シービーの本当の想いと謝罪の気持ち伝えるためにな」

 

「…。要は、"友達としての"プライバシーを守りたいから自分を同席させられない。寺永さんはそう言いたいんですね?」

 

「察しが良くて助かるよ。そういうことだ。さて、私の情報開示はお前のお眼鏡には叶ったかな?」

 

「わかりました。いいですよ。ただ、一つだけ聞かせてください。ミスターシービーの復調にエースの復調が関係するとしても、どうして寺永さんは敵に塩を送るようなことをするんですか?」

 

幾らかの問答を経て土浦はようやく寺永の交渉に応じる素振りを見せる。そして、交渉成立の最後の対価として土浦が寺永に尋ねる。

 

「私はシービーがレースに勝つ事を望みはするが、それが私にとっての『最優先事項』ではない。だから、カツラギエースの手助けに躊躇いがない。ただそれだけさ」

 

「担当トレーナーが担当の勝利を最優先事項にしないなら、寺永さんの最優先事項ってなんなんですか?」

 

再びの予想外の返答に驚く土浦。しかし、先程とは違い好奇心を持った口調で寺永に尋ねる。

 

「うーむ、一言で表すなら『人々の心を熱狂させ、永遠に語り継がれるようなレースに立ち会う』ということが私の最優先事項だ。伝説的、歴史的、記録的、表現方法はいくらでもあるだろうが、そんなレースを見ること、欲を言えば私が担当するウマ娘がそんなレースを見せてくれることが私の望みなんだ」

 

「それは寺永さんの願望のためにエースを"利用する"ということですか?」

 

「ある意味ではそうだが、ある意味では違うな。言っただろ?シービーの勝利を最優先にはしない、と。最高のレースになるのなら、シービーが勝とうが負けようが、どちらでもいい。なんなら、カツラギエースが勝ってくれてもいいんだ。だから、ある意味では利用"している"がある意味では利用"されて"も構わないと思っている」

 

「申し訳ないですが、自分は寺永さんの目指していることに共感できない。自分の担当が負けても構わないなんて思えませんから…」

 

寺永の回答に少し困惑気味な土浦。どうやら、寺永の価値観が自分の価値観とあまりにも違いすぎて戸惑っているようだ。

 

「大多数のトレーナーはお前と同じ感想を抱くだろう。私自身自覚しているが、私は異端だ。だから、共感できなくてもなんら不思議はない。ただ、一つお前に問おう。お前は一生勝ち続ける人生に魅力を感じるか?」

 

「まあ、一生勝ち続けられる人生というモノを"自分の人生"として考えるなら、それには魅力を感じますかね」

 

「まあ、普通はそう思うだろうな。では、もう一つ聞こう。一生勝ち続ける人生をテーマとしたドラマや映画があったとして、その作品にお前は魅力を感じるか?」

 

「うーん…。たぶん、魅力を感じないでしょうね。一生勝ち続けている人生なんて、言ってみれば『他人の自慢話』じゃないですか?そんなものに面白味を感じる人なんていますか?」

 

「おそらくいないだろうな。おそらく、最終的に成功を納める人生だったとしても、挫折や苦悩、逆転などがある群像劇の方が見る側として、魅力的に感じるのは一般的な感性だろうな」

 

「まあ、大多数がそう思うと思いますけど…。で、それと寺永さんが担当の勝利を最優先事項にしないことには、どんな関係が?」

 

哲学的な思想を投げかけてくる寺永に困惑気味の土浦。とはいえ、何かしらの意味ある話だと感じてはいるのか、決して適当な答えはせず、誠実に回答していく。

 

「人生はレースの縮図。私はトゥインクルシリーズを戦い抜くウマ娘たち一人一人にそんな思いを巡らせてしまうんだ。ウマ娘たちの歴史や血の宿命と葛藤、性格などいろいろな要素が絡み合って織りなす群像劇。それがトゥインクルシリーズの本質であり、醍醐味だと感じているから私は、担当の勝利に必要以上に固執しないのさ」

 

「寺永さんはレースにドラマを求めているということですか?そして、そのドラマを自分で生み出せるなら手段は選ばないと?」

 

「まあ、かいつまんで言えばそうだな。もちろん、担当が勝つことは私の喜びでもある。だから、勝利し続けることを否定するつもりも妨害するつもりもない。ただ、圧勝で勝ち続けるよりも、実力が拮抗した相手に紙一重で勝てた方が、私には魅力的に映るだろう。だから、カツラギエースに立ち直ってもらう必要がある。彼女とシービーのレースにはどちらが勝ってもドラマが生まれると思うからな」

 

そう言う寺永の表情はとても穏やかで、嘘や偽りが一切ない本心であることが一目でわかる。

 

「なるほど。周りの皆さんがなぜ寺永さんを"変わり者"というのかがわかりましたよ。最後にもう一ついいですか?これはトレーナーとして大先輩である寺永"トレーナー"に聞きます。あなたはカツラギエースの才能と将来性をどのように感じますか?お世辞は要りません。率直な意見をお願いします」

 

そんな寺永に何かを感じた土浦は先程までとは打って変わって、姿勢を正して最後の質問を寺永にする。その構図は大先輩に対して教えを乞う後輩の構図そのものだ。

 

「カツラギエースには類い稀なる潜在能力と将来性がある。それこそ、シービーに匹敵するほどにな。もっとも、それが開花するかどうかは現時点ではわからない。それはこれから次第であり、"担当トレーナー"次第だろうな」

 

姿勢を正して問いかける土浦に寺永は優しくも堂々とした口調で回答をする。その言葉には後輩を導こうとする寺永の想いが溢れている。

 

「…そうですか、ありがとうございます。寺永さんの予見が間違いじゃないこと、必ず証明して見せます。見ていてください。では、近々エースには寺永さんのトレーナー室に行くように伝えます。都合のいい日時をメールで教えてください」

 

「ありがとう、土浦。後ほどメールするよ」

 

寺永の言葉に土浦は感謝すると共に、その言葉を違えないようにすることを誓う。そんな土浦の誠実な姿勢に寺永もまた敬意を持って感謝の言葉をかける。

 

「いえ、こちらこそ寺永さんにお礼を言わないと。自分が不甲斐ないばかりに先輩に頼らざるを得ないんですから…。エースをお願いします」

 

「そう自分を責めるな。お前は私なんかよりも立派で優秀なトレーナーだ。これからの日本レース界にはお前のような実直で熱意のあるトレーナーが必要不可欠だ。私のような古臭い"変わり者"はまもなく淘汰される。そんな者のために頭を下げる必要はないぞ」

 

再度、深々と頭を下げ感謝する土浦。そんな土浦に寺永は少し笑う。どうやら、謙遜しすぎている土浦の姿勢が可愛らしく思えたのだろうか。寺永は土浦に励ましの言葉をかけ、自分の価値観の古さと特異性を自虐する。

 

「いや、そんなことありません。これまで日本レース界を支えてきたのは寺永さんを含めた偉大な先輩たちですから。自分らはそれを手本により頑張っていかないといけないんですから、そんな寂しいことを言わないでくださいよ…」

 

寺永の自虐に土浦は心を痛めたのか、少し悲しげな表情をする。

 

「私は手本とされるようなトレーナーではないよ。むしろ、私のことは"反面教師"として見たほうがいい。さて、時間を取らせて悪かったな。また、トレセン学園で」

 

「はい。また」

 

そう言って寺永はくるりと背中を向け、右手を振りながら土浦のもとを離れていく。寺永を見送る土浦は寺永の姿が見えなくなるまで律儀に頭を下げ続けていた。

 

 

 

 




ここから第3章が始まります。
以前にも書きましたが、この第3章の主役はカツラギエースです。

私の物語のカツラギエースはアプリ版よりもかなり『平凡さ』を強調しています。それは私がカツラギエースの物語に『"最強の天才"たちに対抗し、打ち勝った"最強の平凡"』というテーマを掲げているからです。


『平凡』ゆえに頻繁に失敗するし、『平凡』ゆえに頻繁に挫折もする。だからこそ、本物のスターたちの影に隠れてしまった。

けれど、『平凡』ゆえに才能や環境に驕らず頼らず、『平凡』ゆえに弛まない努力と周りの人々に対して素直であることの大切さを忘れなかった。だからこそ、得られた揺るぎない強さがあった。

そして、『平凡』ゆえに彼女はその選択とその結末を選んだ…。


『平凡』な少女が駆け上がった『王道』の青春物語をお楽しみください。



※第3章からは基本的に毎週日曜日に最新話を投稿していきます!
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