BEGINNING OF THE REVOLUTION 作:スタイニー
勝負所の第3コーナーで、先頭をひた走るカツラギエースと最後尾で機を伺うミスターシービーの二強が満を持して動き出す。
仕掛け始めた二強に対する大井の雄、サンオーイも持てる力の全てを出し切りながら、なんとか対応していこうとするが……
3コーナーを向こうとしている。600の標識を過ぎた!ミスターシービーがあのダービーのような末脚を魅せることが出来るのか!?
「ウソだろ…。ここから勝ちに行くのか…。そんなの無理だ…ん?ちょっと待て…。オレはペースアップしてるはずだが…」
サンオーイは、ミスターシービーがレースを諦めたと推測していたが、当の本人はそんな推測を嘲笑うかのように、サンオーイの背後から怒涛の勢いで迫ってくる。その姿に驚きを覚えたサンオーイ。しかし、驚くべきことはそれだけではなく…。
「カツラギエースとの差が縮まらねぇ…。なんでだ?アイツは3コーナーのカーブで息を入れるはずだろ?]
サンオーイがちらっと先頭を見やった時、彼女は違和感にかられる。
1000mを過ぎた辺りからポジションを上げるためにスピードアップをしていたサンオーイ。それはカツラギエースが息を入れている間に差を詰めて、叩き合いに持ち込むための算段だった。
しかし、実際には差が全く縮まっていなかった。その不可解な現実に頭を悩ませていたサンオーイだったが、ふとある推測が頭をよぎる。
[まさか、カツラギエースは息を"入れない"つもりか?そんなバカな…。これは"1800m"のレースだぞ?それに…」
混乱する頭の中をなんとか整理して、再度思考を重ねたサンオーイがたどり着いた結論は『カツラギエースが息を入れていない』ということだった。
1800mのレースというのは『中距離』に区分されるレース条件の中で『"最短"距離』にあたる。しかし、いくら『"最短"距離』とはいえ、これは"短距離"のレースではない。どんなにスタミナがあろうと、どんなにスピードがあろうと息を
サンオーイが思い描いていた推測は至極真っ当であったが、目の前で起きていることは、その至極真っ当な推測から逸脱することであり、『現実に起きている』というただ一点で受け入れるしかなかった。そして、さらにサンオーイは気付く。
[後半のペース、安田記念よりも早くないか?なんで200m長いレースなのにマイル戦より早いんだよ…。意味がわかんねぇよ…]
毎日王冠に臨む前、あえて速く厳しい流れのマイルのGⅠレースに出場したサンオーイ。それは実力者が揃う中央のウマ娘たちに対抗するための予行演習であった。その成果はハイレベルな選手が揃う今日のレースの"前半戦"に難なく対応できている点で一定の成果は出ている。
しかし、今日のレースの"後半戦"の状況は予行演習と位置付けた安田記念よりも200mも長いレースにも関わらず、その安田記念を上回るほどの超高速レースが展開されている。そんなレース展開であるので、サンオーイの予行演習は既に何の意味をなさなくなってしまっていた。
[常識的にありえねぇことを普通にやってやがるぞ…。マジで、なんなんだコイツら…。でも、だからって負けるわけにはいかねぇ!大井の底力見せてやる!]
常軌を逸した距離から追い込みを狙う三冠ウマ娘と、マイル戦以上のハイペースを刻みながら逃げ続ける中距離王者の常識を超えたレース運びに、サンオーイの頭は混乱し続けたままであるが、大井の期待を背負っているという覚悟と責任を思い出し、気持ちが切れないように自身を奮い立たせるサンオーイ。そして…
[冷静になれ、オレ。確かに後半のペースはあの安田記念より早い。だけど、ついていけないわけじゃない…。ここは冷静に、まずはカツラギエースに追い付くことだけを考えよう…」
なんとか脳内の混乱を納め、再度現状の整理と打開策を練り直す。
まだまだ青い緑の絨毯の上を外目をついてミスターシービーです!大外をついてミスターシービーです!最後の脚がキレるかどうか!?
「ミスターシービーはあそこか…。あの位置ならまだ大丈夫なはずだ。このハイペースであの位置なら、アイツがオレの側に来るまで、まだ時間が掛かるはずだ…。その間にカツラギエースを…]
頭が冷えたサンオーイは後方を確認する。現在のペースや位置関係から導き出し、ミスターシービーが並びかけてくるタイミングを推測するサンオーイ。
だったのだが……
ズン!!!
[なんだ??このプレッシャーは…。レース中にこんな感覚を抱いたことなんて一度もないぞ…一体、どこから]
冷静な思考になりつつあったサンオーイ。しかし、突然後方から謎の凄まじいプレッシャーに晒される。今まで経験したことのないプレッシャーに再び混乱しそうになっていると……
「やあ、南関東のキミ!アタシらのレースは楽しめてる?」
「……は?」
サンオーイとミスターシービーが並んだ!
混乱するサンオーイの横に、いつのまにかミスターシービーが並びかけていた。
「ウソだろ!?アンタ、
しっかりと後方を確認した上で推測したはずのミスターシービーの到達時間と到達地点。しかし、そんな推測を嘲笑うかのように、ミスターシービーはあっという間にサンオーイの真横まで来ていた。
「なんで?と言われても、アタシは出来ることをやってるだけだよ?というか、アタシいつもこんな感じだし」
「意味わかんねぇよ!!バケモンが!!」
待ってたぜ!三冠ウマ娘!!
行け行け!シービー!やってやれー!
久しぶりに見れるぞ!シービーの追い込みが!!
やっぱ、大型ディスプレイは迫力が違うな!
[んー、いい感じに会場が盛り上がってるね!寺さん、ナイスなアドバイス♪今日は仕掛けを
【追い込みの代名詞】
ミスターシービーは、最近そのように呼ばれることが多い。
ただ、ミスターシービーの『追い込み』は一般的な『追い込み』に比べ、仕掛けが早い。これはトレーナーの寺永の指示というよりは、ミスターシービーの嗜好によるところが大きかった。
アタシの性質的に『追い込み』の戦法が向いてるのはわかってる。でも、それだと最後の少ししかレースを楽しめない。それだとつまらないから、もう少し早めに仕掛ける『まくり』で行こうよ!その方が楽しいでしょ?
ミスターシービーの脚質は、正確に言えば『追い込み』ではなく『まくり』である。彼女がこの脚質を採用した経緯は、非常に軽いノリではあったが、彼女が『まくり』を必勝の戦法へと昇華させ、クラシック三冠を獲得できたのは、彼女の類稀なる資質と才覚に他ならない。
そんな『まくり』という必勝の戦法があるミスターシービーなのだが、今日この日のレースに関しては、いつもより仕掛けを遅らせていて、本来の意味での『追い込み』を披露しようとしていた。
では、なぜ今日に限ってミスターシービーは『追い込み』戦法に切り替えていたのか?それはトレーナーである寺永の提案に端を発する。
それはレースの前日。寺永とミスターシービーがコース状態の確認のためにコースの下見をしていた時のことだった。
「シービー。明日は『領域』に入るタイミングをいつもより遅らせろ。『領域』に入るのは、最終直線に入ってからだ」
「どうしたの、急に?寺さんがアタシの走りに口を出すなんて。何か不満でもあるの?」
コース状態を確認している最中に寺永が明日のレースの仕掛けのタイミングについて意見を出したのだ。普段、寺永はレース中の作戦についてはミスターシービーの判断に委ねているため、珍しく意見した寺永にミスターシービーは意外な顔をする。
「いや、そういうわけじゃない。ただ、お前の走りが観客により"映える"演出にしたいんだ」
意外な顔をするミスターシービーに寺永は微笑みながら理由を説明する。
「映える演出?どうして?いつも通りに仕掛けるだけでも十分盛り上がるでしょ?」
「それはそうだが、私は明日から東京レース場でお披露目される"コレ"を最大限に活用したいだ」
「"コレ"って、"コレ"?」
そういって寺永はあるモノを指差す。ミスターシービーは寺永が指差した先にあるモノに目を向け、寺永と同じように指を差す。
「ああ、そうだ。この『最新型大型ディスプレイ』を活用して、お前の走りをより魅せられるようにしたい。どうだ?良い案だとは思わないか?」
寺永の指を差した先にあったのは巨大な大型ディスプレイだった。
実は今年の秋から東京レース場では、観客により迫力あるレースを楽しんでもらうために、最新型の大型ディスプレイを導入していた。
そして、その初お披露目の日が毎日王冠が行われる土曜日だったのだ。寺永はそのお披露目に便乗してミスターシービーのド派手なレースをより盛り上げるために利用しようというのだ。
「うーむ、いい感じな気はするけど、どんな感じになるかな?」
寺永の提案に少し興味が惹かれたミスターシービーが、明日のレースがどのような光景を生み出すのかと寺永に問いかける。
「そうだな…。直線を向いてスパートをかけた瞬間に、TVカメラはお前をアップで映すだろう。その瞬間に観客の目線は一斉にディスプレイを通してお前に向く」
ミスターシービーに問われた寺永は明日の観客たちの行動のイメージを語り始める。
「ふんふん。で、その後は?」
寺永がイメージを語り始めると、ミスターシービーは目を閉じて、そのイメージを頭の中に映し出そうとする。
「お前を捉えたカメラはその後一気にフェードアウトする。お前がたどり着くであろう先頭との距離がいかに離れていて、いかに勝つことが不可能かということを観客に見せつけるためだ」
「うん、うん」
「カメラが引き切り、最終直線の全体図が把握できるようになる。画面の一番左端には追い込みを開始したミスターシービー」
「おー」
「画面の右端には先頭で粘るカツラギエース。ミスターシービーがカツラギエースとの差を縮めるごとにカメラは2人にズームしていく」
「おー!」
「さあ、2人が並んだ!もう他のウマ娘たちは関係ない!2人だけの一騎討ち!さあ、勝つのはどっちだ!と、まあ、こんな感じになるんじゃないか?」
「いいね!それ!よし、寺さんの
明日のイメージを頭に思い浮かべていたミスターシービーは、寺永の話を全て聞き終わると、とても楽しそうな声色で寺永の意見を採用することを決める。
「気に入ってくれてよかった。なら、明日は直線一気のレースといこうか」
「あっ、でも、『領域』に入るのは、最終直線からで大丈夫かな?明日はエースもいるし、出場選手が少ないっていっても、思い通りにいい進路が取れるかはわからないから、少し不安なんだけど…」
「まあ、不安に思うのは致し方ないな。では、こうしよう。『領域』に入るのは直線に入ってから。ただし、1000mを切ってから4コーナー終わりまでの間は"エントランス"まで入ることをよしとしよう。これなら多少のイレギュラーがあっても対処できるだろ?」
「OK!それならいいよ!よーし、明日もみんなの記憶に残るレースをしてあげるよ!!」
ミスターシービー来た!ミスターシービー来た!
「さあ、キミはいつまでついて来れるのかな?アタシらを最後まで楽しませてね!」
凄まじい観客の声援を一身に受けたミスターシービーの剛脚がサンオーイを捉える。
サンオーイ頑張る!サンオーイ頑張る!
「ああ、最後までついて行ってやってやるよ!大井の誇りをこのレースで見せつけてやるさ!!」
ミスターシービーの期待に応えるかのようにサンオーイも必死についていく。その姿は中央の一線級になんら劣るモノではなく、サンオーイがいかに優れた選手であるかを証明するには十分なものだった。そして…
カツラギエース!三強が並んだ!三強が並んだ!
「おっと、カツラギエース!もうこんな近くに居るじゃねぇか!息を入れるタイミングをミスって失速とは情けねぇ!そのまま沈みながら、オレとミスターシービーの叩き合いを見ておけよ!!」
ミスターシービーとサンオーイが凄まじい競り合いを繰り広げているといつの間にか、目の前にはカツラギエースがいた。
2バ身ほどのリードを保って最終コーナーに入っていたはずのカツラギエースがいつの間にか、サンオーイの半バ身前にいる。
その光景を見たサンオーイは、最終コーナーに入る前にカツラギエースが息を入れなかったばかりに失速し始めたと推測し、その作戦が失策だったことを指摘するのだが…
「それは、ちげぇーな!あたしの息は、もう
カツラギエースは笑いながら、サンオーイの指摘を一蹴する。
「はっ?何言ってんだ…。あんなクソ速いペースの中で、息なんて入れられるわけがねぇだろ。強がりでウソついてんじゃねぇよ!!」
カツラギエースの発言に対してサンオーイは強がりのウソだと指摘する。
「ウソなんかじゃねぇ!それを今から証明してやるよ!」
サンオーイの再びの指摘もどこ吹く風。カツラギエースは堂々とした表情でそれがウソではないと証明すると高らかに宣言する。
「ありえねぇ!そんなこと出来るわけが…」
「待ち侘びたよ、エース!アタシの
謎の自信に満ち溢れているカツラギエースを訝しむサンオーイ。するとその横からミスターシービーが口を挟む。どうやらミスターシービーはカツラギエースの自信の根拠がわかっているようだ。
「ああ、待たせたな。今からあんたが走ってる世界にあたしも"入る"。最後まで楽しもうぜ!」
「うん!」
「はっ?お前ら、一体何の話を……」
「競い合うからには"全力"だ!!あたしから勝利を簡単に掻っ攫えると思うなよ!ミスターシービー!!」
さあ、カツラギか!?
「キミこそね!アタシは今日、この実力を持ってキミを完膚なきまでに叩きのめすよ!カツラギエース!!」
ミスターか!?
「だから、なんなんだよ!お前らは!」
意味のわからない会話に呆気に取られるサンオーイをよそに、ミスターシービーとカツラギエースはお互いに満面の笑みでわかりあう。そして……
ズン!!!
[このプレッシャーは、ミスターシービーと同じやつだ…。まさか、カツラギエースも同じなのか…]
大井の誇りを胸に全身全霊の走りを見せるサンオーイに再び謎のプレッシャーが襲いかかる。しかし、それはサンオーイの脱落を告げる合図でもあった。
「いくぜ、シービー!あんたが待ち望んでいたことを今、あたしが実現する!!」
バリン!!!
【暁之御旗】
なぜなら、ここから先の戦いは選ばれた者だけしか立ち入ることができる『領域』だったからだ…。
澱みないペースで逃げ続けるカツラギエースを捉えにかかるサンオーイ。これだけでも十分に手に汗握る展開なのですが、遥か後方からミスターシービーが進出を開始すると会場内から物凄い歓声が上がります。
まさに、並のGⅠレースよりも盛り上がるこの毎日王冠は一見の価値ありです。
そして、この話のタイトルそのものなのですが、このレースの内容はなかなかにクレイジーな感じです。
もちろん、タイムだけでレース内容の良し悪しを決めるものではないのですが、実際の毎日王冠の1600m通過タイムを見ると、安田記念よりも約1秒ほど早かったりします。