BEGINNING OF THE REVOLUTION 作:スタイニー
いよいよクライマックスへと突入する毎日王冠!
果たして勝つのは、どちらだ!?
カツラギエース、ミスターシービー、サンオーイの三強が競り合う展開が繰り広げられている最終直線から遡ること50秒前。ゴールまで残り1000mを過ぎたあたりでそれは起きていた。
チッ
チッ
チッ
チッ
[きたっ!この感覚だ!]
レースが始まり800mを過ぎたあたりでカツラギエースの頭の中には宝塚記念と同じ感覚が刻まれる。
頭の中に響き渡る秒針の音。その音のリズムに連動するかのように動く身体。カツラギエースは再び、極限の集中状態に至ろうとしていた。
[リズムに飲み込まれるなよ、あたし。このリズムを深く身体に染み込ませて、制御するんだ。頭は冷静に、無駄な力を抜いて、リズムに従って走るんだ!]
カツラギエースはこの感覚を逃さないように冷静に、力むことなく、リズムに逆らわずに走ることを意識していく。すると、カツラギエースの身体にある変化が起きる。それは逃げ戦術の"欠点"を克服した『完璧な逃げ』を実現するための重要なファクターだった。
短距離のレースは例外として、競走において『息を入れる』という行為は必要不可欠な行為であると共に、勝敗を左右する最重要ポイントでもある。
そもそも、『息を入れる』ということは、逃げ脚の持続や終盤での再スパートのための準備であるのだが、一方でその瞬間は、それまで刻んできたペースから、スピードを落とす必要があるため、自然と走りのリズムが変わってしまう。
加えて、『息を入れる』ためにスピードを落とすということは、結果として後続につけていたリードが一時的になくなるタイミングでもあるため、いくらスタミナ的に余裕があっても、後続から精神的なプレッシャーを受けてしまう瞬間でもある。
このように、身体的にも、精神的にも一時的に無防備な状態になりやすい、『息を入れる』タイミングは、後続勢にとってみれば逃げウマ娘を捉えるための絶好のチャンスであり、その瞬間に並びかけ、叩き合いに持ち込むのが、逃げウマ娘対策の基本戦術である。
この『息を入れる』瞬間の攻防を制することが、"強い"逃げウマ娘の真髄なのだが、今日のカツラギエースの走りは、まさにその真髄を体現したかのような走りとなっていた。
800m過ぎから極限の集中状態に入り始めたカツラギエース。その状態に入ってから彼女が刻んだラップは……
800m〜1000m:12秒0
1000m〜1200m:12秒1
1200m〜1400m:12秒1
なんと、800m〜1400mの3ハロンのラップを誤差0.1秒以内という驚異的な精密さで走り切っていた。しかも、そのペースはほぼ12秒フラットであり、決して緩いペースではない。
レースの中盤から終盤にかけてこのスピードで逃げられてしまうと、後続勢にとっての逃げ戦術の基本的な対応策である『息を入れるタイミングで競りかける』が非常に困難になる。
それなら『逃げ潰れるまで我慢する』判断をすればいいと思うかもしれないが、それでは逃げウマ娘に精神的なプレッシャーを与えることが出来ず、逃げたウマ娘の
カツラギエースを捉える方法として『息を入れるタイミングで競りかける』ことも『『逃げ潰れるまで我慢する』も出来ないとなれば、後続勢に出来ることは、『最後の直線で差し切る』選択肢しか残されていないのだが……
[ああ、こりゃあ、スゲェ…。身体が完璧なリズムを刻めたからか?ペースを落としてないのに、息が入ったみたいに力を"溜めれてる"。これなら最後まで脚は持つし、なんなら『二枚腰』だって使えるかもしれねぇ!]
カツラギエースは極限の集中状態に入れたことで、ミドルペースの中でもリズムと呼吸、身体の使い方を完璧にシンクロさせていた。そのため、身体に無駄な負荷がかからなくなり、"実質的に"『息を入れる』ことに成功していた。
そして、それは最終直線での再スパートが、確約されたことに等しかった。
カツラギエース!三強が並んだ!三強が並んだ!
[サンオーイとシービーが真後ろにいるのはわかってる。けど、あたしには十分な余力があるから、あんたらのプレッシャーなんて屁でもねぇ!さあ、どっからでも来いよ!]
この時点で、カツラギエースは後続勢の末脚から逃げ切るだけの余力を十分に残せているので、サンオーイも含めた後続勢に負ける可能性がぼぼないに等しい状況を作り出していた。
そう…ただ1人のウマ娘を除いては……。
果たして、この競り合いから抜け出すのは!?
誰だ!?
[改めて、寺さんに感謝しなくちゃね。もし、アタシがいつも通りに『まくり』を仕掛けてたら、今日のエースを捉えることは出来なかった。でも、今日は違う!最後の直線のためにここまで力を溜め続けたんだ!]
ミスターシービーは寺永の提案に再度感謝する。
もし、いつも通りに『まくり』をしていた場合、いくら戦法を極めているミスターシービーといえど、それなりに体力を消耗した状態で最終直線に入らなくてはいけない。しかし、その状態では今日のカツラギエースを捉えるの末脚を繰り出すことは不可能に近いとミスターシービーは理解していた。
「さあ、行くよ!エース!アタシはキミを逃さない!!」
グン!!!
残り400m。ミスターシービーが溜めに溜めた力を一気に解放する。
[ウソだろ…。今がトップスピードじゃないのか!?コイツのトップスピードは、一体どれくらいのスピードが出てやがるんだ…。クソッ、中央のトップとオレにはこんなに差があるのか…]
力を解放したミスターシービーは一瞬にしてサンオーイを交わしきる。その光景を目の当たりにしたサンオーイの戦意は消えないものの、その実力差を痛感してしまう。
しかし、それに関してはサンオーイを責めることは出来ない。なぜなら、ミスターシービーの繰り出した上がり3Fの推定タイムはなんと……
33秒7
この時代から数十年後、ラスト3Fで33秒台を出せるウマ娘というのはそう珍しくなくなる。
ただ、それは環境の整備やトレーニング方法などが発達・確立出来ているからこそであり、ミスターシービーが現役時代の頃には発達・確立されていないものばかりである。
にも関わらず、ミスターシービーは数十年後の選手たちにも引けを取らないほどの末脚をこの時代で既に発揮していた。それはまさに『異次元』と言ってもなんら大袈裟なものではなかった。
そして、その『異次元』の末脚が遂にカツラギエースを捉えたかに見えのたが…
ミスターシービーとカツラギエースが抜けた!
[相変わらず、常識外れなことを当たり前のようにやりやがるぜ、この親友は…。でも、今のあたしなら、"本気の"シービーからでも逃げ切れる!!]
時代を超越する末脚を繰り出し、追いつかんとするミスターシービーに対して、カツラギエースは全く怯まない。それどころか、その末脚を凌ぎ切る自信に満ち溢れていた。
[やっと、辿り着いた。あんたが見ていた景色に、あんたが走ってる世界に。あたしは今、あんたの本当の『ライバル』になるよ…]
レースの中盤からここまで、宝塚記念の時のような極限の集中状態で走ってきたカツラギエースだが、あの時とは違い、その感覚をしっかりと自覚できていたことで、彼女はその先に境地へと足を踏み入れようとしていた。
やっぱ、あんたは、すげーな…。
今、あたしがこのレベルまで来れたから、あんたの凄さがよくわかるよ。
思えば、あたしは常識を置いてけぼりにして、どんどん向こうに行っちまう、あんたにずっと憧れてた。
いつか、あんたを越えたい。そう思ってた。
でも、それだけじゃあ、あんたの『ライバル』になるには、足りなかったんだ…。
越えたい、じゃダメなんだ。"本気"のあんたに勝つためには、あんたを
ごめんな、シービー…。そのことになかなか気付けなくて…。こんなに時間を掛けちまって…。
だから、今あたしは、あんたの正真正銘の『ライバル』になるために…もう一つ先の世界へ足を踏み入れる!!
「競い合うからには"全力"だ!あたしから勝利を簡単に掻っ攫えると思うなよ!ミスターシービー!!」
さあ、カツラギか!?
「キミこそね!アタシは今日、この実力を持ってキミを完膚なきまでに叩きのめすよ!カツラギエース!!」
ミスターか!?
「いくぜ!あんたが待ち望んでいたことを今、あたしが実現する!!」
バリン!!!
【暁之御旗】
「ようこそ、エース!
ミスターシービーがカツラギエースを捉えるまであと半バ身と迫った瞬間、カツラギエースが『領域』を覚醒させる。ミスターシービーは『領域』に至ったカツラギエースを祝福し、歓迎する。その表情は今までにないほどに喜びに満ちていて、輝いている。
「ああ、邪魔するぜ!しっかし、こんなに走ることが楽しいなんて初めてだ!最高の気分だな!」
「そうでしょ?だから、ずっとアタシは待ってた!この最高の世界で一緒に走ってくれる仲間をね!」
「ああ、とことんやり合おうぜ!リードは半バ身!でも、それだけありゃあ、十分だ!抜いてみろよ、シービー!」
カツラギエースが粘る!!
「いいね!エース!まだまだ、行くよ!」
ミスターシービーが追い込む!
カツラギエースとミスターシービーは並んでいたサンオーイを競り落とすと、そこから約200mに渡りデットヒートを繰り広げる。
並のウマ娘では到底不可能なレース内容でここまでやってきた2人。その2人がラスト1ハロンで記録したラップは……
11秒1
ゴール直前でもなお、異次元のラップは刻まれた。
のちに判明するミスターシービーのラスト3F33秒7の末脚の中でも最も早かったのがこのラスト1ハロンだった。
その数値はあわや、11秒を切るかという驚愕のラップであり、その末脚を発揮したミスターシービーは当然、賞賛されるべきであるが……
[これが『領域』に入ったエースの力か…。ハハッ、これはヤバいね…。アタシ、真面目に"本気"なんだけど…あと半バ身が全然縮まらない…]
それ以上に賞賛されるべきなのがカツラギエースであった。
先頭でマイル戦以上のハイペースを刻みながら、最後の直線でもスピードを落とすことなく、追い込んでくるミスターシービーを半バ身交わさせない。
このレースは当代随一の末脚を誇るウマ娘の100%の追い込みを退けるカツラギエースの潜在能力の凄まじさを賞賛するほかなかった。
そして……
ミスターシービーか!?
カツラギエースか!?
カツラギエースです!!!
三強対決となった今年の毎日王冠!
激闘を制したのはカツラギエースです!!
「まったく、負けたってのに、まるで勝ったみたいな面しやがって」
カツラギエースが大の字になって寝転ぶミスターシービーに声を掛ける。
「ハハハッ…。しょうがないよ。レースが楽しかったんだから。ねぇ、アタシがキミに宛てた熱やスピードは感じてくれた?」
地面に息を切らしながら大の字で寝転ぶミスターシービーが、近寄って来たカツラギエースの問いかけに満面の笑みで答える。そして、カツラギエースに自分の想いは伝わったかを問いかける。
「あん?感じたよ。やっぱ、あんたはスゲー奴だ。あんたはどうなんだ?あたしの全力をあんたはどう感じたんだ?」
「最高だったよ!まるで、天を翔てるみたいだった。やっぱり、エースと走るのは楽しいよ。今日のレースは
カツラギエースもまた、ミスターシービーに今日の走りの出来を尋ねる。すると、ミスターシービーは満面の笑みで『人生最高のレース』だったと答える。
「あん?人生最高のレースは菊花賞だったんじゃないのか?」
カツラギエースがミスターシービーの答えが以前とは違うことにツッコミを入れる。
「あれはアタシ
そんなカツラギエースのツッコミにミスターシービーは悪びれることなく、訂正を入れる。
「ハハッ、なるほどね。なあ、あたしはあんたと"対等"になれたのか?」
ミスターシービーの訂正に"一応の"筋が通っていることを理解したカツラギエースが続けて問う。
「対等だよ…ずっと昔から、アタシとエースは…」
続けての質問に対して、ミスターシービーは優しく微笑みながら答える。ただ、その表情には言葉では言い表せないほどの想いが溢れていた。
「そっか…。じゃあ、これからも『ライバル』なんだな、あたしたちは…」
「そうだよ。キミとアタシは、『ライバル』だ。これからも、"ずっと"ね…」
「ああ、ずっとだ…」
ミスターシービーの想いを察したカツラギエースもまた優しく微笑む。そして、騒めきが治らない会場の雰囲気を噛み締めながら、カツラギエースはミスターシービーの側にしばらく寄り添い続けた。
「すまねぇ、みんな!!勝てなかった…。せっかく来てくれたのに、本当にすまねぇ…」
レースが終わり、控室に戻る選手たちの中、サンオーイは大井から駆けつけてくれた応援団に勝てなかったことを謝罪する。その目には悔しさで涙が滲んでいる。
なんで、謝るんだ?いいレースだったじゃねぇか!
いいもの見せてもらったぜ!やっぱり、お前は大井の誇りだ!
中央の奴らが強かった。でも、これで終わりじゃねぇだろ?次は勝ってやろうぜ!
気にすんな!俺らは『大井の太陽』をこれからも応援し続けるさ!
そんなサンオーイに対して、観客たちは非難や罵倒など一切することなく、むしろ健闘を讃え、中央勢に喰らいつけたことを賞賛する。
「泣くな、サンオーイ。お前はよくやった」
意気消沈のサンオーイに対して、トレーナーは観客たちの声援の暖かさを引き合いに出し、負けたことを恥じるなと慰められる。
「みんなは優しいからそう言ってくれてる。でも、オレは勝って南関東のみんなが下じゃねぇって中央の奴らに見せつけたかった…。負けたら、意味も価値もねぇよ…」
トレーナーから慰められるサンオーイだが、やはり悔しさは簡単に拭えないようだ。
「俺はそうは思わん。俺の気持ちも大井の奴らと同じだ。今日の3着には意味も価値もある。だから、誇りを持っていいと思ってる」
「え?」
そんなサンオーイをトレーナーは否定し、トレーナーは今日のレースに誇りを持っていることを告げる。
「いつかわかるさ。今日のレース、あの2人に最後までついていけたお前の凄さは"今"は周りに理解されなくても、いずれ理解される日が必ず来る。だから、お前は堂々としていろ」
「本当か?」
トレーナーはサンオーイに今日のレース凄さがいずれみんなに伝わるであろうことを告げるとともに、それまでは堂々としているようにと伝える。
「本当さ。まあ、多少時間はかかるかもしれないがな。そもそも、今日のレースの意味や価値を"勝った負けた"でしか測れねぇ奴はきっとタマの小さい奴だ。そんな奴の言葉にこそ、意味や価値はねぇ。お前はそんなタマの小さい奴らの言葉をいちいち気にするような"小さい奴"になりてぇのか?」
「いや、そんな奴にはなりたくねぇ…」
半信半疑のサンオーイに対してトレーナーは豪快に笑いながら、自分自身が小さいから本当の価値に気付けないのだと言い、サンオーイに成長を促す。
「だったら、胸を張れ。お前が成長して大人になれば、俺の言った言葉の意味もわかるさ…」
「わかったよ…。よし…」
パン、パン、パン
「よし!次の天皇賞はぜってー負けねぇ!!」
「それでいいんだ。さっ、帰るぞ!」
トレーナーの力強い言葉に励まされたサンオーイは自分の頬を3度勢い良く叩いて気合いを入れ直し、次の天皇賞でのリベンジを誓う。サンオーイの切り替えができたことに満足したトレーナーは優しく笑い、サンオーイと共に会場を後にした。
この日から十数年後に、ある出版社が発行した雑誌の特集記事にこのような記事が掲載された。
【"伝説"と称された"3つの"毎日王冠を振り返る】
この日の毎日王冠はその特集記事に該当するレースの一つであった。
そして、その当事者であったサンオーイは取材を受ける。その取材に対してあの当時を振り返ってこのように述べた。
あの毎日王冠ですか?ええ、今でも鮮明に覚えていますよ。
なんといっても、私の調子は生涯一番でしたからね。調整には慎重に長い時間を掛けて、作戦も研究も練りに練って臨んだレースなんですから。
『勝ちにいったのか?』ですか?当然、勝利を目指していました。負けた私が言うのもなんですが、あのレースが『普通のGⅡ』で対戦相手が『普通のGⅠウマ娘』だったら、あの日の私の調子を考えれば、私は確実に勝てていた。その想いは十年以上経った今でも変わりません。それくらいに私の調子は完璧だった。
『敗因』ですか?それはあのレースで、私に先着した2人が『
『負けて悔しくないのか?』ですか?ええ、全く悔しくないですね。だって、あのレースで3着に入れたことを私は
これは私個人の見解ですが、この毎日王冠こそ、カツラギエースとミスターシービーのベストレースだと思ってます!
特に、残り200mの追い比べはかなりヤバいです。
上がり3F33秒7のミスターシービーから逃げ切ったカツラギエースの上がり3Fは34秒3で、とても逃げ馬が出すタイムではないですし、なんなら最後の2ハロンはどちらも11秒1を叩き出しました。
カツラギエースとミスターシービーに追い縋ったサンオーイも含め、見どころの多いレースですので、みなさんには一度、実際の動画をぜひ見ていただきたいです。