BEGINNING OF THE REVOLUTION   作:スタイニー

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三強が激突した毎日王冠を皮切りに秋の重賞戦線がいよいよ本格的な盛り上がりを見せていく中、トゥインクルシリーズの重鎮トレーナーである平岡が長期の海外出張を終え、日本に帰国する。

カツラギエースやミスターシービーらの世代が中心となっている今年のトゥインクルシリーズではあるが、その世代を倒さんとする新たな強敵も既に動き出していた…。


新世代の台頭

 

 

「ご無沙汰しております。平岡先生。長旅お疲れ様でした」

 

「出迎えご苦労だな、澤部。どうだった?私がいない間のトゥインクルシリーズは?」

 

「ここ最近で大きな動きがありました。詳しい報告は車の中で」

 

「うむ」

 

 

 

 

ミスターシービー・カツラギエース・サンオーイによる毎日王冠の激闘から1週間後のとある空港。

 

海外への長期出張を終え、日本に帰国した平岡は傘下のトレーナーの出迎えを受けていた。

 

出迎えに来たトレーナーの名は澤部和也。

まだ、25歳で大きな実績もないが、平岡が才覚に惚れ込み、自らスカウトした逸材であり、平岡の傘下にいるトレーナーの中で最も近しい存在であり、平岡の『後継者』候補筆頭と目されているトレーナーだ。

 

「今回の海外出張での収穫はありましたか?」

 

「収穫もなにもないさ。本来であれば、ルドルフとともに行っていたであろう遠征計画が負傷やメディカルチェックの都合で間に合わなくなり、私1人だけが行く"下見"に成り果てたのだから」

 

澤部の問いに対して平岡は嘆かわしい表情でいかに不本意な海外出張であったかを語る。

 

「やはり、海外遠征は一筋縄ではいかないのですね」

 

そんな平岡に対して澤部は気遣う素振りを見せる。

 

「それは致し方あるまい。スピードシンボリの時もそうだったが、海外からみた日本など、優遇してまで出場して欲しい国のウマ娘ではなのだからな。だからこそ、我々はジャパンカップにて実力を示さねばならん。我々が優遇してまで迎い入れる価値のある存在であると認めさるためにもな」

 

平岡は気遣う素振りを見せる澤部に対して、客観的な意見を述べ、そういった扱いがなされてしまうことに納得せざるを得ないことと、それを覆すために何をしなくてはいけないのかを説く。

 

「そうですね。しかし、そうなりますと、秋のローテーションはいかがなさいますか?三冠を目指した場合、そこからのジャパンカップとなると、なかなかの強行軍になってしまうかと思いますが?」

 

「その点だが、私は今、菊花賞の回避を検討している。春のレースも見て分かる通り、もはやこの世代にルドルフに敵うウマ娘はいない。しかも、噂によれば有力選手の陣営のいくつかは『シンボリルドルフが出場するなら菊花賞を回避する』とまで言っているらしいじゃないか。そんな菊花賞に出る意味などない。だったら、日本に初勝利をもたらすために、ジャパンカップに全力を注いだ方がよっぽど意味があるからな」

 

どうやら平岡は菊花賞よりもジャパンカップに注力しようとしているようだ。

 

「もし、菊花賞を回避し、ジャパンカップに出場するとなるとURAからの執拗な参加要請がありそうですね。URAとしては昨年に続く三冠ウマ娘の誕生という大きな集客源を失うわけにはいきませんから、ありとあらゆる手を使ってルドルフを出場させようとするでしょうね」

 

澤部は平岡の決断がURAとの軋轢を生むのではないかと懸念する。

 

「そもそも、私は昨シーズンの暮れに奴らに言ったはずだ。『菊花賞を1週間早く開催し、ジャパンカップを1週間遅らせたなら、"来年の"三冠ウマ娘はジャパンカップに必ず参加する』と。なのに奴らときたら『不確定な事項を理由に公式の発表を覆すことはフェアネスの精神に反する』と私の意見を突っぱねた。URAの自業自得ではないか」

 

そんな澤部の懸念に対して平岡はそもそもの話として対立の原因を作った落ち度はURA側にあると主張する。その口調は先程までとは違い、感情的な口調となっているので、このこと対して平岡がいかに不満を抱いているかがわかる。

 

「仰りたいことはわかりますが、URAも既に公式発表していたレーススケジュールを急遽変更してしまえば、特定の外部に対しての忖度だと、他のトレーナーやマスコミやファンの批判が続出するとわかっているので行動出来なかったのでしょう」

 

そんな平岡に対して澤部はURA側が世間の目を恐れているがゆえの対立であることを告げる。

 

「それを本当にURA側が思っているなら、それは実に苦しい言い訳だ。昨年海外のレース関係者からミスターシービーが出場しないことをあれだけ非難され、URA上層部は急遽の改変になびきかけていた。それも特定の外部に対する忖度ではないのか?」

 

「確かに、昨年は海外勢からかなりの批判が出ていました。URA上層部も相当に焦ったのは事実でしょう。ただ、忖度を検討した事実は、キョウエイプロミスの奮闘により面子を保てたことで、うやむやにできると踏んだのではないですか」

 

「事実に目を瞑り、『組織の理念を貫いた』と、都合よく宣伝するなど、相変わらず、URA上層部は腐りきっているな。まあ、URA側がその姿勢を貫くのであれば、我々は菊花賞に出場しないまでだ。それにより日本の三冠が英国の三冠のように形骸化しようと我々の知ったことではない。レースの価値はお前らが決めれるものではないと思い知らせてやる」

 

平岡はURAの姿勢と行動に対しての怒りをぶちまける。

 

「まだ、時間はありますが秋シーズンの出走予定はまだまだ難航しそうですね」

 

「まあ、それはURAの態度とシニア級や海外勢の動向次第だな」

 

「そうですか。では、今後の参考にしていただくためにも、先生がいらっしゃらなかった間の国内の動向をお伝えします。まず、ルドルフですが、復帰戦のセントライト記念は問題なく勝ちました。仕上がりは8割程度でしたが、タイムはレコードでした」

 

自陣営のレース方針がまだ定まっていないことを理解した澤部が続いて国内での動きを報告していく。

 

「私がいない間も順調に過ごしてくれているな。さすが、ルドルフもお前も私が見込んだだけのことはある。それで『領域』の習熟度はどれほどか?」

 

「意識的な突入の確率はかなり高まってきました。おそらく、実戦での『領域』突入を一つ経験すれば完成するかと」

 

「なるほど、そうなるとジャパンカップ前にもう一つレースに出たいところだな…。不本意ではあるが、やはり菊花賞に出ることも考えるべきか…。あと『領域』が与える他者への影響力の実験には何か進展があったか?」

 

「正直、同じ次元の相手と競えなければ、その成果は分かりづらいと言わざるを得ません。一応、一定の実力を持つ者たちは、何かしらの不快感や圧迫感を感じるようですが、その影響がどれほど強いのかは現時点では分かりかねます」

 

「そうか。それもジャパンカップまでに完成させたいが、実戦不足をどう補うかが課題になりそうだな。それで他の国内組の動向は?」

 

「先週の毎日王冠でミスターシービーが敗れました」

 

「また、負けたのか?寺永の奴め、前哨戦を簡単に落とすなど、相変わらずレースを舐めてるな」

 

ミスターシービーが負けたという報告を聞いた平岡が少し驚いた表情をするとともに担当トレーナーである寺永を批判する。

 

「確かにミスターシービーはレースに敗れましたが、昨年とは違い仕上がり具合はそれなりにあったように思えます。事実、そのレースで彼女は上がり3Fで33秒台の末脚を使っています。この時計はそれなりの仕上がりがなければ不可能かと」

 

そんな平岡に対して澤部はミスターシービーの敗北についての詳細を伝える。

 

「上がり3Fで33秒台だと!?その脚があってなぜ負ける?逃げた者を追わなすぎたのか?」

 

ミスターシービーがみせたパフォーマンスの異次元さに平岡が再び驚く。そして、その異次元の末脚を持ってしても敗れてしまった理由を澤部に尋ねる。

 

「いえ、ミスターシービーは逃げたウマ娘を残り200mの地点で半バ身というところまで捉えています。しかし、逃げたウマ娘がそこから粘り切り、そのままの差でミスターシービーを振り切りました」

 

「国内にミスターシービーの末脚から逃げ切れるウマ娘が出てきたというのか?」

 

「はい。勝ったのは同期のカツラギエースというウマ娘で、今年の宝塚記念の勝者です。ただ、昨年も京都新聞杯でミスターシービーを破っていますから、単なるまぐれで片付けてしまうべきではないと思います」

 

「ほう。そのカツラギエースとやらに少し興味が湧いた。そのレース映像はあるか?」

 

澤部の報告を聞いた平岡はカツラギエースというウマ娘に興味を抱き、そのレース映像を見たいと澤部に要求する。

 

「はい。こちらがそのレースの動画です。ご覧ください」

 

 

 

 

 

 

「今年の毎日王冠はなかなかに見応えのあるレースだった。日本のウマ娘もまだまだ捨てたものではないじゃないか」

 

毎日王冠のレース映像を見た平岡は満足気な表情をする。どうやら今年の毎日王冠はレース界の重鎮をも唸らせるほどの素晴らしいレースだったようだ。

 

「ご覧のように毎日王冠のミスターシービーの敗戦は、彼女の仕上がりの問題というよりは、カツラギエースの走りが素晴らしかったように思えます。あと、これは私の見解ですが、カツラギエースも『領域』に至れる可能性を秘めたウマ娘ではないかと思います」

 

澤部がカツラギエースを称賛するとともに、彼女に『領域』へと至る可能性があるのではないかと平岡に意見する。

 

「ふむ。確かに毎日王冠は『領域』に入っている可能性がかなり高いが、"無意識に"『領域』に入ることは一定の才覚があれば意外と誰でもできるものだ。要は"今日は調子が良い"という感覚の極地が『領域』と言われるものなのだからな。おそらく、カツラギエースも一定の才覚までは至れたのだろうが、そこから先に行くことが出来ず、潰れてしまった者など星の数ほどいる。調子が良かったレース1つを見ただけでは判断できないな」

 

澤部の報告や感想に対して平岡もその可能性自体は認めたようだが、カツラギエースの『領域』はまだまだ未完成である可能性が高いとも感じたようだ。

 

「確かに鳴尾記念や高松宮杯では不覚をとっていますが、昨年の菊花賞の大敗から約1年でかなりの成長を遂げているかと思います。次走は秋の天皇賞を予定しているようですが、それの結果によっては3人目の『領域』到達者になり得ると思いますから、彼女も要警戒対象に加えておくべきかと」

 

カツラギエースの『領域』はまだ未完成であるとの見解を持つ平岡に対して澤部は、未完成な部分が多いということ自体は認めつつ、まだまだ伸びしろは十分にあるため警戒しておくべきだと意見する。

 

「まあ、お前がそこまで言うのなら一応は調べてはおこう。後日で構わない。過去のレース映像などを集めてくれ。しかし、澤部はカツラギエースをかなり評価しているが、その理由はなんだ?」

 

「カツラギエースは優れた血筋や有名なレースクラブの出身者でないにも関わらず、ここまでの成績を挙げている。この中央でそういった背景を一切持たずにこの地位まで上り詰めた彼女の精神力を私は評価しています」

 

「確かに、彼女の背景を考えれば、驚異的な成績を挙げていることは賞賛しよう。ただ、評価する理由が精神論では警戒する根拠に乏しい。それに…」

 

「それに、なんでしょうか?」

 

平岡にカツラギエースを評価する理由を問われた澤部がその理由を話す。その理由を聞いた平岡もある程度の部分では澤部同様に評価しているようだが、推されている要素があまりにも抽象的であることから、平岡は警戒対象にするほどの脅威は感じていないようだ。

 

「さっきも言ったが、『領域』を覚醒させることは一筋縄ではいかない。それはお前が思っている以上に大変なことなのだ」

 

「私が思っている以上に、ですか?お言葉ですが、私もルドルフを見ていて『領域』の修得が容易でないことはわかります。ですが、カツラギエースの成長スピードなら、可能性はあるのではないかと思いますが、先生はどう見られていますか?」

 

カツラギエースの頭打ちの可能性を語る平岡に澤部はその真意を問う。

 

「修得の難しさにウマ娘個人の才覚が問われることは当然なのだが、私が問題視しているのはそこではない。『領域』に至れる可能性のあるウマ娘の"担当トレーナー"の難しさの話だ」

 

「担当トレーナーの難しさですか?それは一体…」

 

「澤部。お前は心のどこかで私に対して『ルドルフを奪った』という感情があるだろう?」

 

「…。いえ、そのようなことはありません」

 

平岡の言葉の真意を知ろうとした澤部に対して平岡が唐突に質問をする。その質問に対して澤部は一瞬戸惑い、その感情を否定する。

 

「いや、その感情はトレーナーであれば当然抱く感情だ。たとえ、それが私であってもだ。だから、その感情を一瞬でも持ってしまったことを恥じる必要もなければ、隠す必要もないぞ」

 

平岡は澤部の一瞬の戸惑いを見逃さず、その感情がなんであるかを見透かす。ただ、その感情を抱いてしまった澤部に対して平岡は怒ることはせず、むしろトレーナーとしては自然な感情であることを告げ、恥じることも隠す必要もないと諭す。

 

「…申し訳ありません。そのような感情がないと言えばウソになります…」

 

「正直でよろしい。ただ、一つだけ言っておくが、ルドルフが"ただの"一流選手で終わるようであれば、現役中の全てをお前に任せていたよ。それはシンボリ家歴代一の才能があったとしてもだ。しかし、彼女が早期に『領域』に至れる可能性を見出せたことで話が変わった。なぜだか、わかるか?」

 

「いえ、わかりません」

 

「『領域』に至るためには2通りの方法がある。一つは、もちろんウマ娘自身が『領域』を自覚する方法だ。そして、2つ目は『領域』の存在を認識している(・・・・・・)トレーナーが人為的に覚醒させる方法だ」

 

深層心理を見抜かれ萎縮する澤部に平岡はなぜそのようにしたかの理由を丁寧に説明していく。その説明は単なる事後報告だけではなく、平岡なりの澤部に対しての謝罪や信頼といった感情も含まれているようだ。

 

「確かに私は先生に教えられるまで『領域』というものを知りませんでした…。もしや、今までの『領域』に至れる可能性を秘めたウマ娘たちが、欧米諸国に比べて少ない理由は…」

 

「そうだ。ウマ娘側だけの問題ではないのだ。トレーナー側にも問題があった。それはある意味で、トレーナーの『領域』に対する不理解がウマ娘の才能を潰しているとも言えるのだ」

 

「例えば、トレーナーの不理解とはどのようなことでしょうか?」

 

「『領域』とは言い換えれば、調子の良い状態を自由自在に"支配する"感覚の獲得だ。並のトレーナーであれば、それを『コンディションの維持』や『集中力』といった単純な概念で片付けてしまうが、それではダメなのだ。『領域』とは"支配する"ことができるモノであり、"支配する"ことができなければいけないモノという概念を持ち合わせなければならん。ゆえに『領域』の存在を知るか知らないかで天と地ほどの差が出るのだ」

 

「そうでしたか…。確かにそれでは私にはルドルフの担当は重荷ですね…」

 

シンボリルドルフの担当トレーナーを平岡が引き継ぎ、自身がサブトレーナーに降格した理由を平岡から具体的に説明された澤部は少し落ち込んだ表情をする。

 

「まあ、そう落ち込むな。お前だけでなく、大半のトレーナーがそうなのだからな。まあ、その点でいうのなら、ミスターシービーを担当している寺永はなかなかの器だ。学園内では"変わり者"として扱われているが、奴は『領域』の存在を把握し、その支配の重要性を理解している。その点だけでも並のトレーナーとは一線を画す資質を持っている。だから、私は寺永を評価しているし、警戒するのだ」

 

落ち込む澤部に平岡は励ましの言葉をかけるとともに、『領域』の存在を把握しているトレーナーがいかに稀少で一般的なトレーナーとは一線を画す特別な資質を有しているかを説明する。

 

「そうしますと、カツラギエースに降りかかる今後の問題は…」

 

「おそらく、カツラギエースのトレーナーも今その大変さに直面している頃だろう。もっとも、それを自覚できているか、否かはわからないが、どちらにせよそれを克服できなければ、カツラギエースはそのまま"良い選手"でキャリアが止まる。トレーナーとしての資質が問われるだろうな」

 

「そうなると先生のおっしゃる通り、次のレースでカツラギエースがどのような走りを見せるかで、警戒すべきか否かが決まるのですね」

 

平岡の説明から澤部はカツラギエースの現在が今後の成長のターニングポイントになっていることに気付く。

 

「そういうことだ。次の天皇賞は現地で観戦する。澤部。お前も同行しろ。担当のスケジュールを上手く調整しておけ」

 

「わかりました。ところで先生、もうすぐご自宅付近ですが、学園には寄らなくてよろしいのですか?」

 

「おお、もうそんなに時間が経ったか。やはり、お前と語らうのは時間を忘れるほどに有意義だな。今日は学園には行かない。そのまま私の自宅に向かってくれ。長旅に疲れてしまった。私もずいぶんと歳をとってしまったものだ。お前のように若く覇気のあった時代が懐かしい」

 

目を掛ける弟子との語らいが有意義だと語る平岡。その表情はとても穏やかでその言葉には一切の偽りはないようだ。ただ、その一方で自身の老いが否が応でも感じてしまう歳になってしまったことを嘆き、年若い澤部が羨ましいと本心を吐露する。

 

「いえいえ、先生はまだまだお若いですよ。今年もイギリスとフランスに行かれ、これからアメリカにも行かれる予定ではありませんか。国内だけに留まっているよりも体力も気力もお使いになるでしょう。それをそのお年でもこなされているのは誰にでもできることではありませんよ」

 

そんな平岡を澤部は敬い、その嘆きをハッキリと否定する。

 

「ハハハ、まったく、その若さでこれだけ目上を敬えるなど、それこそ誰にでもできるものではないな」

 

「ありがたいお言葉ですが、まだまだ私は世間知らずな若造ですから…」

 

澤部の年不相応な敬い方に平岡はいたく感心する。

 

 

 

 

 

キキッ

 

 

 

 

 

「先生、ご自宅に着きました。お疲れ様でした」

 

幾らかの会話が終わり、車が平岡の自宅前に到着する。

 

「澤部。このあとルドルフの所へ行くのだろう?なら伝えておいてくれ、近々私が会いに行くと。それと次走については秋の天皇賞の結果次第で決めると、それまでは澤部のプランに従えとな」

 

手荷物を持ち、車から降りた平岡は澤部にシンボリルドルフへの言伝を頼む。

 

「かしこまりました。そのように伝えます。では、また」

 

「ああ、ご苦労だったな澤部。また学園で」

 

「はい」

 

澤部は平岡が自宅に入るまで頭を下げて見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様、ルドルフ。調子はどうだい?」

 

平岡を自宅まで送り届けた澤部はそのままトレセン学園に戻り担当がトレーニングするジムへと足を運んでいた。

 

「ああ、トレーナー君か。調子は変わりないよ。先生はどちらに?」

 

澤部の視線の先にいるウマ娘の名はシンボリルドルフ。今年のクラシック級の主役を担うウマ娘であり、名門シンボリ家の中でも歴代一の才能を持つと評判のウマ娘。

 

その実力は既に誰しもが認めるところであり、ここまでの戦績は7戦7勝。その内の2勝に皐月賞と日本ダービーのクラシックレースのタイトルが含まれている"無敗の"二冠ウマ娘。

 

そのずば抜けだ才覚ゆえ、日本ダービーののちに海外遠征のプランも持ち上がっていたが、軽度の負傷とメディカルチェックの問題があり、断念していた。

 

海外遠征は白紙となってしまったが、それでも休養明けのセントライト記念では終始流し気味の走りでありながら2着に3バ身差かつレースレコードという圧巻のパフォーマンスを披露していて、昨年のミスターシービー以上に三冠確実と噂されている逸材だ。

 

「先生は疲れたと言って帰ったよ。まあ、近々会いに来るとは言っていたけどね」

 

「そうか…」

 

「おっ、今一瞬顔が緩んだね!先生に会わなくてホッとしているのかい?」

 

「いや、そういうわけでは…」

 

「別に大丈夫だよ、俺だって未だに先生と会うのは緊張するんだ。君だって緊張してもおかしくないだろ?だから、会わなくて済むと思えばいくらか気が抜けるものさ。というわけで、"ほっとこー"ヒーを飲むかい?」

 

「…」

 

[『ホッと』と『放っとこう』と『ホットコーヒー』の渾身の"三重"ギャグだったんだけど、今回もダメか…]

 

澤部が平岡が来ないことを告げるとシンボリルドルフは一瞬だけ表情を緩ませる。それを澤部は見越していたのか、クオリティーの低い親父ギャグとともにシンボリルドルフに仕込みの品(ホットコーヒー)を渡そうとする。するとシンボリルドルフは少しだけ困ったような呆れたような顔をする。

 

どうやら親父ギャグが澤部なりのフランクなコミュニケーションの取り方のようだが、シンボリルドルフはそれがお気に召さないようで、半ば無視するかのように再びトレーニングを始める。その反応と表情を見た澤部は担当の気難しさに思わず苦笑いをする。

 

「ルドルフ、先生からの伝言だ。次のレースが菊花賞になるか、ジャパンカップになるかは天皇賞秋の結果次第だそうだ」

 

苦笑いをしていた澤部が小道具(ホットコーヒー)を引っ込め、気を取り直してシンボリルドルフに平岡の伝言を伝える。

 

「そうか。ちなみにどちらのレースにも出場するプランはないのか?私はどちらのレースにも勝つ準備は出来ている」

 

平岡の伝言を聞いたシンボリルドルフが両方のレースに出るプランはないのかと澤部に尋ねる。

 

「…。君のその自分を労わろうとしない感性は"理想のため"だからなのか?それとも"罪の意識"があるからなのか?どちらなんだい?」

 

シンボリルドルフの質問に澤部は少し悲しそうな表情で彼女にそんな無茶をしようとする理由を尋ねる。

 

「"罪の意識"?私にはそんなものはない。『理想』のため、ただそれだけだ。それに先生がいつも言っているでしょう?『ウマ娘が輝ける時間は短い』と。歳月不待、私には時間がない。なれば、自身を労っている時間はないはずだが?」

 

澤部の不安をよそにシンボリルドルフは淡々とその理由を語る。

 

「…。俺は君の苛烈さに不安を感じてしまうよ…。とりあえず、今日はもう上がって…」

 

淡々と冷酷なまでに目標達成に邁進するシンボリルドルフに澤部は心を痛める。そして、澤部はシンボリルドルフにトレーニングを打ち切るように指示する。

 

「いや、今日のメニューはまだ半分しか終わっていない。それを消化して……」

 

「いいから、帰るんだ。これはトレーナーの"指示"だ。いいね?」

 

澤部の指示を無視してトレーニングを続けようとするシンボリルドルフに澤部は少しだけ声を荒げ、トレーナー権限で強制的にトレーニングを打ち切らせる。

 

「…了解した。"指示"なら仕方がない。従おう」

 

そんな澤部の心情を知ってか知らずか、不服そうな顔をしながらもシンボリルドルフはトレーニングを止める。

 

「それでいいよ。あっ、そういえば、君のファンのウマ娘の子からの手紙は読んだかい?えーっと、あー、名前をど忘れしてしまった…。名前は〜」

 

なんとかトレーニングをやめさせた澤部は再び明るい表情で全く別の話題を切り出すが…

 

「読んでいない。ファンからの期待があろうとなかろうと、私は私の持てる力を持って勝利を目指す。その結果にファンがどのような感情を持つかなど私には関係のないことだ」

 

「…」

 

シンボリルドルフはぶっきらぼうな表情で否定し、ファンとの交流など不要と言い切る。そんなシンボリルドルフに対して澤部は、ただただ悲しそうな顔をし、黙るしかなかった。

 

「とりあえず、今日はトレーナー君の指示に従う。では、失礼する」

 

「ああ…」

 

そう言ってシンボリルドルフは澤部のもとをそそくさと立ち去り、澤部はそれをただ見送るだけだった。

 

「ルドルフ、君は変わってしまった…。俺はそれが悲しい…。でも、そうなることで君の『理想』が実現する可能性が高まるのなら俺も協力しよう。俺は君のトレーナーだからね。でも……」

 

 

 

 

 

百駿多幸。私は必ず創るよ、トレーナー君!

 

"全てのウマ娘"が幸せに暮らせる世をね!

 

 

 

 

 

「その『夢』の中に君"も"入っていなくてはいけないことを絶対に忘れないでくれ……」

 

そう呟く澤部の目線の先には、年若い少女という表現が間違いであると言わざるを得ないほどに、研ぎ澄まされた肉体とオーラを放つ戦士の後ろ姿があった。

 

 

 




さあ、会長推しのみなさんお待たせしました。いよいよシンボリルドルフが物語に本格的に関わってきます。

え?

『こんなの会長じゃない』『キャラが違いする』『どうしてこうなった?』ですか。

そうですね。私もそう思います(笑)

ただ、ルドルフがこのような"モード"になっているのには理由があります。要はナニカ"あった"状態です。

その理由については後の物語で明らかになりますが、私の描くシンボリルドルフの人物像もまたミスターシービーと同様に『天才性』が強いです。ただ、ルドルフとシービーには決定的な違いがあり、その違いが物語の行く末に対極性をもたらすことになります。

と、いうわけでアプリにも登場する"昭和のレジェンド"ウマ娘たちがここで全員出揃いました。ここからの物語もお楽しみに!
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